海の王者オルカ 第1話「海の王と嵐の夜」
第1話「海の王と嵐の夜」
穏やかな朝の海 / 外洋・水面付近 夜明け
夜明けの光が広大な海面をゆっくりと染めていく。オレンジ色の反射が波に揺れる。
深い海の底から、巨大なシャチの群れが静かに浮かび上がってくる。
海には、いくつもの王国がある。陸の者たちには見えない、深く広大な王国が。そのひとつを治めていたのが、1頭のシャチだった──
水面近くを泳ぐ群れ。その中心に、他のシャチよりひと回り大きい、艶やかな黒と白のシャチがいる。シャーオンだ。
群れの仲間たちがシャーオンのそばに寄り、挨拶するように体をすり寄せる。小さなシャチの子どもが勢いよく水面にジャンプし、シャーオンの背の近くに着水する。
子どものシャチ
「シャーオン様!見てみて!できた!」
シャーオンは目を細めて笑う。
シャーオン
「ああ、見たよ。よくやった。もう少し尾を使えば、もっと高く跳べる」
子どものシャチは嬉しそうに泳ぎ去っていく。
そこへ、シャーオンと同じくらい黒と白の模様が美しい、1頭のメスのシャチがゆったりと近づいてくる。シャーオンの妻、セアだ。
セア
「相変わらず、みんなに好かれていますね」
シャーオン
「王というより、子守り役だな」
シャーオンはセアの隣に並んで泳ぎながら、そっと体をセアに寄せる。
セア
「……ねえ?あなた。昨日の夜、動いたんです。初めて、はっきりと」
シャーオンが動きを止める。そしてセアのおなかをゆっくり見る。
シャーオン
「……そうか」
セア
「男の子かしら?それとも女の子かしら?」
シャーオン
「どちらでも構わない。この海を愛せる子になってほしい」
2頭が並んで朝の海を泳ぐ。その後ろに、群れの仲間たちが続く。穏やかで、温かい朝。
海の王の一日/海域各所
様々な場所を短くつなぐ場面。シャーオンが群れを率いて大きなマグロの群れを追う。連携した狩りで見事に獲物を仕留める。
続いて──小さな魚の群れをサメが追い詰めている場面。シャーオンが割り込み、サメと向き合う。
シャーオン(静かに)
「ここは俺の海だ。弱い者を追うなら、よそへ行け」
サメはシャーオンの目を見て、ゆっくりと去っていく。魚たちが感謝するように周囲を泳ぐ。
水中を泳ぐドルン(イルカ)がシャーオンに追いついてくる。
ドルン
「シャーオン様、いつもありがとうございます」
シャーオン
「礼はいらない。お前が元気でいることが、俺には何より嬉しい。だが……お前はよくサメに襲われるな……」
ドルン
「初めてお会いした時もサメに襲われて……あなたに助けていただかなければ、私は今ここにいなかった」
ドルンは嬉しそうに言う。
ドルン
「でも、私にできることがあれば、いつでもおっしゃってください。どんなことでも」
シャーオンは穏やかに頷く。2頭はしばらく並んで泳ぐ。
ドルン
「ところでシャーオン様、もうすぐお子が生まれるとお聞きしましたが?」
シャーオン
「ああ。もうすぐ生まれる」
ドルン
「きっと立派な子になりますよ」
シャーオン
「そうだといいがな」
シャーオンとドルンはそんな会話をする。
不穏な気配/海域の東端付近 昼
何気ない午後。シャーオンはセアと並んでゆったりと泳いでいる。
突然──マグロの群れが一斉に向きを変えて逃げ出す。次いで、イワシの群れが散り散りになる。
シャーオンが立ち止まる。海の流れの変化を感じている。
セア
「……シャーオン?」
シャーオン(静かに)
「何かが来る」
遠くから、ドルンが猛スピードで飛んでくる。
ドルン(息を切らして)
「シャーオン様!東の境界に、見知らぬ群れが……!数がとても多く、そして、その目が──」
ドルンが言葉を飲み込む。恐怖の色が滲む。
シャーオン
「その目が……何だ?」
ドルン
「……生きているものを見ていない目でした」
沈黙。
シャーオンはゆっくりとセアを見る。
シャーオン
「お前はここにいろ。群れを連れて、西へ」
セア
「一緒に行きます」
シャーオン
「ダメだ」
シャーオンはセアのおなかをそっと見て言う。
シャーオン
「頼む。その子を守ってくれ」
セアは答えられない。シャーオンはすでに東へ向かって泳ぎ始めている。
影の群れの侵攻/海域の東端
東の境界。海の色が違う。暗い、深い色をしたシャチの群れが地平線の向こうから押し寄せてくる。無数の黒い背びれが波を割る。
その先頭に立つのが、全身の模様がほとんど黒に近い、巨大なシャチ──ダークだ。
シャーオンは1頭で向き合う。
ダーク(低く、ゆっくりと)
「ずいぶん久しぶりだな、シャーオン」
シャーオン
「ダーク……お前が来るとは思わなかった」
ダーク
「この海はずっと俺のものになるはずだった。お前さえいなければ」
シャーオン
「それは違う。この海はどの生き物のものでもない。みんなのものだ」
ダークは鼻で笑う。
ダーク
「綺麗事を。王など、強い者が名乗ればいい──退け。さもなくば……」
シャーオン
「退かない」
2頭の間に、張り詰めた静寂が満ちる。
ダークの合図とともに、影の群れが一斉に動く。シャーオンは1頭で対峙する。
激しい戦い。シャーオンは正面から迎え撃ちながら、影の群れの動きを読んで群れの仲間たちを逃がし続ける。
1頭を引きつけ、2頭を遠ざけ、三頭を逃がす。
群れの仲間(若いオス)
「シャーオン様!私も残ります!」
シャーオン
「逃げろ!お前たちが生きていることが、この海を守ることだ!」
戦いが続く。シャーオンの体に傷が増えていく。それでも向かっていく。
影の群れの一頭がシャーオンの背に深い傷を負わせる。シャーオンは一瞬動きが止まる。
そのとき──セアの姿が見える。
シャーオン(叫ぶ)
「来るな!セア!」
セア(震えながら)
「一緒に──」
シャーオン
「今すぐ逃げろ!ドルン、セアを連れていけ!」
ドルンはセアのそばに飛んでくる。
シャーオンとセアは目が合う。その一瞬が、永遠のように長く感じられる。
シャーオン(静かに、しかし確かに)
「行け、セア。おなかの子を守れ」
セア(涙をこらえて)
「あなたは……あなたはどうするんですか」
シャーオンは微笑む。傷だらけの体で、それでも穏やかに微笑む。
シャーオン
「俺はここにいる。この海は俺が守る。──それが王の仕事だ」
セア
「シャーオン……!」
シャーオン(柔らかく)
「生きろ。そして、子どもに伝えてくれ。海は美しいと。守る価値があると」
セアが動き出す。ドルンが脇に寄り添う。
シャーオン、振り返らずに影の群れへ向かっていく。
影の群れを引きつけながら、シャーオンは深海へと誘い込んでいく。群れが追う。暗い深みへ、さらに深みへ──
水面に、大きな波紋だけが残る。
セアは後ろを振り返らずに泳ぐ、いや、後ろを振り返れない。振り返ったら、止まってしまうから。
夜の海。星だけが明るい。衰弱したセアが、西へ向かって泳いでいる。
ドルンがそっと隣に寄り添う。
ドルン(静かに)
「セア様……大丈夫ですか?」
セア
「大丈夫よ……」
ドルン(心の声)
(このままでは、母子ともに危険だ……!)
ドルンは少し考える。セアのおなかの子がゆっくりと動く。
ドルン(心の声)
(……海の賢者、シリウス様のところへ行こう。あの方なら、きっと──)
ドルン(静かに)
「セア様……もう少しの辛抱です」
セア
「ええ……」
2頭は暗い海を泳いでいく。
しばらくして、セアが1人でつぶやく。
セア(ひとりごとのように)
「シャーオン……あなたが守ってくれたこの命を、私が必ず届けます。だからどうか──この子の誕生を、海の向こうから見守っていてください」
夜の海。波がゆれる。星が揺れる。セアのおなかの中で、小さな命が動いている。
第1話 完
