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半神の少女 第9話「豊穣の半神、恵みの力」

第9話「豊穣の半神、恵みの力」

マイアの神殿

ここはゼウスの側室、マイアの神殿。
……なのだが神殿の中には、世界各地の置物や工芸品、お土産が大量に並べられている。
その中心でヘルメスが満面の笑みで袋を漁っていた。その向かいには、少し呆れ気味のマイアが座っている。

ヘルメス
「見てくださいよ母上!これ有馬温泉で買ってきたんですよ!」

ヘルメスは木箱を開ける。中には和柄の温泉まんじゅう。

マイア
「そ……そう……」

ヘルメス
「あとこれ!京都の八ツ橋!それと大阪のたこ焼き味せんべい!」

次々と机に並べていく。

マイア
「あなた……相当日本が気に入ったのね?」

ヘルメス
「はい!」

ヘルメスは即答する。

ヘルメス
「いや〜日本最高ですよ!飯うまい!景色いい!温泉ある!しかもコンビニが神!」

マイア
「こ……こんびに?」

ヘルメス
「24時間営業の奇跡の店です!」

ヘルメスは真顔で断言し、マイアは苦笑いする。

マイア
「昔から思っていたけれど……あなたって本当にどこでも楽しめるのね……」

ヘルメス
「旅人の神ですから!」

ヘルメスは胸を張る。
するとマイアがふと思い出したように口を開く。

マイア
「日本と言えば……今、祥雲が日本に留学中なんでしょう?」

ヘルメスの顔がぱっと明るくなる。

ヘルメス
「そうなんです!」

ヘルメスは勢いよく身を乗り出す。

ヘルメス
「今佳織ちゃんのところでお世話になってて、他の半神の子たちも仲良くしてくれてるんです」

マイア
「まあ……」

ヘルメス
「祥雲のやつ、すっかり馴染んじゃって。毎日楽しそうですよ」

マイアは嬉しそうに微笑む。

マイア
「祥雲もいい子たちに恵まれたわね」

ヘルメス
「はい。佳織ちゃんたち、本当に優しい子たちです」

ヘルメスは少しだけ真面目な表情になる。

ヘルメス
「……だからこそ、あの子たちには笑っててほしいんですよね」

マイアはその言葉に静かに頷く。

マイア
「ええ……」

一瞬、神殿の空気が静かになる。しかし次の瞬間――

ヘルメス
「あ、そうだ母上!まだあるんですよお土産!」

マイア
「まだあるの!?」

ヘルメスはどこからともなく大量の袋を取り出す。
マイアが思わず頭を抱える。

マイア
「……あなた、本当にどれだけ買ってきたのよ……」

ヘルメス
「いや〜ついテンション上がっちゃって!」

神殿にヘルメスの明るい笑い声が響くのだった。

北海道・札幌

大規模なワイン評論会。高級感のあるホールには、国内外のワイン関係者や評論家たちが集まっている。
ステージ中央。大型スクリーンの前に、雪村脩が立っていた。落ち着いたスーツ姿に穏やかな表情。
しかしその語り口には、確かな情熱が宿っている。
スクリーンには北海道の広大なブドウ畑の写真。


「――北海道の土壌は、世界的に見ても非常に個性的です」

会場は静まり返り、全員が耳を傾けている。


「寒暖差、雪解け水、そして長い冬」

脩はゆっくり会場を見渡す。


「一見、ワイン造りには不向きに見えるこの土地だからこそ――」

スクリーンが切り替わる。美しいブドウの映像。


「葡萄は強く育つ」

評論家たちが感心したように頷く。


「私は思うんです」

脩は柔らかく微笑む。


「ワインっていうのは“土地そのもの”なんですよ」

会場が静まり返る。


「その年の気候や作り手の想い、一緒に育てた人たちの努力」

脩は静かにグラスを掲げる。


「全部がこの一杯に宿る」

会場の空気が引き込まれていく。


「だから私は――北海道の自然を、そのまま世界へ届けたい」

スクリーンには、夕日に照らされた広大な葡萄畑。


「それが、雪村ワイナリーの夢です」

一瞬の静寂。

そして――会場から大きな拍手が巻き起こる。

「素晴らしい!」
「見事だ……!」
「北海道ワインの未来ですね!」

評論家たちも拍手。
海外のソムリエも感嘆している。

脩は少し照れくさそうに頭を下げる。


「ありがとうございます」

すると司会者が興奮気味に話す。

司会者
「いやぁ、さすが雪村社長です!本日の評価も非常に高いですよ!」


「はは……うちのスタッフたちのおかげです」

司会者
「謙虚ですねぇ!」

会場が和やかな笑いに包まれる。
その頃、会場後方で脩のプレゼンを、デメテルが静かに見つめていた。人間の姿に変身しているため、周囲は正体に気づかない。
デメテルは小さく微笑む。

デメテル
「……相変わらず、土と実りを愛しているのね」

その視線は、どこか誇らしげだった。

ワイン評論会終了後の会場のテラスで、夜風が静かに吹き抜ける中、脩がグラスを片手に立っていた。
その隣には、人間の姿に変身したデメテル 。
脩が苦笑いしながら話しかける。


「今日のプレゼン、どうだった?」

デメテルは優しく微笑む。

デメテル
「ええ、最高だったわ」


「はは、ならよかった」

脩は夜景を眺める。


「そういえば君と出会ったのも、ワインの研究でギリシャに行ったときだったな〜」

デメテル
「懐かしいわね」

回想

若い頃の脩が、ギリシャの葡萄畑で必死にメモを取りながら土を調べている。
そこへデメテルが現れる。

デメテル
「……そんなに熱心に土を見る人、初めて見たわ」


「え?あ、いや……葡萄は土で味が変わるんです」

デメテルが少し驚いたように笑う。

回想終了


「今思えば、あの時から不思議な人だったよ」

デメテル
「ふふっ」

しかしデメテルが、ふと思い出したように尋ねる。

デメテル
「そういえば……冬子はどうしたの?」


「ああ」

脩は少し笑う。


「今日は栽培同好会だって」

デメテル
「あの子らしいわね」

北海道のとある高校

校舎裏の畑に、栽培同好会の生徒たちが慌てた様子で集まっていた。

生徒A
「嘘!トマトが枯れてる!」

生徒B
「あんなに苦労して育てたのに!」

しおれたトマト。葉は茶色く変色し、完全に元気を失っている。
生徒たちは半泣き。
すると、後ろから穏やかな声が響く。

冬子
「どうしたの?」

冬子が畑へ歩み寄る。

生徒A
「あ、冬子ちゃん……!トマトが枯れちゃったの……」

冬子はしゃがみ込み、
枯れたトマトを静かに見つめる。

冬子
「……ちょっと待ってて」

冬子はゆっくりと手を前へ出す。そして静かに目を閉じた。
次の瞬間――冬子の手から、柔らかな緑色の光が溢れ始める。周囲の草花がふわりと揺れ、風が優しく吹き抜ける。
生徒たちが目を見開く。

生徒B
「な、何これ……?」

緑色の光が、枯れたトマトを包み込む。
すると――しおれていた葉が少しずつ緑を取り戻していく。
茎が立ち上がり、実が鮮やかな赤を取り戻す。
そして次の瞬間――完全に枯れていたトマトが、見事に復活する。

生徒A
「え!?トマトが元通りに!」

生徒B
「す、すご……!」

冬子は静かに立ち上がる。

冬子
「これで一件落着でしょ?」

生徒A
「あ……ありがとう……!」

冬子は優しく微笑む。その笑顔に、周囲の空気まで柔らかくなる。
すると同好会の男子生徒が小声で言う。

男子生徒
「やっぱ雪村さんって……なんか女神みたいだよな……」

別の生徒が頷く。
冬子はそれを聞いて、少し困ったように笑う。

冬子
「大げさだよ」

しかしその背後では、畑一面の花々が、まるで彼女を祝福するように咲き始めていた。

神宮寺家・リビング

佳織は静かな空気の中で、先日の出来事を思い返していた。

佳織(心の声)
(あの時、アポロンさんたち……)

回想

アポロン
「オリンポスも一枚岩ではない」

周囲の空気が少し張り詰める。

アポロン
「ほとんどの神は、君の抹殺に反対している」

佳織
「え……?」

佳織は目を見開く。
その横で、アルテミスが静かに愛梨 を見る。

アルテミス
「あなたのお母さんも、中立の立場から反対派になったわ」

愛梨
「……母が?」

愛梨が小さく動揺する。
蓮が腕を組みながら呟く。


「佳織に協力したから……」

愛梨は少し俯く。

愛梨(心の声)
(お母さんが……私のために……?)

すると、ヘルメスが軽い調子で話し始める。

ヘルメス
「……アレスも今苦悩してるぜ」

佳織
「アレスって、私を襲ったあの神様……?」

ヘルメス
「ああ」

ヘルメスは頭の後ろで手を組む。

ヘルメス
「ヘパイストスに聞かれたんだよ」

ヘルメスは少し真似をしながら言う。

ヘルメス
「『もし自分の娘までヘスティアの娘に協力したらどうする?』って」

佳織
「娘……?」

ヘルメス
「アレス、固まってたぜ〜」

ヘルメスは苦笑いする。

佳織
「あ〜そういえば!私と同い年の娘がいるって!」

すると大悟が反応する。

大悟
「……戦神の娘、か」

祥雲が興味津々で身を乗り出す。

祥雲
「どんな子なんだろうな!」

海斗もノリノリ。

海斗
「絶対気強そう!」

月菜は少し考え込む。

月菜
「でも……アレスの娘なら、簡単には動けないんじゃ……」

ヘルメスが肩をすくめる。

ヘルメス
「ま、そこが問題なんだけどな」

その瞬間、佳織はふとアレスのあの怒りに満ちた表情を思い出す。
だが同時に――“父親”として迷っている姿も、少しだけ想像してしまう。

佳織
「……神様も親なんだね」

部屋が少し静かになる。愛梨が小さく呟く。

愛梨
「……そうね」

それぞれが、“親”について思いを巡らせるのだった。

宇保方家

夜。リビングには静かなジャズが流れている。
テーブルにはノートパソコン。宇保方樹二 は、仕事の資料を確認していた。カタカタとキーボードを叩く音だけが響く。

リビングの入口に、愛梨が立っていた。どこか落ち着かない様子。
樹二が顔を上げる。

樹二
「ん?どうした愛梨?」

愛梨は少し迷ったあと、ゆっくり口を開く。

愛梨
「……ねえお父さん」

樹二
「?」

愛梨
「お母さんって……どんな人だったの?」

その瞬間、樹二の手が止まる。キーボードを打つ音が消える。
樹二は目を丸くしていた。

樹二
「……どうしたんだ愛梨?」

愛梨は視線を逸らす。

樹二
「今までお母さんのこと、聞こうとしなかったのに」

愛梨
「……最近色々あったから」

愛梨は静かにソファへ座る。

愛梨
「同じ“半神”の子たちに会って……みんな普通に親の話してて……だから……私も知りたくなったの」

樹二は娘を見つめる。その表情には、戸惑いと優しさが混ざっていた。

樹二
「……そうか」

樹二はゆっくりノートパソコンを閉じる。
そして静かに息を吐いた。

樹二
「お前のお母さんはな……」

少し懐かしそうに笑う。

樹二
「ものすごく頭のいい人だった」

愛梨は静かに聞いている。

樹二
「お父さんがギリシャ旅行してた時、遺跡で偶然会ったんだ」

回想

若い頃の樹二が、遺跡の前で観光ガイドを必死に読んでいる。
そこへ、知的な雰囲気の女性――アテナが現れる。

アテナ(人間姿)
「その解釈、少し違うわ」

樹二
「え?」

アテナは遺跡について、次々と解説していく。
若い樹二は完全に圧倒される。

樹二
「す、すごい詳しいですね……」

アテナ
「知識は力よ」

回想終了

樹二は苦笑いする。

樹二
「最初は大学教授か何かだと思った」

愛梨
「……なんか想像つく」

少しだけ愛梨の口元が緩む。

樹二
「でもな」

樹二は優しい目になる。

樹二
「頭がいいだけじゃなかった。困ってる人を放っておけない人だったよ」

愛梨の目が少し揺れる。

樹二
「不器用だったけど……本当に優しい人だった」

愛梨は静かに俯く。

愛梨(心の声)
(……優しい人)

その言葉が、心に静かに残るのだった。
しかし――愛梨はゆっくり口を開く。

愛梨
「でも……」

樹二
「?」

愛梨
「それなら……どうして17年間も会いに来ないの?」

部屋が静かになる。
樹二は少し困ったように目を伏せた。

樹二
「……」

愛梨は父を見る。
樹二は一瞬黙って考え込んで言う。

樹二
「それは……正直わからないな〜」

愛梨
「……」

樹二
「神様の世界は色々あるとしか言いようがない」

樹二は頭をかきながら続ける。

樹二
「俺たち人間には想像もつかない事情とか、掟とかあるんだろうしな」

愛梨は静かに俯く。
樹二はそんな娘を見ながら、少し優しく笑う。

樹二
「そこはオリンポスに行って、お母さんに聞くしかないかもな〜」

愛梨
「……オリンポス」

愛梨はその言葉を小さく繰り返す。
窓の外の街灯の上に、金色の瞳をした1羽のフクロウが止まっていた。そのフクロウはアテナの成獣だった。
フクロウが静かに宇保方家のリビングを見つめている。
愛梨は気づかない。しかしその瞳は、確かに愛梨を見守っていた。

オリンポス――アテナの宮殿

巨大な書庫。無数の巻物と本が並ぶ静寂の空間。
その中央で、アテナが静かに椅子へ腰掛けていた。その目には、先ほどのフクロウが見ていた光景が映っている。
アテナは静かに娘を見つめる。

アテナ
「……愛梨」

その表情は戦いの女神ではなく、ただの“母”だった。
するとその時――アテナの脳内に、静かな女性の声が響く。

メティス
『……見ているだけでいいの?』

アテナの目がわずかに揺れる。

アテナ
「母上……?」

メティスの声は、どこか穏やかだった。

メティス
『あの子は、あなたに会いたがっている』

アテナは目を閉じる。

アテナ
「……私は」

言葉が止まる。

アテナ
「私は……あの子を危険に巻き込みたくなかった」

メティス
『それは本心?』

アテナが沈黙する。

メティス
『それとも――“母親になるのが怖かった”の?』

その言葉に、アテナの表情がわずかに揺らぐ。

長い沈黙。

やがてアテナは、再び愛梨の姿を見る。愛梨は今も、父の隣で静かに座っていた。
アテナは小さく呟く。

アテナ
「……私は、間違っていたのかもしれない」

その声は、どこか弱々しかった。

北海道・雪村家

外は雪。暖かな灯りが窓から漏れている。
玄関の扉が開き、冬子が帰宅する。

冬子
「ただいま〜」

リビングから、脩の声が返ってくる。


「冬子、帰ったのか」

冬子
「うん」

冬子がコートを脱ぎながらリビングへ向かう。
すると――キッチンの奥からデメテルが姿を現した。

冬子
「え!?」

冬子は目を丸くする。

冬子
「母さん!?来てたの!?」

デメテルは柔らかく笑う。

デメテル
「ええ。父さんのプレゼンを聞きに来たのよ」

脩が苦笑いする。


「気づいたら最前列にいたんだよ」

デメテル
「だって気になるじゃない」

冬子は少し嬉しそうに笑う。

冬子
「そっか」

3人はソファに座り、穏やかな時間を過ごしていた。
冬子がふと思い出したように尋ねる。

冬子
「姉さんは冥界で元気にしてるの?」

デメテルが頷く。

デメテル
「ええ」

デメテルは少し呆れたように笑う。

デメテル
「相変わらず旦那とは仲良くやってるわ」


「あの冥界の王様だっけ?」

デメテル
「そう」

脩は苦笑いする。


「なんというか……未だに“冥界の王が義理の息子”って感覚になれないなあ」

デメテルがくすっと笑う。

デメテル
「ハデスは見た目ほど怖い人じゃないわよ」

冬子
「うーん……」

冬子は少し考え込む。

冬子
「でも影から顔半分だけ出してくるのは怖いと思う」


「顔半分?」

デメテルが思わず吹き出す。

デメテル
「ふふっ……やってるのね、まだ」

冬子
「この前も姉さんの後ろからぬって出てきて、普通にびっくりした」


「冥界の王なのに何やってるんだ……」

3人の間に穏やかな笑いが広がる。
するとデメテルがふと真面目な表情になる。

デメテル
「そういえば冬子」

冬子
「?」

デメテル
「あなたに話すことがあったの」

冬子はカップを置く。

冬子
「何?」

デメテルは静かに言う。

デメテル
「あなたには……同じ半神の従姉妹がいるのよ」

冬子
「私の従姉妹?」

冬子は目を丸くする。デメテルはゆっくり頷く。

デメテル
「でも……」

その声が少し重くなる。

デメテル
「ゼウスに命を狙われているの」

冬子
「え……?」

冬子の表情が変わる。

冬子
「どうして?」

デメテルは少し目を伏せる。

デメテル
「その子は、私の姉であるヘスティアの娘」

冬子
「ヘスティア伯母さんの……?」

デメテル
「ええ」

暖炉の火が揺れる。

デメテル
「ヘスティアは、オリンポスの玉座を離れた処女神」

冬子は静かに聞いている。

デメテル
「本来子供を持てる処女神は、今もオリンポスの玉座にいるアテナとアルテミスだけ」

脩も神妙な顔になる。

デメテル
「だからゼウスは、その存在を“掟を乱すもの”として危険視している」

冬子
「そんな……」

冬子は言葉を失う。デメテルは静かに続ける。

デメテル
「その子自身は何も悪くない。ただ……生まれてきただけ」

リビングが静まり返る。冬子はゆっくり拳を握る。

冬子
「……その子は今どこにいるの?」

デメテルが娘を見る。

デメテル
「東京の墨田区」

冬子
「東京……」

デメテル
「名前は神宮寺佳織」

冬子の目がわずかに揺れる。

デメテル
「歳はあなたと同じよ」

冬子は静かにその名前を繰り返す。

冬子
「……神宮寺佳織」

その名前を口にした瞬間、まるで呼応するように窓の外の雪がふわりと舞う。
デメテルは娘を見つめる。その視線はどこか“覚悟”を確かめるようだった。

デメテル
「冬子」

冬子
「?」

デメテル
「もしあの子に会うなら……きっともう、普通の高校生活には戻れない」

冬子は少し黙る。そしては静かに微笑んだ。

冬子
「それでも……放っておけないよ。だって……親戚なんでしょ?」

デメテルの目が少しだけ優しく細められる。
脩は娘を見ながら苦笑いする。


「ほんと、誰に似ても世話焼きだなあ」

冬子
「父さんに言われたくない」

少しだけ、雪村家に笑いが戻る。
しかしその裏で――運命の歯車は、静かに動き始めていた。

東京・ファミレス

夕方。店内は学生や家族連れで賑わっている。
窓際の席には佳織 、蓮 、月菜 、愛梨 、そして祥雲がテーブルを囲んでいた。

祥雲が目を輝かせていた。

祥雲
「うまいなここの料理!」

祥雲はドリンクバーのジュースを片手に叫ぶ。

祥雲
「北京でも食ったことねえや!」

佳織が苦笑いする。

佳織
「そうかなぁ……?」

祥雲
「このチーズのびるやつ最高!」

祥雲はピザを豪快に持ち上げる。


「お前テンション高すぎだろ……」

月菜は少し呆れたように佳織を見る。

月菜
「……変わった子ですね、佳織さん」

佳織
「そうなの……」

愛梨も頷く。

愛梨
「常に騒がしいわね……」

しかし祥雲は全く気にしていない。

祥雲
「異文化交流って最高だな!」

するとその時、月菜がバッグから本を取り出す。表紙には大きく『三国志』。
祥雲の目が一気に輝く。

祥雲
「おっ!」

祥雲は身を乗り出す。

祥雲
「それ三国志じゃん!」

月菜
「え?」

祥雲
「俺のご先祖様が主人公の」

一同、静止。

愛梨
「……ご先祖様?」

祥雲はドヤ顔で胸を張る。

祥雲
「俺のご先祖様には、前漢を作った高祖・劉邦、そして三国時代の劉備がいるのさ!」

佳織
「ええっ!?」

月菜も少し驚く。

月菜
「……そういえば、名字が同じ“劉”よね?」

祥雲
「そうそう!」

祥雲は嬉しそうに頷く。
しかし蓮が冷静にツッコむ。


「いや、劉さんって中国に何人もいるだろ……」

祥雲
「ひど!」

祥雲はガーンとショックを受ける。

祥雲
「もっとロマンを信じろよ!」

愛梨が少し呆れながら言う。

愛梨
「でも本当に子孫なの?」

祥雲
「たぶん!」


「急に怪しくなったな」

佳織が思わず吹き出す。

佳織
「あははっ!」

テーブルに笑いが広がる。

店員が料理を運んでくる。

店員
「お待たせしました〜」

巨大なチョコパフェに祥雲の目が再び輝く。

祥雲
「うおおおおお!!!」


「そんな喜ぶか?」

月菜は小さく笑う。

月菜
「でも……こういう時間、嫌いじゃないです」

愛梨も少しだけ微笑む。
戦いや神々の問題を抱えながらも、彼らは今普通の高校生のような時間を過ごしていた。
巨大パフェを前に、祥雲が大はしゃぎしている。

祥雲
「すげえええ!!!日本のデザート芸術じゃん!!」


「大げさだろ……」

佳織は、そんな仲間たちを見渡していた。
ついこの前まで普通の高校生だったはずなのに、今では“半神”として神々の戦いに巻き込まれている。
それでも――今この瞬間だけは、ただの高校生みたいだった。

佳織(心の声)
(……こんな日常がずっと続けばいいのに。)

佳織は小さく微笑む。

東京駅

巨大な駅構内に人々が忙しなく行き交う。
その中に、キャリーケースを引いた冬子の姿があった。

冬子
「……」

冬子は周囲を見回す。高層ビル、人の波、巨大な広告モニター。

冬子
「ここが東京……」

冬子は少し緊張したように呟く。

冬子
「さすが日本の首都……」

北海道とはまるで違う景色。人の多さに若干圧倒されている。

すると横をサラリーマン集団が高速で通り過ぎる。

冬子
「わっ!」

危うくぶつかりそうになる。

冬子
「み、みんな歩くの速い……」

冬子は小さく笑う。
そしてスマホを取り出して地図アプリを開く。そこには「東京都墨田区」の文字。

冬子
「母さんからの話だと……」

冬子は画面を見つめながら呟く。

冬子
「その神宮寺佳織さんがいるのは、墨田区の……」

その瞬間――

ふわり

冬子の周囲に、小さな花びらが舞う。
通行人は気づかない。

しかし冬子自身は、微かに感じ取っていた。東京のどこかにいる、“同じ血を持つ存在”を。

東京・墨田区

冬子はスマホ片手に、住宅街を歩き回っていた。

冬子
「う〜……」

スマホには地図アプリ。しかし表示される範囲は広く、手がかりも少ない。

冬子
「“神宮寺佳織”さん……本当にこの辺にいるのかな……」

通行人の多さにもまだ慣れていない。
冬子は少し疲れた様子で歩く。
その途中――

冬子
「わっ!」

人混みに押され、危うく転びそうになる。

冬子
「東京難しい……」

数時間後 墨田区の河原

夕焼けが川を赤く染めている。
冬子は河川敷に座り込み、小さくうずくまっていた。

冬子
「う〜……前途多難……」

しょんぼり。
その頃、買い物帰りの佳織が、河原を歩いていた。
佳織はふと、座り込んでいる少女に気づく。

佳織
「あれ……?」

それはまさしく冬子だった。

佳織
「あの子……制服着てるってことは同じ高校生?」

佳織は少し心配そうに近づく。

佳織
「でもどうしたんだろう?」

佳織は冬子へ声をかける。

佳織
「あの〜……大丈夫?」

冬子が顔を上げる。

冬子
「え?」

突然話しかけられ、少し驚いている。

佳織
「具合悪いとか……?」

冬子は慌てて首を振る。

冬子
「ち、違います!実は……探してる人が見つからなくて……」

佳織
「探し人?」

冬子
「はい……」

冬子は少し恥ずかしそうに立ち上がる。

冬子
「私、札幌から来た雪村冬子……高2です……」

佳織の目がぱっと明るくなる。

佳織
「あ、じゃあ同い年だ!」

佳織は嬉しそうに笑う。

佳織
「私、墨田南高2年の神宮寺佳織です」

冬子
「佳織さんね。よろしく――」

そこまで言って、冬子が固まる。

冬子
「…………」

佳織
「?」

冬子の目がみるみる見開かれる。

冬子
「……ってええぇぇぇえええ!?」

佳織
「ひゃっ!?」

冬子は勢いよく佳織を指差す。

冬子
「あなたが神宮寺佳織さんなの!?」

佳織
「えっ!?そ、そうだけど……?」

佳織は状況が分からず首をかしげる。
冬子は混乱。

冬子(心の声)
(うそ!?こんな偶然ある!?)

冬子は慌てふためく。

冬子
「え、えっと……わ、私、その……あなたを探してて……!」

佳織
「私を?」

佳織はさらに首をかしげる。
その瞬間――

ふわり

冬子の周囲に、小さな花びらが舞い始める。
佳織の目がわずかに見開かれる。

佳織(心の声)
(この感じ……神気……!?)

佳織は直感する。目の前の少女もまた、“自分と同じ存在”なのだと。
佳織は少し緊張しながら尋ねる。

佳織「え〜っと……」

冬子「?」

佳織
「この力って……もしかしてあなたも半神なの?」

冬子は少し迷ったあと、静かに頷く。

雪村冬子
「私……豊穣の女神デメテルの娘なの」

佳織「デメテル……!」

その瞬間、佳織の脳裏に以前父・康弘から聞いた話が蘇る。
ギリシア神話の最高神、ゼウスには5人の兄と姉がいる。
下から順に海の神ポセイドン、冥府の神ハデス、ゼウスの妻で結婚の女神ヘラ、豊穣の女神デメテル、そして炉と家庭の女神ヘスティア。
つまりデメテルはヘスティアのすぐ下の妹ということになる。

佳織は目をぱちぱちさせる。

佳織
「え〜っと〜……」

佳織は頭の中で必死に整理する。

佳織
「それじゃあ冬子ちゃんは、私と従姉妹同士なんだね!」

冬子が小さく微笑む。

冬子
「そうなるね」

佳織(心の声)
(私に……まだ半神のいとこがいたんだ……。)

これも冬子の神気が織りなす力だろうか?佳織の胸に不思議な温かさが広がる。
ずっと“特別な存在”だと思っていた。でも違った。
世界にはまだ自分と繋がる人たちがいる。

佳織
「なんか嬉しいな〜」

冬子も柔らかく笑う。

冬子
「私も」

その時、川辺に咲く小さな花が、まるで2人を祝福するように静かに咲いた。

オリンポス――ヘスティアの宮殿

静寂に包まれた神殿。中央には巨大な“聖なる炉”。黄金色の炎が、静かに揺れている。
その炎の中には――河川敷で出会った佳織と冬子の姿が映っていた。

ヘスティアは静かにその様子を見つめる。その隣にはヘスティアの成獣の成獣の大きなロバ。
ロバは穏やかに鼻を鳴らしている。ヘスティアは優しくロバを撫でる。

ヘスティア
「デメテルの娘まで……佳織に協力してくれるのね……」

その声には、安堵と寂しさが混ざっていた。
ヘスティアは炎の中の娘を見る。佳織は笑っている。従姉妹と出会い嬉しそうに笑っている。
ヘスティアの目が、少しだけ柔らかく細められる。

ヘスティア
「……よかった」

ロバが小さく鳴く。
ヘスティアは静かに微笑む。

ヘスティア
「あなたは……もう1人じゃない」

聖なる炉の炎が優しく揺らめく。その光はまるで遠く離れた娘を包み込むようだった。
そして――オリンポスの夜は、静かに更けていく。

第9話 完

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