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天才推理小説家の事件録 第14話「剣道場殺人事件」

第14話「剣道場殺人事件」

佐伯道場(稽古中)

木の床を踏む足音。竹刀がぶつかる乾いた音。息遣いが白くなるほど稽古は激しい。
道場の壁には「礼」「克己」などの文字。
遥香は胴着・袴姿で門下生たちに稽古をつけている。

神谷 遥香(鋭い声)
「面が遅い!踏み込みが甘い!腰を落としたまま前へ出て!」

門下生が汗を飛ばしながら必死に応える。

門下生A
「はいっ!!」

門下生B
「お願いします!!」

遥香が構える。一瞬で間合いを詰める。

カン!!

神谷 遥香
「今のよ!今の踏み込み!怖がらずに打ち切って!」

門下生C(息を切らしながら)
「は、はいっ!!」

遥香は容赦ないが、目が真剣で温かい。
門下生の欠点を見抜き、正しい形へ戻していく。

道場の隅では師範・佐伯道彦が腕を組み、じっと稽古を見ている。
口を挟まず、ただ見ている。
その目には厳しさと誇りが宿っている。

佐伯 道彦(心の声)
(……いい。“教える手”になっている)

稽古終わりの号令。

神谷 遥香
「――礼!」

門下生一同
「ありがとうございました!!!」

門下生が一斉に礼をし、床に手をつく。
汗が滴り、静寂が戻る。

門下生が片付けへ散る中、遥香は息を整えている。
そこへ師範・佐伯が歩み寄る。

佐伯 道彦(低い声、落ち着いた口調)
「……遥香」

神谷 遥香(背筋を伸ばし、礼)
「師範」

佐伯 道彦(少しだけ微笑み)
「いい指導ぶりだった」

神谷 遥香(少し照れつつも真面目に)
「……ありがとうございます」

佐伯 道彦
「稽古は欠かしていないな?」

神谷 遥香
「はい。忙しくても、竹刀を握る時間だけは……」

佐伯が遥香の手元を見る。

佐伯 道彦
「――お前の手が、何よりの証拠だ」

剣道でできた硬い皮、豆、薄い傷。
努力を積み重ねた者の手。
その言葉が胸に響き、少しだけ息を飲む。

神谷 遥香(小さく)
「……師範にそう言っていただけると、救われます」

佐伯 道彦(静かに頷き)
「お前は、竹刀を握る限り折れん」

(少し厳しく)

佐伯 道彦
「だが、指導者は“折れない”だけでは足りない――折れそうな者を、立たせるんだ」

神谷 遥香(強く)
「はい」

師範は遥香を見つめる。
その視線は、師としての誇りと、親のような温かさが混じっている。

佐伯 道彦
「……立派になったな、遥香」

遥香は不意に褒められ、目をわずかに見開く。

神谷 遥香
「……っ」

遥香は一礼し、声が少しだけ震える。

神谷 遥香
「師範のおかげです」

師範は小さく頷き、道場の奥へ歩いていく。

神谷 遥香(心の声)
(……この道場が、私の原点。師範は――私の恩師)

その背中が、今夜はなぜか少しだけ遠く見える。

佐伯道場・道場内(稽古後)

門下生が片付けに散り、道場は少し静かになる。
遥香は面を外し、汗を拭きながら道場の床を見つめている。
師範の「立派になったな、遥香」という声が、まだ胸に残っている。

神谷 遥香(心の声)
(……師範)

遥香の視線が、壁の古い写真へ向く。
そこには幼い頃の自分と、若い師範が写っている。

回想(幼い頃の遥香)

佐伯道場・昼

小学生の遥香。胴着が少し大きい。
竹刀を握る手がまだ小さい。

佐伯 道彦(厳しい声)
「遥香!足が止まった!」

神谷 遥香(悔しそうに)
「……っ!」

佐伯 道彦
「怖くても前へ出ろ。泣くなら、打ってから泣け」

神谷 遥香(涙をこらえて)
「……はいっ!!」

竹刀の音。

カン!!

佐伯 道彦(少しだけ優しく)
「……そうだ。いい目だ。折れるな」

幼い遥香が、必死にうなずく。

現実に戻り、遥香が静かに息を吐く。

神谷 遥香(心の声)
(私は……師範に育ててもらった)

後ろから軽い声。それは道場の妹弟子で現在は指導員の白河直子。

白河 直子
「先ぱーい♪」

神谷 遥香(回想から戻り、少し驚く)
「……直子」

白河 直子(ニヤニヤしながら)
「何黄昏れてるんですか~?もしかして師範の一言で胸キュンしました?」

神谷 遥香(即ツッコミ)
「するわけないでしょ」

直子が遥香の隣に座る。距離が近い。

白河 直子
「で、先輩。例の……幼馴染の彼氏とは、うまくいってます?」

神谷 遥香
「……っ!?」

顔がぽっと赤くなる。

神谷 遥香
「ち、違う!!」

白河 直子
「何が違うんですか?」

神谷 遥香
「彼氏じゃないっ!!」

白河 直子(楽しそうに)
「え~?でもほぼ毎回一緒にいますよね?ニュースでも“美人警視と天才作家”って書かれたりして~」

神谷 遥香(さらに赤くなりながら)
「書かれてない!!」

白河 直子
「書かれてましたよ?」

神谷 遥香
「書かれてない!!」

遥香が目を逸らしながら、ぼそぼそ言い始める。

神谷 遥香
「……そもそも潤は……私のこと姉としか思ってないし……」

白河 直子(ニヤァ)
「ほぉ?」

神谷 遥香(止まらない)
「ちょっとでも綺麗な女性を見かけると……すぐよそ見するし……」

白河 直子(目を輝かせる)
「え、めちゃくちゃ好きじゃないですか」

直子がさらにからかう。

白河 直子(満面の笑み)
「好きなんですね~♪」

神谷 遥香(顔を真っ赤にして)
「うるさい!!」

白河 直子
「先輩、耳まで赤いです」

神谷 遥香
「赤くない!!」

白河 直子
「赤いですって」

遥香が直子のおでこにデコピンをする。

白河 直子
「わっ、痛っ!?」

神谷 遥香(ジト目)
「次から余計なこと言ったら……稽古、倍ね」

白河 直子(ニヤニヤ)
「え、じゃあ言います」

神谷 遥香
「言うな」

遥香は立ち上がり、胴着の袖を整える。

神谷 遥香(小さく)
「……稽古に戻る」

白河 直子
「はいはい、逃げた~♪」

遥香が振り返って睨む。

神谷 遥香
「逃げてない!!」

白河 直子
「じゃあその幼馴染さんのこと――」

神谷 遥香
「うるさい!!」

道場に少しだけ笑い声が残る。
その笑いの裏で、事件の影が静かに近づいている。

数日後・佐伯道場 裏手

道場裏手の倉庫前に規制線。
パトカーの赤色灯が静かに明滅している。鑑識が出入りし、現場は張り詰めている。

警官
「管理官、こちらです」

遥香が現場に到着する。顔は冷静だが、目がわずかに揺れている。

倉庫内(遺体確認)

薄暗い空間の床に、佐伯道彦が倒れている。頭部に打撲。血が乾きかけている。

神谷 遥香(息が止まる)
「……師範……」

遥香の足が一歩、止まる。次の瞬間――表情が崩れる。

神谷 遥香(震え声)
「……師……範……」

遥香の目から涙がこぼれる。必死に瞬きをしても止まらない。
遥香は涙を拭おうとするが、拭いても追いつかない。それでも、背筋を無理やり伸ばす。

神谷 遥香
「……全員、聞いて」

松岡・戸田・三浦が姿勢を正す。

神谷 遥香
「これは事故じゃない……殺人よ」

遥香は遺体から目を逸らさない。自分に言い聞かせるように続ける。

神谷 遥香
「松岡君、容疑者を洗い出して。道場関係者、スポンサー、出入り業者も含めて」

松岡 遼(即答)
「了解です。師範と揉めてた人間を軸に整理します」

神谷 遥香
「戸田君、道場の出入口と周囲の防犯カメラ。近隣も含めて全部押さえて」

戸田 陸翔
「はい!最速で回収します!」

神谷 遥香
「三浦君、門下生と指導員、全員の所在を確認。稽古終了後に倉庫付近にいた者を優先で当たって」

三浦 忍
「了解!」

遥香が涙を拭く。だが声は震えたまま。

神谷 遥香(小さく)
「……師範は……誰かに恨まれるような人じゃない」

松岡が一歩前に出る。

松岡 遼
「犯人――必ず見つけます」

神谷 遥香(短く頷く)
「……ええ」

遥香は倉庫の外へ出る。そしてポケットからスマホを取り出す。

神谷 遥香(画面を見つめ、ためらい)
「……」

一瞬だけ唇を噛む。
それでも、決意して指を動かす。

神谷 遥香(小さく)
「……潤」

発信。呼び出し音が鳴る。

プルルル……

遥香の目から涙がまた一滴落ちる。

神谷 遥香(心の声)
(お願い……あなたの力が必要よ……)

宝条邸・書斎

静かな書斎。潤が資料を読んでいる。
すると机の上のスマホが震える。

宝条 潤(画面を見る)
「……遥香?」

潤が通話ボタンを押す。

宝条 潤
「遥香、どうした?」

神谷 遥香(電話)
『……潤』

潤の表情がすぐに変わる。

宝条 潤
「……泣いてるのか?」

神谷 遥香(電話)
『……助けて』

潤の目が鋭くなる。
声が一気に低く、真剣になる。

宝条 潤
「……まず落ち着いて、何があった?」

神谷 遥香(電話)
『……私の剣道の師匠が……佐伯道彦師範が殺された……』

潤の手が止まり、息を呑む。

宝条 潤
「……剣道の師範が?」

神谷 遥香(電話)
『……道場の倉庫で……頭を……殴られて……』

宝条 潤(短く)
「今どこだ」

神谷 遥香(電話)
『佐伯道場……裏の倉庫』

宝条 潤
「分かった……すぐ行く」

神谷 遥香(電話)
『……お願い……』

通話が切れる。

宝条邸・廊下〜応接間前

潤が書斎の扉を開け、廊下に出る。
黒田がすぐに察し、現れる。

黒田
「坊ちゃま……いかがなさいました」

宝条 潤(歩きながら)
「事件だ。遥香の……剣道の師匠が殺された」

黒田(目を細める)
「……それでは……」

宝条 潤
「現場へ行く」

黒田(一礼)
「かしこまりました」

黒田がすぐさま手元のインカム(または内線)に手を伸ばす。

黒田(静かだが鋭い声)
「須田を」

少し間をおいて返事。

須田(声)
『はい、ただいま』

黒田
「旦那様が出られる。車を回せ」

須田(声)
『承知しました!』

潤が玄関へ向かう。
黒田は一歩後ろで控えながら、潤を見守る。

黒田(控えめに)
「旦那様」

宝条 潤
「お前が旦那様なんて珍しいな……何だ?」

黒田
「神谷様が泣かれるなど、よほどの事態かと」

宝条 潤(目を伏せ、短く)
「よほどだよ」

潤が顔を上げて決意する。

宝条 潤
「だから――行く」

玄関扉が開く。
外にはライトを灯した車。須田が待っている。

佐伯道場・裏手

道場裏手。倉庫前。規制線。赤色灯が静かに回り、鑑識が出入りしている。
宝条家の車が止まり、潤が降りる。

戸田 陸翔(気づいて)
「あっ……宝条先生!」

三浦 忍
「来た……」

門下生らしき人々がざわつく。

遥香がすぐに現れる。目元は少し赤いが、表情は完全に“管理官”の顔。先ほどまでの涙は消え、声も落ち着いている。

神谷 遥香
「潤」

潤が遥香の目元を見て察する。

宝条 潤
「……無理してないか?」

神谷 遥香
「してる。でも――今はそれどころじゃない」

遥香がすぐに指示。

神谷 遥香
「戸田君。周辺カメラの回収状況は?」

戸田 陸翔
「はい!近隣含めて押さえてます!」

神谷 遥香
「三浦君。門下生と指導員の所在確認は?」

三浦 忍
「ほぼ揃いました。残りはスポンサーの黒瀬さんだけです」

神谷 遥香
「分かった。逃がさないで」

三浦 忍
「了解!」

松岡が近づき、いつものテンションで話し出す。

松岡 遼(早口)
「管理官、これはですね!犯行は『道場という閉鎖空間』を利用した――」

神谷 遥香(即、冷静に)
「松岡君」

松岡 遼
「はい!」

神谷 遥香
「少し黙って」

松岡 遼
「……はい」

宝条 潤(小声で)
「変わらないな」

神谷 遥香(同じく小声)
「むしろ今日はマシ」

遥香が倉庫の方を見る。ほんの一瞬だけ、目に悲しみが差す。
しかしすぐに抑え込む。

神谷 遥香(静かに、しかし強く)
「……師範を殺した犯人を、必ず見つけないと」

宝条 潤(頷く)
「……ああ」

神谷 遥香
「ここは私の道場……師範は私の恩師……このまま終わらせるわけにはいかない」

宝条 潤(穏やかに、しかし鋭く)
「分かった。ひとまず――現場の状況を見たい」

神谷 遥香
「……案内する」

遥香が歩き出す。潤がその後ろを静かについていく。その背中には、いつもと違う重さがある。

佐伯道場・倉庫

倉庫内。鑑識が作業中。遺体には白布がかけられている。

宝条 潤(静かに白布の端を見る。目が鋭い)
「……」

神谷 遥香(抑えた声)
「……どう?」

宝条 潤(低く)
「頭部の打撲。確かに凶器は“道場内の物”で成立する」

潤が周囲を見回す。

宝条 潤
「……でも」

神谷 遥香
「……でも?」

潤が倉庫の棚・道具の配置に視線を走らせる。

宝条 潤
「違和感がある」

神谷 遥香
「違和感?」

宝条 潤(凶器になり得る道具を見る)
「竹刀、防具、棚の角……どれでも殴れる……でも“凶器がない”」

神谷 遥香
「……隠した?」

宝条 潤(首を振る)
「違う。隠す必要がないように、最初から作ってある」

神谷 遥香(息を呑む)
「……道場に溶けてる」

宝条 潤
「たぶんね」

道場・表

道場の板間。
容疑者5名が並んでいる。空気が重い。
遥香と潤が入ると緊張が走る。

松岡 遼(硬い声)
「宝条先生、こちらへ……」

宝条 潤
「よろしくお願いします」

潤を見た瞬間、1人の門下生の顔がパッと輝く。

西村 沙也加(大興奮、声が裏返る)
「ほ・・・ほほほほ宝条潤先生ぇぇぇ!!」

周囲が一瞬固まる。

宝条 潤(目を丸くして)
「え〜っと……」

西村 沙也加(早口)
「我が大学の経済学部の伝説の大先輩にお会いできるとは〜!!」

宝条 潤
「君も……東大に?」

西村 沙也加(ビシッ!と背筋を伸ばして)
「はい!!東京大学経済学部2年、西村沙也加です!!先生のことは何度も大学で聞いております!!」

遥香を含め、その場が若干引く。

田所 慎一郎(小声)
「……初めてあんな姿見たな……」

篠宮 雄(冷静に)
「……おいおい」

白河 直子(苦笑)
「沙也加ちゃん……今それどころじゃ……」

西村 沙也加(さらに熱く)
「宝条グループ会長も務める宝条先生と、羽賀コンツェルン会長の羽賀宙夢会長は!!東大経済学部を首席!!しかも創立以来トップの成績で卒業した!!東大経営学部の生ける伝説!!!!」

沙也加が目をキラキラさせる。

西村 沙也加
「お2人のことは私も神と同等に尊敬しております!!」

宝条 潤(戸惑いつつも、内心嬉しい)
「そ……それは嬉しいな〜」

遥香が無言で潤を見ている。圧が強い。

宝条 潤(心の声)
(やばい……遥香の圧が……)

西村 沙也加(手を差し出して)
「先生!!ぜひ握手を!!」

宝条 潤
「あ、うん」

潤が握手をしてあげる。

西村 沙也加(感極まる)
「はぁぁ……!」

次の瞬間――

神谷 遥香(大きな掛け声)
「面ッ!!」

ブンッ!!!!

遥香が潤めがけて竹刀を振り下ろす。竹刀が潤の頭上スレスレでピタリと止まる。

宝条 潤
「ひぃっ!!?」

遥香が笑顔のまま竹刀を潤に突きつける。

神谷 遥香(にこやかに、しかし目はジト目)
「よかったね〜潤〜?」

甘い声で圧。

神谷 遥香
「こ〜んなかわいい後輩に尊敬しても・ら・え・て♥」

宝条 潤(ガクガク)
「う、うん……うれしい……な……」

周囲が完全に引く。

黒瀬 明(小声)
「……警察ってああなのか……」

田所 慎一郎(震え)
「……怖……」

直子が呆れつつ、ちょっと楽しそうに見る。

白河 直子(心の声)
(……あ〜……これが例の幼馴染か)

松岡が恐る恐る前に出る。
遥香が竹刀を持ったままなので、なお怖い。

松岡 遼(怯えながら早口)
「そそそそそれではっ!」

咳払いをする。

松岡 遼
「1人ずつ、お名前と年齢、職業……!そそそそそれとははは犯行時刻の21時25分から21時40分の間のアリバイをお願いします……!!」

潤がようやく息を吐く。

宝条 潤(心の声)
(……この現場、事件より怖いの遥香じゃないか……)

松岡 遼
「ではまずは篠宮さんからお願いします」

篠宮 雄(背筋を伸ばし、武士のように)
「篠宮雄、39歳。佐伯道場 指導員、七段」

篠原が遥香を見る。

篠宮 雄
「師範が倒れられた時間帯――私は道場内にいた。少年部の稽古日誌を記入し、片付けの確認をしていた」

松岡 遼
「目撃者は?」

篠宮 雄
「門下生数名が見ている……それと白河指導員も」

直子が頷く。

篠宮 雄(低く)
「師範と方針の違いはあった。だが私は、師範を殺すなど断じてない」

松岡が直子のほうを見る。

松岡 遼
「続いて白河さん」

白河 直子
「白河直子、28歳。指導員、五段。事件の時間帯は女子更衣室で、門下生たちの片付け指導をしてました」

松岡 遼
「目撃者は?」

白河 直子
「門下生数名。あと彼女もいました」

西村 沙也加
「はい。間違いありません」

松岡が次に田所を見る。

松岡 遼
「次に田所さん」

田所 慎一郎(強がっているが、明らかに緊張)
「……田所慎一郎、21です。門下生です。その時間は……道場の外にいました。ちょっと、頭冷やしたくて……」

神谷 遥香(鋭い)
「理由は?」

田所 慎一郎(唇を噛み)
「……師範に叱られて……俺、結果出せなくて……」

松岡 遼
「外で何を?」

田所 慎一郎
「電話です……母親に」

神谷 遥香(目を細める)
「……母親」

松岡が沙也加を見る。

松岡 遼
「次は西村さん」

西村 沙也加
「西村沙也加、20歳。門下生です」

松岡 遼(咳払い)
「事件があった時間帯は?」

西村 沙也加
「道場の入り口付近にいました。稽古終わってから帰ろうとして……」

松岡 遼
「1人ですか?」

西村 沙也加
「はい……あ、でも、すぐ廊下に直子先生と女子の皆さんがいたので、完全に1人ではないです」

宝条 潤(小声で)
「しっかりしてるな……」

遥香がゆっくり潤を見る。

宝条 潤
「う……」

松岡が黒瀬を見る。

松岡 遼
「最後に……黒瀬明さん」

黒瀬 明(愛想笑い、手を上げる)
「黒瀬明、48歳。スポーツ用品店を営んでます。道場のスポンサーですよ。事件の時間帯は店にいました。店の防犯カメラもあります」

神谷 遥香(冷たい声)
「師範とは揉めていたと聞いてますが?」

黒瀬 明(眉をひそめ)
「……揉めてたっていうか、話し合いですよ。スポンサーとしての“建設的意見”です」

戸田 陸翔
「一応スポーツ用品店の防犯カメラも確認しましたが、確かに犯行時刻にお店にいたことは確認済みです」

宝条 潤
「…………」

潤がスマホを出して親指で画面をタップする。そしてスマホをしまい、静かに口を開く。

宝条 潤
「……皆さんのアリバイは、一応成立している」

松岡 遼(ホッとしそうになる)
「そ、それでは……!」

潤が道場の床を見る。

宝条 潤
「ただしこの事件には、最初から変な点がある」

篠宮 雄
「変な点?」

宝条 潤(落ち着いて)
「佐伯師範は打撲で亡くなっている。なのに――凶器が見つからない。竹刀でも防具でも棚でも殴れるのに、“それっぽいもの”が無い」

白河 直子
「……隠したんじゃ?」

宝条 潤
「隠したなら痕跡が残る。でも現場はまるで――」

潤が視線を上げる。

宝条 潤
「最初から凶器なんて存在しなかったみたいに整っている」

容疑者たちがざわつく。

黒瀬 明(苦笑)
「……先生、何が言いたいんです?」

宝条 潤(静かに)
「凶器は“道場に溶ける形”だった」

神谷 遥香
「……道場に溶ける」

宝条 潤(頷く)
「そしてそれを用意できるのは――道場の物の流れを作れる人間です」

潤がスマホを見る。そしてすぐにしまう。

宝条 潤
「次に確認したいことがあります」

潤が遥香を見る。

宝条 潤
「この道場の倉庫に、今夜”新しく入ったもの”はあるか?」

神谷 遥香(即答)
「……ある。今日、黒瀬さんが竹刀と防具の納品に来てるはずよ」

黒瀬の表情が一瞬だけ固まる。

黒瀬 明
「ちょ……それ関係ないでしょう!ただの納品ですよ」

宝条 潤(穏やかに)
「……関係あります」

遥香が一歩前に出る。

神谷 遥香
「三浦君、納品物を確認して」

三浦 忍
「はい!」

沙也加が小声で言う。

西村 沙也加(小声)
「……やっぱり先生、頭脳が神……」

佐伯道場・板間(公開推理)

容疑者が並ぶ。空気は張り詰めている。
遥香は腕を組み、目は冷たい。

潤が一歩前へ。

宝条 潤(静かに)
「……皆さん、もう一度確認します。師範・佐伯道彦さんは倉庫で頭部を強打されて亡くなった。しかし、凶器が見つからない」

篠宮 雄
「やはり隠したとしか……」

宝条 潤
「もう一度言います。現場は“初めから凶器が存在しなかった”ように整っていました」

ざわつく容疑者たち。
潤は続ける。

宝条 潤
「答えは単純です。凶器は、誰が見ても凶器に見えない形で持ち込まれた」

松岡 遼(ごくり)
「ま、まさか……」

宝条 潤
「道場に自然に溶け込む。倉庫にあっても誰も違和感を持たない。そして、頭部を一撃で奪える重量を持つ――」

潤が視線を黒瀬へ向ける。

宝条 潤
「それができたのは――1人しかいません」

潤が犯人を名指しする。

宝条 潤(はっきりと)
「黒瀬明さん。あなたが犯人です」

黒瀬の表情が硬直する。直後、わざとらしい笑い。

黒瀬 明
「……はは。先生、冗談はよしてくれ……俺が? なんで?」

宝条 潤
「あなたは今日、納品に来ている」

黒瀬 明
「それが何だよ?スポンサーだぞ? 竹刀や防具を納品するのは当たり前だろ?」

宝条 潤
「……ええ。だからこそ可能だった」

黒瀬が声を荒げる。

黒瀬 明
「証拠があるのかよ!!」

宝条 潤(冷静)
「あります」

潤が倉庫の方を指す。

宝条 潤
「あなたが納品した竹刀袋のうち1つだけ“不自然に重い”」

三浦 忍(すぐに)
「確認しました。1本だけ、異常な重量です」

黒瀬 明
「……っ」

宝条 潤
「中身は竹刀ではない。鉄の重り――つまり凶器」

黒瀬 明
「……そんなの誰が入れたか分かんねぇだろ!!」

宝条 潤(淡々と)
「凶器を“道場に自然に紛れ込ませる”ことができるのは納品する側だけです」

潤が続ける。

宝条 潤
「さらに、あなたは犯行時刻、店にいたと言いましたね?防犯カメラがある、と」

黒瀬 明
「そうだ! それはそこの刑事さんが確認してんだろ!?それで終わりだろ!」

宝条 潤
「……その映像がループだとしたら?」

戸田 陸翔
「あ……あれがループ映像……?」

黒瀬の顔から血の気が引く。
潤がスマホを出して言う。

宝条 潤
「先ほどうちの執事に連絡して再度確認させました。画面内の時計の秒針は動いていない。あなたは録画機器を扱える立場だ」

実は潤は黒瀬が佐伯と話し合ったというあたりから黒瀬が犯人だと確信し、須田に黒瀬の店に行って防犯カメラをチェックするよう指示していた。
そして道場の物の流れを作れる人間が犯人だと言った段階で、須田からそれがループ映像だったという結果を知らせるメッセージが届いた。

松岡 遼(クスクス笑う)
「君の確認不足でしたね……」

戸田 陸翔
「うぐっ……!」

だがとにかくこれで黒瀬のアリバイは完全に崩れた。

黒瀬 明
「ち、違う……!」

宝条 潤(スマホのメッセージを確認しながら)
「鑑識に調べてもらった結果、倉庫の棚から検出された繊維が、あなたの店の作業用手袋と一致したそうです」

黒瀬 明
「……っ」

黒瀬の拳が震える。笑ってごまかそうとするが、声が出ない。

黒瀬 明(絞り出すように)
「……くそ……負けたよ」

その一言で空気が止まる。

黒瀬 明(吐き捨てるように)
「俺がやった」

黒瀬は動機を話す。

黒瀬 明
「俺はスポンサーとして金を出してた。道場が続くために必要だろ?なのにあの師範は“道場は金で歪めない”だとよ」

黒瀬は怒りを抑えられずに声を荒げる。

黒瀬 明
「綺麗事ばっかり言いやがって!俺がどれだけ支えてやったと思ってんだ!!それだけじゃないあの師範は――俺の店の帳簿不正と、キックバック疑惑まで掴みやがった」

黒瀬は続ける。

黒瀬 明
「“警察沙汰にする”って言われた……ふざけんなよ。師範は道場を守る正義のつもりだったんだろうが、俺には脅迫にしか見えなかった」

黒瀬は冷たい目で言う。

黒瀬 明
「……あのわからず屋師範。死ななきゃ分かんねぇんだよ」

次の瞬間――

神谷 遥香
「……っ!!」

遥香が黒瀬の胸ぐらを掴む。

黒瀬 明
「うぐっ!?」

神谷 遥香(怒鳴る)
「そんな……ふざけた理由で!!師範を殺したの!!?」

遥香の目は怒りと涙で揺れている。

神谷 遥香
「あんたみたいな金に汚い奴に!師範のことは理解できないでしょうね!!」

黒瀬 明
「……っ」

遥香が恐ろしい目つきで黒瀬を睨みつける。

神谷 遥香
「師範はね、誰よりも厳しかった……でもそれは――剣を握る者が、弱い心に負けないためよ」

遥香が震える。

神谷 遥香
「誰かを叩き潰すためじゃない……誰かを立たせるための厳しさだった」

遥香の涙が落ちる。

神谷 遥香(涙声になりながら叫ぶ)
「師範のまっとうな生き様を……!バカにするなああああっっ!!!!」

遥香が手を離す。
黒瀬が咳き込みながら膝をつく。

黒瀬 明
「げほっ……!」

遥香が涙を拭かず、手錠を取り出す。

神谷 遥香(低く、冷たく)
「檻の中で……」

黒瀬を睨む。

神谷 遥香
「師範に詫びなさい……」

カチリ。

黒瀬に手錠がかかる。
黒瀬が引きずられるように連行される。

道場内の皆が動揺している。

神谷 遥香(潤の服の裾を掴む)
「……潤」

宝条 潤
「え?」

神谷 遥香(小さく)
「……来て」

遥香が潤を道場の裏手へ連れていく。
潤は状況が飲み込めないままついていく。

宝条 潤
「遥香、どうした……?」

道場裏

人気のない裏手。

神谷 遥香(突然潤に抱きつく)
「……っ」

宝条 潤
「!?」

神谷 遥香(震えながら)
「……抱きしめて」

宝条 潤(迷いなく)
「……分かった」

潤が遥香を抱きしめる。
遥香が潤の胸に顔を埋める。

神谷 遥香(涙声)
「……こんな姿……ほかの人たちに、見られたくない……」

宝条 潤(優しく、低い声)
「……見せなくていい」

遥香の肩が大きく震える。
そして――堰を切ったように。

神谷 遥香(声を上げて泣く)
「う……っ!あああぁぁぁ……!!」

宝条 潤(強く抱きしめる)
「……大丈夫だ、俺がいる」

遥香は潤の胸に顔を埋め、声を上げて泣いている。

神谷 遥香(嗚咽混じりに)
「うっ……師範……師範……」

潤は何も言わず、ただ抱きしめる。
遥香の肩が震え続ける。

宝条 潤(低く、優しく、しかし強い声で)
「……泣け」

遥香が潤の胸を掴む。
指先に力が入る。

宝条 潤
「全部吐き出せ」

神谷 遥香(震えながら)
「……私……師範のこと……何も……」

宝条 潤
「いい。今はそれでいい」

潤が遥香の背中に手を回し、しっかり抱き寄せる。

宝条 潤(ゆっくり言葉を選びながら)
「遥香。俺は……何度もお前に救われてる」

遥香の嗚咽が一瞬だけ止まる。
潤の声の熱量が、胸の奥に届いたから。

宝条 潤(視線を少し落とし、過去を思い出すように)
「あの日だって……父さんが死んで……弟たちが養子に行って……母さんまで死んで……」

潤の声がほんの少し震える。それでも潤は言葉を止めない。

宝条 潤
「……絶望してた。だから……お前がわざわざ屋敷まで押しかけてくれなかったら……俺がどうなってたか分からない」

遥香が潤の胸元で小さく息を呑む。
泣きながら、潤の背中を掴む。

神谷 遥香(涙声で)
「……潤……」

潤は遥香の髪に触れ、少しだけ撫でる。

宝条 潤(穏やかに)
「だから今度は、俺がお前を支える番だ」

潤が遥香を抱きしめたまま、遠くを見る。
その目に当主としての覚悟が宿る。

宝条 潤(心の中)
(俺には宝条家の当主として――守らないといけない人間がいる。養子に出た雄利、風真、新太)

潤が、腕の中の遥香を見る。

宝条 潤(心の中)
(そして……ここにもう1人いる)

潤の腕がさらに強く遥香を包む。

佐伯道場(後日)

神棚の横に師範・佐伯道彦の遺影。門下生たちが正座している。
篠宮雄が前に立つ。

篠宮 雄(深く礼)
「……本日より」

篠原が顔を上げる。

篠宮 雄
「私、篠宮雄が佐伯道場の師範を務める」

門下生たちが息を飲む。
篠宮は真っ直ぐな眼差しで続ける。

篠宮 雄
「私の教育方針は……佐伯師範と同じではない。だが佐伯師範が遺した、この道場と門下生たちを――」

篠原は拳を握りしめる。

篠宮 雄
「全身全霊で守り抜くと誓う」

門下生たちが頭を下げる。

門下生一同
「お願いします!!」

宝条邸・応接間(昼)

潤と遥香が応接間にいる。
直子が遥香と一緒に訪れている。
緊張しつつも、直子は真剣な顔。

白河 直子(深く頭を下げる)
「宝条先生、遥香先輩」

直子が顔をあげる。

白河 直子
「……改めて、お礼を言わせてください。師範のために……道場のために……本当にありがとうございました」

宝条 潤(静かに頷く)
「……師範は、立派な人だったって聞いてる」

神谷 遥香(少し目を伏せる)
「……うん」

そこへ黒田が紅茶を運んでくる。

黒田(しみじみ)
「今回もお手柄でしたな、坊ちゃま」

宝条 潤(即)
「だから坊ちゃまはやめろって何度も言ってるだろ」

黒田
「失礼しました」

宝条 潤(小声)
「……分かってないよな絶対」

そのとき、応接間の扉が開く。
スーツ姿で隙のない青年――椿風真が部屋から出てくる。

椿 風真(淡々と)
「……兄貴」

宝条 潤
「ちょうどいい、お前も挨拶しろ」

直子が立ち上がり、目をぱちぱちさせる。

白河 直子
「……この方は?」

神谷 遥香
「椿風真君。潤の弟」

白河 直子(驚愕)
「兄弟!?でも……なんで苗字が違うんですか?」

宝条 潤(あっさり)
「ああ、こいつは6歳の時に椿家に養子に出たから」

白河 直子
「……え、6歳……」

直子が複雑そうに息を飲む。遥香も少し切なそうな表情。

白河 直子(姿勢を正して)
「はじめまして。白河直子です」

椿 風真(軽く会釈)
「……椿風真です」

それ以上語らず、風真は静かに歩き去る。

椿 風真(去り際)
「兄貴、邪魔して悪い」

宝条 潤
「おう」

風真がいなくなり、部屋に静寂が戻る。
遥香が直子の顔を覗き込む。

神谷 遥香
「……直子?」

直子の頬がほんのり赤い。

白河 直子(小声)
「……なんかいいかも❤」

宝条 潤神谷 遥香
「えええっっっっ!!!!!!!」

宝条 潤(即ツッコミ)
「あいつのどこが!?」

白河 直子
「今の会釈……品がある……あと声が良い……❤」

神谷 遥香
「ちょっと直子~!?」

こうしてまた新たな恋が始まったのだった。

第14話 完

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