天才推理小説家の事件録 第18話「宝石強盗事件発生!!前編」
第18話「宝石強盗事件発生!!前編」
Jewelry Maison LUXE 銀座店/昼
銀座の一等地。
ガラス張りの美しい宝石店。
店内には落ち着いたクラシック音楽。
その時間、客はゼロ。
スタッフだけが店内にいた。
副店長補佐の南雲玲奈(32)に販売員が4人、武田美聡(30)、佐山里穂(29)、水原香澄(27)、相沢莉子(25)。
5人の女性店員たちは、ショーケースの前で軽く談笑している。
佐山 里穂
「ねえ、今日ほんと静かだね」
相沢 莉子
「平日昼なのに……でも逆に静かすぎて怖いです」
南雲 玲奈
「怖いって何よ……まぁ、店長がいない日に限って静かだと落ち着かないけど」
香澄はなんとなくガラスの反射を見て、入り口の方向を確認する。
水原 香澄(小声)
「……誰か来たら、すぐ気づけるようにしておかないと」
武田 美聡
「香澄ちゃん警戒しすぎ~」
水原 香澄
「念には念をと思って」
その時――
チリン……
入口のドアベルが鳴る。店員全員が反射で背筋を正し、笑顔を作る。
南雲 玲奈
「いらっしゃいませ——Jewelry Maison LUXE 銀座店へようこそ——」
しかし入ってきたのは、客ではなかった。
黒いフード、黒いマスク。顔が隠れた3人組。異様な空気。
店員たちの笑顔が固まる。
相沢 莉子
「……え?」
佐山 里穂(引きつった声)
「……お…お客様……?」
次の瞬間、覆面のひとりがジャケットの内側から銃を取り出す。店員全員の顔色が一気に変わる。
覆面A(低い声)
「静かにしろ」
覆面B
「叫んだら撃つ」
武田 美聡
「……っ!」
水原 香澄(心の声)
(……本物……?)
南雲 玲奈(店員を守るように一歩前へ)
「……落ち着いてください。ここは宝石店です……防犯カメラも——」
覆面リーダー(銃口を向ける)
「うるせぇ」
覆面たちは一気に距離を詰め、ショーケース前に陣取る。
覆面リーダー
「全員床に伏せろ!!」
銃が見える距離。
反抗は無意味だった。
玲奈が唇を噛み、静かに指示する。
南雲 玲奈
「……みんな、言う通りにして……!」
店員たちは震えながら、手を挙げて床に伏せる。
相沢 莉子
「……や……やだ……」
武田 美聡
「……っ……!」
水原 香澄
「……落ち着いて……落ち着いて……」
佐山 里穂
「……!」
覆面B
「手を背中に回せ」
覆面A
「早く!」
覆面AとBが、結束バンドを取り出す。
床に伏せた店員たちの手首を、後ろ手に縛っていく。
結束バンドがきつく締まる音。
ギュッ……
佐山 里穂
「いたっ…!」
覆面B
「黙れ」
水原 香澄(歯を食いしばる)
「……っ……」
相沢 莉子
「……痛い……」
南雲 玲奈
「……やめて……」
武田 美聡(睨みつける)
「……っ」
覆面A
「睨んでんじゃねぇ」
美聡は悔しそうに視線を落とす。
覆面リーダーは床に伏せた5人を見回し、短く命じる。
覆面リーダー
「そいつらの目を塞いどけ」
覆面A
「了解」
覆面Bが、リュックから黒い布袋を取り出す。布が擦れる音。
覆面B
「……これ」
覆面Bは袋を2枚ずつ覆面Aに渡し、自分も2枚取る。そしてリーダーも1枚手に取る。
店員たちが、恐怖で息を止める。
覆面リーダーは玲奈を見下ろす。
覆面リーダー
「こいつ(玲奈)は俺がやる!そいつらにこれを被せろ!」
南雲 玲奈
「……っ」
玲奈は必死に首を振る。
南雲 玲奈
「いや……やめて……!」
覆面リーダー
「動くな」
そして、その頭に――黒い布袋が被せられる。
南雲 玲奈
「……っ!!」
玲奈の声が袋越しにくぐもる。
南雲 玲奈
「やだ……!怖い……!」
同時に覆面AとBも、他の店員へ布袋を被せ始める。
覆面Bが里穂に布袋を近づける。
佐山 里穂
「やめて……!お願い……!」
覆面B
「黙れ」
袋が被せられる。
佐山 里穂
「……っ!」
香澄は抵抗しない。
だが、袋が被さる直前の最後の瞬間――店の匂い、床の音、3人の位置関係を必死に頭へ刻む。
水原 香澄(心の声)
(……足音……3人……右……左……リーダーは……)
袋が被せられる。
水原 香澄
「……っ」
美聡は耐えきれず、肩を動かして抵抗する。
武田 美聡
「やめろ!!」
覆面A
「うるせぇ!」
武田 美聡
「——っ!」
袋が被せられる。
莉子は泣きながら首を振る。
相沢 莉子
「……やだ……暗い……暗いのやだ……!」
覆面B
「黙れ!!」
袋が被せられる。
相沢 莉子
「……っ!」
店内は、視界を奪われた恐怖の呼吸音で満ちる。
覆面リーダー(冷たい声)
「……よし。誰も動くな。動いたら殺す」
床に伏せたまま、視界を奪われた5人。
呼吸だけが聞こえる。
そして――宝石ケースの鍵を開ける音が響く。
カチャ……
床に伏せた店員たち。
黒い布袋の中は真っ暗で、音と匂いだけが世界の全てになる。
近くで、ショーケースに触れる音。
カチャカチャ……
鍵を探るような音が響いた直後――
覆面リーダー
「……チッ……鍵が開くのが遅ぇ。壊すぞ」
覆面A
「了解」
鈍い金属音。
ガンッ!!
続けて――
ガンッ!ガンッ!!
ガラスが砕け散る破裂音。
ガシャァン!!
床を転がるガラス片の音が雨のように広がる。
相沢 莉子(袋の中で震え声)
「……っ……!」
水原 香澄(心の声)
(ケースを壊した……普通の強盗じゃない……最初から“壊す前提”……)
南雲 玲奈
「……っ……やめて……!」
覆面B
「黙ってろ」
覆面たちは迷いがない。
ショーケースを無差別に荒らすのではなく――“狙った棚”だけを重点的に叩き割っていく。
覆面A
「黒、3段目」
覆面B
「右、奥の列。取れ」
覆面リーダー
「“それ以外”は触んな。時間のムダだ」
水原 香澄(心の声)
(……棚の指定……黒、3段目……右奥……位置を知ってる言い方……)
宝石箱が開く音。
カチッ、カチッ
ケースに宝石が落とされる音。
カランカラン……
相沢 莉子(心の声)
(音が違う……高い……硬い……ガラスじゃない……石……?)
莉子は必死に耳を澄ます。
里穂の息が荒い。
恐怖で喉が渇き、耐えきれず声を出してしまう。
佐山 里穂
「……み、水……っ……お願い……水を飲ませて……」
一瞬、空気が止まる。
足音が近づく。
コツ……コツ……
覆面B
「……あ?」
佐山 里穂
「……っ」
覆面B
「喋んなって言ったよな」
佐山 里穂
「ごめんなさい……!でも……!」
ゴッ!
短い鈍音。
佐山 里穂
「……っ!!」
里穂は声にならない呻き声を漏らし、床にうずくまる。
覆面B
「次喋ったら、もっとやる」
水原 香澄(心の声)
(……殴ったのは右……音が近い……利き手……たぶん右利き……)
美聡は恐怖より怒りが先に来るタイプだった。
武田 美聡
「……っふざけんな……!」
覆面A
「……ん?」
武田 美聡
「女しかいないからって……!」
美聡が身体を捻ろうとし、床を擦る音が立つ。
覆面リーダー
「余計なことすんな」
武田 美聡
「……っ!」
リーダーの声が低くなる。
覆面リーダー
「痛い目みないと分かんねぇか」
次の瞬間――
バッ!
布袋越しに、顔を強引に床へ押し付けられる。
武田 美聡
「……ぐっ!!」
覆面リーダー
「黙ってろ。動いたら手首を折るぞ」
武田 美聡
「……っ……!」
水原 香澄(心の声)
(リーダー……声が近い……低い……落ち着きすぎてる……暴力に躊躇がない……)
香澄は袋の中で、必死に犯人の会話を拾う。
覆面A
「……これで最後?」
覆面リーダー
「いや。“第二庫”」
水原 香澄(心の声)
(……第二庫?)
覆面B
「は?第二庫って何だよ」
覆面リーダー
「黙ってついてこい。時間がねぇ」
水原 香澄(心の声)
(第二庫……店内の呼称……内部用語……!)
香澄の心臓が跳ねる。
莉子は泣きそうなまま、耳だけは必死に働かせる。
奥へ走る足音。
タッタッタッ……
その後、店の裏手から聞こえる金属音。
カチャ……カチャ……
そして――暗証番号のボタン音。
ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……
相沢 莉子(心の声)
(4回……番号……4桁……?)
覆面リーダー
「開いた」
相沢 莉子(心の声)
(……この人、“暗証番号を知ってる”)
宝石をまとめる音が止まる。
覆面リーダー
「撤収」
覆面A
「了解」
覆面B
「……っしゃ」
店員たちは袋の中で息を止める。
足音が遠ざかっていく。
コツ……コツ……
最後に入口のドアベル。
チリン……
静寂。
誰も動けない。
数秒後、香澄が震える声で確認する。
水原 香澄
「……い、いなくなった……?」
佐山 里穂
「……っ……」
相沢 莉子
「……怖い……」
南雲 玲奈
「……っ」
武田 美聡
「……まだ……来るかもしれない……」
水原 香澄(心の声)
(第二庫……4桁……今の言葉だけは忘れちゃだめ……)
店の防犯アラームが遅れて鳴り響く。
ウゥゥゥゥゥ――!!
店内に鳴り響く防犯アラーム。
床には割れたショーケースのガラス。
宝石のあった場所だけが、異様な空白を晒している。黒い布袋を被せられたまま、縛られている店員たち。
ガチャッ!
入口のドアが乱暴に開く音。足音が一斉に入ってくる。
後藤 英正(鋭い声)
「全員、銃は確認されていない!慎重に行け!」
熊谷 仁志(低く、圧のある声)
「人質優先だ。急げ」
布袋越しに、里穂が警察の声を聞いて震える。
佐山 里穂
「……け、警察……?」
水原 香澄(小声)
「……助かった……」
後藤が床に伏せた店員の一人ひとりを確認しながら指示を出す。
後藤 英正
「ハサミ!」
部下
「はい!」
チョキン
結束バンドが切られる音。
佐山 里穂
「……っ……」
里穂は布袋を外され、光に目を細める。
佐山 里穂
「……う……」
別の警察官が香澄の布袋を外す。
香澄は一瞬、視界に涙を溜めながらも、深く息を吸う。
水原 香澄
「……はぁ……」
莉子は布袋を外された瞬間、堪えきれず泣き崩れる。
相沢 莉子
「……怖かった……!」
警察官
「もう大丈夫です」
玲奈は最後まで気丈に振る舞おうとするが、布袋が外れた瞬間、肩が震える。
南雲 玲奈
「……ありがとうございます……」
美聡は唇を噛み、悔しそうに床を見る。
武田 美聡
「……捕まりますよね……?」
後藤 英正
「……必ず捕まえます」
熊谷は割れたショーケースを一目見て、眉間に深い皺を刻む。
熊谷 仁志
「……やられたな」
熊谷は床のガラス、空の宝石台を見渡す。
熊谷 仁志
「後藤」
後藤 英正
「はい」
熊谷 仁志
「被害額は?」
後藤 英正
「最低でも、数億です」
空気が一段階、重くなる。
熊谷 仁志
「……数億か」
熊谷は低く吐き捨てるように言う。
熊谷 仁志
「……完全に“プロ”だな」
熊谷は店員たちのほうを見る。
熊谷 仁志
「怪我は?」
水原 香澄
「……打撲が……」
佐山 里穂
「……殴られました……」
武田 美聡
「……私も……」
熊谷の目が一瞬、鋭くなる。
熊谷 仁志(低い声)
「……分かりました」
熊谷は後藤に視線を向ける。
熊谷 仁志
「後藤。本気でやるぞ」
後藤 英正
「……はい」
後藤の目も、完全にスイッチが入っている。
後藤は店員たちに、落ち着いた声で告げる。
後藤 英正
「今は無理に話さなくて構いません。ですが――覚えてることは可能な限り話してください。音でも言葉でも何でも」
香澄と莉子が、無意識に顔を見合わせる。
水原 香澄(小さく)
「……言葉……」
相沢 莉子(小さく)
「……音……」
後藤はそれを聞き逃さない。
後藤 英正
「……後で、詳しく聞きます」
熊谷は店内を一度だけ見回し、短く言う。
熊谷 仁志
「……ここは完全に“やられた現場”だ。だが強盗は、必ず足を残す」
熊谷は後藤を見る。
熊谷 仁志
「洗え。徹底的にな」
後藤 英正
「了解」
警視庁 捜査一課 強行犯係/昼
強行犯係(殺人・傷害担当)の刑事たちは、報告書整理や事務作業に追われている。
柴田 元治(書類をめくりながら)
「……ふぅ」
柴田は一息つき、隣の島をちらりと見る。
柴田 元治
「そういや……強盗犯係が、何やら騒いでんな」
瀬尾 隆(モニターから顔を上げて)
「あ~、なんでも銀座の宝石店に強盗が入ったらしいですよ」
柴田 元治
「……は?」
柴田は思わず顔を上げる。
柴田 元治
「銀座で……宝石店?」
瀬尾 隆
「はい。しかも質の悪いやつらだったらしくて、人質が抵抗したら暴行を加えたらしいです」
柴田 元治
「……」
柴田の表情が一気に険しくなる。
柴田 元治
「なんだよそれ……!モノホンのくず野郎じゃねえか!!」
近くの刑事たちも、思わず顔を上げる。
田村 水咲
「暴行……?」
都築 真也
「宝石強盗でそこまで……」
柴田 元治
「人質に手ぇ出す強盗はな……捕まったら終わりだって覚悟してる連中だ」
瀬尾 隆
「ですね。熊谷管理官、相当怒ってるみたいですよ」
柴田 元治
「……そりゃそうだ」
捜査一課長室
捜査一課長の緒方と熊谷が向かい合っている。
緒方 博昭
「……で?被害の規模は?」
熊谷 仁志(低い声で、簡潔に)
「数億です」
緒方 博昭
「……」
緒方は一瞬だけ目を伏せ、深く息を吐く。
緒方 博昭
「やり口は?」
熊谷 仁志
「完全制圧型です。女性店員のみの時間帯を狙い、人質に対して拘束、目隠し、暴行を行いました」
緒方 博昭
「……最悪だな」
熊谷 仁志
「ええ。ただの窃盗じゃありません。人を壊しにきてます」
緒方 博昭
「……」
緒方は腕を組み、低く言う。
緒方 博昭
「内部の線は?」
熊谷 仁志
「……可能性は高いと踏んでいます。犯人グループは店内でしか使われないはずの用語を使っていたと」
緒方 博昭
「……そうか」
緒方は短く頷く。
緒方 博昭
「熊谷」
熊谷 仁志
「はい」
緒方 博昭
「徹底的にやれ。人質に手を出した以上、容赦はいらん。必要なら捜一を総動員しても構わん」
熊谷 仁志
「……了解しました。必ず、全員引きずり出します」
警視庁 捜査一課フロア前/課長室前
捜査一課長室の扉が開き、熊谷*が中から出てくる。その表情は硬く、怒りを押し殺している。
そこに遥香が腕を組んで壁にもたれかかり、静かに待っていた。
熊谷は一瞬、足を止める。
神谷 遥香
「……とんでもないヤマだったみたいですね」
熊谷 仁志
「……神谷……」
熊谷は短く息を吐く。
神谷 遥香
「人質に手を出した強盗……正直、私も腹が立ってます。強盗でも、金だけ取って逃げる連中はいるでも今回は……人を傷つけることを前提にしてる」
遥香は一度、拳を握る。
神谷 遥香
「……必要なら、うちも協力します。殺人係ですが、現場を見る目は変わりません」
熊谷は一瞬、目を閉じてから遥香を見る。
熊谷 仁志
「……助かる。ありがとう、神谷」
神谷 遥香
「警察官として当然です」
その空気を切り裂くように、一歩強い足音。
後藤 英正
「……管理官!」
後藤は明らかに苛立った表情で近づく。
後藤 英正
「なんで神谷の力まで借りるんですか!?ここは強盗班の事件です!俺たちだけで、必ず捕まえます!」
熊谷は足を止め、後藤をまっすぐ見る。
熊谷 仁志
「後藤」
後藤 英正
「……はい」
熊谷 仁志
「感情論で言ってるなら、ここで終わりだ」
後藤 英正
「……っ」
熊谷 仁志
「必要なら、手を借りるだけだ。俺は“縄張り”で事件を見てない。人質が殴られて、数億が持っていかれた……それが事実だ」
後藤 英正
「……」
熊谷 仁志
「それに、緒方課長にも言われた。『徹底的にやれ』ってな」
後藤は唇を噛む。
後藤 英正
「……分かってます。でも……現場を張ってきたのは、俺たちです。最後まで……自分の手で……」
熊谷は一歩近づき、低い声で言う。
熊谷 仁志
「だからだ。現場を一番知ってるのは、お前だ。そこに、神谷の視点と、宝条先生の頭を足す。それだけの話だ」
後藤 英正
「……っ」
後藤は一瞬、遥香を見る。
遥香は視線を逸らさず、静かに言う。
神谷 遥香
「横取りするつもりはありません。捕まえるのが目的です」
後藤は大きく息を吐き、頭を下げる。
後藤 英正
「……失礼しました。管理官の判断なら、従います」
熊谷 仁志
「よし!後藤」
後藤 英正
「はい」
熊谷 仁志
「一番最初に、犯人に手錠かけるのはお前だ。俺が約束する」
後藤の目に、火が戻る。
後藤 英正
「……必ず」
熊谷が歩き出す。
後藤が背筋を伸ばし、後に続く。
遥香は一瞬立ち止まり、捜査一課のフロアを見渡す。
神谷 遥香(心の声)
(……今度は、逃がさない)
宝条邸 書斎
深夜。屋敷は静まり返っている。ただ一室――書斎だけが、明るい。
机には大量の資料、推理メモ、修正紙。
PC画面に映るのは小説の原稿。
潤は目の下にうっすらクマを作りながら、ひたすらキーを叩いている。
宝条 潤(小声)
「……ここ、違う……違う、違う……伏線の回収が甘い……」
潤はキーボードを叩きながら、独り言を続ける。
宝条 潤
「この一文が読者を裏切る……でも、嘘はつけない……」
廊下
書斎の外の廊下。
当主が書斎に籠っているため、執事たちは待機している。
黒田が腕組みで立っている。その背後に――須田、下澤、朝野も控えている。
須田(小声)
「……」
須田は口を押さえるが――
須田
「ふぁ……ぁ……」
大あくび。
下澤(無表情)
「……」
下澤も無表情のまま、静かにあくびする。
下澤
「……ふぁ……」
朝野
「……」
朝野は必死に耐えようとするが、限界が来る。
朝野
「ふぇ……ふぁぁ……っ!」
須田
「声出すな声」
朝野
「すすす、すみません……!」
黒田
「……まったく」
黒田は小さくため息をつく。
黒田
「坊ちゃまも……いえ、旦那様も大変なお方だ」
須田
「……まだ終わらないんですかね」
黒田
「終わるまで待つのが執事だ」
潤は最後の数行を打ち込み、一度止まって、深く息を吸う。
宝条 潤
「……よし……これで……」
潤はマウスをカチカチと動かし、最終確認。
宝条 潤
「……よし……!」
そして次の瞬間――潤が勢いよく立ち上がり、両手を上げる。
宝条 潤
「でーーーーきたああああ!!!」
屋敷中に響く声。廊下の執事たち全員が、ビクッと跳ねる。
朝野
「ひゃっ!?」
須田
「うわっ!!」
下澤
「……(無表情のまま目だけ開く)」
黒田
「……!!」
書斎の扉が勢いよく開く。
潤が原稿データの入ったタブレットを持ちながら廊下に出てくる。
目がキラキラしている。
宝条 潤
「黒田!!」
黒田
「はい、旦那様」
宝条 潤
「できた!!できたよ!!今回……今回のはマジで……!うわあああああ!!」
潤が廊下で小躍りをする。
須田
「……お、お疲れ様です」
下澤
「……おめでとうございます」
朝野
「すごいです!!さすが旦那様です!!」
黒田は一歩前に出て、静かに笑う。
潤の持つタブレットを見て頷く。
黒田
「……ほう。これは……力作でございますな」
宝条 潤
「でしょ!!!絶対バズる!!いや、バズるとかじゃない……!読者が泣く!震える!騙される!!」
黒田
「いつものことでございます」
宝条 潤
「今回の犯人、俺天才かもしれない」
黒田
「坊ちゃま……いえ、旦那様はいつも天才でございます」
宝条 潤
「黒田~~~!!」
潤は満面の笑みで、ぐっと親指を立てる。
翌朝 宝条邸 正門前
宝条邸は変わらず威厳のある佇まい。
門の前に黒塗りの公用車が停まる。
車から熊谷が降りてくる。静かな圧がある。
玄関の扉が開き、執事が一礼する。
須田
「執事の須田でございます。本日はどのようなご用件で……?」
熊谷は警察手帳を軽く示す。
熊谷 仁志
「警視庁の熊谷と申します。宝条先生は――いらっしゃいますか?」
須田は一瞬だけ驚いた顔をするが、すぐに冷静に戻る。
須田
「……かしこまりました。お取次ぎいたします」
熊谷 仁志
「お願いします」
宝条邸 大広間
宝条邸の大広間。
天井は高く、磨き上げられた床。
上質なソファとテーブル。
執事たちが慣れた手つきで茶の準備をする。
黒田が中央に控える。
黒田
「……警視庁の管理官が直々に……また面倒な香りがいたしますな」
扉が開き、潤が入ってくる。
シャツにジャケット姿。
昨日の徹夜の名残が少しあるが、表情は整っている。
宝条 潤
「お待たせしました」
熊谷は立ち上がり、深く一礼する。
熊谷 仁志
「突然の訪問、失礼いたしました。警視庁捜査一課 管理官の熊谷仁志と申します」
潤も軽く会釈する。
宝条 潤
「宝条潤です」
宝条 潤(心の声)
(……管理官がわざわざ屋敷まで?これは“ヤマ”だな……)
黒田が2人の間に茶を置く。
湯気が静かに立ち上る。
熊谷は茶に口をつけず、すぐに切り出す。
熊谷 仁志
「――早速ですが、今捜査中の事件のことで」
宝条 潤
「事件……ですか?」
熊谷 仁志
「はい。銀座の宝石店で、強盗事件が発生しました」
宝条 潤
「……」
潤の顔が一段引き締まる。
黒田が一歩前へ出て、タブレットをテーブルに置く。
黒田
「おそらく、これのことかと」
潤はタブレットに目を通す。
宝条 潤
「……かなり荒いですね……暴行もですか」
熊谷 仁志
「ええ。抵抗した人質に、ためらいなく手を上げました……こっちは、それが許せません」
熊谷は淡々と話しているのに、怒りが滲む。
宝条 潤
「犯人は何人ですか?」
熊井が資料を見せながら話す。
熊谷 仁志
「目撃証言では3人です。ただ、内部協力者がいる可能性が濃いと見ています」
宝条 潤
「……内部協力者」
潤は資料の一文に目を止める。
「犯人の1人が“第二庫”という言葉を使用」
宝条 潤
「……第二庫?内部用語ですか?」
熊谷 仁志
「ええ。一般客はまず知らない」
宝条 潤
「人質は全員、布袋を被せられた……」
熊谷 仁志
「その通りです。視界を奪って証言を封じた」
潤は静かに資料を閉じる。
宝条 潤
「……なるほど」
宝条 潤(心の声)
(視界を封じる目的は、恐怖だけじゃない……犯人の“動き”と“人数”を曖昧にするため……)
熊谷 仁志
「宝条先生、我々は全力で追っています。ただ――犯人が“店を知っている者”を使っているなら、先生の視点が必要になります」
宝条 潤
「……」
潤は一度黒田を見る。黒田は諦めたように小さく頷く。
黒田(小声)
「旦那様……事件の匂いでございますな」
宝条 潤(小声)
「……だね」
一瞬の沈黙。
宝条 潤
「……分かりました。協力できる範囲で、お手伝いします」
熊谷の表情がほんの少しだけ緩む。
熊谷 仁志
「……ありがとうございます」
Jewelry Maison LUXE 銀座店前/昼
銀座はいつも通りの街並み。だが宝石店の前だけ、空気が重い。
店の入口付近には規制線。制服警官が立ち、鑑識の出入りが続いている。
黒塗りの捜査車両が停まり、そこから潤が降りる。
後藤 英正
「……警視庁の後藤です。先生、お待ちしてました」
宝条 潤
「よろしくお願いします……思ってたより派手にやられてますね」
店のガラス越しに、割れたショーケースの跡が見える。
後藤 英正
「入りましょう」
宝条 潤
「はい」
宝条 潤(心の声)
(強盗事件……殺人とは違うが、被害者の心を壊すという意味じゃ同じだ)
店内にはまだ復旧の途中の空気が漂う。
ガラス片は片付けられているが、ショーケースは空白だらけ。
店内には人質になった店員5人が揃っていた。彼女たちは皆、まだ顔色が優れない。
後藤が一歩前に出て紹介する。
後藤 英正
「皆さん、こちらが推理作家の宝条先生です」
佐山 里穂
「……宝条先生…?」
水原 香澄
「……あの……テレビで……」
南雲 玲奈
「……来てくださったんですね」
相沢 莉子
「ほ、本物……?」
武田 美聡
「……」
美聡は、悔しさを噛み殺したように潤を見る。
宝条 潤
「宝条潤です……まずは皆さんご無事で何よりです」
潤は真剣な表情で、深く頭を下げる。
潤は顔を上げ、店員たちの顔を見る。明らかに全員整っている。
宝条 潤
「……こんなお美しい女性たちに、犯人グループは……なんということを……」
その瞬間――
ゾワッ……
潤の背筋に、冷たい悪寒が走る。
宝条 潤(心の声)
(……!?今……殺気……?)
潤がゆっくり振り向く。
もちろん――遥香はいない。はず。
後藤 英正
「……?」
後藤は首をかしげる。
宝条 潤(小声)
「……気のせいか……」
宝条 潤(心の声)
(いや、今のは確実に……遥香の……)
潤は視線を戻し、真面目な声に切り替える。
宝条 潤
「皆さん、怖かったと思います。無理にとは言いませんが――覚えていることを、音でも言葉でも全部教えてください」
香澄が小さく頷く。
南雲 玲奈
「……犯人は3人でした」
宝条 潤
「らしいですね。声の特徴は覚えてますか?」
水原 香澄
「1人は低くて落ち着いてて……もう1人は……短気で……すぐ殴る人……」
香澄が続ける。
水原 香澄
「それと……1人が『第二庫』って言ってました……」
潤の目が一瞬で変わる。
宝条 潤
「……この店の内部用語ですね?」
水原 香澄
「……はい。スタッフしか言いません」
里穂が震えながら言う。
佐山 里穂
「……私、水が飲みたいって言っただけで殴られて……」
宝条 潤
「……」
潤の目が、静かに鋭くなる。
莉子が泣きそうな声で続ける。
相沢 莉子
「……あと、奥の方で……ピッ……ピッ……って……」
宝条 潤
「電子音ですか?」
相沢 莉子
「はい……4回……」
宝条 潤
「4回……暗証番号」
潤は無言でメモを取る。
美聡が悔しさを押し殺して言う。
武田 美聡
「……私、抵抗しました」
後藤 英正
「……」
武田 美聡
「リーダーに押さえつけられた時――腕が当たりました」
宝条 潤
「何か感じましたか?」
武田 美聡
「……硬いもの……腕時計か、ブレスレット……金属の角が……」
宝条 潤
「それは重要です」
聴取がひと段落し、潤は後藤を手招きする。
宝条 潤(小声)
「後藤警部」
後藤 英正(小声)
「はい」
宝条 潤
「……この事件……“強盗団”は実行犯……でも、確実に黒幕がいます」
後藤の目が鋭くなる。
後藤 英正
「……先生もそう見ますか」
宝条 潤
「ええ。第二庫という言葉……暗証番号……無駄のない動き……これは“店を知っている者”の犯行です」
潤は後藤に尋ねる。
宝条 潤
「容疑者は絞れてますか?」
後藤は資料ファイルを開き、写真を数枚取り出す。
後藤 英正
「この店に出入りできて、動線を知ってる人物に関してはまず――副店長の戸高基樹(35)。事件当日、“外回り”で不在でした」
宝条 潤
「……典型的ですね」
後藤 英正
「もう1人は警備担当の黒川遼(33)」
宝条 潤
「警備……内部構造には詳しいですね」
後藤 英正
「さらに鑑定士の堂本正(28)。高額品の保管場所に詳しい人物です」
宝条 潤
「保管場所の知識があるなら、不思議じゃないですね」
後藤 英正
「そして――買取業者の三崎直也(41)。換金ルートの線です」
宝条 潤
「……なるほど」
潤は容疑者たちの写真を見つめる。
宝条 潤(心の声)
(全員疑わしい……でも、一番可能性があるのは……)
潤がふと背後を見る。
店内の遠く――誰もいないはずの場所。
だが確かにじっとこちらを見ているような圧を感じる。
宝条 潤(心の声)
(……間違いなく誰か見てる……)
後藤 英正
「先生?」
宝条 潤
「……いえ。続けましょう」
潤は再び店員たちに向き直る。その目は、完全に“事件の目”になっている。
潤は人質たちから得た証言を整理しながら、後藤と小声でやり取りを続けている。
店内はまだ鑑識作業の途中。しかし応接スペースだけは静かで、事件の余韻が残っている。
潤は資料を見つめ、眉をひそめる。
宝条 潤(心の声)
(第二庫……暗証番号4回……保管場所を知る者……そして強盗団は実行役……)
そのとき――背後の空気が一変する。潤の背後から、静かな声。
神谷 遥香
「……何かわかった?」
宝条 潤
「うわ!?」
潤は飛び上がるように振り返る。そこに立っていたのは――スーツ姿の遥香。
涼しい顔。しかし目が笑っていない。
後藤 英正
「おい神谷!!お前いつからいたんだよ!?」
神谷 遥香
「さっきからです」
後藤 英正
「さっきからって……!お前、捜一強盗班の現場に勝手に――」
神谷 遥香
「勝手じゃないですよ。熊谷管理官に“協力要請”をもらってます」
後藤 英正
「……そうだったな」
後藤がうなだれる。
宝条 潤(心の声)
(……殺気の正体……やっぱりお前か!!)
宝条 潤
「遥香……来てたの?」
神谷 遥香
「ええ。あなたがそこの女性たちにうつつを抜かしてたところからずっと」
宝条 潤
「うぐ……やっぱり見てたのか……」
神谷 遥香
「あなたが来るなら、私が来ない理由がないでしょ?」
宝条 潤
「それは……」
後藤 英正
「いや普通は来ねえよ!!」
遥香は店内の様子を一瞥し、店員たちに軽く会釈する。
神谷 遥香
「警視庁の管理官、神谷です。皆さん、大変でしたね」
水原 香澄
「……神谷管理官……」
佐山 里穂
「警察の……偉い人……?」
武田 美聡
「……」
相沢 莉子
「……すごい…綺麗……」
遥香は潤をまっすぐ見る。
神谷 遥香
「で?何かわかった?」
潤は軽く息を吐いて、真面目な顔に戻る。
宝条 潤
「……うん。一応犯人の目星はついてる」
後藤 英正
「……!」
後藤の目が一気に鋭くなる。
後藤 英正
「先生、マジですか」
宝条 潤
「はい。まだ確証はありませんが……ところで後藤警部」
後藤 英正
「はい」
宝条 潤
「……実行犯……襲った強盗グループのメンバーはどうなりました?」
後藤は一瞬目を伏せて答える。
後藤 英正
「……まだ、割れてません」
宝条 潤
「逃げ切ったんですか?」
後藤 英正
「ええ。現場周辺の防犯カメラは追ってますが……フード、マスク、手袋車両もナンバー潰し……手慣れすぎてます」
宝条 潤
「……なるほど」
宝条 潤(心の声)
(実行犯は“プロの使い捨て”か……)
遥香が潤の横に立ち、視線を揃える。
神谷 遥香
「……潤」
宝条 潤
「うん」
神谷 遥香
「――絶対に逃がさない」
第18話 完
