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天才推理小説家の事件録 第9話「13年前の学園祭 消えた名画」

第9話「13年前の学園祭 消えた名画」

宝条邸 書斎

静かな午後。

広い書斎。
机の上には原稿用紙とノートパソコン。

宝条潤は椅子に座り、真剣な表情で小説を執筆している。
キーボードを叩く音だけが部屋に響く。

そこへ遥香が入ってくる。
手には湯気の立つ湯呑み。

神谷 遥香
「潤、お茶いれたわよ」

潤は視線を原稿から離さず軽く手を挙げる。

宝条 潤
「ありがとう」

遥香は机の上に湯呑みを置く。

神谷 遥香
「今日はいい茶葉が手に入ったの。静岡の玉露」

潤が湯呑みを持ち、一口飲む。

宝条 潤
「……うん、うまい」

神谷 遥香
「でしょ?」

遥香はふと書斎の本棚に目をやる。
一番上の棚に、古いアルバムがある。

神谷 遥香
「あ、これまだあったんだ」

遥香がアルバムを取り出す。
机の横のソファに座り、ページをめくる。

神谷 遥香
「あ、懐かしい~」

宝条 潤
「?」

潤は執筆を止め、椅子を回して遥香を見る。

宝条 潤
「何見てるんだ?」

神谷 遥香
「高校の時の写真」

宝条 潤
「そんなのあったっけ?」

遥香が写真を見せる。
写真には――文化祭のステージ。
エレキギターを持つ遥香。

宝条 潤
「……ああ」

潤が目を細める。

宝条 潤
「これ学園祭のやつだ」

神谷 遥香
「そうそう」

遥香がくすっと笑う。

神谷 遥香
「覚えてる?」

宝条 潤
「ギター弾いてた時だろ」

神谷 遥香
「それだけ?」

宝条 潤
「え?」

神谷 遥香
「この時、事件あったじゃない」

宝条 潤
「……ああ」

潤が思い出したように頷く。

宝条 潤
「美術室の絵が消えたやつ」

神谷 遥香
「そうそれ。文化祭なのに大騒ぎになってさ」

宝条 潤
「先生たち顔真っ青だった」

神谷 遥香
「しかもあなたが犯人見つけちゃうんだもん」

宝条 潤
「別に大した事件じゃなかった」

神谷 遥香
「いやいや、あの時まだ高校一年よ?」

宝条 潤
「そうだっけ?」

神谷 遥香
「ほんっと昔から変な観察力してたわね」

潤が少し笑う。

宝条 潤
「確かあの時……」

潤の視線が遠くを見る。

13年前 桜城高校 文化祭当日

校門の横断幕。

「桜城高校 学園祭」

校内は人で溢れている。
出店、ステージ、展示、活気に満ちている。

そこから物語が始まる――

舎内 廊下

文化祭で校内は大賑わい。

焼きそばの屋台。
模擬店。
展示教室。

廊下には生徒や来客が溢れている。

その中を、潤が歩いている。

宝条潤(16)
制服姿。少し人混みにうんざりしている。

宝条 潤(心の声)
(……遥香に“バンドでギター弾くから絶対見に来て”とか言われたから来たけど……)

潤が人の多さを見てため息をつく。

宝条 潤
「人多いな〜……文化祭ってこんなに人来るのか……」

後ろから女子の声。

女子A
「あ、宝条君!」

潤が振り向く。

女子A
「文化祭来てたんだ!」

女子B
「宝条君もバンド見に来たの?」

宝条 潤
「いや……まあ」

女子C
「宝条君も一緒に見よ!」

宝条 潤
「……ああ、うん」

女子たちが自然と潤の周りに集まる。

女子B
「宝条君頭いいのに文化祭も来るんだね!」

女子A
「図書室にいるイメージしかない!」

宝条 潤
「今日はたまたま……」

女子たちがきゃいきゃい騒ぐ。
そこへ、ステージ側から歓声。

生徒A
「始まるぞー!」

生徒B
「Black Sakuraだ!」

宝条 潤
「……あ」

宝条 潤(心の声)
(遥香のバンドか)

潤がステージの方を見る。
体育館特設ステージ。
観客がぎっしり集まっている。かなりの人数。

宝条 潤(心の声)
(……すごい人数だな)

女子A
「前行こう!」

女子B
「宝条君こっち!」

宝条 潤
「押すな押すな……」

人混みをかき分け、ステージ前へ。

体育館ステージ前

観客が集まり熱気に包まれている。
ステージにバンドメンバーが登場。

ボーカル
「みんなー!文化祭盛り上がってるかー!」

観客
「おおおおお!!」

ボーカル
「次の曲いくぞー!」

ドラムがカウントを刻む。

ドン!ドン!ドン!

ベースが鳴り始める。
そして――エレキギターの鋭い音。

観客
「おおおお!!」

ステージ中央。制服姿の遥香。

神谷遥香(17)
エレキギターを構え、華麗なカッティング。

高速の指運び、鋭いリフ。
潤が目を見開く。

宝条 潤
「……」

女子A
「神谷先輩すごい!」

女子B
「かっこいい!」

女子C
「ギターめちゃくちゃ上手い!」

遥香が体をリズムに合わせて揺らす。長いポニーテールが揺れる。
ギターソロ。鋭い音が体育館に響く。

観客
「うおおおお!!」

宝条 潤(心の声)
(……すごいな)

潤がステージを見つめる。

宝条 潤(心の声)
(遥香、こんなに上手かったのか)

ステージ上の遥香。演奏しながら客席を見る。
そして潤を見つけた遥香の口元が少し笑う。

宝条 潤
「……」

宝条 潤(心の声)
(……見つかった)

遥香はさらに激しいギターソロを弾く。
観客の歓声がさらに大きくなる。

観客
「神谷先輩ー!!」

演奏が最高潮に達する。体育館は完全にライブ状態。
潤は腕を組んで静かに見ている。

宝条 潤(心の声)
(……確かに“絶対見に来い”って言うだけある)

宝条 潤
「……かっこいいな」

演奏はさらに盛り上がり、体育館は歓声に包まれる。
演奏が終わる。最後のコードが鳴り響く。

観客
「おおおおお!!」

拍手と歓声が体育館に響く。

ボーカル
「ありがとう!!」

バンドメンバーが軽く頭を下げる。
観客はまだ興奮している。
潤は腕を組みながらステージを見ている。

宝条 潤
「……」

宝条 潤(心の声)
(思ったよりすごかったな)

そこへ――

女子A
「あ!宝条くん!」

宝条 潤
「え?」

女子B
「やっぱり来てたんだ!」

女子C
「さっきから見てたよ!」

いつの間にか女子たちが潤の周りに集まっている。

女子A
「宝条君もバンド見に来たの?」

宝条 潤
「まあ……」

女子B
「宝条君って本当にかっこいいよね」

女子C
「しかも頭いいし」

女子A
「文化祭終わったら一緒に回らない?」

宝条 潤
「え、いや……」

潤は戸惑う。
しかし――少しだけ嬉しそうな顔。

宝条 潤(心の声)
(……なんだこれ?ちょっと嬉しいかもしれない)

女子たちはさらに近づく。

女子B
「宝条君、連絡先とか――」

その瞬間。

ガシッ

潤の手首を誰かが掴む。

宝条 潤
「!?」

振り向くと――遥香。

神谷 遥香
「潤?」

宝条 潤
「遥香?」

遥香は無表情。目が怖い。

神谷 遥香
「ちょっと来なさい」

宝条 潤
「え?」

遥香は潤の手を引っ張る。

宝条 潤
「お、おい!」

潤は半ば引きずられるように連れて行かれる。
女子たちはぽかんとする。

女子A
「宝条君……」

女子B
「神谷先輩に連れてかれちゃった……」

女子C
「え、なにあれ?」

女子A
「剣道部のエースの神谷先輩と……」

女子B
「名家の当主の宝条君が知り合いだったなんて……」

女子C
「ねえねえどういう関係?」

女子Bが小声で言う。

女子B
「聞いた話だけど……宝条君と神谷先輩、幼馴染らしいよ」

女子C
「え!?マジ!?」

女子A
「そんな関係なの!?」

女子B
「神谷先輩の実家、由緒正しい茶道の家元の家でさ」

女子A
「うんうん」

女子B
「宝条君とは昔から“お家柄付き合い”があるんだって」

女子C
「へえ……」

女子B
「それと――」

女子Bがさらに声を潜める。

女子B
「神谷先輩のお父さんと宝条君の亡くなったお父さん……大学の頃からの親友なんだって」

女子A
「えええ!?」

女子C
「じゃあ本当に昔からの知り合いなんだ!」

女子A
「なんかドラマみたい……」

女子B
「しかも2人とも美形だし……」

女子C
「漫画の主人公みたいだね……」

女子たちは遠くを見る。
そこでは遥香に手を引かれ、半ば連行されていく潤。

女子A
「……でもさ」

女子B
「うん?」

女子A
「神谷先輩、めちゃくちゃ怒ってなかった?」

女子C
「うん……」

女子B
「……怒ってたね」

3人同時
「「「怖かった……」」」

校舎裏 渡り廊下

遥香に手を引っ張られ、潤は半ば連行される。

宝条 潤
「おいおいおい!どこ行くんだよ!」

遥香は振り返らず歩く。

神谷 遥香
「ちょっとこっち来なさい」

宝条 潤
「だから何――」

その瞬間、遥香が立ち止まって振り向く。
そして――

グイッ!!

潤の頬を思いきり引っ張る。

宝条 潤
「いでででででで!!!ちょ、ちょっと待て!「いだだだだだ!!」

遥香は頬をつまんだままニッコリ笑う。
しかし目は全く笑っていない。

神谷 遥香
「女子に囲まれて、デレデレしてたわね~」

宝条 潤
「いでででで!!してないしてない!」

神谷 遥香
「してたわよ」

宝条 潤
「してないって!」

神谷 遥香
「嬉しそうな顔してた」

宝条 潤
「してない!!」

神谷 遥香
「してた」

宝条 潤
「いでででで!!離せ!!」

神谷 遥香
「やだ」

宝条 潤
「なんでだよ!」

神谷 遥香
「反省してないから」

宝条 潤
「反省って何のだ!」

潤が痛みに顔を歪める。

宝条 潤
「ほんといだだだだ!!」

遥香はさらに少し引っ張る。

宝条 潤
「伸びる!!頬伸びる!!」

神谷 遥香
「ふーん。女子に囲まれて嬉しそうだったのに?」

宝条 潤
「嬉しくない!ちょっとびっくりしただけだ!」

神谷 遥香
「ふーん?」

遥香がじっと潤を見る。

神谷 遥香
「本当に?」

宝条 潤
「本当だ!」

神谷 遥香
「……」

遥香が一瞬黙る。
そして――少しだけ頬を離す。

宝条 潤
「いっ……」

潤が頬を押さえる。

宝条 潤
「……赤くなってない?」

神谷 遥香
「なってる」

宝条 潤
「お前のせいだ!」

神谷 遥香
「自業自得」

宝条 潤
「何でだよ!」

遥香は腕を組む。

神谷 遥香
「……そもそも、あなたは私のバンド見に来たんでしょ?」

宝条 潤
「そうだよ」

神谷 遥香
「なのに女子に囲まれて何してんの?」

宝条 潤
「いや誘われたから……」

神谷 遥香
「ふーん。モテモテね、宝条君」

宝条 潤
「嫌味かそれ?」

神谷 遥香
「別に?」

遥香がそっぽを向く。

宝条 潤
「……なんか機嫌悪くない?」

神谷 遥香
「別に」

宝条 潤
「悪いじゃん」

神谷 遥香
「悪くない」

宝条 潤
「嘘つけ」

遥香が潤を見る。

神谷 遥香
「……ほんとモテるよね」

宝条 潤
「?」

潤は意味が分からない顔。

宝条 潤
「……そうか?」

神谷 遥香
「そうよ」

遥香が少しムッとする。

神谷 遥香
「自覚ないの?」

宝条 潤
「ない」

神谷 遥香
「即答ね……」

遥香は呆れる。

神谷 遥香
「ほんと鈍感」

宝条 潤
「何が?」

神谷 遥香
「なんでもない」

遥香が歩き出す。

宝条 潤
「どこ行くんだ?」

神谷 遥香
「美術室」

宝条 潤
「なんで?」

神谷 遥香
「展示見てないでしょ?」

宝条 潤
「まあ……」

神谷 遥香
「文化祭なんだから少しは回りなさい」

宝条 潤
「はいはい」

2人は並んで歩く。

潤はまだ頬をさすっている。

宝条 潤
「……まだ痛いんだけど」

神谷 遥香
「自業自得」

宝条 潤
「理不尽すぎるだろ」

神谷 遥香
「女子に囲まれてた罰」

宝条 潤
「だから違うって!」

遥香がふっと笑う。

神谷 遥香
「まあいいわ。美術室に名家から借りた絵があるらしいわ」

宝条 潤
「ふーん。そんなにすごいの?」

神谷 遥香
「結構価値あるって先生が言ってた」

宝条 潤
「へえ」

2人が歩いていると――

突然。

「きゃあああああ!!!」

校舎に響く悲鳴。

神谷 遥香
「!?」

宝条 潤
「!」

潤の表情が変わる。
悲鳴は――美術室の方向。

宝条 潤
「……あっちだ」

神谷 遥香
「え?」

次の瞬間、潤が走り出す。

神谷 遥香
「潤!?」

潤は廊下を全力で走る。

宝条 潤
「美術室だ!」

神谷 遥香
「ちょ!待って!」

遥香もすぐに後を追う。廊下を曲がる。
美術室前には人だかり。生徒たちがざわついている。

生徒A
「どうしたの!?」

生徒B
「絵が……!」

生徒C
「消えてる!」

潤が人混みをかき分ける。

宝条 潤
「すみません!」

潤が美術室に入る。
その中では――展示ケースの前で美術教師が青ざめている。

美術教師
「……な、ない……絵が……消えている……!」

展示ケースの中。
そこにあるはずの名画――

「桜下の武士」

しかしケースは空。

宝条 潤
「……」

潤の目が鋭くなる。
遥香が遅れて美術室に入ってくる。

神谷 遥香
「潤!何があったの!?」

潤はケースを見つめたまま言う。

宝条 潤
「……盗難だ」

神谷 遥香
「え?」

宝条 潤
「展示されてた絵が……消えてる」

美術室の空気が一気に張り詰める。
そして――潤の目が、ゆっくりとケースを観察し始める。

天才の観察が始まる。

展示ケースの前。
周囲はざわついている。

生徒たち
「え、盗難!?」
「文化祭なのに!?」

美術教師・佐々木が顔面蒼白で立っている。

佐々木
「そ、そんな……さっきまで確かにあったんだ……!」

展示ケースの中は――空。

遥香がケースを見て驚く。

神谷 遥香
「本当にない……さっき見に来た人とかいなかったの?」

美術部員
「わ、私は……準備室に道具取りに行ってて……」

別の生徒
「俺は入口で見張りしてたけど……」

神谷 遥香
「誰もケース開けてないの?」

生徒
「はい……」

潤は何も言わずケースの前にしゃがむ。

神谷 遥香
「潤?」

潤はケースをじっと観察する。
ガラス、鍵、台座。

神谷 遥香
「どう?」

宝条 潤
「……」

潤はケースの縁を指でなぞる。

宝条 潤
「鍵は壊されてない」

神谷 遥香
「じゃあ?」

宝条 潤
「ガラスにも傷がない」

神谷 遥香
「……」

宝条 潤
「つまり、力ずくじゃない」

神谷 遥香
「鍵を持ってる人?」

宝条 潤
「その可能性もある」

潤はケースの底を覗き込む。

神谷 遥香
「何見てるの?」

宝条 潤
「埃」

神谷 遥香
「埃?」

潤は指で台座の埃をなぞる。
そして潤の目が細くなる。

宝条 潤
「……」

神谷 遥香
「どうしたの?」

宝条 潤
「おかしい」

神谷 遥香
「何が?」

宝条 潤
「この台座」

神谷 遥香
「?」

宝条 潤
「絵の額の形に埃が残ってない」

神谷 遥香
「え?」

宝条 潤
「普通な長時間置いてあった物の下は埃が残る」

神谷 遥香
「……あ」

宝条 潤
「でもここにはない」

神谷 遥香
「つまり?」

潤が立ち上がる。

宝条 潤
「この絵はここに長時間置かれていない」

神谷 遥香
「……展示されてたんじゃないの?」

宝条 潤
「違う。展示されたのは別の物だ」

神谷 遥香
「え?」

周囲の生徒たちも驚く。

生徒
「どういうこと?」

宝条 潤
「コピーだよ」

神谷 遥香
「コピー?」

宝条 潤
「本物は最初からここにない」

神谷 遥香
「……!じゃあ盗まれたんじゃなくて……」

宝条 潤
「回収された」

神谷 遥香
「えっ!?」

宝条 潤
「犯人は展示前に本物とコピーを入れ替えた」

神谷 遥香
「……!」

遥香が潤を見る。

神谷 遥香
「最初から計画されてたってこと?」

宝条 潤
「そう。そしてさっきコピーを回収した」

神谷 遥香
「だからケースは無傷……」

宝条 潤
「盗難に見せかけるため」

周囲がざわつく。

生徒A
「じゃあ犯人は学校の人!?」

生徒B
「展示準備に関わってた人!」

遥香が腕を組む。

神谷 遥香
「……なるほどね。つまり犯人はこの展示の関係者」

宝条 潤
「そういうこと」

潤が美術室を見渡す。

宝条 潤
「この中にいる可能性が高い」

美術室の空気が凍る。生徒たちが顔を見合わせる。
遥香が潤を見る。

神谷 遥香
「……もう分かったの?」

宝条 潤
「まだ。でも犯人は遠くに行けない」

神谷 遥香
「?」

宝条 潤
「この絵。額がかなり大きい」

神谷 遥香
「……」

宝条 潤
「学園祭で人が多い中、校外に持ち出すのは無理」

神谷 遥香
「つまり……」

宝条 潤
「まだ校内にいる」

神谷 遥香
「……!」

潤の目が鋭くなる。

宝条 潤
「さて。もう少し観察してみるか」

神谷 遥香
「……やっぱりあなた、変な才能あるわね」

宝条 潤
「ホームズのおかげだ」

神谷 遥香
「はいはい」

2人は美術室を見渡す。
この事件はまだ始まったばかりだった。

事件発生からしばらく後、教師の指示で展示関係者が集められている。
美術室には緊張した空気が漂う。

集められた人物は4人。

・美術部長 高梨修(18)
・警備担当生徒 村上健太(17)
・美術教師 佐々木(45)
・画商代理人 三好(40)

さらに周囲には教師と数人の生徒。

遥香は腕を組んで壁にもたれている。
潤は展示ケースの前に立つ。

教師
「えー……宝条君が状況を見てくれた。一度事情を聞こうと思う。みんな協力してくれ」

生徒たちがざわつく。

生徒A
「宝条って……」

生徒B
「例の天才の?」

神谷 遥香
「静かに」

遥香が一言言うだけで場が静まる。
潤がゆっくり口を開く。

宝条 潤
「まず確認します。この絵はいつ展示されましたか?」

美術教師・佐々木が答える。

佐々木
「今朝の9時だ。文化祭開始の直前に展示した」

宝条 潤
「展示作業は誰が?」

佐々木
「私と……美術部長の高梨君だ」

高梨が軽く頷く。

高梨 修
「はい」

宝条 潤
「その後誰かケースを開けましたか?」

村上が慌てて答える。

村上 健太
「い、いや!俺は入口で見張りしてた!」

宝条 潤
「ずっと?」

村上 健太
「ああ!誰も触ってなかった!」

宝条 潤
「なるほど」

潤が次に三好を見る。

宝条 潤
「三好さん……でしたよね?」

三好
「ああ。貸出元の代理人をしている。作品の状態を確認するために来ていた」

宝条 潤
「展示後は?」

三好
「校長先生に挨拶して校長室にいたよ」

宝条 潤
「誰か確認できますか?」

三好
「校長先生と事務の人だったかな?」

宝条 潤
「……」

潤が頷く。

宝条 潤
「では次」

潤は高梨を見る。

宝条 潤
「高梨先輩」

高梨 修
「なんだよ?」

宝条 潤
「展示作業の後、どこにいました?」

高梨 修
「体育館で、文化祭ライブの音響を手伝ってた」

神谷 遥香
「……」

遥香が少し反応する。

宝条 潤
「ステージ裏ですか?」

高梨 修
「ああ」

宝条 潤
「誰か見ていますか?」

高梨 修
「バンドの人たちと音響係の生徒が」

神谷 遥香
「……確かに、私もあのあたりで高梨先輩を見たわ」

宝条 潤
「なるほど」

潤は少し考える。

宝条 潤
「最後に確認です。この絵の価値は?」

三好が答える。

三好
「市場価格で……数千万円」

周囲がざわつく。

生徒A
「ええ!?」

生徒B
「そんな高いの!?」

神谷 遥香
「……」

遥香が潤を見る。

神谷 遥香
「動機は十分ね」

宝条 潤
「そうだね」

潤は展示ケースを見る。

宝条 潤
「でも盗まれたわけじゃない」

ざわつく美術室。

佐々木
「え……?」

三好
「どういう意味だね?」

宝条 潤
「絵は“盗まれた”のではなく、“回収された”だけです」

村上 健太
「回収……?」

潤は展示ケースを指す。

宝条 潤
「ケースには傷がない。鍵も壊されていない。つまり、強引に持ち出されたわけではない」

神谷 遥香
「つまり鍵を持ってる人?」

宝条 潤
「その可能性もある」

潤は首を振る。

宝条 潤
「でも、もっと重要な証拠がある」

潤はケースの台座を指す。

宝条 潤
「この埃です」

生徒たちが覗き込む。

宝条 潤
「長時間物を置いていた場合、その下の埃は残る。しかしここにはそれがない」

佐々木
「……!つまり……」

宝条 潤
「この絵は長時間ここに置かれていない」

高梨 修
「展示されてたんじゃ?」

宝条 潤
「違う。展示されていたのはコピーです」

生徒たちがどよめく。

生徒A
「コピー!?」

生徒B
「そんな……!」

三好
「そんなことは……!」

宝条 潤
「犯人は展示準備の段階で本物とコピーを入れ替えた。それなら盗難に見せかけられる。そして文化祭が始まった後にコピーを回収したんです」

村上 健太
「でも!俺ずっと入口で見てたし!」

宝条 潤
「だからこそ堂々と持ち出せたんですよ」

村上 健太
「え?」

宝条 潤
「コピーなら価値はない。誰も警戒しない」

潤はゆっくり全員を見る。

宝条 潤
「そして本物の絵はまだ校内にあります」

ざわつく室内。

佐々木
「どこに!?」

宝条 潤
「この絵は大きい。人が多い文化祭で校外に持ち出すのは不可能」

潤の視線が鋭くなる。

宝条 潤
「そして、本物とコピーを入れ替えられる人間は限られています」

美術室の空気が凍る。
潤は一人を見る。

宝条 潤
「展示作業に関わった人物」

遥香が小さく笑う。

神谷 遥香
「……つまり犯人はもう分かってるのね?」

潤は静かに頷く。

宝条 潤
「ああ。犯人は――」

潤の言葉の続きに、全員が息を呑む。
潤の視線が一人に向く。

宝条 潤
「高梨先輩」

全員が高梨を見る。

高梨 修
「……は?何を言ってるんだ?」

美術教師・佐々木も驚く。

佐々木
「た、高梨君が?」

三好
「そんな……!」

高梨は苦笑する。

高梨 修
「待て待て。俺は体育館にいた。音響手伝ってたんだ。アリバイならある」

宝条 潤
「ええ。コピーを回収した時のアリバイはあります」

高梨 修
「……」

宝条 潤
「でも問題はそこじゃないんです」

潤は静かに言う。

宝条 潤
「本物とコピーを入れ替えたのは展示準備の時。つまり展示作業に関わった人物だということ」

遥香が口を開く。

神谷 遥香
「展示したのは、先生と高梨先輩」

宝条 潤
「そう。しかし先生に動機はない。貸出元の代理人も、展示には関わっていない」

潤はゆっくり言う。

宝条 潤
「残るのは高梨先輩だけ」

高梨 修
「……」

高梨が顔をしかめる。

高梨 修
「証拠は?」

宝条 潤
「あります」

潤が高梨の手を見る。

宝条 潤
「その手です」

全員の視線が高梨の手に向く。

高梨 修
「……?」

宝条 潤
「指の間が金箔絵具が付いています」

高梨の表情が変わる。

生徒
「ほんとだ……」

神谷 遥香
「金色の絵具……」

宝条 潤
「コピーを作る時、日本画の金箔部分を再現するため、特殊な絵具を使います。それが残っているんです」

高梨 修
「……!」

宝条 潤
「つまりコピーを作ったのは……あなたです」

高梨の顔が歪む。

高梨 修
「……」

宝条 潤
「本物の絵はまだ校内にありませす。隠した場所もだいたい想像がつきます」

高梨 修
「……どこだ?」

宝条 潤
「美術準備室です。大きすぎて持ち出せないから、一番近い場所に隠したんですよね?」

高梨の肩が震える。遥香が小さく言う。

神谷 遥香
「図星ね」

高梨 修
「……」

高梨はしばらく黙る。
そして――

高梨 修
「……はは」

高梨が笑う。

高梨 修
「……すごいな。一年坊主のくせに」

佐々木
「本当に……!」

高梨 修
「……その通りだよ。俺がやった」

生徒たち
「ええ!?」

佐々木
「な、なぜだ!」

高梨
「金だよ。この絵数千万するんだろ?」

三好
「……!」

高梨 修
「コピーと入れ替えてあとで回収する予定だった。文化祭の混乱に紛れてな」

高梨は苦笑する。

高梨 修
「計画は完璧だったんだけどな」

宝条 潤
「完璧じゃないです」

高梨 修
「?」

宝条 潤
「埃を忘れています」

高梨 修
「……そうだったな」

高梨は観念する。

高梨 修
「……参った」

佐々木が言う。

佐々木
「すぐ職員室に来い!」

高梨 修
「はいはい」

高梨は肩を落として歩く。
遥香が潤を見る。

神谷 遥香
「……潤」

宝条 潤
「?」

神谷 遥香
「ほんと変な観察力してるわね」

宝条 潤
「ホームズのおかげ」

神谷 遥香
「はいはい」

遥香が笑う。

神谷 遥香
「でも、ちょっとかっこよかったわよ」

宝条 潤
「……珍しいな」

神谷 遥香
「何が?」

宝条 潤
「素直に褒めるなんて」

神谷 遥香
「……また頬引っ張るわよ?」

宝条 潤
「やめろ」

2人は並んで美術室を出る。
こうして――13年前の学園祭事件は解決した。

宝条邸 書斎(現在)

アルバムを開いたまま、遥香と潤がソファに座っている。
遥香が写真を見ながら笑う。

神谷 遥香
「あの事件の後、高梨先輩、推薦決まってた大学から推薦取り消されたのよね~」

宝条 潤
「うん。まあ……学校が大事にしなかっただけ救いだけど」

神谷 遥香
「そうね。普通なら新聞沙汰よ」

宝条 潤
「文化祭の盗難未遂だからね。学校の評判を守ったんだろう」

神谷 遥香
「高梨先輩、顔真っ青だったもんね」

遥香がアルバムをめくる。

神谷 遥香
「懐かしいわねぇ」

潤が少し考える。
そして、ふと思い出したように言う。

宝条 潤
「……そういえば」

神谷 遥香
「?」

宝条 潤
「この前高梨先輩に会ったよ」

神谷 遥香
「え?」

遥香が顔を上げる。

神谷 遥香
「どこで?」

宝条 潤
「銀座」

神谷 遥香
「銀座?」

宝条 潤
「ギャラリー」

神谷 遥香
「……美術関係?」

宝条 潤
「うん。今画商やってるらしい」

神谷 遥香
「えぇっ!?絵を盗もうとしてた人が?」

宝条 潤
「まあ皮肉だよね」

遥香が少し笑う。

神谷 遥香
「で?向こうは気づいた?」

宝条 潤
「もちろん。向こうから声かけてきた」

神谷 遥香
「なんて?」

潤は少し思い出す。

宝条 潤
「“あの時は世話になったな”って」

神谷 遥香
「……」

宝条 潤
「“あの事件のおかげで人生変わった”って」

神谷 遥香
「……変わりすぎね」

宝条 潤
「でも最後にこう言ってた」

神谷 遥香
「?」

宝条 潤
「“今度は君の小説に騙されてみたい”」

神谷 遥香
「……相変わらず変な人ね」

宝条 潤
「うん」

遥香がアルバムを閉じる。

神谷 遥香
「でもあの頃から推理してたのよね」

宝条 潤
「まあね」

神谷 遥香
「ホームズの読みすぎ」

宝条 潤
「否定はしない」

遥香が潤を見る。

神谷 遥香
「……でもさ」

宝条 潤
「?」

神谷 遥香
「あの時のあなた、ちょっとかっこよかったわよ」

宝条 潤
「珍しいな。褒めるなんて」

神谷 遥香
「何よ?」

宝条 潤
「今日はどうした?」

神谷 遥香
「……」

遥香が静かに言う。

神谷 遥香
「だって、私の自慢の幼馴染だもの」

宝条 潤
「……」

潤が少し照れたようにお茶を飲む。

宝条 潤
「……お茶、おかわりある?」

神谷 遥香
「あるわよ」

遥香が立ち上がる。

神谷 遥香
「ついでに頬も引っ張ってあげる?」

宝条 潤
「それはいらない」

遥香が笑う。

窓の外には夕日。
書斎には静かな時間が流れる。

第9話 完

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