天才推理小説家の事件録 第13話「医師会会長殺害 血を浴びた甲冑」
第13話「医師会会長殺害 血を浴びた甲冑」
神谷邸・居間(夕方)
静かな和室。障子越しの柔らかい光。低い卓に急須と湯呑みが並ぶ。
遥香が湯呑みを差し出しながら、少し緊張気味に順にお茶を差し出す。
神谷 遥香
「……どうぞ。私が煎じたお茶よ」
宝条 潤(少し驚いて微笑む)
「遥香が?それは光栄だな」
潤が湯呑みを受け取り、香りを確かめる。
宝条 潤(心の声)
(落ち着く香りだ……これは……)
潤がひと口飲む。
宝条 潤
「……美味しい。苦味が柔らかくて、後味がすっと消える」
遥香がほっとして、でも少し誇らしげに言う。
神谷 遥香
「……そう。よかった」
遥香が視線を逸らす。
そこへ静かな足音。
神谷 堅人(一礼して)
「潤兄さん、こちらもどうぞ」
遥香の弟、堅人が別の急須から湯呑みに注ぐ。
宝条 潤
「ありがとう、堅人」
潤が湯呑みを受け取る。
宝条 潤(心の声)
(香りが違う……こちらは、より深い)
潤が一口飲む。
宝条 潤
「……これはまた、別の味だね」
神谷 堅人(穏やかに微笑み)
「はい。姉のものより少し火を強めています。気持ちを引き締める配合です」
宝条 潤
「なるほど……さすが家元の次期当主だ」
神谷 堅人(少し照れつつも真っ直ぐに)
「潤兄さんにそう言っていただけるなら、嬉しいです」
神谷 遥香(むっとして)
「……堅人、張り合わなくていい」
神谷 堅人(即答)
「張り合ってないよ。ただ、潤兄さんには正しい一杯を出しただけなのに」
宝条 潤(苦笑しながら)
「2人とも、ありがとう……どちらのお茶も、神谷家らしい」
神谷 遥香(小さく)
「……飲み比べるなんて、ずるい」
宝条 潤
「?」
神谷 堅人(察して、静かに一礼)
「……では、僕はこれで」
堅人がその場を離れる。
残された潤と遥香。
宝条 潤
「……遥香?」
神谷 遥香(じっと潤を見る)
「……美味しいって言ったわよね」
宝条 潤
「言ったけど?」
神谷 遥香(少しだけ頬を赤らめて)
「……それでいい」
遥香が立ち上がり、湯呑みを片付ける。
潤は湯呑みを見つめながら、静かに微笑む。
宝条 潤(心の声)
(この家は……やっぱり、落ち着くな)
宝条邸・応接間(夜)
潤がソファに座り、今日の出来事を思い出すように話している。
黒田、須田、下澤が控えている。
宝条 潤(湯呑みを置きながら、少し苦笑して)
「……ということがあったんだ」
黒田(深くうなずきながら)
「ほう……さすが坊ちゃま。神谷家でも一目置かれておられますな」
宝条 潤(即ツッコミ)
「坊ちゃまはやめろって何度も言ってるだろ」
黒田(微動だにせず、穏やかに)
「ですが坊ちゃまは坊ちゃまでございます」
宝条 潤
「違う」
その時、執事の下澤が話す。
下澤(淡々)
「黒田殿は先代の旦那様から仕えておられます。……その頃からの呼び方です」
宝条 潤(目を丸くする)
「お前……喋ったな」
下澤
「普段も喋っています」
宝条 潤
「いや、そうじゃなくて……庇ったのが珍しい」
下澤(ほんの一瞬だけ視線を逸らし)
「……事実を述べただけです」
宝条 潤(にやっとして)
「普段は無表情の癖に、珍しいな」
下澤(無表情のまま)
「……旦那様こそ、楽しそうです」
宝条 潤
「楽しいのか?」
潤が少し真面目な顔になる。
宝条 潤(ゆっくりと)
「そういえば……黒田」
黒田
「はい」
宝条 潤
「黒田が宝条家に仕えるようになった経緯、ちゃんと聞いたことなかったな。どうしてここに仕えるようになったんだ?」
黒田の目が少しだけ細くなる。懐かしむような顔。
黒田(遠い目で)
「あれは……ずいぶん昔のことでしたな~」
黒田が静かに、丁寧に言葉を選びながら語る。
黒田
「まだ若かったころ、私が勤めていた会社が倒産しました。家も資金もすべて失い、妻にも逃げられ……私は絶望の真っただ中でした」
須田が思わず息をのむ。
黒田
「そんな時、先代の旦那様が声をかけてくださったのです。『働き口がないなら、うちに来い』と……あのお方は、何も問わず、私を救ってくださいました」
潤は黙って聞いている。
黒田(穏やかに笑って)
「おかげで今や宝条家の執事として、満ち足りた人生を送れています」
須田(胸に手を当てて、感動した声)
「……いい話ですね……!旦那様……先代の旦那様……!俺、なんか……泣きそうです……」
下澤(冷静に)
「泣いてます」
須田
「泣いてないよ!?」
潤が少し黙って、黒田を見る。
いつもの茶化しがなくなる。
宝条 潤(小さく)
「……そうだったのか」
黒田(深く一礼)
「はい。ですから私は坊ちゃまのことを……先代の旦那様のご子息として、心からお慕いしております」
宝条 潤
「……まあ、その気持ちはありがたいけどさ……だからって坊ちゃまは――」
黒田(食い気味に)
「坊ちゃまは坊ちゃまでございます」
宝条 潤
「頑固か」
須田(元気よく)
「でも旦那様!黒田さんがいる宝条邸って、やっぱり最高っすね!」
宝条 潤
「お前、感動してテンションバグってるぞ」
下澤(淡々と)
「通常運転です」
須田
「下澤君冷たっ!!」
宝条 潤(ソファにもたれて、穏やかな声)
「……ま、いいや。黒田。これからも頼む」
黒田(静かに微笑み、一礼)
「もちろんでございます、坊ちゃま」
宝条 潤
「……もう」
執事たちが一斉に頭を下げる。宝条邸には静かな温かさが戻る。
須田(まだ感動の余韻)
「いやぁ……黒田さん、ほんといい話でした……」
下澤(淡々と)
「感動は終わりましたか」
須田
「終わってないよ!?まだ胸が熱いんだよ!」
宝条 潤(苦笑)
「お前ら、ほんと騒がしいな」
黒田(静かに)
「宝条邸はいつでも賑やかであるべきですからな」
その時――
バタン!!
廊下の方から勢いよく襖が開く音。
朝野(大きな声で)
「し、失礼いたしま――」
ズルッ!!
新人執事の朝野が畳に足を取られ、派手に滑って前のめりに倒れる。
手に持っていた盆がガタガタっと揺れるが、奇跡的に中身はこぼれない。
朝野(畳に顔をつけたまま)
「うぐっ……!!!」
宝条 潤(即ツッコミ)
「大丈夫か朝野!?」
須田(立ち上がりかけ)
「朝野君!!生きてる!?」
下澤(無表情で)
「生きています」
朝野が慌てて起き上がり、顔を真っ赤にする。
朝野(焦って深々と頭を下げ)
「も、申し訳ございません!!!宝条家の恥でございます!!切腹いたします!!」
宝条 潤
「するな」
黒田がすっと前に出る。声は静かだが圧がある。
黒田
「朝野」
朝野(背筋を伸ばして)
「は、はい!!」
黒田(ゆっくりと)
「少し……落ち着かないか」
朝野(ビシッと)
「申し訳ございません!!!」
黒田
「走る必要はない。執事というのは、速さではなく“余裕”をもって仕える仕事だ」
朝野(涙目で)
「は、はい……!」
潤が優しくフォローする。
宝条 潤
「まあまあ。盆の中身こぼしてない時点で、お前けっこう有能だぞ」
朝野
「だ、旦那様!!ありがとうございます!!僕、頑張ります!!」
宝条 潤
「頑張りすぎるとまた転ぶぞ」
須田(優しく)
「朝野君、緊張するよなぁ~。俺も初日は手が震えてたよ」
朝野(尊敬の目)
「須田さんもですか!?」
須田
「そりゃそうよ!旦那様の前なんだから!」
下澤(容赦なく)
「私は震えませんでした」
朝野(食い気味)
「かっこいい……!!」
下澤
「……あこがれる暇があったら転ぶな」
朝野
「は、はい!!」
黒田(ため息混じりに)
「朝野。次に転んだら――」
朝野(ゴクリ)
「……!」
黒田
「盆を持ったまま転べ」
宝条 潤(吹き出す)
「いや意味わからん」
須田
「黒田さん、それ指導じゃなくて無茶振りっす!」
下澤(無表情)
「合理的です」
朝野(混乱)
「ご、ごうりてき……!?」
潤が笑いながら紅茶を一口。
宝条 潤
「よし、宝条邸は今日も平和だ」
黒田(静かに一礼)
「左様でございます、坊ちゃま」
宝条 潤
「……坊ちゃま言うな」
翌日・宝条邸
静かな書斎。潤が原稿に目を通している。
そのとき、机の上でスマホが震える。
宝条 潤(画面を見て)
「……遥香?」
神谷 遥香(電話)
『潤。今、大丈夫?』
宝条 潤
「声が硬いな。何かあった?」
神谷 遥香
『昨夜、東京都医師会の会長が……殺された』
宝条 潤(一瞬、表情が消える)
「……医師会の会長か?」
神谷 遥香
『ええ。自宅で斬殺よ。監視カメラに犯行の瞬間が残ってる。かなり……厄介よ』
宝条 潤(短く)
「分かった。すぐ行く」
潤が立ち上がり、扉を開ける。
須田がすでに待機している。
宝条 潤
「須田。車を出してくれ」
須田(即答)
「かしこまりました、旦那様」
宝条 潤
「目的地は九鬼邸だ」
須田(一瞬だけ目を細め)
「……承知しました」
エンジン始動。車は夜の都心へ。
九鬼邸・リビング(現場)
規制線が張られ、鑑識や警官たちが集まっている。現場はすでに整理され、空気が張り詰めている。
瀬尾 隆(現場を回しながら)
「よし、そっち押さえろ。触るなよー」
そこへ潤が入ってくる。
瀬尾 隆(気づいて)
「……先生」
宝条 潤
「遅くなりました」
瀬尾 隆
「――はい、全員注目!」
部下たちが振り向く。
瀬尾 隆
「宝条先生が到着した。もう大丈夫だ。事件は解決する」
現場の空気が一段落ち着く。
宝条 潤(リビング全体を見渡しながら)
「……現場の状況はどうなってますか?」
瀬尾 隆
「被害者は九鬼俊介、62歳。東京都医師会会長です」
宝条 潤
「発見状況は?」
瀬尾 隆
「自宅リビングです。刃物で斬られて死亡。血の量が多いです。ただ……」
宝条 潤(視線を向けて)
「ただ?」
瀬尾 隆
「争った形跡は……薄いです
宝条 潤(鋭く)
「薄い……?」
床の血痕、家具の配置を見る。
宝条 潤
「となると不意打ちか。もしくは――」
瀬尾を見る。
宝条 潤
「“相手を受け入れていた”んですか?」
瀬尾 隆
「……そう考えています」
瀬尾が続ける。
瀬尾 隆
「そして――死亡時刻は昨夜の22時です」
宝条 潤
「死亡推定時刻じゃなく死亡時刻?なぜ犯行時刻が断言できるんですか?」
瀬尾 隆
「監視カメラに犯行の瞬間が映ってたからです。で……その犯行の様子というのが……」
瀬尾が振り返る。
瀬尾 隆
「奈良」
奈良 修平(ビシッと)
「はい!!」
奈良がモニター前に立ち、リモコンを構える。
奈良 修平
「……再生します!」
奈良がボタンを押す。
映像(モニター)
リビングで九鬼俊介がソファに座り、書類に目を落としている。
数秒後――全身甲冑をまとった人物が画面奥から静かに現れる。
躊躇なく近づき、剣を一閃――。
九鬼が抵抗する間もなく崩れ落ちる。甲冑の胸や腕に、鮮明な血しぶき。
宝条 潤(低く)
「……迷いがない」
瀬尾 隆
「ええ。かなり手慣れてる印象です」
宝条 潤(目を細めて)
「それに……被害者、完全に背中を預けてますね」
瀬尾 隆
「知ってる相手、もしくは……」
宝条 潤
「“警戒する必要がない相手”です」
甲冑展示室
瀬尾が潤を先導する。ガラスケースの前で足を止める。
瀬尾 隆
「これが……犯行に使われた甲冑です」
ガラス越しに見える甲冑。兜、胸当て、腕部にまで血が飛び散っている。
宝条 潤(近づき、じっと観察)
「……かなり派手に浴びてますね」
兜の位置、留め具、内部を注意深く見る。
瀬尾 隆(ぼそっと悪態)
「あ~……よりによって柴田さんも松岡も休暇って時に、こんな嫌な事件に当たっちまった」
神谷 遥香(背後から)
「瀬尾さん?」
瀬尾 隆
「……はい?」
神谷 遥香(ジト目)
「事件現場で文句言わないでください?」
瀬尾 隆(飛び上がる)
「うわっ!?ハルちゃん!!い、いや!だって殺害方法がさ~……!」
神谷 遥香
「後で聞きます」
瀬尾 隆
「え~……?」
遥香は即切り替える。
神谷 遥香
「……容疑者は何人いますか?」
瀬尾 隆
「4人だ」
神谷 遥香
「三浦君」
三浦 忍(即応)
「はい!」
神谷 遥香
「容疑者全員をここへ」
三浦 忍
「了解です!」
九鬼邸・リビング
リビングに容疑者4名が並ぶ。緊張感が漂う。
瀬尾 隆
「では皆さん、それぞれお名前と年齢、職業をお願いします」
榊原 涼
「榊原涼、45歳。医師会理事です」
瀬尾 隆
「あなたは九鬼会長を公然批判していたそうですが……事実ですか?」
榊原 涼
「事実です……でもだからと言って殺したりはしません!」
瀬尾 隆
「それでは昨夜の22時、どこで何をしていましたか?」
榊原 涼
「その時間は医師会のオンライン会議に出席していました」
瀬尾がうなずく。
瀬尾 隆
「わかりました。では次」
桐島 雅之
「桐島雅之、59歳。総合病院の院長です」
瀬尾 隆
「あなたは九鬼会長の右腕だったそうですが、最近九鬼会長に冷遇されていたそうですね?それで次期会長の座も狙っていたとか?」
桐島 雅之
「それは事実ですが……殺害してまで会長の座を得ようとは思っていません。それに、昨夜の22時は病院で緊急手術に立ち会っていました」
瀬尾がうなずき、次の容疑者の方を向く。
松井 紅音
「松井紅音、32歳。会長秘書です。」
瀬尾 隆
「あなたは秘書として、九鬼会長の薬、食事、予定、すべて管理していたそうですね?それなら~会長がご自宅にいらっしゃることもわかっていたのでは?」
松井 紅音
「はい。ですが昨夜の22時は自宅にいました。ちょうどその時間は宅配便で荷物の受け取りがあったので」
スーツ姿の知的で落ち着いた美人。潤の視線が一瞬止まる。
宝条 潤(思わず)
「……美人だな」
遥香が無言で潤の耳を掴む。
宝条 潤
「いだだだだだっ!?」
神谷 遥香(低く)
「……な~に事件現場で美人に見とれてるの~?」
宝条 潤
「いだいいだい~!」
松井 紅音
「?」
瀬尾が次の容疑者の方を向く。
荒川 康二
「荒川康二、52歳。製薬会社のMR統括です。当時は別件の会食に出ていました」
瀬尾 隆
「あなたは、九鬼会長に切り捨てられそうになったらしいですね?」
荒川 康二
「はい。ですが、だからと言って会長を殺したりはしません」
瀬尾 隆
「では、昨夜の22時にはどこに?」
荒川 康二
「別件の会食に出ていました」
潤は誰にも視線を合わせず、再び甲冑の方を見る。
宝条 潤(心の声)
(4人とも……アリバイがある。だが――犯人はこの中にいる……)
遥香が潤を見る。
神谷 遥香
「……何か気づいた?」
宝条 潤(静かに)
「ああ。少しだけ」
九鬼邸・甲冑展示室(続き)
血の付着した甲冑が目の前にある。鑑識が周囲で慎重に作業。
容疑者は別室で待機中。
潤が甲冑の前に立ち、改めてゆっくり観察する
宝条 潤
「……やっぱり、これは相当重い」
胸当て、肩、腕部の装甲を目で追う。
瀬尾 隆
「ええ。運ぶだけでも大変でしたよ」
宝条 潤(低く)
「普通に考えれば……女性の体格でこれを着て、そして剣で斬って殺すなんて無理です」
神谷 遥香(冷静に)
「……つまり?」
宝条 潤(目線を外さず)
「つまり普通なら――松井紅音さんは犯人ではない、という結論になる」
瀬尾が頷く。
瀬尾 隆
「俺もそう思いました。映像の体格、男にしか見えないし」
潤が遥香と瀬尾の方を向く。
宝条 潤
「でもそれは――あくまで“普通なら”という話です」
潤が再び甲冑へ向き直る。
宝条 潤(呟くように)
「甲冑の体格が男に見える……それが逆に――」
すると鑑識の男性が近づいてくる。表情は真剣。
鑑識
「瀬尾警部、報告です」
瀬尾 隆
「どうした?」
鑑識
「甲冑の兜の内側から――赤い付着物が見つかりました」
神谷 遥香
「赤い付着物?」
瀬尾 隆
「血じゃないのか?」
鑑識
「血とは質感が違います。繊維でも塗料でもない……粘度があります」
その瞬間、潤の目が鋭く光る。全身の空気が一気に変わる。
宝条 潤(低く、確信)
「……なるほど」
神谷 遥香
「潤?」
宝条 潤
「……赤、か」
小さく笑う。
瀬尾 隆
「何か分かったんですか?」
宝条 潤(ゆっくりと顔を上げる)
「ええ。たぶん――これで勝負がつきます」
遥香が一歩近づく。潤の横顔は確信に満ちている。
宝条 潤(静かに)
「容疑者を、もう一度集めてください」
瀬尾が唾を飲み込む。
瀬尾 隆
「……三浦!」
九鬼邸・リビング(容疑者集合)
容疑者4名が並び、刑事たちが周囲を固める。甲冑は少し離れた位置に展示されている。
宝条 潤(全員を見渡し、静かに)
「皆さん。お集まりいただいたのは――私の推理が、まとまったからです」
室内の空気が一段張り詰める。
瀬尾 隆
「……お願いします」
宝条 潤(淡々と)
「今回の容疑者は4人、全員にアリバイがあります」
順に視線を向ける。
宝条 潤
「榊原さんは医師会のオンライン会議、桐島さんは病院での緊急手術、荒川さんは別件の会食、そして松井さんは自宅にいた……」
潤は続ける。
宝条 潤
「皆さんのアリバイを確認しましたが、その中にたった一人だけ、アリバイを“偽造できる人物”がいます」
ざわつく容疑者たち。
宝条 潤(はっきりと)
「会長秘書の松井紅音さん、あなたです」
全員の目が紅音に向く。
松井 紅音(即座に、冷静に)
「……どういう意味ですか?」
宝条 潤
「あなたはその時間、宅配便で荷物の受け取りがあったと言っていましたね?」
松井 紅音
「はい」
宝条 潤
「でも……事前に荷物が来る日付と時間を指定して、荷物は置き配にしていたとしたらどうです?それならば当人がいなくとも荷物を受け取ることはできる」
紅音が微妙に表情を変えながらも首を振る。
松井 紅音
「ですが……私は女です。ご覧になったでしょう? あの甲冑を。私の体格で、あんなものを着て人を斬るなんて……」
宝条 潤(静かに)
「ええ。普通に考えれば、そうです」
潤が甲冑の方を示し、決定的証拠を突き付ける。
宝条 潤
「ですが――鑑識が、兜の裏側から“赤い付着物”を発見しました」
紅音の視線が一瞬揺れる。
宝条 潤
「血でもなく……塗料でもなく……粘度があり、皮膚に付着するもの……おそらく口紅です。兜をかぶった際、唇が内側に触れた。その痕跡が残ったんです」
紅音の表情が初めて明確に変わる。目が見開かれる。
松井 紅音(小さく)
「……」
紅音の手から手帳が床に落ちる。
松井 紅音(小さく息を吐き)
「……負けました。私が……九鬼俊介を殺しました」
神谷 遥香(静かに)
「……なぜですか?」
松井 紅音
「父は地方病院の医師でした……でも20年前、九鬼に逆らい、補助金を切られ、病院は潰れた……正しいことをした父が壊れていくのを、まだ12歳だった私はただ見ていることしかできなかった」
紅音が潤を見る。
松井 紅音
「だから、秘書になった。殺すために」
遥香が一歩前に出て静かに手錠を取り出す。
神谷 遥香
「松井紅音。殺人の容疑で逮捕します」
カチリ、と手錠の音。
宝条 潤(低く)
「……あなたが選んだ答えは、誰も救わなかった」
松井 紅音(目を伏せて)
「……分かっています」
刑事たちが紅音を連れて行く。
甲冑だけが、静かにその場に残る。
瀬尾 隆
「……終わりましたね」
宝条 潤
「ええ。ですが――後味の悪い事件です」
九鬼邸・玄関前
容疑者搬送が終わり、現場の緊張がほどける。
外は冷たい夜風。パトカーの赤色灯が遠くに見える。
潤と遥香が並んで歩いている。
宝条 潤(深くため息をつき)
「はぁ……」
神谷 遥香(横目で潤を見る)
「……何よ?」
宝条 潤(少し肩を落として)
「先日の名古屋の中部経済再生フォーラムで起きた事件といい、今回の事件といい……」
潤が目を伏せる。
宝条 潤
「美人秘書が犯人だなんて……」
宝条 潤(心の中)
(付け加えれば犯行動機も似てるし……復讐、正義、信頼――全部、同じ方向に歪んでる)
遥香が足を止め、ゆっくり距離を詰める。
神谷 遥香(ジト目)
「…………」
宝条 潤(気づいて振り返る)
「……遥香?」
遥香が無言のまま潤の目の前に立つ。ジト目のままさらに一歩近づく。
宝条 潤
「え、待って!その顔やめ――」
グイィィィィ!!!
遥香が潤の頬を思いっきり引っ張る。
宝条 潤
「いだだだだだだだだだっ!!!!!」
神谷 遥香(ジト目のまま、淡々と)
「……美人秘書が好きなら」
頬を引っ張ったまま言う。
神谷 遥香
「私が潤の秘書になろうか?」
宝条 潤
「やめろ!喋りながら引っ張るな!痛い!!」
神谷 遥香(さらに淡々と追撃)
「これでも慶應義塾大学法学部卒で秘書検定準1級、語学にも自信はあるのよ?」
宝条 潤(泣き声混じり)
「こんな暴力的な秘書嫌だ~~~~~!!!!!」
潤が頬を押さえながら反射的に後ずさり。
そのまま一気に走り出す。
宝条 潤
「逃げろ~!!!!」
神谷 遥香(即)
「待ちなさい!!」
遥香がためらいゼロで追いかける。
スーツ姿でヒールを履いているのに速い。
宝条 潤(走りながら)
「警視が追いかけるスピードじゃない!!」
神谷 遥香
「罪人を捕まえるスピードよ!」
宝条 潤
「俺は罪人じゃない!!!」
神谷 遥香
「心は罪人!」
宝条 潤
「理不尽!!!!」
遠くから瀬尾が見ている。
瀬尾 隆(ぽつり)
「……今日も通常運転だな」
潤の叫び声が響く。
宝条 潤
「須田ぁぁぁぁ!!車出してぇぇぇぇ!!!」
翌日・宝条邸
朝の光が差し込む宝条邸。
須田が珍しく上機嫌で、口元がずっと緩んでいる。
いつもはキリッとしているが、今日は隠しきれていない。
須田(小さくガッツポーズしながら)
「よしっ……!」
潤が廊下から歩いてきて、須田を見る。
宝条 潤
「……須田」
須田(ビクッ)
「はっ!旦那様!」
宝条 潤(目を細めて)
「お前、なんか嬉しそうだな」
須田(急に真面目な顔を作ろうとして失敗)
「い、いえっ!そ、そんなことは……!」
宝条 潤
「いや、顔がニヤけてる」
須田
「に、にやけてません!」
潤が近づき、軽く首をかしげる。
宝条 潤
「……何があった?」
須田(照れつつも、嬉しさが溢れて)
「……実は」
言葉を飲み込んでから、深く礼をする。
須田
「子供が……コンクールで入賞しまして」
宝条 潤(ぱっと表情が柔らかくなる)
「……それはすごいじゃないか」
須田
「ありがとうございます!本人もすごく喜んでまして……」
宝条 潤
「どんなコンクールなんだ?」
須田
「絵のコンクールです。『未来の町』がテーマで……うちの子、電車とロボットが大好きで」
宝条 潤(微笑んで)
「なるほど、須田らしいな」
須田
「はい!俺に似て、変に凝るタイプでして……!」
宝条 潤(少し真面目に)
「……いいな。親として、誇らしいだろ?」
須田(目を潤ませそうになり、慌てて)
「は、はい……!」俺、こんな仕事してますけど、家族のことだけはちゃんと守りたいと思ってます」
宝条 潤
「守れてるよ。その笑顔が証拠だ」
須田が感極まってしまいそうになり、慌てて咳払い。
須田
「……失礼しました!本日も運転、気を引き締めて参ります!」
宝条 潤(クスッと笑い)
「よし」
須田(少し躊躇してから)
「……あの旦那様、もしよろしければ」
宝条 潤
「ん?」
須田
「入賞作品の写真……今度、お見せしてもいいですか?」
宝条 潤(即答)
「もちろん」
須田(満面の笑み)
「ありがとうございます!!」
そこへ下澤が通りかかる。
下澤(無表情)
「須田さん、顔が崩れてます」
須田
「崩れてない!!」
宝条 潤
「崩れてる」
須田
「旦那様まで!?」
須田が慌てて表情を戻そうとするが戻らない。
潤は楽しそうに歩き出す。
宝条 潤
「須田。今日はそのままでいい」
須田(敬礼のように頭を下げ)
「……はいっ!!」
宝条邸の朝は、穏やかに始まる。
第13話 完
