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宮廷賢者アルトリア 第6話「新人文官イルハレム」

第6話「新人文官イルハレム」

王宮・宮廷賢者執務室(午前)

アルトリアは机に向かい、書類の一文字一文字を正確に追っている。
その姿には一切の迷いがない。

その前に立つ、ジェームズとダイム。
アルトリアの補佐役であり新米賢者。
二人とも書類を手にしている。

アルトリアは、書類に目を通しながら言う。

アルトリア
「ジェームズ」

ジェームズ
「は、はい!」

アルトリア
「それが終わったら」

別の書類を手に取る。

アルトリア
「こっちを頼む」

書類を差し出す。
ジェームズは慌てて受け取る。

ジェームズ
「はい!」

ジェームズはすぐに机へ戻る。

アルトリアは次の書類を手に取る。

アルトリア
「ダイム」

ダイム
「はい」

アルトリアは一枚の書類を差し出す。

アルトリア
「これは優先度が高い。先に処理してほしい」

ダイムはそれを受け取る。

ダイム
「承知しました」

すぐに内容を確認し始める。

部屋には紙をめくる音だけが響く。
アルトリアの手は止まらない。
判断は速く、そして正確。
一切の無駄がない。

ジェームズ(心の声)
(……すごい……)

ジェームズはアルトリアの背中を見る。

ジェームズ(心の声)
(前からすごかったけど……なんか……違う……)

ダイムもまた、アルトリアを見ていた。

ダイム(心の声)
(火事事件以降……まるで……別人のようだ……)

アルトリアは次々と書類に判を押していく。
その動きには迷いがない。
まるで、進むべき道を完全に見据えた者の動き。

アルトリアはふと顔を上げる。

アルトリア
「二人とも」

ジェームズとダイムは顔を上げる。

ジェームズ
「は、はい!」

ダイム
「はい」

アルトリア
「今日も忙しくなる」

アルトリアの瞳は、強くそして静かだった。

アルトリア
「頼りにしている」

その言葉は信頼の言葉だった。

ジェームズは目を見開く。

ジェームズ
「は、はい!」

ダイムも静かに頷く。

ダイム
「お任せください」

アルトリアは再び書類へ目を落とす。
その姿はもはや単なる天才ではなかった。
王国を変える者の姿だった。

バーンズの屋敷・応接室

レオニスがバーンズの屋敷を訪れていた。
向かい合って座る二人。
かつて、王と宰相として王国を支えた二人。
今は王と隠居した賢者。

バーンズは深く頭を下げる。

バーンズ
「……陛下、ご無沙汰しております」

レオニスは静かに頷く。

レオニス
「……ああ、久しぶりだな」

レオニスは部屋を見回す。
静かな家。かつて王国の頭脳が住んでいた場所。

レオニス
「わざわざ来てしまい……申し訳ない」

バーンズは首を振る。

バーンズ
「とんでもございません。陛下のお越しを、光栄に存じます」

沈黙。

しかしレオニスの目は、すでに本題を見据えていた。

レオニス
「……最近、宮廷賢者にある若者を任命した」

バーンズの表情は変わらない。
しかし、その指先がわずかに動く。

レオニス
「名は……」

レオニスはバーンズを見る。

レオニス
「アルトリア・フィリア」

沈黙。

バーンズは静かに答える。

バーンズ
「……存じております」

レオニスの目が細くなる。

レオニス
「その名を聞いた時には驚いた。そなたの末息子と……同姓同名だったからな」

バーンズは答えない。
ただ、静かに王を見る。

レオニスは続ける。

レオニス
「……妙な話だ。なぜか分からぬが……アルトリアはエルメア平原の一軒家で暮らしていた」

バーンズの瞳がわずかに揺れる。

レオニス
「そしてそこで起きた枯渇事件を……」

レオニスの声が低くなる。

レオニス
「最短で解決した」

レオニスはバーンズをまっすぐ見る。

レオニス
「それができたのは……そなたとそなたの息子、シャルル。そしてハンスだけだった」

バーンズの拳がわずかに握られる。

レオニス
「……なぜだ?」

レオニスの声はもはや王の問いではなかった。
真実を求める男の声だった。

レオニス
「なぜアルトリアが……あのような場所で暮らしていた?そなたの息子であろう?」

レオニスは続ける。

レオニス
「それに……」

レオニスの瞳が鋭くなる。

レオニス
「シャルルとハンスの死……病死ではないようだな?」

空気が凍る。

レオニス
「……それも関係しているのか?」

バーンズは目を閉じる。
そしてゆっくりと目を開ける。

バーンズ
「……陛下」

バーンズは深く頭を下げる。

バーンズ
「これよりお話しすることは王国の闇そのものです」

レオニスは動かない。

バーンズ
「シャルルとハンスは……」

拳を握る。

バーンズ
「暗殺されました」

レオニスの瞳が見開かれる。

レオニス
「……!」

バーンズは続ける。

バーンズ
「そして……」

バーンズの声が低くなる。

バーンズ
「アルトリアもまた標的でした」

レオニスは立ち上がる。

レオニス
「……何だと」

バーンズ
「私はアルトリアを守るため、あの子を……王都から逃がしました」

レオニスはバーンズを見る。すべてを理解する。

レオニス
「……そうか」

レオニスは静かに言う。

レオニス
「生きていたのだな。そなたの三男は」

バーンズは頷く。

バーンズ
「はい……生きております」

沈黙。

しかし、それは絶望の沈黙ではなかった。
希望の沈黙だった。

アルトリアの家

窓際の椅子に座り、アルトリアが書物を読んでいる。
分厚い古書。政治理論の書。アルトリアの蒼い瞳が文字を正確に追っている。

静寂。

その時――扉をノックする音。

コン、コン。

召使い
「アルトリア様」

アルトリアは顔を上げる。

アルトリア
「どうした?」

召使い
「お客様がお見えです」

アルトリアは本を閉じる。

アルトリア
「客?」

アルトリアは立ち上がる。

アルトリア
「わかった」

玄関の扉を開ける。
そこに立っていたのは――ピエール・フィリア(60)
アルトリアの叔父。
アルトリアの瞳がわずかに見開かれる。

アルトリア
「……叔父上」

ピエールは微笑む。

ピエール
「やあ、アルトリア」

その声は変わらず穏やかだった。

アルトリア
「どうしてここへ?」

ピエール
「少し……話があってね」

ピエールは横へ目を向ける。
そこに一人の少年が立っていた。

アルトリアの瞳が止まる。
黒髪、蒼い瞳、どこか自分に似ている顔。

ピエール
「紹介しよう」

ピエールは少年の肩に手を置く。

ピエール
「私の息子のイルハレムだ」

アルトリアの瞳がわずかに揺れる。

ピエール
「まだ16歳でね、宮廷に文官として仕官したばかりだ」

少年は一歩前に出る。
緊張しているが、まっすぐアルトリアを見る。

イルハレム
「……イルハレム・フィリアと申します」

丁寧に頭を下げる。

あの日旅立つ前、叔父から自分には歳の近い従弟がいることは聞いていた。しかし――会うのは初めてだった。

アルトリア
「……」

言葉が出ない。
ピエールは静かに言う。

ピエール
「アルトリア」

アルトリアは顔を上げる。

ピエール
「この子に……宮廷での仕事について指導してやってほしい」

アルトリアの目が見開かれる。

アルトリア
「……私が?」

ピエールは頷く。

ピエール
「君以上に適任はいない」

ピエールの目は、真剣だった。
アルトリアはイルハレムを見る。
イルハレムは、緊張しながらもまっすぐ立っている。

アルトリア
「……」

しばらく沈黙。

そして――

アルトリア
「……わかりました」

ピエールは微笑む。

ピエール
「ありがとう」

ピエールは席を外し、アルトリアとイルハレムは二人きりになる。
アルトリアはイルハレムを見る。

アルトリア
「……イルハレム……だったっけ?」

イルハレムは頷く。

イルハレム
「はい従兄上」

その呼び方に、アルトリアの胸がわずかに締め付けられる。
アルトリアは立ち上がり、窓の方を見る。

アルトリア
「今の宮廷は……」

振り返る。

アルトリア
「とても危険だ」

イルハレムは真剣に聞いている。

アルトリア
「私腹を肥やした大臣が大勢いる。彼らに狙われれば……」

アルトリアの瞳が鋭くなる。

アルトリア
「君もどうなるかわからない」

沈黙。

しかし――イルハレムは一歩前に出る。

イルハレム
「それでも……」

アルトリアを見る。

イルハレム
「僕は逃げません」

アルトリアの瞳がわずかに見開かれる。

イルハレム
「フィリア家の者として国のために働きたいのです」

その瞳には確かな意志があった。

その瞬間――

コツン。

アルトリアが持っていた本でイルハレムの額を軽くつつく。

イルハレム
「いでっ!」

思わず額を押さえる。
アルトリアは、わずかに笑う。

アルトリア
「威勢のいいやつめ」

その声は、兄の声だった。

アルトリア
「旅立つ前、叔父上に言われたことがある。君を弟のように想ってくれって。だから明日からみっちり教えてやる」

イルハレムの目が輝く。

アルトリア
「覚悟しろよ?」

イルハレムは、力強く頷く。

イルハレム
「はい!」

その返事は迷いのないものだった。

王宮・宮廷賢者執務室(午前)

ジェームズとダイムがそれぞれ書類を整理している。

その時――扉が開く。

アルトリアが入ってくる。
その後ろにはイルハレム。

ジェームズ
「アルトリア様」

ダイム
「お戻りですか」

アルトリアは頷く。

アルトリア
「ああ」

そして後ろにいるイルハレムに目を向ける。
イルハレムは緊張している。
しかしまっすぐ立っている。

アルトリアは二人を見る。

アルトリア
「紹介する」

イルハレムの肩に軽く手を置く。

アルトリア
「うちの従弟のイルハレムだ」

ジェームズの目が見開かれる。
ダイムの視線も鋭くなる。

アルトリア
「宮廷文官として仕官した」

そして二人を見る。

アルトリア
「二人とも、しっかり教えてあげてくれ」

ジェームズはすぐに頷く。

ジェームズ
「はい!」

ダイムも静かに頷く。

ダイム
「承知しました」

イルハレムは一歩前に出て、深く頭を下げる。

イルハレム
「イルハレム・フィリアです」

顔を上げる。

イルハレム
「よろしくお願いします」

その声には、緊張と決意が混ざっていた。
ジェームズは少し驚いた表情でイルハレムを見る。

ジェームズ
「ジェームズ・ホーネルだ」

優しく微笑む。

ジェームズ
「よろしく」

イルハレムは頷く。

イルハレム
「はい」

ダイムは腕を組みイルハレムを見る。

その視線は鋭い。

ダイム
「ダイム・ペイトンだ」

一歩前に出る。

ダイム
「アルトリア様の従弟でも」

わずかに目を細める。

ダイム
「手は抜かないからな?」

イルハレム
「はい。ご指導よろしくお願いします」

その声に迷いはなかった。

沈黙。

ジェームズは微笑み、ダイムはわずかに頷く。
アルトリアは、その様子を見ている。

アルトリア
「今日からここで働く」

イルハレムは頷く。

アルトリア
「まずは基本からだ」

アルトリアの瞳は優しく、そして厳しかった。

アルトリア
「覚悟はいいな?」

イルハレムは力強く答える。

イルハレム
「はい!」

新たな賢者の補佐がここに加わった。

王宮・宮廷賢者執務室(午後)

アルトリアが立ち、ジェームズ、ダイム、イルハレムの三人に仕事を教えている。

アルトリア
「この報告書は、まず事実と推測を分けて整理する」

イルハレムは真剣な顔で聞いている。

アルトリア
「感情や印象に流されるな。事実だけを見るんだ」

イルハレム
「はい」

アルトリア
「ジェームズ」

ジェームズ
「はい」

アルトリア
「その分類をイルハレムに見せてやってくれ」

ジェームズ
「わかりました」

ダイムは腕を組みながら見ている。

ダイム
「理解は早いな」

イルハレムは少し照れる。

イルハレム
「いえ……まだまだです」

その時――

コン、コン。

扉がノックされる。
四人が顔を向ける。
扉が開く。そこに立っていたのはセリアだった。
部屋の空気が一瞬で変わる。

アルトリアはすぐに一礼する。

アルトリア
「姫様」

ジェームズ、ダイムも続く。

ジェームズ
「姫様」

ダイム
「姫様」

イルハレムは慌てて頭を下げる。

イルハレム
「ひ、姫様!」

セリアは軽く頷く。

セリア
「楽にして」

しかし――セリアの視線はイルハレムで止まる。
じっと見ている。

イルハレムは気づく。

イルハレム
「え……え~っと……」

セリアは一歩近づく。
イルハレムの顔を見る。

セリア
「……あなた、初めて見る顔ね」

さらに近づく。

セリア
「……ん~」

少し首を傾げる。

セリア
「よく見ると……」

微笑む。

セリア
「アルトリアにそっくり」

イルハレムの顔が一瞬で赤くなる。
アルトリアが説明する。

アルトリア
「従弟のイルハレムです」

イルハレムを見る。

アルトリア
「先日、宮廷に仕官しました」

そしてイルハレムに視線を向ける。

アルトリア
「第1王女のセリア様だ」

イルハレムは慌てて頭を下げる。

イルハレム
「……イルハレム・フィリアです」

声が震えている。
セリアは優しく微笑む。

セリア
「よろしくね」

その笑顔、その距離、その美しさ。
イルハレムの顔がさらに赤くなる。

アルトリアはその様子を見て言う。

アルトリア
「……いくら姫様相手でもそんなに緊張するか?」

イルハレムは慌てる。

イルハレム
「い、いえ!その……」

顔が真っ赤。

イルハレム
「女性慣れしてなくて……」

セリアは少し驚く。

イルハレム
「僕……上に歳の離れた姉が三人いるんですけど……」

アルトリア
「……ああ」

思い出したように言う。

アルトリア
「叔父上が一度話していたな」

イルハレムは続ける。

イルハレム
「姉たちに……さんざん遊ばれてきたもので……」

ジェームズが苦笑する。ダイムもわずかに笑う。

イルハレム
「今は全員嫁いでいってくれたんですけど……いまだに女性に近づかれると……」

その瞬間――

タラッ

赤い液体が流れる。

アルトリア
「……へ?」

ジェームズ
「……」

ダイム
「……」

セリア
「……え?」

イルハレム
「……あ」

鼻血。

イルハレム
「で、出た……」

ジェームズ
「鼻血!?」

ダイム
「おい大丈夫か!?」

アルトリアは頭を抱える。

アルトリア
「……こりゃ重症だ」

アルトリアは布を差し出す。

アルトリア
「拭け」

イルハレム
「す、すみません……」

セリアは思わず笑ってしまう。

セリア
「ふふ……」

イルハレムはさらに赤面する。

セリア
「面白い子ね」

その言葉にイルハレムは完全に固まる。

アルトリア(心の声)
(……先が思いやられるな)

しかし――アルトリアの口元は、わずかに笑っていた。

王宮・政務室

巨大な窓から光が差し込む。
壁には大陸地図。各国の旗が配置されている。
王国の中枢。
その中心に立つのはレオニス。
その隣には、王太子ガイナス。
二人は机に向かい、政務に取り組んでいる。
書類の山、戦争報告、外交報告、国家の未来がここにある。

コン、コン。

扉がノックされる。

レオニス
「入れ」

扉が開く。
入ってきたのは――現宰相、ロバート・ガルサ
威厳ある老人。鋭い眼光。
レオニスの前まで歩き、深く一礼する。

ロバート
「陛下」

ガイナスは軽く頭を下げる。

ガイナス
「義父上」

ロバートは頷く。

ロバート
「殿下」

ロバートは顔を上げる。

ロバート
「周辺諸国の情勢についてご報告いたします」

レオニスは頷く。

レオニス
「聞こう」

ロバートは机の上に地図を広げる。

ロバート
「まず西方のアルゼリア王国、軍備増強を続けております」

ガイナス
「……やはりか」

ロバート
「しかし、現時点で侵攻の兆候はございません。我が国の軍事力を警戒しているものと思われます」

レオニスは静かに頷く。

ロバートは続ける。

ロバート
「南方のベルナード連合は内紛が続いております。当面、脅威にはなりません」

ガイナス
「ふむ……」

ロバート
「しかし……」

ロバートの目が鋭くなる。

ロバート
「東方のイルカン王国は……」

空気がわずかに変わる。

ロバート
「不穏な動きを見せております」

レオニスの瞳が細くなる。

レオニス
「……続けよ」

ロバート
「国境付近に軍を集結させております」

ガイナス
「戦の準備ですか?」

ロバート
「断定はできませんが……警戒は必要です」

沈黙。

その時――再び扉がノックされる。

レオニス
「入れ」

扉が開く。

入ってきたのは――外務長官、テイラル・ホルン
冷静な男。鋭い知性を感じさせる目。

テイラルは一礼する。

テイラル
「陛下」

レオニス
「来たか、テイラル」

テイラルは机の前まで進む。レオニスは尋ねる。

レオニス
「イルカン王国との外交、どうであった?」

沈黙。

テイラルは答える。

テイラル
「……芳しくありません」

ガイナス
「何?」

テイラル
「彼らは我が国への不信を強めております」

ロバートの目が鋭くなる。

ロバート
「理由は?」

テイラル
「不明です。しかし……明らかに態度が変わりました」

レオニス
「戦を望んでいると?」

テイラルは首を横に振る。

テイラル
「まだ分かりません。ですが……」

テイラルの目がわずかに鋭くなる。

テイラル
「戦の可能性も視野に入れる必要があります」

沈黙。

重い沈黙。

レオニスは窓の外を見る。

レオニス(心の声)
(内にも敵……外にも敵……気が休まらんな)

レオニスは静かに言う。

レオニス
「……監視を強化せよ」

ロバート
「は」

テイラル
「承知しました」

ガイナスは父を見る。

ガイナス(心の声)
(嵐が来る……)

王宮・回廊 → 中庭(午後)

回廊を歩くイルハレム。手には書類。
まだ着慣れていない文官の制服。
その表情には、わずかな緊張が残っている。

イルハレム(心の声)
(宮廷……思っていたより……広い……)

その時――ひそひそ声。

侍女A
「見て……」

侍女B
「アルトリア様……?」

侍女C
「違うわ……少し若い……」

侍女A
「でも……似てる……」

侍女たちが、遠くからイルハレムを見ている。
イルハレムは気づく。

イルハレム(心の声)
(……見られてる……)

イルハレムは顔を赤くする。
歩く速度が少し速くなる。

イルハレム(心の声)
(な、慣れない……)

イルハレムは、その場を離れるように歩く。

イルハレムは回廊を抜け中庭へ出る。
そこは別世界だった。

美しく整えられた庭園。
噴水、花々、静かな風。

イルハレムは立ち止まる。

イルハレム
「……」

深呼吸する。

イルハレム
「……ふぅ」

胸に手を当てて鼓動を落ち着かせる。

イルハレム
「……落ち着け」

イルハレムは目を閉じる。風が髪を揺らす。

静寂。

イルハレム(心の声)
(アルトリア従兄上みたいに……堂々としないと……)

その姿はまだ未熟で、しかし確かな意志を持っていた。

その時――回廊の向こうから一人の少女が歩いてくる。
第2王女エリス。

彼女はふと立ち止まり、庭園に立つ少年を見る。

エリス
「……?」

目を細める。
黒髪、蒼い瞳、どこかで見た顔。
しかし少し違う。

エリス(心の声)
(アルトリア殿……?いえ、それにしてはちょっと幼い)

エリスは興味を持つ。
その少年は目を閉じ、静かに立っている。
まるで、世界と切り離されたかのように。

風が吹く。花びらが舞う。その光景は美しかった。

エリス(心の声)
(……誰?)

エリスはその場で立ち止まり、しばらく彼を見つめる。
まだ声はかけない。ただ、見つめている。

イルハレムは目を閉じ、呼吸を整えている。

イルハレム
「……」

その時――背後から柔らかく、澄んだ声。

エリス
「あなた」

イルハレムは驚いて振り向く。そこにいたのはエリス。
イルハレムの目が見開かれる。

イルハレム
「えっと……何か……?」

エリスは微笑む。

エリス
「私はエリス・レグナード。レオニス王の次女です」

イルハレムの顔色が変わる。

イルハレム
「え!?ひ、姫様!?」

慌てて跪こうとする。エリスはくすっと笑う。

エリス
「ふふふ。かしこまらなくていいわ」

エリスはイルハレムを観察するように見る。

エリス
「あなた……アルトリア殿に似ているわね」

イルハレムは顔を赤くする。

イルハレム
「あ……はい……イルハレム・フィリアといいます。アルトリア・フィリアの従弟で……先日から宮殿にお仕えしています」

エリスの目が少し見開かれる。

エリス
「あら、従弟だったの?歳はいくつ?」

イルハレム
「16……です……」

エリスは嬉しそうに微笑む。

エリス
「ふふ。私のほうが2歳お姉さんね」

エリスは一歩近づく。

イルハレム
「……!」

エリスはイルハレムの顔を覗き込む。
距離が近い。蒼い瞳と銀の瞳が交差する。

エリス
「本当に似ている……」

イルハレムの顔が一気に真っ赤になる。

イルハレム
「え……あ……」

心臓の鼓動が速くなる。

イルハレム(心の声)
(近い……近い……!)

イルハレム
「し、失礼します!!」

イルハレムは思わず逃げ出す。

エリス
「え?」

イルハレムは走り去る。
エリスは一瞬驚き、そして――くすっと笑う。

エリス
「ふふ……かわいい」

その時、背後から声。
第3王子ドルゴン。

ドルゴン
「珍しいですね」

エリスは振り向く。

エリス
「ドルゴン」

ドルゴンは微笑む。

ドルゴン
「自分より強い男にも靡かない姉上が、そこまで男に興味を持つなんてアルトリア殿以来じゃないですか?」

エリスは少し空を見上げる。
静かな表情。

エリス
「……」

そして穏やかに言う。

エリス
「10歳の頃からずっと戦いに明け暮れてきたからね。がつがつした男は落ち着かないの」

エリスはイルハレムが走り去った方向を見る。

エリス(心の声)
(あの子……優しそうな目をしていた)

風が吹く。花びらが舞う。
エリスは微笑む。

王宮・廊下

アルトリア、イルハレム、ジェームズ、ダイムの4人が歩いている。
イルハレムはまだ顔が少し赤い。
アルトリアがそれに気づく。

アルトリア
「どうした、顔が赤いぞ」

イルハレム
「え、えっと……」

少し迷うが、意を決して話す。

イルハレム
「さっき……中庭で……第2王女のエリス姫様に声をかけられました……」

ジェームズ
「え!?」

ダイム
「ほう……」

アルトリアは少し驚き、すぐにニヤリと笑う。

アルトリア
「なるほど、第2王女に声をかけられたのか。絶対気に入られてるぞそれ。うらやましい」

イルハレム
「そ、そんなことありません!」

イルハレムは慌てる。
ジェームズがダイムに小声で話す。

ジェームズ(小声)
「自分もセリア姫に気に入られてるのにね」

ダイム(小声)
「ああ。絶対気づいてないな」

その瞬間――突然背後から大声。

アグニス
「わあ!!」

アルトリア、イルハレム
「うわあっっ!!」

2人は完全に驚き、バランスを崩し――

ドンッ!

2人同時に床に転ぶ。

アルトリア
「うわっ!」

イルハレム
「いった!」

ジェームズ
「アルトリア様!」

ダイム
「大丈夫ですか!」

その様子を見て、大笑いする人物。

第2王子アグニス。

アグニス
「ははははは!思った通りだぜ!お前ら従兄弟同士って聞いてたけどよ~顔だけじゃなくて行動まで似てんのな!!」

アルトリアは床に座ったまま、呆れた表情。

アルトリア
「勘弁してください……王子様……」

イルハレムも慌てて立つ。
アグニスは、イルハレムの方を見る。

アグニス
「お前がイルハレムか。第2王子のアグニス・レグナードだ。よろしく」

イルハレムは慌てて頭を下げる。

イルハレム
「イ、イルハレム・フィリアです……!」

その時――背後から冷静で凛とした女性の声。

ティアナ
「王子様?」

アグニス
「うげ……」

アグニスの顔が引きつる。そこに立っていたのは――アグニスの侍女長ティアナ・ホルン。
整った姿勢。鋭くも美しい瞳。

ティアナはアルトリアとイルハレムの前に進み、優雅に一礼する。

ティアナ
「アルトリア殿、イルハレム殿、申し訳ございません。アグニス王子様の侍女長をしております、ティアナ・ホルンと申します」

アルトリア
「いえ……」

アルトリアは一瞬考える。

アルトリア
「ん?ホルン……?」

ティアナは微笑む。

ティアナ
「はい。父は外務長官、テイラル・ホルンです」

アルトリア
「なるほど……」

ティアナはゆっくりとアグニスの方を向く。
空気が変わる。

ティアナ
「王子様、またこのような悪戯をなさって。仮にも宮廷賢者と新任文官の方ですよ?王族としての自覚をお持ちください」

アグニス
「う……」

アグニスはたじろぐ。

ティアナ
「謝罪を」

アグニス
「……悪かった」

アルトリア
「いえ……」

イルハレム
「お気になさらず……」

アグニスは少しむくれた表情でティアナを見る。

アグニス
「相変わらず怖えな……」

ティアナ
「何か?」

アグニス
「いえ何もありません」

即答。

ジェームズとダイムは思わず笑いそうになるのをこらえる。
しかし――アグニスはどこか嬉しそうでもあった。

アグニス(小声)
「……ほんと、世話焼きだよな」

ティアナは聞こえていないふりをする。
しかしわずかに頬が緩む。

アルトリアはその様子を見て、静かに微笑む。

アルトリア(心の声)
(なるほど……アグニス王子様も……守りたい者がいるのか)

イルハレムは新しい世界の人間関係に、まだ戸惑っていた。
しかし、その目は輝いていた。

王宮・執務室

アルトリア、ジェームズ、ダイム、イルハレムが机に向かっている。
イルハレムの手は迷いなく書類を整理している。

ジェームズ
「……すごいな。もうそこまで理解したのか」

イルハレム
「従兄上の教え方が良いのです」

ダイム
「それだけじゃない。君には元々素質がある」

アルトリアは静かに微笑む。

アルトリア
「血は争えない……か」

イルハレム
「え?」

アルトリア
「いや、何でもない」

アルトリアは、どこか誇らしげだった。
まるで――弟を見るように。

王宮・回廊(別角度)

柱の陰。そこに立つエリス。
彼女は、執務室の中をこっそり見ている。
イルハレムが真剣に仕事をしている姿。集中した横顔。

エリス(心の声)
(頑張ってる……)

イルハレムが書類を持ち、アルトリアに質問する。
アルトリアが優しく教える。

エリス(心の声)
(本当に……似てる……)

しかし何かが違う。

エリス(心の声)
(何かしら……?この感じは)

エリスは気づかれないように、静かに去る。

王宮・回廊(別日)

イルハレムが書類を持って歩いている。
そこに、エリスが現れる。

エリス
「イルハレム」

イルハレム
「ひゃっ!?」

振り向く。

イルハレム
「ひ、姫様!」

顔が一瞬で赤くなる。

エリス
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」

イルハレム
「す、すみません……!」

エリス
「仕事、慣れてきた?」

イルハレム
「は、はい……従兄上のおかげで……」

エリスは微笑む。

エリス
「そう。無理はしないでね」

イルハレム
「は、はい!」

顔は真っ赤のまま。
エリスはその様子を見て優しく笑う。

エリス(心の声)
(かわいい……)

王宮・別の回廊

アルトリアが侍女達に囲まれている。

侍女A
「アルトリア様!」

侍女B
「こちらの書類を……」

侍女C
「こちらもお願いできますか?」

アルトリア
「ああ、順番に……」

その時、背後から冷たい気配。
セリアがジト目で見ている。

セリア
「アルトリア」

アルトリア
「姫様」

侍女達は一斉に緊張する。

セリア
「ずいぶん人気者ね」

アルトリア
「……」

セリアは侍女達を一瞥する。
侍女達は慌てて去る。

セリア
「……忙しいのね」

アルトリア
「はい」

セリアは少しだけ不機嫌そうな顔をする。

アルトリア(心の声)
(……?)

全く気づいていない。

アグニスの私室(夜)

豪華な部屋。アグニスが椅子に座っている。
ティアナが紅茶を淹れている。

アグニス
「……なんかセリアもエリスも様子がおかしくねえか?」

ティアナ
「……」

ティアナは静かに紅茶を差し出す。

ティアナ
「お分かりになりませんか?」

アグニス
「何が?」

ティアナ
「きっと恋ですよ」

アグニス
「はあ!?あいつらが!?ウケる!」

ティアナは冷静。

ティアナ
「……そういう王子様は、好きな方はおられないのですか?」

アグニス
「え?」

ティアナ
「そろそろ奥方を娶られる時期ではございませんか?ガイナス太子様も既に奥方様とお子がいらっしゃいます」

アグニス
「兄上は兄上!俺は俺だ!」

少し沈黙。

アグニス
「……それによ」

アグニスはティアナを見る。
ティアナは静かに彼を見つめている。

アグニス
「俺が好きなのは……」

言葉が止まる。
ティアナの瞳を真っ直ぐ見る。
アグニスは目を逸らす。

アグニス
「……いや、何でもねえ」

ティアナは何も言わない。
ただ静かに微笑む。

ティアナ(心の声)
(王子様……)

アグニスは少しだけ照れていた。

王宮・国王執務室(夜)

重厚な扉が、ゆっくりと開く。
そこに立っていたのは――レオニスの弟、ロウラル・レグナード。
屈強な体。歴戦の武人。その顔には自信と誇りがある。

ロウラルは、堂々と歩み入り――膝をつく。

ロウラル
「兄上!弟が戻ってまいりました!」

机に向かっていたレオニスは、顔を上げる。
そして、静かに微笑む。

レオニス
「戻ったか」

レオニスは立ち上がる。
二人は、兄弟として向き合う。

レオニス
「よく帰ったな、ロウラル」

ロウラル
「はっ!」

レオニス
「かけよ」

ロウラルは椅子に座る。机の上には酒と杯。
二人は向かい合って座っている。

酒を注ぐ音。

レオニス
「飲め」

ロウラル
「ありがたき幸せ」

二人は杯を交わす。静かな時間。
ロウラルが尋ねる。

ロウラル
「母上はお元気ですか?」

レオニス
「ああ、元気だ。お前の武勲を聞いて喜んでいた」

ロウラルは誇らしげに笑う。

ロウラル
「そうですか!」

レオニス
「お前も元気そうだな」

ロウラル
「はい!先日の蛮族討伐でも、我が子らと剣を振るってまいりました!」

レオニスは微笑む。

レオニス
「お前らしいな。剣こそがお前の言葉だ」

ロウラル
「ははは!戦場こそ我が居場所です!」

少しの沈黙。

ロウラルが、興味深そうに言う。

ロウラル
「……ところで最近、若い賢者が宮廷賢者の仲間入りをしたとか?」

レオニスは、すぐに理解する。

レオニス
「アルトリアのことか?」

ロウラル
「そうです!アルトリア・フィリア!セリアが気に入っているそうですな」

レオニスは杯を手にしたまま、静かに言う。

レオニス
「あの知能はとんでもないぞ。宮中で起きた事件を次々と解決している」

ロウラルは目を細める。

ロウラル
「ほう……剣ではなく頭脳で戦う男ですか」

レオニス
「ああ。あの男はこの国の未来を変える」

ロウラルは興味を持つ。

ロウラル
「面白い……ぜひ一度会ってみたいものです」

レオニス
「いずれ機会があるだろう」

レオニスは窓の外を見る。
月明かり。

レオニス(心の声)
(バーンズの息子……やはり……血か……)

ロウラルはそんな兄の表情を見て、少しだけ鋭い目をする。

ロウラル(心の声)
(兄上がそこまで評価するとは……ただの賢者ではないな)

ロウラルは、静かに笑う。

ロウラル
「楽しみです。その賢者とやらに会うのが」

ィリア家・屋敷(夜)

重厚で落ち着いた室内。
バーンズ、ピエールが座っている。
その前に、アルトリアとイルハレム。
そして、優しく微笑む女性――アンジュ・フィリア

アンジュは、アルトリアの顔をじっと見る。

アンジュ
「アルトリア……随分立派になったのね〜」

アルトリアは少し照れながら頭を下げる。

アルトリア
「母上、中々伺えず申し訳ございません」

アンジュは微笑み、

アルトリアの頬にそっと手を当てる。

アンジュ
「謝ることなんてないわ。あなたが元気でいることが、何より嬉しいの」

バーンズはその様子を静かに見守る。

バーンズ
「……宮廷での働きは聞いている。よくやっているようだな」

アルトリア
「まだまだ未熟です」

バーンズ
「謙遜するな。お前はもう私の息子である以前に、一人の賢者だ」

アルトリアはわずかに息を飲む。

その横で、少し緊張しているイルハレム。
ピエールが咳払いをする。

ピエール
「イルハレムよ」

イルハレム
「は、はい父上」

ピエールは封筒を取り出す。

ピエール
「お前の姉たちから手紙が届いているぞ」

イルハレムの顔が固まる。

イルハレム
「……姉上からですか……?」

アンジュがくすっと笑う。

アンジュ
「あらあら、相変わらず怖いの?」

イルハレム
「い、いえ怖いというか……その……」

アルトリアが横から覗き込む。

アルトリア
「姉が3人だったな?」

イルハレム
「はい……全員既に嫁いでおりますが……」

ピエールは手紙を渡す。

ピエール
「ほら」

イルハレムは恐る恐る開く。

朗読する。

イルハレム
「『イルハレムへ。宮廷で働いていると聞きました。変な女性に騙されていませんか?』」

アルトリア、アンジュ、ピエール
(同時に吹き出す)

イルハレム
「……」

アルトリアはニヤリとする。

アルトリア
「エリス姫に気に入られてたな」

イルハレム
「ち、違います!何もありません!」

アンジュ
「ふふ。顔が赤いわよ?」

バーンズは腕を組み、少しだけ柔らかい表情になる。

バーンズ
「……家族というのはありがたいものだな」

ピエール
「まったくです」

アルトリアは暖炉の火を見る。

アルトリア(心の声)
(兄上たちも……きっと今の僕を見てくれている)

バーンズは、息子を静かに見る。

バーンズ(心の声)
(シャルル……ハンス……お前たちの弟は……強く育った)

暖炉の火が揺れる。家族の温かい空気。
しかし――その奥には、まだ解かれていない陰謀がある。

王宮・宮廷賢者執務室(昼)

机に向かうアルトリア。
その隣で、イルハレムが書類を確認している。
手の動きは、もはや新人のものではない。
正確。迅速。そして迷いがない。

ジェームズは、その様子を見て感心する。

ジェームズ
「……すごいな。もう宮廷の書式を完全に覚えてる」

イルハレム
「従兄上の教えが良かったのです」

アルトリアは微笑む。

アルトリア
「違う。君自身の才能だ」

イルハレム
「……!」

イルハレムの目が輝く。
アルトリアはどこか誇らしげだった。

その時――突然扉が勢いよく開く。

バンッ!!

ダイムが駆け込んでくる。
息を切らし、顔色が変わっている。

ダイム
「た……大変です!!」

アルトリア
「ん?」

アルトリアは立ち上がる。

ダイム
「隣国――イルカン王国が軍を動かしました!」

全員の表情が変わる。

ジェームズ
「なに……?」

ダイム
「現在、国境付近で――レグナス軍とイルカン軍が激突しています!!」

沈黙。

空気が凍りつく。

アルトリア
「……え?」

イルハレム
「戦争……?」

ジェームズ
「そんな……」

ダイム
「既に交戦状態です!これは……全面戦争に発展する可能性があります!」

鐘の音が鳴り響く。

ゴォォォォン……

ゴォォォォン……

非常召集の鐘。
兵士たちが走る。文官たちが慌ただしく動く。
王宮全体が、戦争の空気に包まれる……!

第6話 完

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