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天才推理小説家の事件録 第5話「関東全域警察官襲撃事件 後編」

第5話「関東全域警察官襲撃事件 後編」

合同捜査本部・会議室

広い会議室。壁一面に関東地図。
ホワイトボードに被害者一覧、犯行時刻表、現場写真。

空気が重い。
管理官たちがすでに席についている。

扉が開く。

遥香と綾が潤を連れて入ってくる。

室内の視線が一斉に集まる。

神谷 遥香
「宝条潤先生をお連れしました」

潤は軽く会釈。

宝条 潤
「宝条潤です。よろしくお願いします」

まず石塚が立ち上がり、堅い声。

石塚 英郎
「茨城県警 捜査一課管理官、石塚英郎だ。協力感謝する」

潤が頷く。
下田が続く。微笑んでいるのに迫力がある。

下田 優子
「群馬県警 捜査一課管理官、下田優子です。宝条先生。お噂はかねがね」

井上が立ち上がる。少し疲れた表情。

井上 清治
「栃木県警 捜査一課管理官、井上です……頼りにしています」

潤が丁寧に会釈。
そして、蒼馬と遼生が同時に立ち上がる。立ち上がり方が異様に速い。

神宮 蒼馬
「埼玉県警 捜査一課管理官、神宮蒼馬です」

数珠をジャラッと鳴らす。

久坂 遼生
「千葉県警 捜査一課管理官、久坂遼生です」

潤は二人に軽く会釈する。遥香が潤へ向き直る。

神谷 遥香
「この二人は私や綾の警大の同期よ」

潤が納得しかけるが、妙に癖が強い。

神谷 遥香
「神宮君はさいたま市にある古い神社の宮司の次男」

蒼馬が数珠を掲げる。

宝条 潤(心の声)
(だからずっと数珠を持っていたのか……)

遥香が遼生を示す。

神谷 遥香
「久坂君は千葉県議会議員の息子」

遼生がお辞儀をする。

宝条 潤(心の声)
(……遥香もそうだけど、同期もいいところのお坊ちゃまとお嬢様ばっかりか……)

下田がくすっと笑う。

下田 優子
「ふふ。賑やかでいいじゃない」

石塚は眉一つ動かさず。

石塚 英郎
「……無駄口は済んだか」

場が締まる。

井上 清治(小声)
「助かった……まだマシだ……」

遥香が資料を叩く。

神谷 遥香
「では、本題に入ります。宝条先生が昨日示した推論を前提に――」

遥香の目が鋭くなる。

神谷 遥香
「犯人を絞り込みます」

ざわめきが収まり、全員が潤に視線を向ける。
ホワイトボードの前に潤が立つ。

潤は資料を手に取り、落ち着いた声で語り始める。

宝条 潤
「改めて、僕の推理を説明します」

潤は被害者一覧を指す。

宝条 潤
「この事件は“警察官狩り”に見えます。でも本質は違う。狙われているのは“警察官”そのものではなく、“警察組織の罪”です」

会議室に緊張が走る。

宝条 潤
「被害者たちは、過去の特定の問題案件に関わっている可能性が高い。揉み消し、隠蔽、冤罪寸前――そういう案件です」

神谷 遥香
「例えば1件目の事件の被害者、調べると過去に部下の不祥事の揉み消しで階級を巡査に降格、交番に異動になっています。ほかの被害者もそういった案件で所轄や交番に異動になっており、これを並べ替えると“線”が見えてきました」

宇垣 綾
「犯人が犯行場所に警察同士の連携が遅れる場所を選んでいるのも、警察を熟知しているから――」

宝条 潤
「つまり犯人は――元警察官の可能性が高いと推理します」

その瞬間、会議室の扉が静かに開く。
一歩、重い足音。空気が“凍る”。
全員が反射的に立ち上がる。

石上聡一が入室する。
背筋の伸びた姿。静かな圧。
その横に内海二郎。落ち着いた空気で支える。

全員
「――っ!」

敬礼・一礼が一斉に起きる。

内海 二郎
「楽に。会議の続きでいい」

だが石上は無言。
視線だけで場を支配する。

潤は一歩前に出て、きちんと頭を下げる。

宝条 潤
「……石上総監、内海副総監。お久しぶりです」

管理官たちが一斉に潤を見る。

神宮 蒼馬(小声)
「……え、知り合い?」

久坂 遼生(小声)
「マジかよ…」

潤は悪びれず、淡々と言う。

宝条 潤
「お偉いさん方のパーティーや飲み会で、何度もお会いしてます……僕は宝条家の当主としての立場上、そういう場に参加することが多いので」

会議室がざわつく。

下田 優子(小声)
「ふふ、さすが名家当主」

遥香が静かに説明する。

神谷 遥香
「総監と副総監は――私の父と、亡くなった潤のお父さんの大学の後輩です」

会議室が「えっ」とどよめく。

石塚 英郎
「……そうだったのか」

井上 清治
「そんな縁が…」

石上がようやく口を開く。
低く、短い。

石上 聡一
「……続けろ」

それだけで全員が背筋を伸ばす。
潤は一度息を吸い、ホワイトボードへ向き直る。

宝条 潤
「……失礼しました。では推理の続きです」

潤は地図を指し示す。

宝条 潤
「犯人は“警察の捜査範囲”そのものを利用しています。県境、監視の死角、夜間の巡回ルート、警察が普段“押さえているはずの場所”を逆に犯行現場に選んでいるのがその証拠です」

内海 二郎
「ほう……」

宝条 潤
「この推理を確かめるために――」

潤は管理官たちを見渡す。

宝条 潤
「明日、事件現場を回ってみたいんです」

会議室がまたざわつく。

久坂 遼生
「危険です!民間人を現場に――」

遥香が遮る。

神谷 遥香
「民間人とはいっても、名探偵よ」

宇垣 綾
「先生が現場で“違和感”を拾えるなら、価値はある」

石上は潤を見て、短く言う。

石上 聡一
「……どこから回る?」

潤の目が鋭くなる。

宝条 潤
「最初の現場です。“始まり方”には、犯人の癖が出ます」

内海が小さく頷く。

内海 二郎
「合理的だ」

石上 聡一
「……神谷」

神谷 遥香
「はい」

石上 聡一
「明日、車を出してやれ。松岡、2人に同行しろ」

神谷 遥香
「わかりました」

松岡 遼
「いいんですか?」

石上 聡一
「現場の“状況説明役”が必要だ。君が一番詳しい」

松岡が嬉しそうに胸を張る。

松岡 遼
「了解しました」

神谷 遥香(心の声)
(……潤なら大丈夫。でも、絶対に無茶はさせない)

横から綾が一歩出てくる。

宇垣 綾
「……先生、気をつけてね?」

神谷 遥香
「私が一緒だから大丈夫よ」

綾が目を細める。

宇垣 綾
「……そっちの意味じゃないけど?」

遥香が無言で圧をかける。
潤が震える。

宝条 潤(心の声)
「現場より怖い……」

翌日 駅前

晴れているが空気は冷たい。
潤が駅前につき、遥香が車のキーを持って潤に近づく。

神谷 遥香
「待ってたわ。さあ行きましょう」

宝条 潤
「うん」

助手席には松岡が座っており、潤は後部座席に座る。
遥香がエンジンをかけ、車を発進させる。

神谷 遥香
「最初の事件現場――新宿。すべての“始まり”よ」

宝条 潤
「最初の現場は、犯人の癖が一番出る」

遥香が小さく頷く。

松岡 遼
「現場は路地裏です。争った形跡はほぼゼロ」

宝条 潤
「……被害者は?」

神谷 遥香
「搬送後、意識は戻った。でも記憶が曖昧。犯人の顔は見ていない」

松岡が補足。

松岡 遼
「背後から、ほぼ無音で接近。スタンガンで即制圧」

潤が窓の外を見ながら低く呟く。

宝条 潤
「……プロだ」

松岡 遼
「はい。かなり」

遥香がハンドルを握る手に力を入れる。

神谷 遥香(心の声)
(……潤。頼るつもりはなかった。でも今は――頼りたい)

第1犯行現場 東京都新宿区

新宿の路地裏は昼でも薄暗い。
高いビルが光を遮り、壁に湿気が残っている。

規制線が張られ、現場担当の警官が敬礼。

現場警官
「神谷管理官、松岡警部。お疲れ様です」

神谷 遥香
「現場、入るわ」

現場警官
「どうぞ」

潤が一歩足を踏み入れた瞬間、表情が変わる。
空気を読むように、視線が鋭くなる。

宝条 潤(心の声)
(……匂いが残ってる。恐怖じゃない。――冷たい作業の匂い)

松岡 遼
「ここです」

松岡が場所を指す。
路地の中心。地面が少し削れている。

松岡 遼
「被害者はこの位置で倒れて発見されました。背後から襲われたと見られます」

潤はしゃがむ。
地面を指で触れ、壁を見る。
ゴミ袋の位置、空き缶、排水溝――

全てを記憶するように視線を動かす。

神谷 遥香
「……どう?」

潤は答えない。
歩く。止まる。
視線を上へ。

宝条 潤(心の声)
(……上からは見えない。でも、“逃げる経路”は複数ある)

潤が路地の入口と出口を見比べる。

宝条 潤
「……なるほど」

松岡 遼
「何か分かりましたか?」

潤は少しだけ顔を上げる。

宝条 潤
「犯人はここを“襲撃現場”として選んだんじゃない」

遥香が目を細める。

神谷 遥香
「……襲撃現場じゃない?」

潤が地面を見つめたまま言う。

宝条 潤
「“撤退のための現場”だ」

松岡が息を呑む。

宝条 潤
「この現場は――犯人が警察の到着後も逃げ切れるように設計されてる」

遥香が小さく頷く。

宝条 潤
「そしてもう一つ」

潤は壁際の水たまりを指す。

宝条 潤
「ここを通った人間は靴が濡れる」

松岡が驚く。

松岡 遼
「……え?」

潤が淡々と。

宝条 潤
「でも、被害者の靴は濡れていなかった」

遥香が目を見開く。

神谷 遥香
「……つまり」

潤が冷静に言う。

宝条 潤
「被害者はここに“誘導された”可能性がある」

沈黙。
事件の輪郭が、少しだけ浮かび上がる。

宝条 潤(心の声)
(……犯人は狩りをしている。そして狩場を作っている)

第2犯行現場 神奈川県横浜市

住宅地に近い裏路地。
新宿ほど暗くないが、曲がり角が多く死角が多い。
規制線。鑑識が動いている。

遠くにパトカー、そして――現場の端に停められたバイク。

斎藤が近づき、きちんと一礼。

斎藤 恵一
「神谷管理官、松岡警部。そして宝条先生……お越しいただきありがとうございます」

神谷 遥香
「いえ。こちらこそ。」

斎藤 恵一
「こちらへ」

今井がヘルメットを小脇に抱え、元気よく。

今井 もえ
「宝条先生!この前UGAKI HOTELでお会いしましたよね!今日もよろしくです!」

潤が少し笑う。

宝条 潤
「覚えてるよ。相変わらず元気で」

斎藤 恵一
「……元気すぎる」

今井が胸を張る。

今井 もえ
「現場は一番乗りが正義です!」

潤が規制線の内側へ入る。
表情が完全に変わる。
観察者の目。

宝条 潤(心の声)
(……新宿と同じ匂いだ。静かで、手際が良い。“迷い”がない)

松岡 遼
「被害者はここで倒れていました。背後からスタンガン。抵抗痕なし」

宝条 潤
「被害者はここに来る理由が?」

斎藤が資料を出す。

斎藤 恵一
「物音がしたと通報が入り、被害者が単独で確認に向かいました……ただ、通報者は特定できていません」

潤の目が一瞬だけ細くなる。

宝条 潤
「“通報”……」

潤はしゃがみこみ、地面を確認する。
砂利の乱れ、排水溝の蓋、壁の擦れ。
曲がり角からの視界。
街灯の位置。

潤は数歩下がり、視線を上げる。
家の窓、電柱、監視カメラの有無。

宝条 潤
「……なるほど」

神谷 遥香
「気づいた?」

潤は現場の角を指差す。

宝条 潤
「ここ、ちょうど死角ができる」

斎藤が頷く。

斎藤 恵一
「はい。ここは街灯が届きにくい」

潤は続けて、地面の小さな跡を指でなぞる。

宝条 潤
「……靴跡が二種類。被害者と、もう一人」

松岡が目を見開く。

松岡 遼
「鑑識の報告では……明確な足跡は――」

潤が首を振る。

宝条 潤
「“明確に残らないようにした足跡”です。でも完全には消えてない」

遥香が低く言う。

神谷 遥香
「……犯人は現場処理の癖がある」

潤は路地の入口を見て、出口を見る。
そして、通りの方を指差す。

宝条 潤
「新宿と同じだ。ここは“襲う場所”じゃない。“誘導して、確実に仕留める場所”」

斎藤が思わず聞き返す。

斎藤 恵一
「誘導……?」

宝条 潤
「物音の通報、“単独で確認に行く警官の習性”、死角のある狭い路地」

潤が静かに言い切る。

宝条 潤
「犯人は、警官の行動原理を理解しています」

遥香が頷く。

神谷 遥香
「……元警察官」

宝条 潤
「それだけじゃない」

潤は街灯を見上げる。

宝条 潤
「この現場は、“東京の現場より一段階丁寧”です」

松岡が眉をひそめる。

松岡 遼
「丁寧……?」

宝条 潤
「県が変わった分、警察の動きも変わる。それでも同じ型で成功させている」

潤はゆっくり息を吐く。

宝条 潤
「犯人は……一度で学習してる。そして、次はもっと巧妙になる」

第3犯行現場 埼玉県さいたま市中央区(旧与野市)

新幹線の線路の下。
住宅も多く、川が静かに流れている。

規制線の向こうで鑑識が動く。
高本寿樹が現場の中心で指揮をしつつ、遥香たちに気づき歩み寄る。

高本 寿樹
「神谷管理官、お疲れさん。宝条先生も。わざわざありがとう」

神谷 遥香
「高本警部、状況は?」

高本 寿樹
「初動は押さえた。だが……ここは“綺麗すぎる”」

潤が小さく頷く。そのとき、規制線の奥から数珠を鳴らしながら蒼馬が現れる。

神宮 蒼馬
「……ようこそ、宝条先生」

宝条 潤
「ど……どうも……」

高本が蒼馬の肩をぽん、と叩く。

高本 寿樹
「そうちゃん、固い固い」

蒼馬が反射的に振り返る。

神宮 蒼馬(ムッ)
「……仕事中はその呼び方はやめてください」

高本 寿樹
「えー?昔からそうちゃんだろ。ほら、数珠が怒ってるぞ」

蒼馬の数珠がジャラッ。

神宮 蒼馬
「怒ってません」

高本 寿樹
「怒ってるじゃねえか」

潤が思わず小さく吹く。

宝条 潤(心の声)
(……普通に可愛がられてるな)

現場に入り、潤が規制線をくぐる。

空気が変わる。
潤の“推理作家の目”が戻る。

宝条 潤(心の声)
(……ここは、二件目よりさらに綺麗だ。犯人の動きが“洗練されてる”)

松岡 遼
「被害者が倒れていたのはこの位置です。争った跡はなく、外傷は最小」

神宮 蒼馬
「しかも、発見まで遅れた。ここは夜、通行が極端に減る」

潤は地面にしゃがみ、草の倒れ具合を見る。
踏み跡ではなく、空気の流れのような“痕”を読む。

宝条 潤
「……なるほど」

高本 寿樹
「どうだ先生。何か見えるか」

潤は周囲を見回し、遠くの橋の下を見つめる。

宝条 潤
「犯人は――“観察してる”」

神谷 遥香
「観察?」

潤は街灯を見上げる。

宝条 潤
「犯人は現場を変えながら、警察の動きを見ている。ここは“逃げ道”が単純なのに成功している」

潤は橋の下を指す。

宝条 潤
「つまり、捕まらない自信がある」

神宮 蒼馬
「……自信?」

潤は静かに言い切る。

宝条 潤
「“警察の限界を知ってる”人間の自信です」

遥香の目が鋭くなる。

宝条 潤
「そして、捜査の反応速度も読んでいる。だから県境や暗所を選ぶ必要がなくなってきてる」

松岡 遼
「……犯人は、いずれ街中でもやる」

宝条 潤
「そうなる前に止めなきゃいけない」

第4犯行現場 千葉県千葉市美浜区

港に近い倉庫街。
車の通りは少ないが、一本道が長い。
遠くで貨物の音。潮の匂い。

規制線。鑑識作業。

現場の中心で遼生が腕を組み、指示を出している。
遥香たちに気づき、歩み寄る。

久坂 遼生
「来たか神谷」

その後遼生の目が潤を見る。

久坂 遼生
「……宝条先生」

潤が軽く会釈。

宝条 潤
「どうも」

そこへ谷垣幸一が走ってきて敬礼――するより先に、口が出る。

谷垣 幸一
「あんちゃん!現場の追加報告――」

久坂 遼生
「谷垣」

谷垣がピタッと止まる。

久坂 遼生
「……仕事中だ。“あんちゃん”はやめろ」

谷垣 幸一
「っ……す、すみません!久坂管理官!」

遼生が真面目な顔で報告する。

久坂 遼生
「被害者はここで倒れてた。発見は遅れたが、救命は間に合った」

谷垣が資料を出す

谷垣 幸一
「鑑識結果ですが指紋なし。足跡も断片的です」

久坂 遼生
「……犯人が綺麗に消してる」

潤が規制線をくぐった瞬間、顔が変わる。
“戦う目”。

宝条 潤(心の声)
(……ここまで全て同じ。現場は違うのに、型が同じ)

潤はゆっくり歩く。
地面の粒子、タイヤ痕、倉庫の壁の陰。
監視カメラの角度。街灯の位置。

潤は一度立ち止まり、深呼吸。

宝条 潤
「潮の匂い……」

神谷 遥香
「何か気づいた?」

潤は倉庫の陰を指差す。

宝条 潤
「ここ……人が隠れるには十分。でも“隠れるため”には選ばない」

松岡 遼
「……どういう意味ですか?」

潤は倉庫街の一本道を見つめる。

宝条 潤
「ここは逃げるルートが限られてる。だから本来、犯人は避けるはず」

久坂 遼生
「なのに成功してる……」

宝条 潤
「ええ。犯人は逃げる必要がないほど余裕があります」

遥香の目が鋭くなる。

神谷 遥香
「“警察が追えない方法”を知っている」

宝条 潤
「そう。追跡されても困らない。つまり追跡を止めさせられる立場か、知識がある」

神谷 遥香
「……やはり元警察官」

宝条 潤
「しかも、ただの元警察官じゃない。捜査の動線そのものを読んで、こちらの力を削いでる」

遼生が険しい表情になる。

久坂 遼生
「“警察に恨みがある”だけじゃ説明がつかないな」

潤は倉庫の壁に触れて、静かに言う。

宝条 潤
「犯人は“警察の罪を裁いている”つもりです」

空気が張り詰める。

谷垣 幸一
「……正義のつもりで襲ってるってことですか」

宝条 潤
「その正義が一番危険なんです」

潤は少し視線を落とす。

宝条 潤(心の声)
(ここまでの4つの現場……誘導、制圧、撤退……これは“作業”だ)

潤が振り返り、全員へ言う。

宝条 潤
「次はもっと大胆になる。犯人の“狩り”は段階に入った」

遥香が小さく頷く。

神谷 遥香
「……次を予測する」

久坂 遼生
「……予測できるのか」

宝条 潤
「できます。犯人は“ルール”で動いてます」

第5犯行現場 茨城県水戸市

郊外。幹線道路沿いだが、一本奥に入ると暗い。
街灯の数が少ない。風が冷たい。

規制線と鑑識車両。
現場の中心には秋元昭二が立っている。

遥香が近づく。

神谷 遥香
「秋元警部、お疲れ様です」

秋元は短く頷くだけ。

秋元 昭二
「……どうも」

松岡も挨拶するが、秋元は頷くだけ。

松岡 遼
「……噂通りだ」

潤が一歩前へ。

宝条 潤
「宝条潤です。現場を見せてください」

秋元は潤を一瞬だけ見て、短く言う。

秋元 昭二
「……こっち」

秋元が歩き出す。

宝条 潤(心の声)
(言葉が少ないのに、無駄がない。現場を“知ってる人間”の動きだ)

秋元が指差す。

秋元 昭二
「……ここ」

路肩の奥、暗い小道。
被害者が倒れていた地点。

松岡 遼
「ここで襲撃されました。背後からスタンガン、同様の手口です」

宝条 潤
「被害者はどうしてここに?」

秋元が短く。

秋元 昭二
「……通報」

宝条 潤
「また通報か……通報者は?」

秋元 昭二
「……不明」

やはりそれだけ。

潤はしゃがみ込み、地面を観察する。
砂利の乱れ、泥の薄い跡。
草の倒れ方。
路肩から小道に入る角度。

潤はゆっくり立ち上がり、周囲の環境を見る。

  • 幹線道路の音(車が通るたびに騒音)

  • それに紛れて物音が消える

  • 視界は広いが、暗闇が多い

宝条 潤
「……なるほど」

神谷 遥香
「何が見えた?」

潤は道路の方を見て言う。

宝条 潤
「ここは“叫んでも届かない場所”だ」

松岡 遼
「確かに、車の音で……」

宝条 潤
「そう。助けを呼べない環境を、犯人は計算している」

潤は地面の一点を指す。

宝条 潤
「ここだけ砂利が寄ってる」

松岡 遼
「……足跡?」

潤が首を振る。

宝条 潤
「足跡じゃない。被害者が“引きずられた”」

遥香の表情が変わる。

神谷 遥香
「……引きずった?」

宝条 潤
「スタンガンで気絶させた後、幹線道路から見えない位置へ移した」

松岡 遼
「……それ、今までの現場でも」

宝条 潤
「同じです。でも、ここは顕著」

潤は静かに断言する。

宝条 潤
「犯人は、“発見されるタイミング”まで設計している」

秋元が小さく息を吐く。

秋元 昭二
「……やっぱり、そうか」

潤が秋元を見る。

宝条 潤
「秋元警部も、同じことを考えていたんですか?」

秋元は短く頷く。

秋元 昭二
「……俺たちを、試してる」

空気が冷える。

宝条 潤(心の声)
(……犯人は、捜査を眺めて楽しんでいる。いや、楽しむというより――“見せしめ”だ)

潤が遥香へ言う。

宝条 潤
「5件目まで見て確信した」

神谷 遥香
「……何を?」

宝条 潤
「これは復讐じゃない。“制裁の儀式”だ」

神谷 遥香
「……儀式?」

宝条 潤
「順番がある。次の県――次の現場で、もっとはっきりする」

遥香が頷く。

神谷 遥香
「次は群馬ね」

車内

茨城から群馬に向かう車の中。
連続現場検証で空気は重い。
だが潤の目は冴えている。

松岡 遼
「群馬は……下田管理官が指揮です……美魔女として有名です」

宝条 潤(小声)
「美魔女……」

宝条 潤(心の声)
(関東の管理官、美女率高すぎないか……?)

遥香がミラー越しに潤をジト目で見る。

神谷 遥香
「……余計なこと考えてない?」

宝条 潤
「何も考えてないよ!」

第6犯行現場 群馬県高崎市

商店街の外れ。
一歩路地に入ると急に暗い。
人の気配が消える。

規制線。鑑識が淡々と作業している。

現場の中心に下田優子。
落ち着いた微笑――しかし周囲は緊張している。

遥香が近づく。

神谷 遥香
「下田管理官。お疲れ様です」

下田 優子
「神谷管理官、宝条先生、お疲れ様」

潤が会釈。

宝条 潤
「よろしくお願いします」

山本が資料を抱えながら自信満々に登場。

山本 ゆずる
「おお!来ましたね!警部の山本ゆずるです!皆さん、私の推理を聞いてください!」

遥香が眉をひそめる。

神谷 遥香
「……推理?」

山本が現場写真を掲げる。

山本 ゆずる
「この事件……ズバリ!犯人は“超人的な身体能力の持ち主”です!」

松岡 遼
「……は?」

山本 ゆずる
「なぜならですね!現場に争った跡がない!つまり、相手は抵抗できなかった!」

下田 優子(小声)
「それはスタンガンよ……」

山本 ゆずる
「そして犯人は夜に現れ、闇に消えた!つまり……“闇の住人”!!」

宝条 潤(心の声)
(……なぜ警部になれたんだ、この人)

遥香が潤へ小声で言う。

神谷 遥香(心の声)
(群馬にも……奈良君みたいな刑事がいるのね……でも、三浦君みたいなツッコミ役はいないの?)

下田が微笑んだまま山本に近づく。

下田 優子
「山本君?」

山本が背筋を伸ばす。

山本 ゆずる
「は、はい!下田管理官!」

下田 優子
「……推理はいいから、報告だけして」

山本は急に真面目な顔になり、報告書を読む。

山本 ゆずる
「被害者はこの地点で襲撃されました。手口はこれまでと同様にスタンガン。通報が入って単独行動した可能性があります。現場付近の防犯カメラは一部死角があります。」

潤が現場に入る。
表情が戻る。鋭い目。

宝条 潤(心の声)
(……群馬も同じ型。だけど、ここは“見せ方”が違う)

潤は路地の入口を見る。
次に、商店街側を振り返る。

宝条 潤
「……発見される場所が、わざとらしい」

神谷 遥香
「どういうこと?」

宝条 潤
「犯人は“恐怖を広げる”段階に入ってる。その証拠に現場を目立つ場所に寄せてきた」

下田が頷く。

下田 優子
「同感ですね。犯人は……私たちを煽ってる」

松岡 遼
「煽り……」

潤が静かに言う。

宝条 潤
「残る現場は栃木、もっと象徴的な場所」

遥香の目が鋭くなる。

神谷 遥香
「急ぐわ」

車内

松岡 遼
「……本当に行くんですか?」

遥香が即答する。

神谷 遥香
「当たり前でしょ」

松岡 遼
「ですよね……」

一瞬の沈黙。

松岡 遼
「……あそこの永井警部ですが」

宝条 潤
「永井警部?」

松岡 遼
「関東管区警察学校の同期です。頭は悪くないんですが……とにかく奇行が多い」

宝条 潤
「奇行?」

松岡 遼
「犯行現場で地面に寝転がって、“被害者の気持ちになる”とか言い出す奴です」

神谷 遥香
「あなたも似たようなものよ」

松岡 遼
「違います!!」

声が裏返る。

松岡 遼
「あいつは僕のライバル扱いされてますけど!僕はあんな地面に寝っ転がって、被害者の気持ちになろうとする奴とは違います!!」

神谷 遥香
「……大差ないと思うけど」

松岡がすねる。

松岡 遼
「一緒にしないでください……」

宝条 潤(心の声)
(……結構気にしてるんだな)

第7犯行現場 栃木県宇都宮市

山間部。空気が冷たい。
街灯は少なく、月明かりが地面を照らしている。

規制線の前で、永井大吾が立っている。

永井 大吾
「お疲れ様です!ようこそ栃木へ!」

松岡 遼
「……久しぶりだな、永井」

永井 大吾
「松岡!会えて嬉しいよ!」

松岡は即距離を取る。

松岡 遼
「近づくな」

永井は現場を指さす。

永井 大吾
「被害者は、この辺りで倒れてました」

そう言うや否や――

ドサッ

永井が地面に寝転がる。

松岡 遼
「出た!!」

永井 大吾
「……冷たい……視界はこの角度。被害者は空を見ていた」

松岡 遼
「やめろ!!」

永井 大吾
「松岡も一緒にやろう。分かるから」

松岡 遼
「絶対嫌だ!!」

永井 大吾
「えー……」

松岡 遼
「僕は立って考える派だ!!」

宝条 潤(心の声)
(……派閥があるんだ)

井上清治が深くため息をつく。

井上 清治
「……永井。」

永井 大吾
「はい!」

遥香は腕を組み、冷静に現場を見る。

神谷 遥香(心の声)
(……松岡君以上の変人ね)

潤が規制線を越え、静かに現場を見渡す。
空気が切り替わる。

宝条 潤(心の声)
(……でも、彼が見ているところは間違ってない……ここで、犯人は決定的な“癖”を出している)

永井が立ち上がった直後――今度は寝転がらず、地面に片膝をつき、“鼻先を地面に近づける”。

松岡 遼
「……やめろよ」

永井 大吾
「松岡、黙って」

松岡がムッとするが黙る。

永井は地面の砂利を一つ摘まみ、指で潰す。
そして手を伸ばし、地面を“軽く撫でる”。

永井 大吾
「……ここだけ、砂利が湿ってる」

井上 清治
「湿ってる?」

永井は被害者が倒れていた位置へ移動し、寝転がらずに“真上から”視線を落とす。

永井 大吾
「被害者の頭はここ、足はここです」

永井は両手で位置を示す。

永井 大吾
「……引きずられてる」

松岡 遼
「は?」

永井は、地面に残った“微かな筋”を指でなぞる。
砂利が不自然に寄っている。

永井 大吾
「スタンガンで倒すだけなら、ここまで砂利は動かない。動かすのは……引っ張った時だ」

永井は自分の体で影を作りながら立ち位置を変える。

永井 大吾
「ここ。この角度だけ、顔が見える」

神谷 遥香
「……つまり?」

永井 大吾
「犯人は、わざとここに移したんです。発見者が来た時に、被害者の顔が見える位置に」

一同、沈黙。

松岡 遼
「……お前、そんなことまで分かるのか」

永井 大吾
「“見せたい犯人”だ。恐怖を最大化させたいみたい」

潤は永井の示した位置関係を見つめる。
そして、新宿・神奈川・埼玉・千葉・茨城・群馬――
全ての現場の共通点が繋がる。

宝条 潤(心の声)
「……なるほど。永井警部、奇行に見えるだけで観察は本物だ……意外と有能だった」

潤が一歩前に出る。

宝条 潤
「永井警部の推論は正しい」

永井が潤を見る。

永井 大吾
「……先生も同じこと考えてたんですか?」

宝条 潤
「ええ。むしろ決定的です」

遥香が潤を見て息をのむ。

神谷 遥香
「潤……何か掴んだの?」

潤はゆっくり答える。

宝条 潤
「犯人は“恐怖の演出”をしている。これは、警察への挑戦状だ」

松岡 遼
「……挑戦状?」

潤は視線を上げる。

宝条 潤
「犯人は捜査の進捗を見ている。そして“見せたい相手”がいる」

神谷 遥香
「……見せたい相手?」

潤はうなずいて言う。

宝条 潤
「関東一円の警察上層部だ」

遥香の目が鋭くなる。

神谷 遥香(心の声)
(……総監直轄級の事件にしている理由)

永井が地面を見つめたまま、ふと呟く。

永井 大吾
「……犯人は“警察のやり方”を真似てる」

全員が永井を見る。

永井 大吾
「制圧→確保→運搬→見せる……これ、捜査一課の動きに似てる」

その瞬間、空気が凍る。

松岡 遼
「……捜一……」

神谷 遥香
「……犯人は“捜査一課経験者”」

宝条 潤
「そういうこと」

警視庁・会議室

机の上には資料が積み上がり、ホワイトボードには関東地図と犯行地点。

石上が遥香からの電話を取る。
電話はスピーカーにしている。

石上 聡一
「……やはり元捜査一課という結論か」

神谷 遥香
「はい。状況から見てそう結論付けました」

草積が静かに一歩前へ出る。
覚悟の滲む表情。

草積 真作
「……元捜査一課と言えば……」

石上が顔を上げる。

石上 聡一
「なんだ草積?」

草積は一瞬だけ息を整え、言葉を選ぶ。

草積 真作
「一人……思い当たる人物がいます」

会議室の空気が一段階重くなる。

後藤田 守弘
「……誰だ」

草積がはっきり言い切る。

草積 真作
「――大河原浩二です」

電話越しに松岡が言う。

松岡 遼
「……誰です?」

神谷 遥香
「確かその人……」

草積 真作
「私の先輩刑事だ。新人の頃から……ずっと、背中を見てきた」

草積の声が、わずかに震える。

内海 二郎
「大河原浩二……」

草積が視線を落としながら語る。

草積 真作
「“伝説の刑事”として名高かった人です。現場勘、組織把握、尋問、張り込み……すべてが異常に優れていた」

後藤田 守弘
「……それが何故、今」

草積が答える。

草積 真作
「15年前――突然辞職しました」

電話越しに潤が言う。

宝条 潤
「……詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

草積は頷く。

草積 真作
「はい」

草積の表情が引き締まる。

草積 真作
「彼は……ただ辞めたんじゃない。“消えた”んです」

会議室が完全に静まり返る。

内海 二郎
「……消えた、か」

石上 聡一
「続けろ」

石上の「続けろ」の一言で、全員の空気が一点に収束する。

草積は一度、唇を結び――覚悟を決めた目で語り始める。

草積 真作
「大河原さんは…現場で“奇跡”みたいに事件を終わらせる人でした」

草積は淡々と続ける。

草積 真作
「彼は、“正義”を信じていました」

内海 二郎
「…正義?」

草積 真作
「警察官としての正義です。法と秩序を守る、被害者のために悪を裁く……そういう、純度の高い正義」

草積の声が少しだけ苦くなる。

草積 真作
「ただ、彼は警察内部の“汚れ”を許せなかった」

潤が考えこみ、電話越しに静かに問う。

宝条 潤
「“汚れ”とは何ですか?」

草積が視線を落とす。

草積 真作
「揉み消し、庇い合い、政治家との癒着、上が決めた“落としどころ”」

緒方の眉が動く。

緒方 博昭
「……」

草積 真作
「そして一番、彼が嫌ったのは――“冤罪の可能性を知りながら押し切る捜査”です」

会議室が凍る。

草積が資料を一枚、机に置く。

草積 真作
「15年前、彼はある事件を指揮していました。世間を揺るがした連続傷害事件。被害者は複数、証拠は薄い」

小林 悟
「……その事件、聞いたことがあります」

草積 真作
「ああ。上は早期解決を求めた。マスコミも、世論も、警察を追い込んだ」

後藤田 守弘
「結局、どうなった」

草積 真作
「ある男が逮捕されました。証拠は弱い…自白が決め手でした」

石上の目が鋭くなる。

石上 聡一
「…無理をしたのか」

草積は短く頷く。

草積 真作
「はい」

草積が一段、声を落とす。

草積 真作
「大河原さんは止めました。この自白は危うい、そしてこの捜査は危うい、まだ裏を取るべきだ――と」

内海 二郎
「……止められたのか」

草積 真作
「止められませんでした」

草積は拳を握る。

草積 真作
「上は言いました。『世論が許さない。責任は捜査一課が取れ。これ以上、時間はない』と」

緒方 博昭
「……」

草積が静かに告げる。

草積 真作
「彼は…壊れました」

後藤田 守弘
「壊れた?」

草積 真作
「事件が“解決”した夜、彼は一人で捜査資料を眺めて…泣いていました」

一同、沈黙。

草積 真作
「『俺たちは、正義の顔をして罪を作る』そう言ってました」

草積は淡々と続ける

草積 真作
「翌週――あの人は突然辞職届を出し、何も言わずに姿を消しました」

神谷 遥香
「退職後の所在は?」

草積 真作
「わからない。住民票も、口座も、動きがないんだ。まるで最初から存在していなかったみたいに」

石上が静かに言う。

石上 聡一
「……そして今、警察官襲撃事件」

草積が頷く。

草積 真作
「犯人の手口、捜査の読み、“正義の制裁”という思想」

草積がはっきり言う。

草積 真作
「……大河原浩二という人間ならできる」

内海が息を吐く。

内海 二郎
「“殺さない”のも説明がつく。彼は“法を否定したい”のではなく“警察を裁きたい”んだ。そうだろう石上?」

石上 聡一
「そうだな」

石上が立ち上がる。
全員が背筋を伸ばす。

石上 聡一
「――よし!大河原浩二を捜索対象に入れる!同時に、過去15年の関連案件そして、被害警察官の過去担当事件を洗い直せ!」

後藤田 守弘
「はい」

緒方 博昭
「捜査一課、総動員します」

栃木の現場

潤は上を向いて言う。

宝条 潤
「大河原浩二を……止めないと」

遥香もうなずく。

神谷 遥香
「そうね。これ以上罪を重ねさせられない」

翌日 夜の工場

錆びついた鉄骨。
割れた窓から月明かりが差し込む。
風が吹き抜け、金属音が不気味に響く。

潤がゆっくりと工場の中へ足を踏み入れる。

宝条 潤
「さっきの電話によると、場所はここのはず……」

それはその日ののことだった。
潤のもとに非通知で電話が来る。

宝条 潤
「もしもし……」

電話の声
「……宝条潤だな?」

宝条 潤
「……そうだけど?」

電話の声
「……俺は、警察官を襲撃した犯人だ」

宝条 潤
「!どうしてこんなことを……!」

電話の声
「それを知りたければ、品川にある廃工場に来い。もちろん1人でだ」

そういって電話が切れる。そして今、潤はその廃工場に来ている。

宝条 潤(小声)
「……来た」

足音が反響する。
奥の影から、一人の男が立っている。
フードを深く被り、顔は見えない。


「……よく来たな」

宝条 潤
「電話で呼び出したのは、あなただな」

男が、ゆっくりと振り返る。


「……ほう」

男はフードに手をかけ――
バサリと外す。

月明かりに照らされた顔。
疲弊し、しかし鋭い目。


「……俺が誰だか、わかるか?」

宝条 潤(即答)
「大河内浩二」

一瞬、空気が凍る。

大河内 浩司
「……さすがだな」

大河内が低く笑う。

大河内 浩司
「警察の捜査に協力した推理作家風情には……裁きを与えないとな」

次の瞬間。

バチッ!

大河内の手にスタンガン

宝条 潤
「――っ!」

大河内が一気に距離を詰める。

大河内 浩司
「死ね!!」

潤が咄嗟に横へ飛び、電撃をかわす。

宝条 潤
「……くっ!」

潤は息を切らしながら後退する。

宝条 潤
「元警察官が……!なぜ、こんなことをした!!」

大河内は執拗にスタンガンを振るいながら叫ぶ。

大河内 浩司
「俺の警察人生は……15年前のあの日に終わった!!

大河内の声は、怒りと哀しみが混じる。

大河内 浩司
「正義を信じた!法を守った!だが……上は違った!!」

スタンガンが空を切る。

大河内 浩司
「冤罪を知りながら、事件を終わらせた!“仕方ない”だと!?ふざけるな!!」

宝条 潤
「……だから警察を裁くのか」

大河内 浩司
「そうだ!!同じ痛みを、同じ恐怖を……!警察に教えてやる!!」

潤は逃げ回るが、足場は悪い。
ついに、壁際に追い込まれる。

宝条 潤(心の声)
(……まずい)

大河内がスタンガンを構え、突進する。

大河内 浩司
「終わりだ!!」

バン!!

乾いた銃声が工場内に響く。

大河内の手が跳ね上がり、
スタンガンが床に転がる。

大河内 浩司
「――ぐあっ!!」

血が滲む手を必死に押さえる。
潤が振り向く。

そこには――拳銃を構えた遥香

神谷 遥香
「……そこまでよ」

宝条 潤
「遥香……!」

遥香は銃を下げ、潤へ駆け寄る。

神谷 遥香
「大丈夫!?怪我は!?」

宝条 潤
「だ、大丈夫……」

大河内が歯を食いしばり、立ち上がる。
そばにあった鉄の棒を掴む。

大河内 浩司
「まだ……終わってない……!!」

突進。

遥香は銃を捨て、警棒を構える。
棒と警棒がぶつかる。

神谷 遥香
「――面!!」

剣道仕掛けの掛け声とともに、
遥香の警棒が大河内の頭部を打つ

大河内 浩司
「……っ!!」

崩れ落ちる。
遥香は素早く大河内に馬乗りになり、手錠をかける

神谷 遥香
「大河内浩二!殺人未遂および公務執行妨害の罪で逮捕します!」

柴田たちが駆け込んでくる。

柴田 元治
「確保ォ!!」

柴田たちが大河内を連行する。

遥香は振り返り――潤を見る。
目に涙が浮かぶ。

神谷 遥香
「……潤」

次の瞬間。

ぎゅっ!!

遥香が潤を思い切り抱きしめる。

宝条 潤
「えっ……!?あ、あの……!」

神谷 遥香(震える声)
「……無事で……本当に……よかった……」

宝条 潤(真っ赤)
「は、遥香……!」

神谷 遥香(泣きそうに)
「失ったら……耐えられなかった……」

潤は戸惑いながらも、そっと遥香の背に手を回す。

宝条 潤
「……助けてくれて、ありがとう」

遥香は潤の胸に顔を埋め、声を震わせる。

神谷 遥香
「……当たり前でしょ」

工場の外でサイレンの音が聞こえる

宝条 潤(心の声)
(……生きてる)

拘置所・面会室

無機質な部屋。
ガラス越しに受話器。
草積が座って待っている。

扉が開き、手錠姿の大河内が連れてこられる。
疲れた顔だが、目だけは鋭い。

大河内 浩司
「……草積か」

草積 真作
「……大河内さん、お久しぶりです」

大河内が鼻で笑い、受話器を取る。

大河内 浩司
「15年で偉くなったな」

草積の表情が固まる。

草積 真作
「……大河内さんがいなくなった分、現場が穴だらけになりました」

大河内 浩司
「へぇ」

草積 真作
「伝説を残して消えた人間が、戻ってきてやることがこれですか」

大河内の目が細くなる。

大河内 浩司
「……俺は“正義”をやった」

草積 真作
「警官を襲って何が正義ですか」

大河内が一瞬だけ黙る。

大河内 浩司
「……警官は全員、正義の味方じゃない」

草積 真作
「それでも“警官”を襲えば、正義にはならない」

大河内が薄く笑う。

大河内 浩司
「……昔のお前は、もっと青かった」

草積 真作
「青かったから、大河内浩二という刑事を尊敬していたんです」

空気が沈む。

草積 真作
「……あの日、止められなくてすみませんでした」

大河内の瞳が揺れる。
ほんの一瞬――痛みが覗く。

大河内 浩司
「……もう遅い」

草積は受話器を置き、立ち上がる。

警視庁 記者会見(夕方)

フラッシュが焚かれる。
石上が壇上に立ち、会場は静まり返る。

石上 聡一
「この度の関東一都六県における警察官襲撃事件につきまして」

石上は淡々と詳細を説明する。

石上 聡一
「犯人は元警視庁捜査一課所属の大河内浩二。既に逮捕し、身柄は確保しております」

ざわめき。
石上は視線を真っ直ぐ向け、断言する。

石上 聡一
「責任は我々にあります。二度とこのようなことが起こらぬよう、再発防止に全力を尽くします」

フラッシュがさらに強くなる。

宝条家 書斎(夜)

潤が机に向かい、原稿を書き進めている。
ペンが止まらない。
イギリスで得たアイデアが一気に形になっていく。

宝条 潤(心の声)
(……あの夜がなかったら、この話は書けなかったな)

扉がノックされる。

神谷 遥香(扉越し)
「潤。できたよ」

宝条 潤
「……できた?」

神谷 遥香
「ご飯」

潤が思わず笑う。

宝条 潤
「……今行く」

宝条家 リビング(夜)

潤が入った瞬間、目を見開く。

テーブルには――
大量の料理。
和洋折衷、見た目も豪華。

宝条 潤
「……すご……」

遥香が得意げに胸を張る。

神谷 遥香
「ずっと忙しくて料理する時間なかったから、今日は腕によりをかけた」

宝条 潤
「遥香……これ全部?」

神谷 遥香
「当然でしょ」

潤が箸を取り、一口食べる。

宝条 潤
「……うまい」

神谷 遥香
「……よかった」

遥香のスマホが振動する。

神谷 遥香
「……ん?」

画面を見ると、宇垣綾からのメッセージ。
海外旅行の写真付き。

神谷 遥香(微笑)
「綾だ」

潤が食べながら言う。

宝条 潤
「海外行くって言ってたもんね」

遥香はスマホを見つめ、穏やかに微笑む。

神谷 遥香(小声)
「……楽しそう」

潤は料理を幸せそうに頬張り、つい夢中になる。
口元に小さなご飯粒。

遥香が気づき、ふっと笑う。

神谷 遥香
「……ちょっと」

宝条 潤
「ん?」

遥香はティッシュではなく――
スマホを構える。

宝条 潤
「えっ、なに?」

神谷 遥香
「撮ってあげる」

宝条 潤
「なんで!?やめてよ!」

神谷 遥香
「だめ。可愛いから」

宝条 潤
「かわっ……!」

パシャ。

遥香は満足そうに微笑む。

神谷 遥香
「……誰にも見せない。私だけの」

潤が固まる。その間に遥香が潤のご飯粒を取る。

宝条 潤
「……遥香、たまに怖いよ」

神谷 遥香
「今さら?」

潤が笑い、遥香も笑う。

第5話 完

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