宮廷賢者アルトリア 第10話「魔導国アルゼリア」
第10話「魔導国アルゼリア」
アルゼリア王宮
アルゼリアの王都、ムーロン。
巨大な白亜の王宮。
翡翠色の魔導結晶が柱に埋め込まれ、柔らかな光を放っている。
イルーシャとアルトリアが王宮へ入る。
近衛騎士たちが整然と並ぶ。
伝令官
「レグナス王国――アルトリア・フィリア子爵、御到着!」
重厚な扉が開く。
玉座の間
広大な空間。
中央の玉座に座すのは――アルゼリアの国王、ヨハン・アルゼン。
金と翡翠の王衣。王冠よりも知性が際立つ男。
ヨハンは静かに立ち上がる。
ヨハン
「よくぞ来た、アルトリア・フィリアよ」
声は低く、落ち着いている。
ヨハン
「アルゼリア王国は、そなたを歓迎する」
玉座の間に静寂が落ちる。
アルトリアは一歩前へ出て優雅に一礼。
アルトリア
「このような光栄を賜り、感謝申し上げます」
ヨハンは目を細める。
ヨハン
「戦争を止めたと聞く」
アルトリア
「状況がそう導いただけでございます」
ヨハン
「謙遜か?それとも本心か?」
アルトリア
「事実です」
一瞬の沈黙。
玉座の間にいる魔導官たちが息を呑む。
ヨハンはゆっくりと笑う。
ヨハン
「面白い。レグナスにも優秀な賢者がいたか」
イルーシャが静かにアルトリアを見る。
ヨハン
「二週間、この国を見よ。そして語れ」
アルトリア
「承知いたしました」
ヨハンは頷く。
ヨハン
「イルーシャ」
イルーシャ
「はい、父上」
ヨハン
「部屋へ案内せよ」
イルーシャ
「かしこまりました」
王宮回廊
高い天井、魔導灯が淡く灯る。
イルーシャが歩きながら話す。
イルーシャ
「父は時折人を試します」
アルトリア
「感じました」
イルーシャ
「合格です」
アルトリア
「まだ何もしておりませんが」
イルーシャ
「立っているだけで十分」
少し微笑む。
イルーシャ
「緊張しなかったでしょう?」
アルトリア
「多少は」
イルーシャ
「嘘ですね」
アルトリアは軽く苦笑する。
客人の部屋
重厚だが落ち着いた客室。
大きな窓から王都が見える。
イルーシャ
「こちらが滞在中のお部屋です」
アルトリア
「ありがとうございます」
イルーシャ
「必要なものはすべて用意させました」
少し間。
イルーシャ
「アルトリア殿」
アルトリア
「はい」
イルーシャ
「この国をどう感じましたか?」
アルトリアは窓の外を見る。
空に浮かぶ魔導灯に、遠くの塔。
アルトリア
「強い国です」
イルーシャ
「それだけ?」
アルトリア
「……知を信じている国」
イルーシャの瞳がわずかに光る。
イルーシャ
「その通りです」
少し静かな空気。
イルーシャ
「二週間、有意義に使いましょう」
アルトリア
「ええ」
イルーシャは微笑み、退室する。
扉が閉まる。
アルトリアが一人、窓辺に立つ。
アルトリア(心の中)
(賢者王ヨハン・アルゼンにイルーシャ王女……この国は――)
静かに息を吐く。
アルトリア
「……試されているな」
夜の王都が輝く。
アルゼリア王宮・回廊
高い天井。
壁には魔導結晶が埋め込まれ、柔らかな翡翠色の光が揺らめいている。
空中をゆっくり移動する小型魔導灯。床には複雑な魔法陣の装飾。
アルトリアが一人で歩いている。
アルトリア(心の中)
(レグナスの王宮とは違う……こちらは威厳よりも、知の誇示……魔導理論を建築にまで応用している)
立ち止まり、壁の紋様を見る。
アルトリア
「この魔法陣は……防衛と照明の二重構造か」
その時、背後から落ち着いた声。
リーシャ
「惜しいですね」
アルトリアが振り向く。
そこには――小柄な少女。
銀白の髪、翡翠の瞳。
年齢は幼いが、視線は鋭い。
アルトリア
「え〜っと……あなたは……」
少女は優雅に一礼する。
リーシャ
「アルゼリア王国第2王女、リーシャ・アルゼン」
小さく微笑む。
リーシャ
「イルーシャは姉です」
アルトリア
「第2王女殿下でしたか」
軽く一礼。
アルトリア
「失礼いたしました」
リーシャ
「気にしないでください」
リーシャは壁の紋様を指差す。
リーシャ
「これは三重構造です。防衛・照明・魔力循環の働きがあります」
アルトリア
「……三重」
リーシャ
「魔力を都市全体に分配する中継点になっています」
アルトリア
「なるほど」
リーシャをじっと見る。
アルトリア
「殿下は随分お詳しい」
リーシャ
「当然です」
少し得意げに。
リーシャ
「この設計の改良案を出したのは私です」
アルトリア
「……」
一瞬、目を見開く。
アルトリア
「14歳で?」
リーシャ
「年齢は関係ありません」
少し近づく。
リーシャ
「あなたもそうでしょう?」
静かな空気。
リーシャ
「戦争を止めた賢者」
アルトリア
「状況がそう導いただけです」
リーシャ
「姉と同じ答えですね」
アルトリア
「?」
リーシャ
「あなたは面白いです」
翡翠の瞳がじっとアルトリアを観察する。
リーシャ
「姉が夢中になる理由、理解しました」
アルトリア
「……?」
リーシャ
「あなたは危険です」
アルトリア
「危険?」
リーシャ
「理性で動く人の理性を揺らせる」
小さく笑う。
リーシャ
「姉は強い。でも……あなたの前では、少し違う顔をする」
アルトリアは言葉を失う。
リーシャ
「安心してください。私は味方です」
アルトリア
「味方?」
リーシャ
「あなたがこの国をどう見るのか、興味があります」
少しだけ目を細める。
リーシャ
「逃げませんよね?」
アルトリア
「……二週間は」
リーシャ
「十分です」
リーシャはくるりと背を向ける。
リーシャ
「魔導院は明日視察です」
振り返らずに言う。
リーシャ
「期待しています、レグナスの賢者殿」
静かに歩き去る。
アルトリアはその背中を見送る。
アルトリア(心の中)
(14歳……この国は本当に“知”で出来ている)
窓の外。
翡翠色に輝く王都。
アルトリア
「……試されているな」
イルーシャの私室(夜)
翡翠色の魔導灯が淡く灯る静かな私室。
大きな鏡の前。
椅子に座るリーシャ。
その後ろに立つイルーシャが、ゆっくりと櫛で妹の髪をとかしている。
静かな時間。櫛が銀白の髪を滑る音だけが響く。
リーシャ
「……姉様」
イルーシャ
「何?」
リーシャは鏡越しに姉を見る。
リーシャ
「私、あの賢者は危険なにおいしかしない」
櫛の動きが一瞬止まる。
イルーシャ
「こらリーシャ」
優しく髪を整えながら言う。
イルーシャ
「また会ったばかりでしょ?」
リーシャ
「そういう意味じゃない」
真剣な瞳。
リーシャ
「理性が強い人ほど、揺らした時の振れ幅が大きい」
イルーシャは微笑む。
イルーシャ
「分析が早いわね」
リーシャ
「姉様も気づいているでしょう?」
少し間。
リーシャ
「あの人、ここに染まらない」
イルーシャ
「……」
リーシャ
「アルゼリアを称賛しても、欲しがらない」
イルーシャはゆっくり櫛を動かす。
イルーシャ
「だからこそ」
リーシャ
「欲しくなった?」
イルーシャは鏡越しに妹を見る。
イルーシャ
「……優秀な才は、国の宝よ」
リーシャ
「国の?」
小さく笑う。
リーシャ
「姉様個人の、じゃなくて?」
イルーシャの手がほんのわずかに止まる。
イルーシャ
「リーシャ」
リーシャ
「図星」
イルーシャ
「私は王女です」
リーシャ
「でも女でもある」
静寂。
リーシャは少し声を落とす。
リーシャ
「姉様、あの人を甘く見ないで」
イルーシャ
「どういう意味?」
リーシャ
「あの人は“帰る場所”を強く意識してる」
イルーシャの瞳が細くなる。
リーシャ
「彼は簡単には揺れない」
イルーシャは櫛を置く。
イルーシャ
「揺らす必要はないわ」
リーシャ
「え?」
イルーシャ
「選ばせればいい」
静かな確信。
リーシャ
「自信あるの?」
イルーシャ
「勝負はまだ始まったばかりよ」
リーシャは椅子から立ち上がる。
姉を見上げる。
リーシャ
「姉様」
少しだけ真剣な声。
リーシャ
「本気になったら、止まらないでしょう?」
イルーシャ
「当然」
リーシャ
「なら」
小さく微笑む。
リーシャ
「私も本気で観察する」
イルーシャ
「敵に回る気?」
リーシャ
「味方よ」
リーシャは部屋を出ようとする。
扉の前で振り返る。
リーシャ
「でもね姉様、危険なのは彼だけじゃない」
イルーシャ
「……?」
リーシャ
「姉様も。私にはほかのどの賢者よりも姉様の智謀が恐ろしいわ」
リーシャが微笑んで部屋を出る。
扉が閉まる。静かな部屋。
イルーシャは窓辺に歩み寄る。月明かりが照らす。
イルーシャ
「危険、か」
小さく笑う。
イルーシャ
「それでも構わない。私は賢者よ」
レグナス王国・旧征服地
広大な平原。遠くに再建途中の町。
レグナスの旗がはためいている。
馬車の列。
その中央に、セリアの紋章が刻まれた馬車。
セリアが馬車から窓の外を見つめている。
護衛騎士
「姫様、まもなく視察地に到着します」
セリア
「……ええ」
窓の外には、焼け落ちた建物の跡や新しく立て直された家。
セリア(心の中)
(ここは……かつて私が剣を振るった土地)
一瞬、戦場の記憶が思い出される。
燃え盛る火の中、傷を負いながらも兵士を剣で貫くセリア。
セリア(心の中)
(今は、王女としてできることをするしかない)
セリア
「止めて」
馬車が止まる。
町の広場
住民たちが遠巻きに見ている。緊張した空気。
セリアが馬車から降りようとした瞬間――
ガンッ!
石が馬車に当たる。
兵士
「何者だ!」
小さな少年が立っている。涙をにじませ、怒りの目を向ける。
子供
「父ちゃんの敵!!」
兵士が駆け寄る。
兵士
「無礼者!」
子供を取り押さえる。
母親が駆け寄り、地面に伏せる。
母親
「申し訳ございません!どうかお許しを!」
兵士
「姫様、お下がりください」
セリアは静かに首を振る。
セリア
「いいえ」
馬車から降りる。
兵士
「危険です!」
セリア
「騎士として戦う以上……」
静かな声。
セリア
「恨まれる覚悟はしている」
兵士たちは戸惑う。
セリアはゆっくり子供の前に歩み寄る。
兵士
「姫様!」
セリア
「離してあげて」
兵士が子供を解放する。子供は睨み続ける。
セリアは膝をつく。子供と同じ高さ。
セリア
「……どうして、そう思うの?」
子供
「父ちゃんの敵だ!」
セリア
「お父さんは……どうしたの?」
子供
「戦争で死んだ!」
母親が震えながら言う。
母親
「この子の父は……レグナスとの戦で命を落としました」
静寂。
セリアの表情がわずかに揺れる。
セリア
「……お名前は?」
子供
「……グラント」
その名を聞いた瞬間、セリアの瞳が揺れる。
とある兵士が鋭い剣筋でセリアの肩を裂く。
兵士はセリアの剣に貫かれて倒れる。
兵士
「グラント~~~!!!」
最後まで目を逸らさなかった兵士、その兵士の名がグラントだった。
セリア(心の中)
(あの人……)
セリアの目に涙が浮かぶ。
子供が戸惑う。
子供
「……なんで泣くんだよ」
セリアは静かに涙を流す。
セリア
「あなたのお父さんは……とても強い兵士だった」
子供が息を呑む。
セリア
「最後まで誇りを失わなかった」
子供の目が揺れる。
セリアはそっと子供を抱きしめる。
兵士たちが驚く。母親も顔を上げる。
セリア
「ごめんね……」
声が震える。
セリア
「私のせいで……」
子供は抵抗しない。震えている。
子供は声を出さずに泣いている。セリアも静かに涙を流す。
住民たちが見ている。
空気が変わる。兵士たちも言葉を失う。
セリア
「この土地を、必ず豊かにします」
住民たちを見る。
セリア
「それが……私にできる償い」
母親が涙を流す。
母親
「……ありがとうございます」
セリアは深く一礼する。
王女としてではなく、一人の騎士として。
馬車に戻るセリア。
セリア(心の中)
(アルトリア……あなたは今、何を見ているの)
空は曇り始めている。
アルゼリア王都
翡翠色の光が王都を照らす。魔導塔が淡く輝いている。
アルトリアがアルゼリアに滞在してから――10日が経った。
アルゼリア王立魔導院
巨大な研究室。
魔導装置が安定した光を放っている。
研究者A
「循環効率がさらに12%向上しました!」
研究者B
「フィリア子爵の理論通りです!」
アルトリアが静かに魔法陣を見つめている。
アルトリア
「安定はしましたが……」
研究者
「まだ問題が?」
アルトリア
「暴走時の逆流対策が甘いです」
即座に補足案を提示。
研究者たちがざわつく。
研究者A
「十日でここまで……」
遠くからリーシャが見ている。
リーシャ(小声)
「やっぱり危険」
王宮回廊
イルーシャがアルトリアと並んで歩く。
イルーシャ
「十日間で、あなたは魔導院を半分変えました」
アルトリア
「変えたのは理論です」
イルーシャ
「理論は国を変えます」
イルーシャが尋ねる。
イルーシャ
「帰りたくなりましたか?」
アルトリア
「……」
一瞬だけ空を見る。
アルトリア
「まだ判断できません」
イルーシャ
「正直ですね」
イルーシャは少しだけ安堵する。
ヨハンの執務室
ヨハンが報告を受けている。
魔導官
「彼は予想以上です」
ヨハン
「そうか」
静かに考える。
ヨハン
「十日でここまでなら……」
少し意味深に。
ヨハン
「二週間では足りぬな」
夜・バルコニー
アルトリアが一人で立っている。
遠くに広がる翡翠の街。
アルトリア(心の中)
(この国は強い。それでも完璧ではない。知を尊ぶ国は、慢心しやすい)
小さく息を吐く。
アルトリア
「……あと四日」
リーシャが現れる。
リーシャ
「帰る準備をしていますか?」
アルトリア
「まだです」
リーシャ
「姉様は焦ってます」
アルトリア
「焦って?」
リーシャ
「あなたが想像よりも、ここに馴染んでいるから」
静かな風。
リーシャ
「でも……あなたは帰りますよね?」
アルトリア
「……はい」
迷いはない。
リーシャが微笑む。
リーシャ
「やっぱり危険」
アルトリア
「危険?」
リーシャ
「姉様の理性を壊すかもしれない人だから」
遠くでイルーシャが二人を見ている。
その表情は――読めない。
レグナス王都
セリアが剣の稽古をしている。
動きが鋭い。汗が滴る。
セリア(心の中)
(あと四日……信じるしかない)
剣を振り抜く。
アルゼリア王立魔導院
次の日……アルトリアのアルゼリア滞在から11日。
魔導院にて魔力が暴走するという事件が発生する。
研究員A
「循環出力、安定!」
研究員B
「魔力濃度、正常範囲内!」
アルトリアが装置を観察している。
アルトリア
「……」
眉がわずかに動く。
アルトリア
「出力を3%落としてください」
研究員A
「え?」
アルトリア
「今すぐ」
研究員が操作しようとした瞬間――
ゴォォォォォッ!!
装置が激しく振動する。
警報音。
研究員B
「魔力逆流!?」
研究員A
「循環制御不能!」
床の魔法陣が赤く点滅する。
研究員
「暴走です!」
リーシャが駆け込んでくる。
リーシャ
「やっぱり……!」
アルトリア
「外壁防御陣を閉鎖!」
研究員
「間に合いません!」
魔導エネルギーが膨れ上がる。爆発寸前。
アルトリア
「主制御核を手動切断します」
研究員
「危険です!」
アルトリア
「今の理論では止まりません。逆流の“逃げ道”を作る」
リーシャ
「……!」
アルトリアが制御陣の中心へ走る。
イルーシャも到着。
イルーシャ
「結界を作ります!」
アルトリア
「お願いします!」
イルーシャは即座に詠唱。
翡翠色の防御結界が展開する。
リーシャ
「核は高圧状態です!」
アルトリア
「わかっています!」
床に膝をつき、魔法陣を書き換える。
アルトリア
「循環経路を逆算……過剰魔力を地下導管へ逃がす」
研究員
「そんな経路は存在しません!」
アルトリア
「今から作ります!」
一瞬の静寂。
そして――
ドンッ!!
光が収束する。
魔導装置の暴走が止まる。
静寂。
研究員たちが息を呑む。
研究員A
「……止まった」
研究員B
「完全に収束……」
リーシャが目を見開く。
リーシャ
「短期間で……そこまで読むなんて」
イルーシャが結界を解く。
イルーシャ
「……怪我は?」
アルトリア
「問題ありません」
少し息を整える。
ヨハンが現れる。
ヨハン
「状況を説明せよ」
研究員
「暴走寸前でしたが……フィリア子爵が制御を」
ヨハンの視線がアルトリアに向く。
ヨハン
「原因は?」
アルトリア
「魔力循環の偏在です。理論は正しかったのですが、運用が甘いようです」
ヨハン
「……」
ヨハンはゆっくり歩み寄る。
ヨハン
「十日ほどで、ここまで読むか」
アルトリア
「未然に防げたはずです」
ヨハン
「それでも止めた」
静かに微笑む。
ヨハン
「やはりそなたはイルーシャと肩を並べるほどの賢者だな」
イルーシャがアルトリアを見る。
その瞳は、尊敬と別の感情が混じる。
リーシャが小さく呟く。
リーシャ
「危険どころじゃない……」
バルコニー
アルトリアが一人で夜風に当たっている。
イルーシャが隣に立つ。
イルーシャ
「今日は命を救いました」
アルトリア
「この国の技術は優れています」
イルーシャ
「でも完璧ではない」
アルトリア
「完璧な国は存在しません」
イルーシャ
「あなたなら、近づける」
静かな間。
イルーシャ
「アルトリア殿、残るという選択肢は?」
アルトリア
「……」
夜空を見る。
アルトリア
「私は帰ります」
迷いのない声。
イルーシャはわずかに息を止める。
イルーシャ
「……そう」
微笑む。
しかし目は静かに揺れている。
リーシャが遠くから見ている。
リーシャ
「やっぱり帰る」
月が高く昇る。
あと四日。
国家と心の戦いは、まだ終わらない。
レグナス王宮・セリアの私室
――3日後――
柔らかな光が差し込む。
銀の装飾が施された鏡台。
セリアが椅子に座り、静かに化粧をしている。
侍女が数名控えている。しかし部屋はどこか緊張している。
セリアの手はわずかに震えている。
セリア(心の中)
(今日……帰ってくる)
深呼吸。
頬に薄く紅をさす。
コンコン。
扉が勢いよく開く。
侍女長パーヤが入ってくる。
パーヤ
「姫様!」
セリアは振り向かない。
だが指先が止まる。
パーヤ
「アルトリア子爵がお帰りになられましたよ!」
一瞬、時間が止まる。
鏡に映るセリアの瞳が大きく揺れる。ゆっくりと振り向く。
セリア
「……本当?」
声は静かだが、奥が震えている。
パーヤ
「はい!ただ今王宮に到着されたとのことです!」
侍女たちがざわつく。セリアは立ち上がるが、すぐに座り直す。
セリア
「……いえ、まだ行かない」
侍女たちが驚く。
パーヤ
「姫様?」
セリア
「王女として、迎えるの」
少しだけ微笑む。
セリア
「走って会いに行くなんて……らしくないでしょう?」
しかしその手は強く握られている。
パーヤは優しく笑う。
パーヤ
「では、最高のお姿でお迎えいたしましょう」
セリア
「ええ」
鏡に映る自分を見る。
侍女が髪を整える。
銀の髪が輝く。
パーヤ
「姫様」
セリア
「何?」
パーヤ
「とても……お綺麗です」
セリアは小さく笑う。
セリア
「当然でしょう?今日のこの日をどれだけ待ち望んだか」
しかしその瞳は、少し潤んでいる。
王宮正門
馬車が到着し、アルトリアが降りる。
六軍将の一部が出迎える。
空気が張り詰める。
遠くの回廊からセリアが現れる。
二人の視線が、静かに交わる。
レグナス王宮・国王執務室
重厚な机にレオニスが座っている。
アルトリアが前に立つ。
レオニス
「無事戻ったか、アルトリア」
アルトリア
「はっ。アルゼリアで見聞きした内容をご報告いたします」
レオニス
「聞こう」
アルトリアは静かに話し始める。
アルトリア
「アルゼリアは魔導国家として完成度が高く、特に魔導循環技術は、我が国より一歩先を行っています」
レオニス
「ふむ」
アルトリア
「しかし慢心もありました。魔導院の中枢は暴走寸前でした」
レオニス
「暴走?」
アルトリア
「私が制御いたしました」
レオニスが目を細める。
レオニス
「流石だな」
アルトリア
「ヨハン国王は知を重んじる賢王です。敵ではなく、対等な同盟が最善です」
レオニス
「我が国にとって利はあるとみるか?」
アルトリア
「十分にあります」
部屋にセリアが入ってくる。
銀の髪が揺れる。
セリア
「失礼いたします、父上」
レオニス
「セリアか」
アルトリアは一瞬視線を向ける。
二人の目が合う。
静かな時間。
セリアは優雅に礼をする。
セリア
「ご報告中でしたか?」
レオニス
「ちょうど終わるところだ」
アルトリア
「では、私はこれで失礼いたします」
軽く一礼し、扉へ向かう。
背後から視線を感じる。
アルトリアが振り向いた瞬間――セリアがすぐ目の前に立っている。
セリア
「……待って」
柔らかな声。しかし瞳は揺れていない。
アルトリア
「姫様?」
セリアは一歩近づき、アルトリアの袖を軽くつまむ。
セリア
「後で……」
耳元に近づく。
セリア(小声)
「部屋で待っているわ」
微笑む。
完璧な王女の笑顔だが、目の奥に光るもの。
アルトリアの背筋に寒気が走る。
アルトリア
「……は、はい」
セリア
「二週間分、聞きたいことがあるの」
甘い声。しかし逃げ場はない。
アルトリア(心の中)
(……寒い)
レオニスが小さく笑う。
レオニス
「アルトリア」
アルトリア
「はっ」
レオニス
「健闘を祈る」
アルトリア
「……?」
セリアはにこやかに部屋を出る。
アルトリアはしばらく固まる。
アルトリア(心の中)
(いつもより緊張するのはなぜだ……)
外では心地よい風が吹いている。
だがアルトリアの背後には、静かな嵐が待っている。
セリアの私室
セリアが優雅に紅茶を注いでいる。
アルトリアは椅子に座り、やや緊張気味。
セリア
「さあ、どうぞ」
アルトリア
「ありがとうございます」
一口飲む。
セリア
「それで?」
にこやか。
セリア
「アルゼリアはどうだったの?」
アルトリア
「魔導国家として非常に高度でした。魔導循環理論も発達していて――」
セリア
「ふぅん」
頬杖をつく。
セリア
「それで?」
アルトリア
「え?」
セリア
「イルーシャ王女とは、どうだったの?」
空気が止まる。
アルトリア
「え、えっと……」
視線が泳ぐ。
セリアの笑みが消える。無表情になり、目から光がなくなる。
セリア
「どうだったの?」
アルトリア
「い、いえ、別に何も……」
セリア
「何も?」
少し近づく。
セリア
「二週間も一緒にいて?」
アルトリア
「し、仕事です!」
セリア
「仕事で?」
セリアがだんだんと早口になる。
セリア
「二人きりになったことは?夜に話したことは?手が触れたりは?見つめ合ったりは?贈り物は?笑い合った?肩は?距離は?近かった?近くなかった?どうなの?」
アルトリア
「え、え、え、ええええ!?」
セリア
「危険なにおいがするとか言われなかった?残れと言われなかった?まさか“残る選択肢は?”なんて聞かれてないわよね?」
アルトリア
「な、なんでそれを!?」
セリア
「図星なの!?」
アルトリア
「い、いえ、その、あの、私は帰ると言いました!」
セリア
「“言いました”?」
アルトリア
「……は、はい」
セリアがじっと見つめる。
沈黙。
次の瞬間――
セリア
「本当に?」
アルトリア
「は、はいぃ……」
セリア
「迷わなかった?」
アルトリア
「……一瞬も」
セリア
「即答できなかったわよね今」
アルトリア
「ひぃっ」
セリアの目が完全に無光状態。
セリア
「ねえアルトリア」
にっこり微笑む。だが怖い。
セリア
「私のことは?」
アルトリア
「え?」
セリア
「私は?」
アルトリア
「……え、えっと」
セリアが椅子を寄せる。距離が近い。
アルトリア
「た……」
セリア
「た?」
アルトリア
「た……」
セリア
「た?」
アルトリア
「たすけてええええぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
アルトリアの悲鳴が廊下まで響く。
フリアが慌てて扉を開ける。
フリア
「何!?何の騒ぎ!?」
セリアは優雅に座っている。
アルトリアは椅子の端で縮こまっている。
セリア
「あら母上。なんでもありません。ね?」
セリアがアルトリアに微笑む。
アルトリア
「い、いえ……あの……」
フリアが状況を見て一瞬で理解。
フリア
「……」
セリアの笑顔にアルトリアの怯え。
フリア
「ご……ごゆっくり~……」
静かに扉を閉める。
カチリ。
沈黙。
セリアがゆっくりアルトリアを見る。
セリア
「さて」
アルトリア
「……」
セリア
「続き、聞かせてもらうわね?」
アルトリア
「……はい」
その後しばらくアルトリアには拷問のような時間が続いたのであった……
第10話 完
