天才推理小説家の事件録 第12話「中部経済再生フォーラム殺人事件」
第12話「中部経済再生フォーラム殺人事件」
自由が丘・カフェ(昼)
自由が丘。おしゃれなカフェのテラス席。
遥香と綾が向かい合って座り、紅茶を飲んでいる。
神谷 遥香(湯気の立つカップを持ちながら)
「……こうして普通にお茶するの、久しぶりね」
宇垣 綾(微笑む)
「遥香が“普通”って言うと、逆に怖いんだけど」
神谷 遥香
「失礼ね」
宇垣 綾
「だってこの前なんて、宝条先生の頬引っ張ってたじゃない」
神谷 遥香(さらっと)
「必要な教育よ」
宇垣 綾
「出た」
綾がくすくす笑う。
宇垣 綾
「でも先生も災難だよね。東の宝条の当主なのに、いちばん怖いのは遥香」
神谷 遥香(紅茶を一口)
「そう?」
宇垣 綾(即答)
「そう」
2人が話しているとドアベルの音が鳴り、ヒールの足音が聞こえる。
カフェの入口からオーラのある美人が現れる。
大阪府警捜査一課管理官・鮫島美優姫。
鮫島 美優姫(ゆっくり近づきながら)
「……久しぶりやね。二人とも」
神谷 遥香
「美優姫」
遥香が穏やかな笑顔で言う。
宇垣 綾(ニヤッ)
「大阪の女神、到着」
鮫島 美優姫
「その呼び方やめて」
静かにツッコミを入れる。
美優姫が席に座る。
鮫島 美優姫
「東京ってほんま、歩くだけで目が疲れるわ」
神谷 遥香
「大阪のほうが派手でしょう」
鮫島 美優姫(キリッ)
「派手なんは心意気や」
宇垣 綾
「出た、大阪魂」
自由が丘ショッピング(街並み)
3人が並んで歩く。全員美人で視線を集める。
3人が小さなアクセサリーショップ前で立ち止まる。
神谷 遥香
「そういえば、潤――今、名古屋に行ってるの」
宇垣 綾
「えっ、名古屋?」
反射で嫌な予感がする。
鮫島 美優姫(目を細める)
「……偶然やね」
神谷 遥香
「?」
鮫島 美優姫
「宙夢も今名古屋におるで」
宇垣 綾
「……宙夢って……羽賀コンツェルンの羽賀宙夢会長だったわね?その彼も名古屋に」
神谷 遥香
「……潤とあの彼が」
鮫島 美優姫
「……2人とも」
綾の心配が漏れる。
宇垣 綾(真顔)
「……事件に巻き込まれないかな」
神谷 遥香(即答)
「巻き込まれるかも」
宇垣 綾
「断言しないでよ」
美優姫が冷静にツッコミを入れる。
鮫島 美優姫
「さすがに何度も巻き込まれへんやろ」
神谷 遥香
「潤は巻き込まれるのが仕事みたいなものよ」
鮫島 美優姫
「宙夢もな」
宇垣 綾
「2人とも天才なのに、“事件引き寄せ体質”ってなに……」
3人はしばし沈黙する。
宇垣 綾(急に明るく)
「でもほら!事件は置いといて、買い物しよ!」
神谷 遥香
「……そうね」
表情は戻るが目は鋭い。
鮫島 美優姫
「せや。今は東京楽しも」
宇垣 綾
「ねえ、美優姫。これ似合う?」
綾が帽子を被る。
鮫島 美優姫
「似合う……でも捕まえる犯人の方が似合うで」
宇垣 綾
「それ褒めてる?」
神谷 遥香(小声)
「……名古屋」
宇垣 綾
「え?」
神谷 遥香(静かに)
「帰ったら、潤に確認する」
美優姫が無言で頷く。
宇垣 綾
「……怖」
その時3人はまだ知らなかった。
名古屋で――“東の宝条”と“西の羽賀”が、再び血の匂いを嗅ぐことになるのを。
名古屋駅(昼)
名古屋駅。スーツ姿の人々が行き交う。
潤が新幹線から降り、周囲を見渡す。
宝条 潤(軽く息を吸い)
「……名古屋か」
宝条 潤(心の声)
(中部経済再生フォーラム。財界と政治、そして旧家――一番面倒な顔ぶれが揃う。けど……)
潤がふっと笑う。
宝条 潤
「今日は“推理”じゃなくて、挨拶だけで済むといいんだけどな」
???
「おっ!おおおおお!!」
その時、後ろからやたら明るい声が聞こえる。
宝条 潤(ピタッ)
「……ん?」
宙夢がド派手な笑顔で突進してくる。
羽賀 宙夢
「先ぱ~~~い!!」
宝条 潤
「宙夢」
(思わず笑う)
羽賀 宙夢
「久しぶりやなぁ!東の宝条!」
宝条 潤
「西の羽賀」
ガシッ
2人は固い握手を交わす。
羽賀 宙夢
「会える思てへんかったわ!名古屋におるって聞いて、飛んできた!」
宝条 潤
「飛んできたって……お前、大阪だろ」
羽賀 宙夢
「近い近い!新幹線なら誤差や!」
宝条 潤
「いや距離感が雑すぎる」
はしゃぐ2人を見て、周りが若干引く。
羽賀 宙夢
「それより先輩!今夜いけるやろ!?名古屋メシ!ひつまぶし!味噌カツ!手羽先!」
宝条 潤
「お前の胃袋は1つだ」
羽賀 宙夢
「2人おるやろ!」
宝条 潤
「算数ができてない」
羽賀 宙夢(ニヤッ)
「で?キャバは?」
宝条 潤
「……出たな」
羽賀 宙夢
「名古屋の夜はえぐいで?」
潤は即座に現実に帰る。
宝条 潤(真顔)
「遥香に殺される」
羽賀 宙夢(即答)
「俺も美優姫に殺される」
2人は同時にため息をつく。
宝条 潤・羽賀 宙夢
「……」
そして同時に笑う
羽賀 宙夢
「もうあかんな、俺ら」
宝条 潤
「天才でも無理なものは無理だ」
潤が宙夢に軽く釘を刺す。
宝条 潤
「今日だけは、大人しくな」
羽賀 宙夢
「任せとき」
宙夢が親指を立てる。
宝条 潤(心の声)
(……一番信用できない返事だ)
名古屋・栄(夕方)
ビル群と人の流れ。華やかながらどこか熱気がある。
潤と宙夢は会場がある栄に来ていた。
羽賀 宙夢
「いやぁ〜、栄ってやっぱ都会やなぁ。東京ほど冷たくないし、大阪ほど暑苦しくない!」
宝条 潤
「褒めてるのか貶してるのか分からない」
羽賀 宙夢
「両方や!」
(ニヤッ)
宝条 潤(心の声)
(宙夢がいるだけで空気が軽くなる……逆に事件の匂いが消えるから困る)
宝条 潤
「……会場はもうすぐだ」
羽賀 宙夢
「中部経済再生フォーラム……聞くだけで胃が重くなる名前やな」
2人は迎賓館に戻る。
フォーラム会場前(迎賓館・入口)
会場の入り口は警備が厚い。
政財界のVIPが続々入ってくる。
羽賀 宙夢(周囲を見回し)
「……えげつない顔ぶれや」
宝条 潤
「大物揃いだね」
参加者に圧を感じる2人。
羽賀 宙夢
「あれ、地元の有力議員やろ?」
宝条 潤
「その隣……旧家の当主だ」
羽賀 宙夢
「金と権力と血筋が揃っとるやん」
宝条 潤
「こういう場は、揉める」
羽賀 宙夢
「揉める=事件?」
宝条 潤
「……口に出さない」
その時、周囲の空気が変わる。
一人の男が護衛のような部下を従え現れる。
羽賀 宙夢(小声)
「……あの人確か」
宝条 潤(目を細める)
「浅井信介……中部圏最大級の建設・再開発会社「中部建設グループ」社長だ」
浅井が挨拶にくる。
浅井 信介
「宝条潤先生」
宝条 潤(礼儀正しく)
「浅井社長。本日はお招きいただきありがとうございます」
浅井 信介
「いやいや。先生が来てくださるだけで、この会の格が上がります」
浅井が宙夢を見る。
浅井 信介
「……そちらの方は?」
羽賀 宙夢
「羽賀コンツェルンの羽賀宙夢です」
浅井 信介
「……羽賀コンツェルン。西の若き会長か」
羽賀 宙夢
「まあまだ若造ですわ」
浅井 信介(薄く笑う)
「今日は豪華だ。東の宝条、西の羽賀……まるで役者が揃ったようですな」
宝条 潤(心の声)
(“役者”…か。事件の匂いが濃くなった)
浅井 信介
「先生はこういう場はお嫌いかもしれないが――中部の未来がかかっている」
宝条 潤
「未来という言葉は、誰でも使えます。中身が伴っていれば、ですが」
浅井 信介(ふっと笑う)
「さすがです」
羽賀 宙夢
「ほな社長さん、儲かる未来にしてください」
浅井 信介
「もちろんですとも」
背後から整った所作の女性が現れる。
加納 美緒
「社長。そろそろご挨拶のお時間です」
完璧な笑顔。
浅井 信介
「……ああ、分かった」
浅井がこの場をあとにする。
浅井 信介
「では先生方。また後ほど」
宝条 潤
「ええ」
羽賀 宙夢
「ほなまた」
美緒が潤と宙夢に丁寧に会釈。
その笑顔は完璧すぎる。
加納 美緒
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
柔らかい声。
宝条 潤
「秘書の方ですか?」
加納 美緒
「はい。加納美緒と申します。浅井の秘書をしております」
羽賀 宙夢(軽く会釈)
「どーも」
加納 美緒(微笑み)
「それでは失礼いたします」
美緒がお辞儀をして去っていく。
羽賀 宙夢
「……美人やな」
宝条 潤
「……美人だね」
2人で頷き合う。
羽賀 宙夢
「名古屋、ええ街や」
宝条 潤
「目的が違う」
羽賀 宙夢
「いやぁ〜先輩、こういうときだけ意見一致するよな」
宝条 潤
「事実だから」
フォーラム会場・大宴会場(懇親会)
潤と宙夢は大宴会場に行く。
政財界の大物たちが並び、名刺交換が続く。
司会
「――皆様、本日は『中部経済再生フォーラム』懇親会へようこそ。それでは、乾杯のご発声を浅井信介様よりお願いいたします」
浅井が壇上へ上がる。
浅井 信介(堂々と)
「皆さん。中部を再生するのは――この場にいる我々の責務です」
グラスを掲げる。
浅井 信介
「中部の未来に、乾杯」
会場一同
「乾杯!」
グラスが鳴り、拍手が起こる。
羽賀 宙夢(小声)
「堅っい会やなぁ」
宝条 潤
「君が言うと説得力がない」
羽賀 宙夢
「俺が壇上立ったら乾杯の代わりにボケるからな」
宝条 潤
「最悪だ」
談笑が続く中、空気が少し尖る
浅井が数名のVIPに囲まれ、笑顔で話している。
そこへ一人の男が近づく。旧家当主、松平和久(61)。
松平 和久
「浅井社長」
浅井 信介(微笑のまま)
「……松平様」
松平 和久
「“再開発”とは便利な言葉ですな。壊して、奪って、造り直せば正義になる」
浅井の笑顔が一瞬だけ固まる。
浅井 信介
「何をおっしゃいます。これは中部の未来のためです」
松平 和久
「未来、未来と。その未来に――誰の“血”が塗られるのか考えたことは?」
周囲がざわつく。
参加者A
「おい…あの二人…」
参加者B
「また始まったか…」
宙夢が嗅ぎ取る。
羽賀 宙夢(小声)
「先輩、空気ヤバいで」
宝条 潤
「……見てる」
浅井が声を落とす。松平も一歩も引かない。
近くで美緒が静かに控えている。
浅井 信介(低い声)
「松平様。今日は“場”をわきまえていただきたい」
松平 和久
「場をわきまえた結果がこれか。金のためなら、名古屋城すら玩具にする」
浅井 信介
「……あなた方旧家は、いつまでも過去に縋る」
松平 和久
「過去を捨てる者は未来も捨てる」
浅井が怒りを漏らす。
浅井 信介
「……邪魔をするなら――消えていただく」
羽賀 宙夢(小声)
「言い方が物騒すぎるやろ……」
宝条 潤(心の声)
(今のは冗談じゃない。本気の目だ)
美緒が静かに浅井に告げる。
加納 美緒
「社長。次のご挨拶のお時間です」
浅井が怒りを押し殺して答える。
浅井 信介
「……分かっている」
松平 和久
「浅井社長。あなたの“汚れた手”がどこまで届くか――私は、見届けます」
浅井 信介
「……お好きになさればいい」
浅井が美緒を伴い、その場を離れる。
潤と宙夢がグラスを持ちながら、浅井の背中を見送る。
羽賀 宙夢
「今のはアカン……」
宝条 潤
「うん。事件が起きる直前の会話の典型例だ」
羽賀 宙夢
「典型例って何やねん」
宝条 潤
「言葉通り」
浅井と美緒が会場奥の個室へ。
スタッフが下がり、二人だけになる。
浅井 信介
「……チッ」
加納 美緒(静かに)
「社長。お水をお持ちしましょうか」
浅井 信介
「いらん……あの松平め」
加納 美緒
「……」
浅井が吐き捨てる。
浅井 信介
「いずれ分からせてやる。邪魔者は――消える」
加納 美緒
「……」
数分後、会場側のざわめき。
浅井が戻らないため、スタッフが個室へ向かう。
スタッフ
「浅井社長、次のご挨拶ですが――」
返事がない。
スタッフ
「……失礼いたします。浅井社長?」
扉が開かない。
スタッフ
「……鍵が、かかっています」
参加者A
「中にいるんじゃないのか?」
スタッフ
「お返事がありません……」
美緒が現れる。
加納 美緒
「どうされました?」
スタッフ
「社長が戻られず、扉が施錠されていて……」
宝条 潤
「非常キーはありますか?」
スタッフ
「はい!」
スタッフが非常キーを使って扉を開ける。
そこで見たのは床に倒れる浅井。
スタッフ
「……っ!」
参加者A
「な……!」
浅井の胸元に血。
心臓付近に刺創。グラスが倒れている。
羽賀 宙夢(硬い声)
「……殺されとる」
宝条 潤(冷静に)
「……刺殺」
スタッフ
「扉は施錠されていました……」
参加者B
「誰も出入りしていないぞ!」
宙夢が潤を見る。
羽賀 宙夢
「……来てもうたな」
宝条 潤(静かに頷く)
「……来てしまったね」
フォーラム会場・個室前
刺殺体が発見された個室前には規制線が張られた。
参加者は別室へ誘導される。
警備員
「皆さま、こちらへ移動をお願いします!」
参加者A
「密室だぞ……どういうことだ……」
参加者B
「この場から出られないのか!?」
羽賀 宙夢(小声)
「ほんまに来てもうたな……」
宝条 潤(静かに)
「……来てしまったね」
スーツ姿の刑事たちが割って入り、中心に立つ男が現れる。
立ち姿が凛として、圧がある。
織田 正長(一声)
「――うつけども、騒ぐな。現場を荒らすな。発見者以外、不要に近づくな」
参加者たち(ざわ…)
「うつけ……?」
「いま、うつけって……」
宝条 潤(小声)
「あの刑事さん……」
羽賀 宙夢(小声)
「まるで織田信長みたいや……」
正長が二人に視線を向ける。目が鋭いが礼は失わない。
織田 正長
「おや、お二人は」
宝条 潤
「宝条潤です。推理作家で――一応、宝条グループの総帥です」
羽賀 宙夢
「羽賀宙夢です。羽賀コンツェルンの会長、やらせてもろてます」
正長が警察手帳を一瞬見せる。
織田 正長
「愛知県警捜査一課管理官、織田正長です。以後、お見知りおきを」
宝条 潤(心の声)
(名前まで織田信長みたいだ……)
羽賀 宙夢(心の声)
(いや、ほんまに織田やん……)
参加者C(小声)
「織田……って、あの……?」
参加者D(小声)
「信長の末裔を自称してる武道の家元の……」
参加者E
「剣道も相当だって聞いたぞ……」
織田 正長
「貴殿らのことは、同期たちから聞いている」
宝条 潤
「……同期?」
潤が思わず聞き返す。
織田 正長
「神谷遥香だ。幼馴染だと聞いた」
宝条 潤(一瞬固まる)
「……遥香が」
宝条 潤(心の声)
(ここにも遥香の同期がいた……そしてやっぱり、遥香の同期は“いいところ”のおぼっちゃまとお嬢様揃いだ……)
潤のスマホが震える。画面に「遥香」の名前。
宝条 潤
「……噂をすれば」
潤が通話に出る。
宝条 潤
「もしもし、遥香」
神谷 遥香(電話)
『潤?今、綾と美優姫と自由が丘を満喫中……向こうで事件に巻き込まれてない?』
宝条 潤
「……実は――」
潤が事情を言いかけたとたん――
織田 正長
「失礼」
正長が自然すぎる動作で潤の手からスマホを取る。
宝条 潤
「え、ちょ――」
羽賀 宙夢(小声)
「奪った……」
織田 正長(電話)
「久しいな、神谷遥香」
神谷 遥香(電話)
『え〜っと……?』
織田 正長(電話)
「この織田正長を忘れたとは言わせん」
神谷 遥香(電話)
『……あ!よく剣道の手合わせをした!』
織田 正長(電話)
「中部経済再生フォーラムの会場で殺人事件が起きた。厄介な事件ゆえ、悪いが――お二人には捜査にご協力いただく。失礼」
ブツッ(通話終了)
正長が何事もなかったようにスマホを潤へ返す。
織田 正長
「返す」
宝条 潤
「……あ、はい……」
潤が受け取るが、目が泳ぐ。
羽賀 宙夢(小声)
「電話、切るの早すぎやろ……」
自由が丘
3人は自由が丘でのショッピングの途中。
遥香がスマホを見て固まっている。
宇垣 綾
「遥香?どうしたの?」
鮫島 美優姫
「誰からや?」
神谷 遥香(短く)
「……織田正長」
宇垣 綾
「は!?なんで彼が!?」
鮫島 美優姫
「……最悪のタイミングやな」
神谷 遥香
「名古屋で……彼があの二人と一緒にいる」
嫌な予感がする。
鮫島 美優姫
「事件起きたんやな」
神谷 遥香
「……殺人事件。難事件だから、あの2人を捜査に協力させるらしい」
宇垣 綾
「……あの2人がいるなら、すぐ解決しそうだけど……」
鮫島 美優姫
「せやな。あの2人おったら、犯人の胃が先に壊れる」
神谷 遥香
「でも……正長君いるし」
鮫島 美優姫
「それが一番厄介や」
3人が同時に無言で頷く。
名古屋・現場
正長が改めて潤と宙夢に向き直る。
織田 正長
「お2人とも、事件解決に協力を願う」
宝条 潤
「……もちろん、そのつもりで来ています」
羽賀 宙夢
「せや。放っとかれへん」
織田 正長
「志賀頼警部。日村警部。事件の容疑者は絞れたか?」
志賀頼 邦夫(ひょうひょうと)
「ほぼ絞れとるで、管理官。せやけど“うつけ”はまだ分からん」
日村 淳也
「志賀頼さん、お願いしますから普通に話してください……」
日村は胃が痛そうにしている。
志賀頼 邦夫
「はいはい。“入れた人間”と“出せた人間”。この二つを持っとる奴だけが犯人候補や」
宝条 潤(心の声)
(……愛知県警、面白い布陣だ)
羽賀 宙夢(心の声)
(あの警部さん、クセ強すぎやろ……)
志賀頼がひょうひょうと現場を見回り、日村がその後ろで胃を痛めている。
宙夢は志賀頼をじっと観察している。
羽賀 宙夢(小声)
「あの警部さんのエセ関西弁、絶対岐阜県民やろ・・・」
宝条 潤(小声)
「……なんで分かるの?」
羽賀 宙夢
「“におい”や」
宝条 潤
「君の推理、雑だね」
正長が会話を拾う。
織田 正長
「……よく分かったな」
羽賀 宙夢
「え、聞こえてました?」
織田 正長
「織田家は耳も鍛えている」
宝条 潤(心の声)
(鍛えているって何……)
織田 正長
「志賀頼邦夫。準キャリア組の警部だ」
羽賀 宙夢
「準キャリア……ほな、頭ええんや」
織田 正長
「優秀だ。歳は……」
ちらっと志賀頼を見る。
織田 正長
「もうじき30になる私の、10歳上だったか」
宝条 潤
「40歳……」
織田 正長
「本来なら警視になっていてもおかしくない年齢だ。だが――あの変わった性格のせいで、警部から昇進できん」
羽賀 宙夢
「……なるほど。“性格”が致命傷ってことやな」
志賀頼が遠くからひょうひょうとした様子で言う。
志賀頼 邦夫
「聞こえとるぞ〜。美濃の勘、舐めたらあかんで〜」
羽賀 宙夢(小声)
「ほら岐阜や」
宝条 潤
「確定したね」
正長が他の刑事たちを紹介する。
織田 正長
「他にも紹介しておこう」
日村を指す。
織田 正長
「日村淳也。捜査一課の警部。志賀頼警部の後始末担当だ」
日村 淳也(即座に)
「織田管理官、そういう紹介はやめてください……!」
志賀頼 邦夫
「ええ相棒やで、ほんま」
日村 淳也
「相棒じゃありません!」
織田 正長
「内村武安。警部補。柔道の有段者で、確保の要だ」
内村 武安(短く)
「……よろしくお願いします」
羽賀 宙夢
「お、渋い」
織田 正長
「飯島修平。巡査部長。足が速い。逃走犯には強い」
飯島 修平
「よろしくお願いします!」
爽やかに敬礼する。
織田 正長
「高塚奈々子。巡査部長。見た目に反して、性格は男勝りだ」
高塚 奈々子(声低め)
「……よろしくお願いします」
羽賀 宙夢(小声)
「いや、見た目からして強そうやで」
宝条 潤(心の声)
(……キャラの強い刑事さんが多いな。警視庁の捜一も濃いけど、愛知県警は別方向に濃い)
織田 正長
「以上だ。これより現場検証を開始する。うつけ者が紛れている。全員、気を引き締めよ」
羽賀 宙夢(小声)
「うつけって言いたいだけやろ……」
宝条 潤(小声)
「でも、似合う」
迎賓館・控室(臨時聴取室)
大きな会議室。
容疑者たちが席に並び、刑事たちが壁際に立つ。
織田が前に立ち、全員に告げる。
織田 正長
「――これより、関係者から事情を聴く。うつけな嘘はつかれるな。すべて、記録する」
羽賀 宙夢(小声)
「やっぱうつけ言いたいだけやな……」
宝条 潤(小声)
「黙って。本人の前」
織田 正長
「志賀頼警部。順に」
志賀頼 邦夫
「ほいほい。美濃の勘もついでに働かせときますわ」
日村 淳也(小声で)
「志賀頼さん、真面目にお願いします……」
志賀頼が手帳を開いて説明する。
志賀頼 邦夫
「松平和久さん、61歳。旧家当主。被害者の浅井信介と、再開発事業の件で対立しとった」
松平 和久(落ち着いて)
「……事実だ」
織田 正長
「事件当時はどこで何を?」
松平 和久
「懇親会会場にいた。浅井と口論したのは認める。だがその後は、複数の者と話していた」
志賀頼 邦夫
「ほな、証人おるんですな?」
松平 和久
「いる」
宝条 潤(心の声)
(口論したからといって犯人とは限らない。ただし、恨みは十分)
志賀頼 邦夫
「水野宗一郎さん、55歳。国会議員。浅井社長と関係が深い。裏金の噂もある」
水野 宗一郎
「……噂だ。名誉毀損だぞ」
織田 正長
「疑うのが警察の仕事故、許されよ」
水野 宗一郎
「……っ!」
織田 正長
「事件当時はどこで何を?」
水野 宗一郎
「私は会場の中央で――大勢と話していた。浅井社長とは少し揉めたが、それだけだ」
志賀頼 邦夫
「ほう。揉めたんですな?」
水野 宗一郎
「……口論というほどではない!」
羽賀 宙夢(心の声)
(政治家は大体怪しい。でも怪しいだけで犯人やない。)
志賀頼 邦夫
「丹羽亮介さん、42歳。浅井社長の部下で再開発の責任者。金銭トラブルの噂あり」
丹羽 亮介(焦り気味)
「トラブルなんてありません!」
織田 正長
「声を荒げるほど、疑いが大きくなるぞ」
丹羽 亮介
「……っ」
織田 正長
「事件当時はどこで何を?」
丹羽 亮介
「……会場の外で……タバコを吸ってました」
志賀頼 邦夫
「1人でですか?」
丹羽 亮介
「……はい」
宝条 潤(心の声)
(単独行動。アリバイが弱い)
志賀頼 邦夫
「最後。加納美緒さん、34歳。被害者・浅井信介の秘書。事件直前まで浅井と行動を共に」
加納 美緒(姿勢を正し、静かに)
「……はい」
織田 正長
「事件当時はどこで何を?」
加納 美緒
「社長が疲れておられたので、個室にご案内しました。扉を閉め、社長は“少し一人になりたい”と。私はその後、次のご挨拶の準備で会場に戻りました」
志賀頼 邦夫
「ほう。何時ごろ戻ったんです?」
加納 美緒
「19時22分頃です」
潤の眉がピクリとする。
志賀頼 邦夫
「細かく覚えてますなあ」
加納 美緒(微笑)
「秘書ですので」
いったん事情聴取は終了する。
容疑者が退出し、部屋に捜査側だけが残る。
潤と宙夢は犯人を予想する。
羽賀 宙夢(小声)
「……誰が怪しい思う?」
宝条 潤
「君はどう見た?」
羽賀 宙夢
「俺はな――最初に怪しい思うたんは、丹羽さん」
宝条 潤
「理由は?」
羽賀 宙夢
「タバコで外。1人。焦り方も雑。典型的に怪しい」
宝条 潤
「確かに丹羽さんは怪しい。でも……“怪しさ”は演技でも作れる」
羽賀 宙夢
「ほなやっぱ……」
宝条 潤
「加納美緒さん」
羽賀 宙夢
「……そうなるわな」
宝条 潤
「時間が正確すぎる。秘書としては自然だけど、事件の当事者としては不自然」
羽賀 宙夢
「感情が動かん。あれは“悲しみを隠してる”とかやなくて――最初から無い」
事件現場・個室(密室)
刑事たちが現場検証中。
潤と宙夢も、規制線内で鋭い目を向けている。
志賀頼が違和感を嗅ぎ取る。
志賀頼 邦夫(壁際を見ながら)
「……おかしいなぁ」
日村 淳也
「志賀頼さん、また何か変なことを……」
志賀頼 邦夫
「ちゃうちゃう」
志賀頼が掛け軸を覗き込む。
志賀頼 邦夫
「この掛け軸……裏、妙に分厚いわ」
織田 正長
「……何?」
志賀頼 邦夫(掛け軸の縁を指でなぞる)
「ほら。ここの“空気”が違う」
日村 淳也
「空気……?」
潤と宙夢が何かに気づく。
宝条 潤(すっと近づく)
「……志賀頼警部、それ」
羽賀 宙夢
「まさか……」
宝条 潤(冷静に)
「押してみてください」
志賀頼 邦夫
「押すんかい」
羽賀 宙夢
「せや。押してみ」
志賀頼が掛け軸を押す。
すると――壁の奥で“カチ…”と小さな音。
日村 淳也
「……っ」
ギ…(古い引き戸が動く音)
掛け軸の裏側が“引き戸”になっており、静かに開いていく。
闇の向こうに、細い通路――続き間が現れる。
志賀頼 邦夫
「……ほらな」
日村 淳也
「……っ!!隠し戸……!?」
羽賀 宙夢
「驚いたわ……こんなん、現代に残っとるんか……」
宝条 潤(静かに頷く)
「……尾張の続き間構造」
2人は真相へ到達する。
羽賀 宙夢
「つまり……密室は“偽物”や」
宝条 潤
「犯人はここから出入りできた」
羽賀 宙夢
「ほな、あとは――」
宝条 潤
「“誰がそれを知っていたか”」
羽賀 宙夢
「“誰がそれを使えたか”」
宝条 潤(心の声)
(全部、繋がった。完璧な秘書。完璧な時間。完璧な冷静さ。つまり――)
宙夢が正長のほうを向く。
羽賀 宙夢
「なあ警視さん?」
織田 正長
「?」
羽賀 宙夢
「容疑者全員、ここに集めてくれへん?」
宝条 潤(にかっ)
「今から謎解きをします」
日村 淳也(ゾワッ)
「……その笑顔、怖いんですが」
志賀頼 邦夫
「天才の“にかっ”は大体アカン」
織田 正長
「……よかろう」
正長が無線を取る。
織田 正長(無線)
「内村、飯島、高塚。容疑者全員を現場前控室へ集めろ。逃げ道は塞げ。うつけは逃すな」
内村 武安(無線)
『了解』
飯島 修平(無線)
『すぐ集めます!』
高塚 奈々子(無線)
『……了解しました』
羽賀 宙夢
「先輩」
宝条 潤
「うん」
羽賀 宙夢
「……こっからは、“いつも通り”やな」
宝条 潤
「そうだね」
潤が静かに目を細める。
宝条 潤(心の声)
(――終わらせよう。この密室を作った嘘を)
迎賓館・個室前(臨時推理会場)
規制線内に容疑者全員が集められている。
刑事たちが周囲を固め、逃げ道は完全に塞がれている。
水野 宗一郎
「いつまでこんな扱いを受けるんだ!」
丹羽 亮介
「……早く終わらせてくださいよ……」
潤が一歩前に出る。
表情は穏やかだが、目が鋭い。
宝条 潤
「皆さん。今から、“密室”の謎を説明します」
羽賀 宙夢(潤の横に立つ)
「ほんで、犯人もな」
参加者たち
(ざわ…)
宝条 潤
「まず、最初に言います。この事件は――密室ではありません」
松平 和久
「……何だと?」
水野 宗一郎
「馬鹿な!扉は施錠されていた!」
羽賀 宙夢
「せやな、扉は閉まっとった。でもな――」
続き間の方へ視線を向ける。
羽賀 宙夢
「出入口は“扉だけ”ちゃうかった」
織田 正長
「志賀頼警部」
志賀頼 邦夫
「はいはい」
ギ…(引き戸が開く)
掛け軸の裏の隠し戸=続き間が開かれ、容疑者全員が目を見開く。
丹羽 亮介
「……え……?」
水野 宗一郎
「そんな……」
加納 美緒
「……」
宝条 潤
「この続き間を使えば、犯人は――室内に入って浅井を刺した後、続き間へ逃げて掛け軸を元に戻すというトリックで、発見時に“密室だ”と思い込ませられる」
水野 宗一郎
「だ、だが……誰がそんな隠し戸を知っている!」
羽賀 宙夢
「そこがポイントや。“たまたま見つけた”で済ませられる構造やない」
宙夢が続き間を軽く叩く。
羽賀 宙夢
「ここ、昔の名古屋の迎賓構造や。知っとる奴は限られる」
宝条 潤
「凶器についても触れておきます。皆さんに配られたフォーラム記念品――」
羽賀 宙夢
「短刀型のペーパーナイフやな」
宝条 潤
「“全員が持っているもの”を凶器にすることで――犯人は凶器の特定を難しくした」
松平 和久
「……用意周到だな」
羽賀 宙夢
「ほな次。犯人が一番気にしたのは何やと思う?」
丹羽 亮介
「な、何だよ……」
羽賀 宙夢
「時間や。犯行時刻を“数分”に抑えなあかん。せやから――」
宝条 潤
「犯人は“動線”を完璧に知っている必要があった。人の流れ、扉の死角、警備の位置。そして、浅井社長の行動」
正長が潤と宙夢に尋ねる。
織田 正長
「……そこまで分かっているのだな。ならば聞こう。犯人は誰だ?」
宝条 潤
「このトリックを実行するには――条件があります。 被害者と2人きりになれ、隠し戸(続き間)の存在を知っており、会場内を自由に動け、かつ犯行後も“疑われず自然に振る舞える”」
羽賀 宙夢
「この条件を全部満たせる人物は――」
宝条 潤・羽賀 宙夢
「……一人だけです(や)」
宝条 潤(静かに)
「……加納美緒さん。あなたがこの事件の犯人です」
丹羽 亮介
「……え……?え、うそだろ……」
水野 宗一郎
「秘書が……?」
松平 和久(目を細める)
「……なるほど」
加納 美緒
「……私が?」
宝条 潤
「あなたは事件当時の行動を――19時22分、と正確に答えた」
羽賀 宙夢
「それに今まであんま感情の揺れも無かった」
宝条 潤
「“秘書だから”ではありません。あなたは――」
潤が目を細めて言い切る。
宝条 潤
「最初から答えを用意していた」
美緒が冷静に反論する。
加納 美緒(微笑)
「……私が犯人、ですか。面白い推理ですね」
肩をすくめる。
加納 美緒
「でも、証拠は?私が殺したという直接の証拠がありません」
宙夢が美緒の“演技”を見抜く。
羽賀 宙夢(静かに)
「……その笑顔、強すぎるで。人間、ほんまに疑われたら――そんな綺麗に笑われへん」
美緒は崩さない。
加納 美緒
「感情で捜査をされるのは困ります。私は秘書です。冷静でいるのが仕事ですから」
宝条 潤
「……いいえ」
潤が目を細め、淡々と言う。
宝条 潤
「あなたは冷静なんじゃない。“準備していた”だけだ」
加納 美緒
「……」
宝条 潤
「志賀頼警部。掛け軸の裏――隠し戸の縁を」
志賀頼 邦夫(にやり)
「ほいほい」
志賀頼がライトを当て、指差す。
志賀頼 邦夫
「ここや。戸の縁に――化粧品の粉が付いとる」
美緒が表情を変える。
宝条 潤
「続き間の扉は、普段は誰も触らない。触った者がいたから“粉が付着した”」
加納 美緒
「……そんなもの、誰でも――」
宝条 潤
「いえ。この粉は、あなたのものです」
羽賀 宙夢
「会場の参加者で、あんたと同じ化粧品使うてる人間がおる思う?それも“掛け軸の裏”に触れてな」
加納 美緒
「……っ」
宝条 潤
「あなたが浅井社長を個室へ案内した。あなたは動線を知っていた。そして、続き間の存在も知っていた」
加納 美緒
「……っ……」
美緒の肩が震え始める。
宝条 潤
「……加納さん」
羽賀 宙夢
「もうええ。終わりにしよ」
美緒の目から涙が落ちる
加納 美緒
「……私が……私が、やりました……」
美緒がその場に崩れ落ちる。
そうして涙を流しながら話し出す。
加納 美緒
「私の父は……浅井信介の部下でした……あるとき……不正工事が発覚しました……父は、勇気を出して告発したんです……でも……浅井は揉み消した……!それだけじゃない……!」
震える声で続ける。
加納 美緒
「あの人は……その不正工事の責任を……父に押し付けた……!」
丹羽 亮介
「……っ」
松平 和久(目を伏せる)
「……」
加納 美緒(涙が止まらない)
「父は……あっけなく……自殺しました……私はまだ14歳でした……でも……父が最期に遺した言葉は……忘れられません……」
宝条 潤
「……」
宙夢は歯を食いしばる。
加納 美緒
「私は……復讐するために……この会社に入りました……浅井の秘書になって……完璧に仕事をして……信頼を得たんです……“この女だけは裏切らない”って……」
美緒が続ける。
加納 美緒
「でも……フォーラム当日……浅井が……また同じ不正をしようとしているのを知った……」
涙のまま、憎しみのこもった目をする。
加納 美緒
「……だから……私は……決めた……告発で正せないなら……殺すしかなかった……!」
織田 正長(低く)
「……うつけが」
加納 美緒
「……っ」
織田 正長(怒鳴る)
「確かに――浅井信介がしたことは、到底許しがたい……!」
正長が拳を握り締める。
織田 正長
「しかし――殺したところで何になる!!大事な娘がその手を血で染めて――天国にいるお父上は、喜ぶと思うか!!」
美緒が号泣する。
加納 美緒
「……っ……う……っ……ごめんなさい……っ!お父さん……ごめんなさい……っ!!」
美緒が床に伏して泣き崩れる。
その涙は、復讐の涙ではなく、14歳の少女の涙だった。
織田 正長(静かに)
「……内村」
内村 武安
「……はい」
織田 正長
「連行しろ」
美緒は警察に連行されていく。
正長は2人に敬礼をし、現場をあとにした。
迎賓館の外(夜)
捜査が終わり、迎賓館(フォーラム会場)の外へ出る潤と宙夢。
あたりはすっかり夜。街の光が眩しい。
二人のスーツには、疲労と安堵が滲んでいる。
羽賀 宙夢(空を見上げて)
「……夜になってもうたなぁ」
宝条 潤
「うん。長かった」
羽賀 宙夢(苦笑)
「せっかく名古屋まで来たのに……楽しむ余裕、ゼロやったわ」
宝条 潤
「事件が起きると、だいたいそうなる」
羽賀 宙夢
「いや、だいたいそうなるのおかしいやろ」
宝条 潤(小さく笑って)
「確かに」
2人が夜の名古屋の街を並んで歩く。
遠くにはネオン、どこかに食欲を刺激する匂い。
羽賀 宙夢(ぽつり)
「……あの秘書の女性……」
宝条 潤
「……加納さんか」
羽賀 宙夢
「救われへん話やな」
宝条 潤
「そうだね」
沈黙。
宝条 潤
「でも、放置すればもっと多くの人が壊れた」
羽賀 宙夢(頷く)
「せやな。はぁ……胃に穴空いたわ」
宝条 潤
「空いてない」
羽賀 宙夢
「空いた」
潤が少しだけ明るい声で言う。
宝条 潤
「こういう時は……」
羽賀 宙夢
「ん?」
宝条 潤
「ひつまぶしでも食べよう」
羽賀 宙夢(目を見開き)
「……天才やん」
宝条 潤
「人間は温かいものを食べると落ち着く」
羽賀 宙夢
「俺は肉がええ」
宝条 潤
「ひつまぶし」
羽賀 宙夢
「味噌カツも」
宝条 潤
「ひつまぶし」
羽賀 宙夢
「手羽先も」
宝条 潤
「……全部食べればいい」
羽賀 宙夢(ニヤッ)
「ついでにスナックにも――」
宝条 潤
「……言うな。遥香に聞かれたら僕は終わりだ」
羽賀 宙夢
「美優姫に聞かれても終わりや」
宝条 潤
「君がね」
羽賀 宙夢
「せやけどさ。事件解決した夜の飯って、なんであんな美味いんやろな」
宝条 潤
「生きてるって感じがするから」
二人の足音が軽くなる。
夜の名古屋の街に、潤と宙夢が消えていく。
事件の重みは残るが、二人は次へ進む。
羽賀 宙夢
「よっしゃ、行こ」
宝条 潤
「うん」
こうして潤と宙夢は“血の匂い”の夜を乗り越え、名古屋の灯りの下へ歩き出した。
第12話 完
