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天才推理小説家の事件録 第4話「関東全域警察官襲撃事件 前編」

第4話「関東全域警察官襲撃事件 前編」

深夜 新宿・路地裏

午前2時30分ごろ、ネオンの光が水たまりに揺れる。
終電後の街は妙に静かで、遠くの笑い声だけが聞こえる。

警官が懐中電灯を片手に、ひとりで巡回している。

警官(独り言)
「……静かだな。終電後の新宿って、逆に落ち着くんだよな」

雨上がりの湿った空気。
吐く息が白い。

――カタン。

金属が触れたような音。

警官の足が止まる。

警官
「……ん?」

警官は無線を軽く確認しつつ、音のした方へ歩く。
薄暗い路地。光が届かない。ゴミ袋が積まれ、空き缶が転がっている。

警官は懐中電灯を向ける。

警官
「誰かいるのか?」

返事はない。

警官は慎重に足を進める。
懐中電灯が壁や地面を滑る。
路地奥は行き止まり。誰もいない。

警官が首をかしげる。

警官(小声)
「……なんだよ。猫か?」

小さく息を吐き、踵を返す。

――気配。

警官の背中に、何かが迫る。

警官
「……?」

警官が振り返ろうとした瞬間――

バチッ!!!

短い閃光。スタンガンの電気音が夜に刺さる。

警官
「――っ!!?」

声にならない声。身体が硬直し、懐中電灯が落ちる。

――ガンッ。

床に当たって跳ねる光が、路地を乱反射する。

警官は膝から崩れ落ち、倒れる。
犯人の姿は見えない。
ただ、倒れた警官の横に“影”だけが一瞬落ちる。

謎の人物(低い声/囁き)
「……警官、か」

翌朝、人の気配が戻り始めている。
通行人の男性が路地の方へ視線を向け、足を止める。

通行人(男)
「……ん?……何だあれ」

路地の奥。
血だらけの警官が倒れている。

通行人(女)
「……きゃっ!!」

悲鳴。

通行人(男)
「おい!!大丈夫か!?……誰か、救急車!!」

制服警官が複数名走ってくる。

発見側の警官
「――救急要請!!今すぐ!!」

倒れている警官の首元に触れ、確認する。

発見側の警官
「……息はある。だが意識がない!」

血が制服に広がり、顔は青白い。
だが、胸がかすかに上下している。

発見側の警官
「くそ……何が起きた……」

遠くでサイレンの音。
新宿の朝に、不吉な音が混じる。

警視庁 本部・記者会見室

カメラのシャッター音が止まらない。
フラッシュが何度も光る。
ざわめく記者たちの声。

前方の壇上には、4人分の席。
その中央に遥香が座り、左右に柴田・瀬尾・松岡。

それぞれの前にマイク。
遥香は背筋を伸ばし、落ち着いた声で話し始める。

神谷 遥香
「本日未明、新宿区内において当庁所属の警察官が襲撃され、
意識不明の状態で発見されました」

記者たちが一斉にざわつく。

神谷 遥香
「現在、被害者は搬送され治療を受けております。命に別状はありませんが、意識は戻っておりません」

記者A
「犯人の目撃情報は!?特徴は!?」

記者B
「警察官を狙ったテロですか!?組織的犯行ですか!?」

記者C
「都民の安全はどうなるんですか!!」

遥香の声が一段低くなる。

神谷 遥香
「質問は順番に受けます。まず、現時点で犯人像は特定できておりません」

記者たちがさらに騒ぐ。

柴田がマイクを取る。

柴田 元治
「ただし、現場状況から“強い悪意”が見られます。偶発的な通り魔ではありません」

記者、食いつく

記者A
「悪意とは具体的に!?」

瀬尾が落ち着いて続ける。

瀬尾 隆
「被害者は警察官であり、制服姿で発見されています。“警察官を狙った可能性”を視野に捜査しています」

記者、さらに詰める

記者B
「警察官が狙われる理由は!?警察内部に恨みを持つ人物ですか!?」

遥香の目が鋭くなる。

神谷 遥香
「動機については捜査中です。しかし、いかなる理由があろうと許されることではありません」

記者C
「犯人はプロの犯行ですか!?素人ですか!?」

松岡 遼
「現場に争った形跡は少ない。つまり、犯人は短時間で確実に制圧できる手段を持っていた可能性が高いです」

記者たちが「おお…」と小さくざわつく。

松岡 遼
「ただし、断定はできません。捜査の手はすでに複数方向に伸ばしています」

柴田が目を見開き、内心で驚く。

柴田 元治(心の声)
「……おい松岡、今日は普通だな」

瀬尾 隆(心の声)
「メディア前だと人格変わるのか…」

記者A
「神谷管理官!今後も同様の事件が起きる可能性は!?」

神谷 遥香
「可能性は否定しません。ですが警視庁として、都民の皆さまの安全を守るため――」

遥香は一拍置く。

神谷 遥香
「全力で捜査します。必ず犯人を捕まえます」

遥香の声は揺れない。

会見のフラッシュの中、遥香は表情を崩さずに前を見る。
だが心の中は違う。

神谷 遥香(心の声)
(……こんな時に潤がイギリスに行っているなんて……)

切なげな表情がほんの一瞬だけ浮かぶ。

神谷 遥香(心の声)
(あなたなら、すぐに“違和感”を見抜くのに……)

遥香はすぐに表情を戻し、マイクへ。

神谷 遥香
「――繰り返します。警視庁は犯人を必ず特定し、身柄を確保します」

イギリス・ロンドン

石畳の道。霧のような冷たい空気。
街灯が淡く照らし、遠くにビッグベン。

潤はコート姿で歩き、手帳にメモを取っている。

宝条 潤(心の声)
「……いい。この空気だ……“事件の匂い”がする」

潤は古い建物を見上げる。
歴史の重み。陰影。

宝条 潤
「密室、地下通路、偽装死……よし、面白い構造ができそうだ」

潤はカフェでノートを書き込む。
店員が紅茶を持ってきて潤が受け取る。

店員
「Anything else, sir?(ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?)」

宝条 潤
「No, thank you. This is perfect.(はい。以上でお願いします)」

潤が微笑む。その顔には“事件のない平和”がある。
……まさか、この間に日本で大事件が起きているとも知らずに――

神奈川県横浜市・住宅地の暗い道

巡回中の警官。
遠くで犬が吠える。

足音。風の音。

警官
「……ん?なんだ?」

物音。
警官が近づいた瞬間――

バチッ!!

スタンガン音。
警官が倒れる。

謎の人物
「……二人目」

神奈川県警 緊急記者会見

カメラ、フラッシュ、記者のざわめき。

壇上に綾と斎藤。

宇垣 綾
「本日未明、神奈川県内において当県警所属の警察官が襲撃され、重傷を負いました」

記者A
「警視庁と同一犯の可能性は!?」

斎藤 恵一
「現場状況から同様の犯行の可能性を視野に入れています」

宇垣 綾
「県警として、徹底的に捜査します。必ず犯人を確保します」

綾は表情を崩さない。
しかし一瞬だけ目が揺れる。

宇垣 綾(心の声)
(……こんな時に、彼が日本にいないなんて……彼がいれば、“違和感”を最速で掴めるのに……)

綾はすぐに表情を戻す。

翌日、テレビのニュースに速報テロップが流れる。

アナウンサー
「速報です。埼玉県内でも警察官が襲撃されました」

画面切り替え。

アナウンサー
「千葉でも同様の事件――」

さらに……

アナウンサー
「茨城、群馬、栃木でも……」

街では不安げな人々。警戒が強まる。

事態は好転せず――関東全体へと広がっていく

警視庁・総監室

巨大な机。壁一面に日本地図。
関東各地に赤い印。

石上と内海が地図を見ている。
空気が重い。

石上 聡一
「……同一犯だ」

内海が頷く。

内海 二郎
「私も同意見だ。偶然にしては一致点が多すぎる」

石上 聡一
「警察官のみを狙い、殺さずに重傷で止める。県境を跨いだ同時多発――」

石上の目が冷たい。

石上 聡一
「……これは“狩り”だ」

扉が開き、後藤田、草積、緒方、小林が入室し一礼。

後藤田 弘
「呼び出しとは穏やかじゃありませんね、総監」

石上 聡一
「一都六県で起きた警察官襲撃事件。同一犯の可能性が極めて高い」

幹部たちの表情が硬くなる。

石上 聡一
「神奈川、埼玉、千葉、茨城、群馬、栃木――六県警に捜査協力を依頼しろ」

草積がすぐ反応。

草積 真作
「合同捜査体制ですね」

緒方 博昭
「……現場は荒れますな」

石上 聡一
「荒れる前に、抑える」

小林が一歩前へ。

小林 悟
「私が六県警の本部長に連絡します。今夜中に調整を完了させます」

石上 聡一
「頼む」

小林が一礼し、すぐに退出しようとする。
石上がふと緒方を見る。

石上 聡一
「……例の推理作家、宝条潤はどうした」

緒方が答える。

緒方 博昭
「聞いた話では、今はイギリスに」

石上が一瞬、沈黙する。

内海 二郎
「……不運だな」

石上の目が細くなる。

石上 聡一
「……いや」

石上は低く言い切る。

石上 聡一
「“犯人にとって都合がいい”だけだ」

幹部たちが息を呑む。

石上 聡一
「関東全域を、一つの現場と見ろ」

石上が地図上の赤印を指でなぞる。

石上 聡一
「……必ず、尻尾を掴む」

警視庁本部・大ホール(合同捜査本部 記者会見)

時刻は午後2時ごろ、警視庁の大ホール。
壇上には長机とマイクが並び、背面には大きく掲げられた垂れ幕。

「関東一都六県 警察官襲撃事件 合同捜査本部」

カメラの列、フラッシュ、ざわめき。
ただならぬ緊張が空気を支配している。

管理官たちが一列に座る。
全員が警視――異様な光景。

遥香が中央。
左右に綾、蒼馬、遼生、石塚、下田、井上。

広報担当
「それでは、合同捜査本部の設立について発表いたします。」


遥香は背筋を伸ばし、落ち着いた声で語る。

神谷 遥香
「本日、関東一都六県で発生している警察官襲撃事件について、警視庁を中心に――神奈川県警、埼玉県警、千葉県警、茨城県警、群馬県警、栃木県警、以上六県警と連携し、合同捜査本部を設立しました」

フラッシュが激しく光る。

記者A
「同一犯と断定した根拠は!?」

記者B
「なぜ今まで止められなかったんですか!?」

記者C
「警察が狙われているのに市民は安全なんですか!?」

神谷 遥香
「質問は順にお受けします。――まず、犯人像について現時点で犯人の特定には至っていません。」

遥香の声が一段低くなる。

神谷 遥香
「しかし、犯行手口と襲撃対象の選別に共通点があり、単独または小規模な同一犯グループによる可能性が高いと判断しています」

綾がマイクに手を添え、淡々と答える。

宇垣 綾
「襲撃は県境を跨いで連続しています。これは偶然ではありません」

会場が静まる。

記者D
「犯人は警察内部に恨みを持つ人物ですか!?」

綾は一切動じずに返す。

宇垣 綾
「可能性は否定しません。ただし“推測”で語る段階ではありません」

記者E
「埼玉でも襲撃が出ています!埼玉県警としては!?」

蒼馬は数珠を手の中で軽く動かしながら、真顔で答える。

神宮 蒼馬
「この犯行には、明確な“執念”を感じます」

会場がざわつく。蒼馬は少々慌てて言い直す。

神宮 蒼馬
「……いえ、刑事的に言えば、計画性が高いという意味です」

久坂 遼生
「千葉県警としても全力で協力します。」

石塚がマイクに近づき、硬い声で言う。

石塚 英郎
「警察官を狙う行為は、国家秩序への挑戦です。断じて許しません」

一言一言が重い。

下田は微笑んだまま、目だけが鋭い。

下田 優子
「犯人は“警察官なら怖がる”と思ったのでしょうね……逆です。警察官だからこそ、必ず捕まえます」

記者たちが一斉に飲み込まれる。

井上が少し疲れた顔で言う。

井上 清治
「栃木でも被害が出ました。現場は非常に緊迫しています」

井上は一瞬だけ眉をひそめる。

井上 清治
「……ですが、各県警で連携できた。それが今の最大の希望です」

遥香が全員を代表して言い切る。

神谷 遥香
「合同捜査本部として――関東一都六県、全ての捜査力を結集し、犯人を必ず確保します」

遥香の目がまっすぐ記者を射抜く。

記者A
「警察官が狙われ続けるなら、次の被害者が出るのでは!?」

神谷 遥香
「出しません」

一瞬、会場が凍る。

神谷 遥香
「必ず、止めます」

パシャパシャパシャ――!

管理官たちが一列に並ぶ姿は、まるで“戦争の宣言”のよう。

フラッシュの光の中で遥香は微動だにしない。
しかし胸の奥でだけ呟く。

神谷 遥香(心の声)
(……潤、早く帰ってきて……)

捜査一課フロア

ホワイトボードには関東全域の地図。
被害地点が赤で打たれている。

遥香が前に立ち、冷静に指示を飛ばす。

神谷 遥香
「時間がない。犯人は次も動く」

遥香は資料を指で叩く。

神谷 遥香
「柴田さん。田村さんと組んで、事件当時の資料を洗ってください!被害者の過去の捜査歴、処分歴、異動歴――全部です」

柴田 元治
「了解。田村、行くぞ」

田村 水咲
「はい」

神谷 遥香
「瀬尾さん、都築君、戸田君は現場の再検証!見落としがあれば、そこが突破口です」

瀬尾 隆
「了解。都築、戸田、準備しろ」

都築 真也
「はい」

戸田 陸翔
「はい!」

神谷 遥香
「松岡君」

松岡が背筋を伸ばす。

神谷 遥香
「奈良君、三浦君を連れて近隣住民や店舗に聞き込み」

松岡 遼
「了解です。奈良君、三浦君、行きますよ。余計な推理は禁止」

奈良 修平
「えっ、余計な推理って……」

松岡 遼
「君の推理は全部余計です」

三浦 忍
「ぷぷぷっ……!」

3人が走り出す。
遥香は地図を見つめる。

神谷 遥香(心の声)
(……潤がいない。でも、私が止める)

神奈川の現場(横浜)

規制線が張られ、鑑識が動く。斎藤が指揮を執る。

斎藤 恵一
「現場写真は角度を変えて全方向!足跡、タイヤ痕、全部拾え!」

部下たちが「はい!」と動く。

そこへ――爆音気味のバイク音。

相模 直人
「……まただ」

今井もえがヘルメットを持って現場に一番乗り。

今井 もえ
「お待たせしましたー!」

斎藤 恵一(呆れ)
「……お前、またバイクで飛ばしたな」

今井 もえ
「一番に来なきゃ意味ないじゃないですか」

斎藤 恵一
「意味はある。だが事故ったら終わりだ」

今井 もえ
「大丈夫です、私、運転うまいんで」

斎藤 恵一(ため息)
「……とにかく現場を見ろ!」

埼玉の現場(与野)

慌ただしい空気の中で、高本が落ち着いて全体を回す。

高本 寿樹
「焦るな。焦るほど見落とす」
「鑑識は一つずつ確認。聞き込みは二人一組」

部下が頷く。

部下刑事
「警部、現場の防犯カメラ…」

高本 寿樹
「よし、そこは急げ」
「“映ってない”なら、映ってない理由がある」

千葉の現場(美浜)

谷垣が的確に指示を出す。

谷垣 幸一
「タイムラインを作る。被害者の最終行動、通話、移動、すべて線でつなげ」

部下が走り出す。

部下刑事
「谷垣警部、救急の到着時刻は――」

谷垣 幸一
「“そこ”が重要だ。犯人は救急要請の混乱も利用している可能性がある」

茨城の現場(水戸)

秋元が現場の中心に立つ。無駄口なし。

秋元 昭二
「……ここ」

指差すだけ。

部下が理解して動く。

部下刑事
「秋元警部、ここは――」

秋元 昭二
「……拾え」

それだけ。
現場は静かに、だが正確に回っている。

群馬の現場(高崎)

山本が報告書を受け取り、なぜかドヤ顔。

部下刑事
「山本警部、現場報告です。争った形跡はなし」

山本 ゆずる
「ふむ……分かったぞ」

部下が期待の目。

山本 ゆずる
「犯人は……“忍者”だ!!」

部下刑事
「……えっ?」

山本 ゆずる
「足音を消し、闇に溶け、警官だけを狩る……忍者に違いない」

部下が恐る恐る聞く。

部下刑事
「……警部、それは“推理”ですか?」

山本 ゆずる
「推理だ!」

栃木の現場(宇都宮)

規制線の内側――永井が地べたに寝そべっている。

部下刑事
「永井警部!何してるんですか!」

永井 大吾
「……被害者の気持ちになっている」

部下刑事
「は?」

永井は地面に頬をつけたまま言う。

永井 大吾
「冷たい……硬い…………視界はここから…この角度。犯人は“上から来た”」

部下が思わず身を乗り出す。

部下刑事
「上から!?じゃあ高所から!?」

永井がスッと立ち上がり、服の土を払う。

永井 大吾
「……分からない。でも、被害者はそう感じたはずだ」

部下刑事
「感じたはずって……!」

宝条家 本邸

深夜、玄関から静かな足音。
潤が帰宅する。
スーツケースを引き、疲れが顔に出ている。

黒田がすぐに近づき、深く一礼。

黒田
「坊ちゃま。お帰りなさいませ」

宝条 潤(疲れた笑み)
「ただいま、黒田……」

潤はネクタイを緩め、息を吐く。

黒田
「……お疲れでございましょう。お部屋をご用意しております」

黒田の声に、普段とは違う“何か”が混じる。
潤はそれに気づくが、敢えて何も言わない。

宝条 潤
「うん……今日は、もう寝るよ」

潤が寝室へ行き、ドアが閉まる。
ベッドに倒れ込む瞬間、潤はふと呟く。

宝条 潤
「……妙だな」

潤はスマホを手に取るが、画面を見ず、枕元に置く。

宝条 潤(心の声)
(帰国した日に限って……屋敷が静かすぎる)

潤の目が閉じる。

翌朝

潤はぐっすり眠り、髪が少し乱れたまま廊下へ出てくる。
しかし目は冴えている。

黒田がすでに待っている。

黒田
「坊ちゃま。お目覚めでございますか」

宝条 潤
「うん。……よく眠れた」

潤は一呼吸置いてから、急に表情を変える。

宝条 潤
「黒田。どうして“あのこと”を言わなかった」

黒田が一瞬固まる。

黒田
「……あのこと、と申しますと?」

潤は無言でスマホを取り出し、画面を黒田に向ける。
スマホ画面にニュース速報が並ぶ。

「関東全域で警察官襲撃事件」
「一都六県で相次ぐ警察官重傷」
「合同捜査本部設立」

宝条 潤
「これだよ」

潤は黒田をまっすぐ見る。

宝条 潤
「関東全域で起きている――警官襲撃事件」

黒田の喉が鳴る。

黒田
「……坊ちゃま。それは……」

宝条 潤
「今日朝一で見た」

潤の声が低い。

宝条 潤
「昨日も屋敷の空気が違った。誰もが、“言うべきか迷ってる顔”をしてた」

黒田は目を伏せる。

黒田
「……大事なお仕事のため、英国へ行かれておりました坊ちゃまのご負担を、少しでも……」

潤が遮る。

宝条 潤
「そうだろうね。気遣いは嬉しいよ」

一拍。

宝条 潤
「でも――僕は宝条家の当主であると同時に推理作家だ」

潤の目が鋭くなる。

宝条 潤
「関東の警察が襲われているのに、知らないふりはできない」

黒田
「……申し訳ございません」

潤はスマホを握りしめる。

宝条 潤
「黒田。今すぐ遥香に連絡する」

黒田が目を見開く。

宝条 潤
「……遅れた分を取り戻す」

潤はスマホを手に、遥香へ連絡しようとしている。
そこへ――

黒田
「その必要はございません。その神谷様がちょうどお見えでございます」

宝条 潤
「え……?」

潤がスマホを見下ろし、タイミングの良さに一瞬固まる。

玄関扉が開き、遥香が入ってくる。
スーツ姿。表情はいつも通り冷静――だが、目だけが柔らかい。

遥香が潤の顔を見る。

神谷 遥香
「……おかえり」

潤は一瞬言葉が詰まる。
それほどまでに、その笑みが珍しい。

宝条 潤
「ただいま……遥香」

宝条 潤
「……事件のことは聞いた」

遥香の表情が引き締まる。

神谷 遥香
「そう。関東全域で警察官が襲われている」

その時――遥香の後ろからすっと影が伸びる。

宇垣 綾
「おかえりなさい、宝条先生」

潤が驚いて目を見開く。

宝条 潤
「……宇垣管理官!?」

遥香が一瞬だけ眉をひそめる。

神谷 遥香
「……なぜあなたがここに」

宇垣 綾
「合同捜査本部は一緒でしょ?」

潤は二人を交互に見て、真剣な声で尋ねる。

宝条 潤
「捜査は……どうなってる?」

遥香が一瞬だけ目を伏せる。

神谷 遥香
「正直に言うと――難航してる」

宇垣 綾
「警察官だけを狙って、関東全域。“警察を知り尽くしてる犯人”よ」

遥香は潤を見て、ほんの少しだけ柔らかく言う。

神谷 遥香
「でも……あなたが帰ってきたなら、安心した」

潤が少しだけ目を丸くする。

宝条 潤(心の声)
(……遥香が、こんな素直に言うなんて)

綾が潤へ一歩近づく。
迷いなく潤の手を取る。

宇垣 綾
「私も、安心した」

潤の顔が赤くなる。

宝条 潤
「えっ……!?」

遥香の手がすっと伸びる。
バッと潤の腕を引き、綾の手を外す。

神谷 遥香
「……さりげなく潤の手を握らないで」

綾が不満そうに遥香を見る。

宇垣 綾
「あなたに言われる筋合いはないわ」

神谷 遥香
「ある」

宇垣 綾
「へえ」

空気が凍りつく。
玄関ホールの温度が下がる。

黒田(心の声)
(……本日もつかの間の平和でございますね(白目))

潤は怯えながらも咳払いする。

宝条 潤
「……と、とりあえず!!中に入ろう!!玄関寒いし!!」

遥香と綾が同時に潤を見る。

神谷 遥香
「……ええ」

宇垣 綾
「そうね。せっかくだし」

潤が小さく震える。

宝条 潤(心の声)
(せっかくだし……って何!?)

潤が二人へ頭を下げるように促す。

宝条 潤
「どうぞ……上がって」

宝条家 応接間

上品なソファ。静かな空間。
窓から柔らかい光が差し込む。

遥香と綾が向かい合って座る。
潤は間に挟まれる形で少し離れた位置。潤は落ち着かない。

黒田が銀のトレーにティーセットを載せ、静かに入ってくる。

黒田
「お待たせいたしました。紅茶でございます」

カップを丁寧に置く。
湯気と香りがふわりと広がる。

遥香が一口飲み、目を細める。

神谷 遥香
「……ふぅ」

疲れがほどけたように肩が落ちる。
綾も一口。

宇垣 綾
「……生き返る」

遥香が小さく頷く。

神谷 遥香
「こういう時に飲むお茶は、疲れが吹き飛ぶわね」

宇垣 綾
「ほんと。事件のこと忘れそう」

潤が小さく笑う。
遥香がふと香りを確かめるようにカップを持つ。

神谷 遥香
「……ダージリン。しかも、セカンドフラッシュね」

綾が眉を上げる。

宇垣 綾
「……当てた」

潤が得意げに言う。

宝条 潤
「うん。イギリスで買ってきたんだ」

綾が遥香を見て微笑む。

宇垣 綾
「さすが茶道家元のお嬢様ね。ここまで分かる人、そういないわ」

神谷 遥香
「当然よ」

遥香がカップを置く。遥香は笑顔のまま言う。

神谷 遥香
「あなたもホテル王のお嬢様なら、分かると思ったけど?」

綾の笑みが一瞬固まる。

宇垣 綾
「……分かるわよ?」

神谷 遥香
「へえ」

宇垣 綾
「ええ」

空気が冷える。
潤の背中に冷や汗。

宝条 潤(心の声)
(……お茶の香りが、急に凶器みたいに感じる)

黒田は無表情で給仕を整えながら。

黒田(心の声)
(……火花は紅茶より強うございます)

遥香と綾が“にこやかなまま”視線をぶつけ合う。

神谷 遥香(低い声)
「……あなた、今日は何しに来たの」

宇垣 綾
「先生の顔を見に来たの」

潤がブフォッとむせる。

宝条 潤
「ごほっ……!!」

遥香が深いため息をつく。
空気を切り替えるように、静かに言う。

神谷 遥香
「……それにしても」

遥香の目が鋭くなる。

神谷 遥香
「とんでもない事件に巻き込まれたわね」

潤が頷く。

宝条 潤
「警官だけが襲われる……しかも関東全域」

綾もカップを見つめながら言う。

宇垣 綾
「犯人は、“警察を知りすぎてる”」

神谷 遥香
「……厄介よ。警察の動きを先読みして、こちらの手を潰してくる」

綾が軽く笑って、カップを置く。

宇垣 綾
「でもまあ解決したら、私は休暇を取るわ」

遥香が少し驚く。

神谷 遥香
「休暇?」

宇垣 綾
「ええ。海外にでも行く」

潤が反応する。

宝条 潤
「海外……」

綾がちらっと潤を見る。

宇垣 綾
「ね、宝条先生。イギリス、詳しいでしょ?いろいろ教えて?」

潤が一瞬固まる。

宝条 潤(心の声)
(え、待って……それって……)

遥香が笑顔のまま言う。

神谷 遥香
「……綾。冗談は捜査が終わってから」

綾は微笑む。

宇垣 綾
「冗談のつもり、ないけど?」

神谷 遥香
「ある」

潤が頭を抱える。

宝条 潤(心の声)
「事件より怖いものが、ここにある」

テーブルの上には、資料の束。
被害者リスト、地図、写真、時系列表――
合同捜査本部の情報がぎっしり詰まっている。

遥香と綾は“事件モード”の表情に戻り、同時に資料を広げる。
潤も背筋を伸ばし、顔つきが変わる。

黒田がティーカップを下げながら一礼。

黒田
「坊ちゃま。何かございましたら、すぐお呼びくださいませ」

宝条 潤
「ありがとう、黒田」

黒田は静かに退出する。
遥香が最初の資料を潤の前に差し出す。

神谷 遥香
「これが合同捜査で今までに分かったこと」

潤が頷く。

神谷 遥香
「被害は一都六県で計9件。被害者は全員、現職の警察官。襲撃は勤務外、深夜から明け方が多い」

資料には赤いペンで共通点が書き込まれている。
綾が地図を広げる。

宇垣 綾
「そしてこれが襲撃地点の分布」

潤が地図を見る。

宇垣 綾
「境界線、河川敷、暗い路地、高架下。“県警同士の連携が遅れる場所”ばかり狙われてる」

神谷 遥香
「目撃証言が薄い。防犯カメラも、なぜか“抜けてる”」

潤は何も言わず、資料をめくる。
指が早い。視線が鋭い。

遥香が別紙を出す。

神谷 遥香
「これは各県警の現場所見」

潤が読む。そこには――

  • 東京:短時間で確実に制圧する手段(スタンガン)

  • 神奈川:侵入と離脱が異常にスムーズ

  • 埼玉:足跡が少なすぎる

  • 茨城:ほぼ証拠なし(※秋元報告が短い)

  • 群馬:山本のへっぽこ推理(※欄外に下田の赤字ツッコミ)

  • 栃木:永井「被害者の気持ち」分析(意味不明だが変に鋭い)

宝条 潤(心の声)
(……現場が揃ってほとんどが同じことを言ってる。犯人は、警察に“見つからない方法”を知っている)

潤が資料を閉じる。
遥香と綾が同時に潤の顔を見る。

宝条 潤
「犯人は“警官そのもの”を狙ってるんじゃない」

遥香が眉を上げる。

神谷 遥香
「どういう意味?」

潤は淡々と、しかし断言する。

宝条 潤
「犯人が狙っているのは――“警察官”じゃなくて、“警察という組織の罪”だ」

遥香と綾が息をのむ。

宇垣 綾
「……組織の罪?」

潤が被害者リストに指を置く。

宝条 潤
「被害者を“職歴”と“過去の担当事件”で並べ替えてみて」

遥香が即座にタブレットで操作し、並べ替える。

数秒後――
遥香の表情が変わる。

神谷 遥香
「……まさか」

宝条 潤
「全員、過去に“問題案件”に関わってる」

潤は静かに告げる。

宝条 潤
「揉み消し、隠蔽、無理な取り調べ、冤罪寸前――そういう事件の周辺にいる」

綾の声が低くなる。

宇垣 綾
「……つまり、“私刑”」

宝条 潤
「私刑だけど、犯人は自分を正義だと思ってる。だから殺さない。殺せば“ただの殺人犯”になるから」

遥香、目を細める

神谷 遥香
「……厄介ね。正義の顔をした犯人は、止めにくい」

潤の声が冷たくなる。

宝条 潤
「そしてこの犯人は――警察を、警察以上に知っている」

綾が頷く。

宇垣 綾
「同感。内部の動きを先読みしてる」

宝条 潤
「現役じゃない。現役なら、いずれ照会で足がつく」

潤は一つ、結論を置く。

宝条 潤
「……犯人は元警察官だ」

神谷 遥香
「……私もそこは疑ってた」

潤は席を立つ。
遥香と綾が見上げる。

宝条 潤
「明日――合同捜査本部に行く」

遥香の目が揺れる。
安堵と緊張が混じる。

神谷 遥香
「……来てくれるのね」

宇垣 綾
「待ってたわ」

潤が窓の外を見つめる。
晴れているのに、空気が冷たい。

宝条 潤(心の声)
(……犯人は“警察のルール”で戦っている。なら、俺は“その外側の視点”で切り崩す)

第4話 完

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