宮廷賢者アルトリア 第15話「闇に葬られた亡王」
第15話「闇に葬られた亡王」
ユリナの部屋
ユリナは椅子に座り、リリアが後ろで櫛を使って髪を整えている。
部屋は静かで、櫛が髪を通る音だけが響く。
しばらく沈黙。
ユリナ
「……ねえリリア?」
リリア
「はい、姫様」
ユリナ
「そういえばあなたも……」
少し振り返る。
ユリナ
「もともとは私と同じ……お姫様だったのよね?」
リリアの手が一瞬止まる。
リリア
「……はい」
ユリナ
「確かあなたは……ヴェルナという国の出身だったはず」
少し間。
ユリナ
「よければ話を聞かせてくれない?」
リリアは静かに目を伏せる。そして櫛を動かしながら話し始める。
リリア
「……あれは12年前。当時、私は6歳でした」
回想
小さな城に緑豊かな国。
幼いリリアが庭を走り回っている。父と母が笑っている。
リリア(モノローグ)
「平和だった毎日は……突然終わりを告げました」
城が燃えている。
兵士たちが走る。
レグナス軍の旗が見える。
リリア
「レグナスの軍がヴェルナに攻め込み……ヴェルナは滅んだのです」
城の玉座の間には、レオニスと捕らえられたヴェルナ王族。
リリア
「ですが陛下は……最初、父や母……そして私の命を救ってくださいました……ですがその後父は殺されました」
ユリナの表情がわずかに揺れる。
リリア
「母も……貴族たちの奴隷にされ……」
声が震える。
リリア
「結局は……自殺しました」
部屋は静まり返る。
リリア
「父の遺体は見つからず……誰が殺したのかもわからずじまい」
リリアは櫛を持つ手を強く握る。
リリア
「私は最初……陛下が約束を破って父を殺したのだと思い……復讐のためにこの王宮に侍女として入りました」
ユリナは黙って聞いている。
怒りも悲しみも見せず、ただ静かに。
リリア
「……姫様にお仕えすることになってから、姫様のお人柄に触れて私の心は安らぎました。ですがあの日の復讐心だけはどうしても消せず……それで……姫様に毒を……」
その瞬間、ユリナが言葉を遮る。
ユリナ
「やめて」
静かな声。
ユリナ
「もうその話はいいの」
リリアが驚く。
ユリナ
「……それよりご両親のご遺体は?」
リリアは一瞬言葉を失う。
リリア
「……父の遺体は今も見つかっていません。母は……旧ヴェルナの王都に私が埋葬しました」
ユリナは静かに目を閉じる。
ユリナ
「そう……」
小さくつぶやく。
部屋には再び静寂が戻る。櫛が髪をとかす音だけが響く。
レオニスの部屋
部屋には張りつめた空気が流れている。
レオニスはゆっくりと口を開く。
レオニス
「……アグニスよ。もう一度申せ」
アグニスは背筋を伸ばし、力強く言う。
アグニス
「はい父上!我が侍女長……」
一瞬ティアナを見る。
アグニス
「いえ!テイラル殿のご息女、ティアナを妻に娶りとうございます!」
レオニスは腕を組み、じっと見つめる。
一方テイラルは驚いている。
テイラルはゆっくりティアナの方を見る。
テイラル
「ティ……ティアナ……いつからアグニス王子様と、そのような仲になったのだ?」
ティアナは少し顔を赤くする。
ティアナ
「……この前丘の上で……プロポーズをされまして……」
テイラルは完全に固まる。
テイラル
「丘の上で……?」
アグニスが突然テイラルの方を向き、そして勢いよく頭を下げる。
アグニス
「義父上!」
テイラル
「ち……義父上!?」
アグニスは真剣な表情。
アグニス
「妻となる女性の父親です!礼儀は尽くさせてください!」
テイラルは完全に戸惑っている。
テイラル
「は……はあ……しかし王子様……本当にこれが伴侶でよろしいのですか?ティアナは少々気難しいところがありますが……」
アグニスは即答する。
アグニス
「関係ありません!俺が愛した女性です!」
そしてティアナの手を取る。
アグニス
「父上!私はこの女性を、一生をかけて幸せにします!」
ティアナは驚きながらも嬉しそうにアグニスを見る。
レオニスはしばらく沈黙し、そしてゆっくり口を開く。
レオニス
「……テイラル」
テイラル
「は、はい!」
レオニス
「そなたの娘は王宮でも評判の才女だ。そして、アグニスを支えられる女性でもある」
レオニスは静かに笑う。
レオニス
「異論はない。この婚姻を認めよう」
アグニス
「父上!」
テイラルは慌てて跪く。
テイラル
「こ……光栄にございます!」
ティアナは深く頭を下げる。
ティアナ
「これからも王家のため尽くします」
アグニスは満面の笑み。
アグニス
「ははは!これで正式に夫婦だな!」
ティアナ
「ま、まだ結婚式はこれからです!」
レオニスは苦笑する。
レオニス
「まったく……お前は本当に、誰に似たのだ?」
場面は和やかな空気に包まれる。
外務執務室
王宮・外務省の執務室。机の上には地図、外交文書、封蝋された書簡が並んでいる。
ラオ・ホルンが机の前に立ち、壁に掛けられた地図を指している。
ジャンは真剣な顔でメモを取っている。
ラオ
「いいかジャン?外交というのはな、剣や兵だけで戦うものではない」
ラオは地図の周辺諸国を指す。
ラオ
「周辺諸国の動向が、我が国の運命を左右することもあるんだ」
ジャン
「はい、兄上。ベルナード連合の動きも不穏ですし……」
ラオ
「そうだ。特にマラリカ王国は危険だ。イワン王は野心家だからな」
ジャンはうなずく。
その時、執務室の扉が勢いよく開く。
アグニス
「ラオ!」
ラオとジャンが振り向く。ラオはすぐに姿勢を正す。
ラオ
「これはアグニス王子様。いかがなさいましたか?」
するとアグニスは突然、ラオの前で深々と頭を下げる。
アグニス
「義兄上、拝礼いたします」
ラオ
「……?」
ジャン
「……?」
2人は固まる。
ラオ
「おおおおおおやめください!王子様が私などにお辞儀をなさるなど!」
アグニスは真顔で言う。
アグニス
「俺はティアナと結婚する」
ラオ
「……え?」
アグニス
「つまりお前は俺の義理の兄になる。挨拶しないわけにはいかないだろ?」
ラオは完全に固まる。
ジャンは驚いて立ち上がる。
ジャン
「姉上が……?結婚……!?」
アグニス
「そうだ!さっき父上にも許可をもらった!」
ジャンは目を輝かせる。
ジャン
「すごい……!姉上が王子妃に……!」
アグニスは豪快に笑う。
アグニス
「これからは遠慮はいらん!家族だからな!」
アグニスは楽しそうに笑う。
執務室には妙に賑やかな空気が流れる。
ラオ、ジャン、アグニスの3人が話しているところへ——扉が静かに開き、アルトリアが入ってくる。
ラオ
「これはアルトリア殿!いかがされました?」
アルトリアは軽く会釈する。
アルトリア
「アグニス王子様がこちらにいらっしゃるとお聞きしましたので」
アグニスが振り向く。
アグニス
「俺にか?」
アルトリアはアグニスの前まで歩く。
そして丁寧にお辞儀をする。
アルトリア
「この度はご婚約、誠におめでとうございます」
アグニスは一瞬きょとんとするが、次の瞬間——豪快に笑う。
アグニス
「おう!お前も祝ってくれんのか!ありがとよ!」
アグニスはアルトリアの肩を……
バン!バン!
と豪快に叩く。
アルトリア
「ぐっ……」
ジャンが慌てて声を上げる。
ジャン
「ア!アルトリア様!」
アルトリアは苦笑しながら言う。
アルトリア
「だ……大丈夫だよジャン……王子様は……お喜びなのだろうから……」
アグニスは豪快に笑う。
アグニス
「はははは!その通りだ!」
その時——執務室の入口から静かな声が響く。
セリア
「あ〜に〜う〜え?」
全員が振り返る。
そこにはセリアとユリナが立っていた。
セリアは腕を組み、じっとアグニスを見ている。
アグニス
「お、おおセリア?」
セリアはゆっくり歩いてくる。
セリア
「兄上……王宮の廊下にまで笑い声が響いていましたが?」
ユリナはくすっと笑う。
ユリナ
「兄上、とても楽しそうでしたよ?」
アグニスは腕を組む。
アグニス
「当たり前だろう!俺は婚約したんだ!」
セリアはため息をつく。
セリア
「それは知っています。王宮中に広まっていますから」
ジャンが小声で言う。
ジャン
「もう王宮中に……」
ラオ
「情報の伝達が早すぎる……」
セリアはアルトリアを見る。
セリア
「アルトリア。あなたも兄上に会いに来たの?」
アルトリア
「はい。ご婚約のお祝いを申し上げに」
セリアは少し微笑む。
セリア
「そう。兄上は昔から思い立ったら一直線ですから」
アグニス
「何だその言い方は!」
ユリナが笑う。
ユリナ
「でも兄上らしいですよ」
執務室の空気は少し和やかになる。
アグニスは腕を組み、自信満々に言う。
アグニス
「よし!次は結婚式だ!」
ラオ
「え?」
ジャン
「え?」
アグニス
「盛大にやるぞ!」
ラオは頭を抱える。
ラオ
「外交日程が……」
ジャン
「兄上が大変そうだ……」
執務室は賑やかな空気に包まれる。
先ほどまで賑やかだった空気の中で、
セリアがふと思い出したように言う。
セリア
「……そういえば、ちょうどあなたに用があったのよ」
アルトリア
「用ですか?」
ユリナがアルトリアの方を見る。
ユリナ
「はい。アルトリア様にお願いしたいことがあるんです」
アルトリアは少し不思議そうな表情をする。
アルトリア
「お願い……ですか?」
セリアは頷く。
セリア
「ここでは話しにくいことなの。少し付き合ってもらえる?」
アルトリア
「もちろんです。姫様の頼みとあれば」
セリアはくるりと背を向ける。
セリア
「行きましょう」
セリアが執務室を出ていく。ユリナもその後を追う。
ユリナ
「アルトリア様、こちらです」
アルトリアはジャンたちの方を振り返る。
アルトリア
「少し席を外すよ」
ジャン
「はい!」
ラオは小さく笑う。
ラオ
「どうやら賢者殿は、王女様方に呼び出されたようですね」
アグニスが豪快に笑う。
アグニス
「ははは!モテる男は大変だなアルトリア!」
アルトリアは苦笑する。
アルトリア
「勘弁してくださいよ王子様……」
アルトリアは軽く頭を下げ、執務室を出る。
先を歩くセリアに隣にユリナ、少し後ろからアルトリアがついていく。
セリア
「さあアルトリア。少し付き合ってもらうわよ」
アルトリア
「はい」
3人は王宮の奥へと歩いていく。
ユリナの部屋
扉が開き、セリア、ユリナ、アルトリアの3人が入ってくる。
部屋の中にはすでにリリアが立っていた。
リリアは3人を見ると、深く頭を下げる。
リリア
「姫様」
ユリナ
「連れてきたわリリア」
アルトリアは少し戸惑ったように周囲を見る。
アルトリア
「え〜っと……それで、お話というのは?」
セリアが静かに言う。
セリア
「リリアの出身国がヴェルナという、レグナスに征服された国だというのは覚えているかしら?」
アルトリア
「はい」
アルトリア(心の声)
(ユリナ姫様が毒で伏せっていた時に色々調べたからな)
セリアはリリアを見る。
セリア
「アルトリアに詳しく話してあげて」
リリアは静かに頷く。
そしてアルトリアの方を向く。
リリア
「……はい」
部屋の空気が静かになる。
リリア
「私はかつてヴェルナ王国の王女でした」
アルトリアは静かに聞いている。
リリア
「12年前にレグナス軍がヴェルナに攻め込み、ヴェルナ王国は滅びました。その時、国王だった父、ラーダムは捕らえられました。ですが陛下は父と母、そして私の命を助けてくださいました」
アルトリアは少し驚く。
アルトリア
「……助命されたのか」
リリア
「はい。ですがその後……父は殺されました」
部屋の空気が重くなる。
リリア
「父の遺体は川に捨てられ、今も見つかっていません」
ユリナが静かに目を伏せる。
リリア
「母のサリナは……旧貴族派の貴族たちに連れていかれ、奴隷として扱われました」
リリアの声が少し震える。
リリア
「母は耐えきれず、自ら命を絶ちました」
沈黙。
リリア
「私は最初、父を殺したのは陛下だと思っていました」
アルトリアの表情が少し険しくなる。
リリア
「だから、復讐するために王宮に入りました」
アルトリアは黙って聞いている。
リリア
「ですがユリナ姫様にお仕えするようになり姫様のお優しさに触れて、私の心は……救われました」
ユリナは何も言わない。
ただ静かにリリアを見ている。
リリア
「ですが……父の遺体は見つからず、誰が父を殺したのかもわからないままなのです」
リリアはアルトリアを見る。
リリア
「アルトリア様、お願いがあります」
アルトリア
「……何でしょう?」
リリア
「父の遺体を見つけていただけませんか」
部屋は静まり返る。
セリアとユリナはアルトリアを見つめている。
アルトリアは少し考える。そして静かに言う。
アルトリア
「……わかりました。ラーダム王の遺体、必ず見つけ出します」
リリアの目に涙が浮かぶ。
アルトリアは静かに一歩前に出る。
アルトリア
「1つ確認させてください」
リリア
「……はい」
アルトリア
「ラーダム王の遺体は川に投げ捨てられたと聞いたと言っていましたね?」
リリアは頷く。
リリア
「はい。護送中に殺され、そのまま川に……と」
アルトリアは目を細める。
アルトリア
「その話は誰から聞きましたか?」
リリア
「当時……王宮で働いていた者たちの噂です」
アルトリア
「噂、か……」
アルトリアは少し考え込む。
アルトリア
「ではその川について、場所に心当たりは?」
リリアは首を横に振る。
リリア
「……申し訳ありません。どこの川かまでは……わかりません」
ユリナが少し不安そうに言う。
ユリナ
「王都の近くにも川はいくつもあるし……」
セリアは腕を組み、静かに考える。
セリア
「……そうね。護送中に処理したとすれば、王都周辺の可能性が高いけれど……」
アルトリア
「範囲が広すぎます」
部屋に再び沈黙が落ちる。
セリアはふと顔を上げる。
セリア
「……父上に尋ねてみるのがいいかもね。当時の状況を一番正確に把握しているのは、父上のはずよ」
アルトリアは小さく頷く。
アルトリア
「確かにラーダム王を助命したのは陛下です。その後の護送についても何かご存じかもしれません」
リリアは少し不安そうに言う。
リリア
「ですが……もし本当に陛下が……」
その言葉を、アルトリアが静かに遮る。
アルトリア
「違う」
全員がアルトリアを見る。
アルトリア
「もし陛下が処刑するつもりなら、最初から助命などしない。わざわざ生かした上で、密かに殺す理由がないんです」
セリアが静かに頷く。
セリア
「……そうね」
アルトリア
「つまり、ラーダム王を殺したのは別の誰かです」
アルトリアはリリアを見る。
アルトリア
「必ず真相を明らかにします」
リリアは小さく頷く。
リリア
「……はい」
セリアが立ち上がる。
セリア
「それじゃあ行きましょう。父上のところへ」
アルトリア
「はい」
ユリナ
「私も行きます」
3人は部屋を出る。リリアはその場に残り、静かに祈るように手を握る。
リリア
「父上……」
レオニスの部屋
重厚な扉が開き、アルトリア、セリア、ユリナの3人が入室する。
レオニスは机の前で書類に目を通していたが、顔を上げる。
レオニス
「どうした?3人揃って」
セリア
「父上、少しお時間をよろしいですか?」
レオニス
「構わぬ」
アルトリアが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
アルトリア
「陛下、1つお伺いしたいことがございます」
レオニス
「……申してみよ」
アルトリア
「12年前のヴェルナ王国滅亡の際のことです」
レオニスの表情がわずかに変わる。
アルトリア
「ラーダム王は陛下のご判断で助命されたと伺っております」
レオニス
「……ああ。その通りだ」
アルトリア
「しかしその後護送中に殺害され、遺体は川に捨てられたと聞きました」
レオニスは静かに目を閉じる。
レオニス
「……その話か」
部屋に重い空気が流れる。
レオニス
「確かにラーダム王はサリナ王妃とともに助命した。敗者とはいえ、王である以上、礼は尽くすべきだと考えた」
現在へ戻る。
レオニス
「私は彼を王都へ移送するよう命じた」
アルトリア
「護送は誰が?」
レオニス
「当時の宮廷騎士団の一部隊だ」
アルトリア
「その後は……?」
レオニスはゆっくりと首を横に振る。
レオニス
「……途中で連絡が途絶えた」
ユリナ
「え……?」
レオニス
「報告では盗賊に襲われたとされた」
アルトリア
「ですが……」
レオニス
「……ああ、不自然だ」
レオニスはアルトリアを見る。
レオニス
「ラーダム王ほどの人物を護送する隊が、盗賊ごときに敗れるとは考えにくい」
アルトリア
「つまり内部の犯行……」
レオニス
「その可能性は高い」
セリア
「父上……犯人の見当は?」
レオニスは静かに答える。
レオニス
「……ない」
一瞬沈黙が流れる。
レオニス
「当時も調査は行った。だが証拠は何1つ出てこなかった。護送に関わった者の多くがその後、事故や病で死んでいる」
アルトリアの目が鋭くなる。
アルトリア
「……口封じ」
レオニス
「そう考えるのが自然だろう」
ユリナは拳を握る。
ユリナ
「そんな……」
セリアは静かに言う。
セリア
「つまり……誰かが意図的にラーダム王を殺し、証拠を消した……」
レオニス
「……ああ」
レオニスはゆっくりとアルトリアを見る。
レオニス
「アルトリア、そなたはどう見る?」
アルトリアは少しだけ目を伏せる。そして顔を上げる。
アルトリア
「……犯人はかなりの権力を持つ者です。護送隊を動かし、その後の口封じまで行える人物」
レオニスの目が鋭くなる。
アルトリア
「そして、陛下の命令を覆すことができる存在」
部屋の空気が一気に張りつめる。
ユリナ
「それって……」
アルトリア
「……旧貴族派です」
沈黙。
レオニスはゆっくりと息を吐く。
レオニス
「……やはりそこに行き着くか」
アルトリア
「ですが、現時点では確証はありません。まずは遺体を見つける必要があります」
レオニスは静かに頷く。
レオニス
「よい。この件の調査を許可する。必ず真実を突き止めよ」
アルトリア
「はっ」
アルトリアは深く頭を下げる。
カーン邸
燭台の火がゆらめく中、アントニウスが椅子に腰掛けている。
静寂。
その静寂を破るように、扉の前で声がする。
オリオン
「父上。ウラド殿が参りました」
アントニウスは目を閉じたまま答える。
アントニウス
「……通せ」
扉が開く。ゆっくりと入ってくる1人の男。財務副長官、ウラド・グラディウス。
ウラドは一歩進み、深く頭を下げる。
ウラド
「アントニウス様、ご無沙汰しております」
アントニウスは静かに目を開く。
アントニウス
「……ウラドか」
アントニウスはじっと見つめる。
アントニウス
「そなたの兄、ヴァレンツのことは聞いている。今も投獄中だそうだな」
ウラドの表情が歪む。
ウラド
「……はい。あの若造のせいで……!」
拳を握りしめる。
ウラド
「すべては……アルトリア・フィリアのせいです!」
アントニウスは微動だにしない。
アントニウス
「……それで今日はどうした?」
ウラドは少し落ち着き、声を低くする。
ウラド
「実は最近……12年前の件を探っている者がいるとの報告が」
アントニウスの目がわずかに細くなる。
アントニウス
「……ほう」
ウラド
「ラーダム王の殺害事件です。遺体の行方を追っているようでして……」
オリオンが静かに口を開く。
オリオン
「アルトリアです」
ウラド
「……やはり……あの小僧、どこまで嗅ぎ回るつもりか……!」
アントニウスはゆっくりと立ち上がる。
アントニウス
「ウラド」
ウラド
「はっ」
アントニウス
「余計な芽は早いうちに摘んでおくものだ」
ウラド
「……承知いたしました」
アントニウス
「だが表立って動くな」
ウラド
「……?」
アントニウス
「奴はまだ証拠を持っていない。下手に動けばこちらの尻尾を掴まれる」
オリオンが静かに頷く。
オリオン
「では、監視を続けます」
アントニウス
「そうだ。奴が何を掴むか……見極めるのだ」
ウラド
「はっ」
ウラドは深く頭を下げ、退室する。
扉が閉まる。
静寂。
アントニウスはゆっくりと窓の外を見る。
アントニウス(心の声)
(……バーンズよ)
アントニウスは過去を回想する。
そこには書類を囲み、議論する2人の青年。アントニウスとバーンズ。
若きバーンズの顔は——今のアルトリアと瓜二つ。
アントニウス(心の声)
(あの頃は……同じ未来を見ていたはずだった)
一瞬アントニウスの目にわずかな寂しさが浮かぶ。しかしすぐに表情は消える。
アントニウス(心の声)
(……もう、あの頃の我々には戻れないかもしれんな)
アントニウスは静かに目を閉じる。
宮廷賢者 執務室
アルトリアの前にジェームズ、ダイム、イルハレムが整列している。
アルトリアは静かに口を開く。
アルトリア
「これよりラーダム王の遺体捜索を開始する」
3人の表情が引き締まる。
アルトリア
「まずジェームズ」
ジェームズ
「はっ!」
アルトリア
「12年前の護送記録を洗い出せ。当時の騎士団の編成、行軍経路、報告書、すべてだ」
ジェームズ
「了解しました!」
アルトリア
「次にダイム」
ダイム
「は、はい!」
アルトリア
「王都周辺の河川を調査しろ。不自然な流れの変化や沈積物の異常、そして人為的に何かが沈められた痕跡を探せ」
ダイム
「わかりました!現地調査ですね!」
アルトリアは頷く。
アルトリア
「そうだ」
イルハレムが少し不安そうに手を挙げる。
イルハレム
「え?僕はどうすればいいんですか、従兄上?」
アルトリアはイルハレムを見る。
アルトリア
「君には別の役割がある」
イルハレム
「……別の?」
アルトリア
「旧貴族派の動きを監視してくれ」
イルハレムの表情が変わる。
イルハレム
「……!」
アルトリア
「今回の件、彼らが関わっている可能性が高い。もし我々の動きに反応するなら、必ず何かしらの動きがある」
イルハレムは真剣な表情になる。
イルハレム
「……わかりました。必ず掴んでみせます」
アルトリア
「無理はするな。だが見逃すな」
イルハレム
「はい!」
アルトリアは3人を見渡す。
アルトリア
「今回の調査は単なる遺体捜索ではない。12年前の闇に踏み込むことになる」
部屋の空気が一気に張りつめる。
アルトリア
「覚悟はいいか?」
ジェームズ
「はい!」
ダイム
「もちろんです!」
イルハレム
「任せてください!」
3人はそれぞれの任務に向かい、部屋を出ていく。
宮廷書庫
王宮・大書庫。
高い天井。
壁一面に並ぶ古文書。
静寂。
紙をめくる音だけが響く。ジェームズが机に向かい、大量の書類を広げている。
ジェームズ
「……12年前の記録……ヴェルナ戦役後の……護送記録……」
何枚も書類をめくる。
ジェームズ
「……あった」
1枚の書類を手に取る。
ジェームズ
「ラーダム王護送任務……担当部隊……」
目で追う。
ジェームズ
「宮廷騎士団……第七分隊……」
ジェームズは眉をひそめる。
ジェームズ
「……第七分隊?」
別の書類を取り出す。
ジェームズ
「同時期の部隊編成は……」
ページをめくる。
ジェームズ
「……おかしい」
ジェームズの目が鋭くなる。
ジェームズ
「第七分隊は……この時期、すでに解散しているはず……」
沈黙。
ジェームズ
「……偽装か」
さらに別の記録を引っ張り出す。
ジェームズ
「護送経路……王都南方ルート……」
地図を広げる。
ジェームズ
「このルートなら……途中で通る川は……1つ」
指でなぞる。
ジェームズ
「ヴァルド川……」
ジェームズは深く息を吐く。
ジェームズ
「……絞れた」
しかし、さらに書類をめくる。
ジェームズ
「護送完了報告……」
目を止める。
ジェームズ
「……盗賊に襲撃……」
ジェームズは苦笑する。
ジェームズ
「……こんなもの、誰が信じるんだ」
書類を机に置く。
ジェームズ
「護送部隊は偽装……報告書も捏造……完全に計画された犯行……」
ジェームズは立ち上がる。
ジェームズ
「アルトリア様に報告を……!」
急ぎ足で書庫を出ていく。
静かな書庫に再び静寂が戻る。
王都南方・ヴァルド川
王都の外れ。草が揺れ、風が吹き抜ける。
その中を流れる1本の川——ヴァルド川。
ダイムが地図を手に立っている。周囲には数名の兵士。
ダイム
「……王都周辺の川は一通り見た」
地図に印をつける。
ダイム
「流れが速すぎる川は除外。浅すぎる場所も違う……」
ダイムは川の流れをじっと見る。
ダイム
「遺体を捨てるなら、ある程度深くて……流れが安定している場所……」
ゆっくりと周囲を見渡す。
ダイム
「あと怪しいとすれば……」
地図の一点を指す。
ダイム
「このヴァルド川か……」
兵士A
「ここですか?」
ダイムは川辺に近づく。しゃがみ込み、水を手ですくう。
ダイム
「水は澄んでいる……」
川底を覗き込む。
ダイム
「……いや」
ダイムの表情が変わる。
ダイム
「この辺りだけ……妙に濁っているな……」
兵士たちも覗き込む。
兵士A
「確かに……」
兵士B
「他よりも沈積物が多い……」
ダイムはゆっくり立ち上がる。
ダイム
「……誰かが何かを沈めた跡かもしれない」
一瞬の沈黙。
ダイムは振り返り、声を張る。
ダイム
「この周辺を重点的に調査してください!」
兵士たち
「はっ!」
ダイムは川を見つめる。
ダイム(心の声)
(アルトリア様……ここに何かあるかもしれません……!)
王宮・回廊(旧貴族派区域付近)
王宮の一角。人通りの少ない回廊。
イルハレムが柱の影に身を潜め、慎重に周囲を見渡している。
遠くに見えるのは、旧貴族派の重臣たちが出入りする区画。
イルハレム(心の声)
(アルトリア従兄上の読み通りだ……この辺りの動きが妙に活発だ……)
数人の貴族が低い声で話しながら通り過ぎる。
貴族A(小声)
「……例の件はどうなっている?」
貴族B(小声)
「心配するな……処理は済んでいる……」
イルハレムの表情が険しくなる。
イルハレム(心の声)
(処理……?やはり何かある……!)
その時——背後から低い声がする。
オリオン
「何をしている?」
イルハレムの体がビクッと震え、ゆっくりと振り返る。
そこにはオリオンがいる。
イルハレム
「こ……国務副長官……」
オリオンは静かに歩み寄る。
その視線は鋭い。
オリオン
「こんな場所で若手文官が1人で何をしている?」
イルハレムは一瞬言葉に詰まる。
イルハレム
「そ……その……」
オリオンは一歩近づく。
オリオン
「迷った……では済まされない場所だ」
沈黙。
イルハレムは覚悟を決めるように顔を上げる。
イルハレム
「……資料の確認を、旧記録の保管場所を探しておりました」
オリオンはじっと見つめる。
オリオン
「……ほう。随分と熱心だな」
イルハレム
「……恐縮です」
オリオンは一瞬だけ視線を外す。
そして再びイルハレムを見る。
オリオン
「気をつけろ。ここは……不用意に踏み込んでいい場所ではない」
その言葉にはわずかな含みがある。
イルハレム
「……はい」
オリオンは踵を返す。
オリオン
「用が済んだなら早く持ち場へ戻れ」
イルハレム
「はっ」
オリオンはそのまま去っていく。
静寂。
イルハレムは大きく息を吐く。
イルハレム(心の声)
(危なかった……完全に怪しまれた……)
しかし、目には決意が宿る。
イルハレム(心の声)
(でも……間違いない。旧貴族派は何かを隠している)
イルハレムは拳を握る。
イルハレム(心の声)
(アルトリア従兄上……必ず証拠を掴みます……!)
遠くでオリオンが一瞬だけ振り返る。
オリオン(心の声)
(フィリア家の若造か……やはり動いているな)
オリオンは静かに去る。
セリアの部屋
整えられた室内にアルトリアとセリアが向かい合って座っている。
セリア
「それで?何か分かったの?」
アルトリア
「まだ確証はありませんが……いくつかの仮説は立ちました」
その時——扉がノックされる。
セリア
「入りなさい」
扉が開き、ジェームズとダイムが入室する。
2人とも少し息が上がっている。
ジェームズ
「アルトリア様!」
ダイム
「報告です!」
アルトリア
「……どうした?」
ジェームズ
「書庫の記録を調べた結果、護送経路から考えて……」
ダイム
「遺体が捨てられた可能性がある川は……」
2人同時に言う。
ジェームズ・ダイム
「ヴァルド川です!」
一瞬の沈黙。
アルトリアは目を細める。
アルトリア
「……やはりヴァルド川に遺体がある可能性が高いか」
セリアが少し驚く。
セリア
「?やはり?予測してたの?」
アルトリアは淡々と答える。
アルトリア
「ただの単純なロジックです」
セリア
「……説明してもらえる?」
アルトリアは机の上の地図を指す。
アルトリア
「まず前提として、護送中に処理されたのであれば、王都からそう遠くない地点である可能性が高いです」
指でルートをなぞる。
アルトリア
「次に遺体を確実に隠すには、ある程度の水深と流れが必要です。そして護送経路上でその条件を満たす川は……」
指が一点で止まる。
アルトリア
「ヴァルド川のみ。よって最も合理的な投棄場所はここになります」
セリアは感心したように頷く。
セリア
「なるほど……」
セリアはすぐに机に向かってペンを取り、素早く書状を書く。
セリアはジェームスとダイムに書状を差し出す。
セリア
「ロイドにこれを渡して、ヴァルド川を捜索させて。この手の調査は六軍将の中でも彼が一番得意よ」
ジェームズ・ダイム
「はっ!」
2人は書状を受け取り、敬礼する。
アルトリアはふと何かに気づく。
アルトリア
「……ところで、イルハレムはどうした?」
ジェームズ
「あ!そうでした!」
ダイム
「イルハレムは……旧貴族派が何やら怪しい動きをしており、それを確認していると」
セリアの表情が少し険しくなる。
セリア
「旧貴族派……」
アルトリアは静かに目を細める。
アルトリア
「……やはり動いたか」
部屋の空気が引き締まる。
アルトリア(心の声)
(こちらの調査に反応した……間違いない。ラーダム王の件……彼らが関わっている)
アルトリアはゆっくりと顔を上げる。
ジェームズとダイムが部屋を出ていく。
残されたアルトリアとセリア。
セリア
「アルトリア、気をつけて」
アルトリア
「はい」
アルトリアは静かに頷く。
ヴァルド川
曇り空。王都南方を流れるヴァルド川。
川辺にはロイド・ニクソン率いる騎士団が展開している。
兵士たちが川の中や岸辺を調査している。土を掘り、水をかき分ける音。
ロイドは腕を組み、川を見つめている。
ロイド(心の声)
(……姫様からの書状では、アルトリア殿はこの川にラーダム王の遺体があると予測していたそうだが……)
ロイドは静かに目を細める。
ロイド(心の声)
(果たして本当にあるのか……?12年間も見つからなかったものが……)
その時——遠くで兵士の声が響く。
兵士
「隊長!」
ロイド
「どうした!」
兵士
「この辺りが……!妙に濁っています!」
ロイドはすぐに駆け寄る。川辺の一点、確かにそこだけ水が濁っている。
ロイド
「……不自然だな」
ロイドはしゃがみ込み、手で泥を触る。
ロイド
「沈積が多すぎる……」
ロイドは立ち上がり、声を張る。
ロイド
「この地点を掘り返せ!」
兵士たち
「はっ!」
兵士たちが一斉に作業を始める。泥を掘り、水をかき出す。
やがて——1人の兵士の動きが止まる。
兵士
「……!何か……あります!」
全員の動きが止まる。
ロイド
「……続けろ」
兵士たちは慎重に泥を取り除いていく。
やがて——泥の中から現れるもの。
白く変色した骨。
兵士
「……遺体です……!」
場の空気が一瞬で凍りつく。
ロイドはゆっくりと近づく。
ロイド
「……引き上げろ」
兵士たちが慎重に遺体を引き上げる。
白骨化した人骨。だが、衣服の一部が残っている。
ロイドは膝をつき、衣服を調べる。
ロイド
「……これは……」
布の内側に手を入れる。何かに触れ、ロイドはそれを取り出す。
それは小さな玉印だった。
ロイドはそれを拭い、よく見る。
ロイド
「……紋章?」
近くの兵士に渡す。
ロイド
「確認しろ」
兵士は目を凝らす。
兵士
「これは……!旧ヴェルナ王国の王家の紋章です!」
その場に緊張が走る。
ロイドは静かに目を閉じる。
ロイド
「……間違いない」
ロイドはゆっくりと立ち上がる。
ロイド
「ラーダム王だ」
風が強く吹く。
川面が揺れる。
ロイド(心の声)
(アルトリア殿……あなたの推理……的中だ)
ロイドは振り返り、命じる。
ロイド
「遺体を丁重に扱え!王としての礼をもって運ぶ!」
兵士たち
「はっ!」
玉座の間
レオニスが玉座に座っている。
その場にはアルトリア、セリア、ユリナ、イルハレム、ジェームズ、ダイムがいる。
騎士団により、ラーダム王の遺体が運ばれてくる。
ロイドが一歩前に出る。
ロイド
「陛下。ラーダム王と思われる遺体を確認いたしました」
レオニスは静かに頷く。
レオニス
「……そうか」
レオニスはゆっくりと遺体へ歩み寄る。
騎士たちが道を開ける。
白布が外される。
白骨化した遺体。だがそこには確かに、一国の王だった者の面影が残っている。
レオニスはその前に立ち、静かに声をかける。
レオニス
「……12年ぶりだな。ラーダム王」
レオニスの声は低く、重い。
レオニス
「何という姿になってしまわれたのだ……」
レオニスはゆっくりと視線をリリアへ向ける。
レオニス
「……ラーダム王よ。あなたの娘だ」
リリアの肩が震える。
レオニス
「幼かった娘が……立派に育ったぞ」
リリアは一歩、また一歩と前に出る。
リリアは遺体の前で膝をつく。
リリア
「……父上……」
震える声。
リリア
「リリアでございます……」
涙が頬を伝う。
リリア
「やっと……やっと……会えました……」
遺体を見つめる。
リリア
「……こんなお姿に……」
その瞬間——リリアは遺体に抱きつく。
リリア
「父上ぇぇ……!!」
声をあげて泣く。
リリア
「どうして……!どうしてこんなことに……!!」
その場にいる誰もが言葉を失う。
ユリナは涙を浮かべる。セリアは静かに目を伏せる。
イルハレムは拳を握りしめる。ジェームズとダイムも目を逸らす。
アルトリアはただ静かに見つめている。
アルトリア(心の声)
(……これが12年前の真実の重みか……)
レオニスは静かに目を閉じる。
レオニス(心の声)
(ラーダム王……約束を守れなかったこと……許されるとは思っていない……)
旧ヴェルナ王都
かつての王都。今は静かに時が止まったような場所。
そこに新たに掘られた墓にラーダム王の名が刻まれる。その隣にはサリナ王妃の墓。
リリアが静かに立っている。
リリア
「……母上。父上を……お連れしました」
涙をこらえながら微笑む。
リリア
「これで……お2人はまた一緒です」
アルトリアが後ろから見守る。セリアとユリナも静かに祈る。
静寂。
風が優しく吹く。
第15話 完
