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宮廷賢者アルトリア 第17話「ロウラル領の怪事件」

第17話「ロウラル領の怪事件」

ガイナスの部屋

ガイナスの私室。
柔らかな日差しが差し込む穏やかな空間。
床には小さな玩具が置かれている。

アルトリアは柔らかな笑みを浮かべながら、小さなボールを手に持っている。
目の前には、まだ言葉もおぼつかないジャックがいる。

アルトリア
「投げてみますか?」

ジャック
「あ~う~?」

アルトリアは優しく手本を見せる。

アルトリア
「こうやって、こう……投げるんですよ」

ふわりと軽くボールを投げる。
ジャックは興味津々でボールを受け取り――ぽてん、と前に投げる。

ジャック
「あ~!」

ジャックが嬉しそうに笑う。

アルトリア
「上手ですね」

アルトリアが優しく微笑む。
そこへガイナスが歩み寄る。

アルトリア
「太子様」

ガイナス
「ふっ……もうじきこの子も1歳か」

ガイナスがジャックを見つめる。

ガイナス
「元気に育ってくれてよかった」

マリエルが穏やかに微笑む。

マリエル
「ええ。それに、この子も……もうすぐ兄になりますから」

一瞬、空気が止まる。

ガイナス
「……え?」

ガイナスがマリエルを見る。

ガイナス
「どういうことだ?」

マリエルは少し照れながらも、しっかりと告げる。

マリエル
「……2人目の子です」

沈黙の後――ガイナスの表情が一気に崩れる。

ガイナス
「本当か……!?」

マリエル
「ええ」

ガイナスは思わず笑い、マリエルの手を取る。

ガイナス
「……そうか……!」

ガイナスが感極まる。

ガイナス
「ありがとう……マリエル」

ジャックはよく分かっていないまま、きゃっきゃと笑う。
セリアが一歩前に出る。

セリア
「おめでとうございます。兄上、義姉上」

アルトリアも続く。

アルトリア
「心より、お祝い申し上げます」

ガイナス
「ああ。ありがとう、2人とも」

穏やかな空気が部屋を包む。
その中で――セリアはふと、アルトリアの横顔を見る。

セリア(心の声)
(私も……いつか……アルトリアと、こんな家庭を……)

ほんのわずかに頬を染める。
アルトリアは気づかず、ジャックと遊び続けている。

ジャック
「あ~!」

アルトリア
「もう一度、やってみますか?」

その光景を見つめながら――セリアは静かに微笑む。
そのとき――ドアをノックする音が聞こえる。

ダイム
「……失礼いたします」

アルトリアが振り向く。

アルトリア
「ダイム?どうした?」

ダイムは一礼し、やや緊張した表情で告げる。

ダイム
「こちらにおいでとお聞きし参りました。アルトリア様、陛下がお呼びです」

空気がわずかに変わる。

アルトリア
「陛下が?」

少し眉をひそめる。

アルトリア
「……どうして?」

ダイム
「詳細は……私も聞かされておりません。ですが……急ぎのご様子でした」

アルトリアの表情が引き締まる。

アルトリア
「……分かった。すぐに向かう」

セリアが一歩前に出る。

セリア
「私も行くわ」

アルトリア
「……いや、これは――」

セリア
「王家の話なら、私も無関係じゃない」

アルトリアは一瞬考え――

アルトリア
「……分かりました。一緒に来てください」

ガイナスが穏やかに頷く。

ガイナス
「行ってこい」

マリエル
「お気をつけて」

ジャック
「あ〜!」

ジャックが無邪気に手を振る。

アルトリア
「また後で来ます」

セリアも軽く手を振り――

セリア
「行ってくるわねジャック」

2人はレオニスの部屋に向かう。

レオニスの部屋

扉が開く。

アルトリア
「失礼いたします」

セリア
「失礼します」

2人が中へ入ると――レオニスと、その隣に座るロウラルの姿があった。

セリア
「……叔父上まで」

ロウラル
「お前も来ていたか、セリア」

ロウラルが軽くセリアに視線を向ける。
アルトリアは一歩前に出て、深く一礼する。

アルトリア
「陛下。お話というのは?」

レオニスは静かにアルトリアを見据える。

レオニス
「そなたに話があるのは、ほかでもない……我が弟の領地のことだ。」

アルトリアの表情が引き締まる。

アルトリア
「……ロウラル様の領地で、何か?」

レオニスはロウラルに視線を向ける。

レオニス
「説明せよ」

ロウラルは椅子に座ったまま、淡々と口を開く。

ロウラル
「最近、領内で妙なことが起きていてな……住民が原因不明の死を遂げている。家畜も同様に倒れ、水源付近で特に多い」

セリア
「水源……?」

ロウラル
「ああ。井戸や川だ」

ロウラルは少しだけ眉をひそめる。

ロウラル
「ただの病とは思えん。症状の出方が不自然だ」

アルトリアは静かに考え込む。

アルトリア
「……毒、の可能性は?」

ロウラル
「俺もそう見ている」

レオニスが口を開く。

レオニス
「だが、確証がない。故に――そなたを呼んだ」

アルトリア
「……なるほど」

アルトリアが小さく頷く。
レオニスがふとロウラルを見る。。

レオニス
「……しかしお前、自分の領地に帰るのはいつぶりだ?」

ロウラルは少し考える素振りを見せ――

ロウラル
「……面倒で数えていないので、分かりません」

一瞬の沈黙。

アルトリア(心の声)
(陛下の弟ながら適当すぎる……!)

セリア
「叔父上……それはさすがにどうかと思います」

ロウラル
「問題は起きていなかったからな」

レオニス
「だから今こうなっているのだ」

ロウラルは軽く肩をすくめる。

ロウラル
「……はい」

空気が少しだけ和らぐ。
だがすぐに、レオニスの表情が引き締まる。

レオニス
「アルトリア」

アルトリア
「はっ」

レオニス
「この件、そなたに任せる」

アルトリア
「……御意」

セリア
「私も同行します」

レオニス
「許可する」

ロウラル
「助かる」

ロウラルがアルトリアを見る。

ロウラル
「そなたの目で見て判断してくれ」

アルトリア
「必ずや、真相を明らかにいたします」

アルトリアは一歩前に出る。

アルトリア
「それと――私の協力者の中から、2名を同行させたく存じます」

レオニス
「ほう」

レオニスが興味を示す。

レオニス
「誰だ?」

アルトリア
「グエン・ラインと、オラン・ハームです」

レオニスは少し思い出すように目を細める。

レオニス
「グエンは確か……そなたが推薦したあの若者だな」

アルトリア
「はい」

レオニス
「公共工事で成果を上げていると聞く……それはよい」

レオニスが頷く。

レオニス
「だが、もう1人のオランとは何者だ?」

セリアが一歩前に出る。

セリア
「最近アルトリアの協力者となった医官です。バラチャッタ王国の出身で、薬学に精通しています」

ロウラル
「バラチャッタ……医療の国か」

セリア
「ええ。毒や薬に関しては、並の医官より遥かに知識があります」

レオニス
「……ふむ」

レオニスが腕を組む。

レオニス
「だが、その者も確か――まだ15ではなかったか?そなたと甥と同じ歳であろう?」

アルトリア
「はい。ですが腕は確かです」

セリアが静かに言葉を重ねる。

セリア
「父上も……」

レオニスをまっすぐ見つめる。

セリア
「若年のアルトリアを宮殿に招き入れ、今では伯爵の爵位まで与えたではありませんか」

レオニスは一瞬、言葉を失う。

レオニス
「……」

アルトリアを見る。

レオニス
「……そうであったな」

レオニスが小さく笑う。

レオニス
「年齢だけで人を測るのは、愚かというものか」

ロウラル
「ええ。優秀なら歳など関係ありません」

レオニスは頷く。

レオニス
「よい。グエン、オラン――両名の同行を許可する」

アルトリア
「はっ。ありがとうございます」

アルトリアが深く一礼する。
セリアがわずかに微笑む。

レオニス
「そなたの人材を見る目は、すでに証明されている。今回も期待しているぞ、アルトリア」

アルトリア
「必ずや、ご期待に応えてみせます」

若き才能たちが集い――“新時代の戦い”が静かに動き出す。

宮殿内・廊下

出発前、アルトリア陣営のメンバーが集まっている。
オランがアルトリアの言葉を聞いた瞬間――

オラン
「え〜っ!?」

目を丸くして声を上げる。

オラン
「ぼ、僕が……同行って……!?」

アルトリアは落ち着いた様子で答える。

アルトリア
「驚くことじゃないだろ?君の実力を見込んで提案したんだ」

オラン
「で、でも……!僕、まだ宮殿に来たばかりで……!」

アルトリア
「だからこそだ。今回の件は、薬や毒の知識が必要になる可能性が高い。君以上に適任はいない」

オランは言葉を失う。

オラン
「……っ」

そこへザックが横から声をかける。

ザック
「よかったじゃねえか、オラン」

オラン
「ザ……ザック……」

ザック
「最初っからすげえ任務じゃねえか」

ザックがニヤッと笑う。

ザック
「お前の力を証明する機会だろ」

オランは少しだけ表情を緩める。

オラン
「……そう、だよね」

アルトリアが穏やかに続ける。

アルトリア
「ザックの言う通りだ。これは“任務”であると同時に――君の力を証明する機会でもある」

オラン
「……!」

アルトリア
「君ならできる」

オランはしばらく俯き――やがて顔を上げる。

オラン
「……分かりました」

小さく頷く。

オラン
「僕、やります」

ザック
「お、いい顔になったじゃねえか」

オラン
「……ありがとう、ザック」

ザック
「礼は結果出してからにしとけ」

ザックは軽く笑う。
アルトリアは2人を見て、静かに頷く。

アルトリア
「頼りにしているよ」

不安と期待を胸に――若き才能たちが、初めての“実戦”へと歩み出す。

翌朝・王宮前

朝の光の中、馬車が用意されている。
アルトリアはゆっくりと馬車へ向かう。

馬車にはすでにロウラルが座っている。
その隣には、1人の青年――カイン。鋭い眼差しがアルトリアに向けられる。

カイン
「……はじめまして、でいいんだよな?アルトリア殿」

アルトリア
「はい。はじめまして」

アルトリアは落ち着いて応じる。
カインは軽く頷く。

カイン
「俺は――ロウラル・レグナードの長男、カイン・レグナードだ」

アルトリア
「お会いできて光栄です」

セリアが横から口を開く。

セリア
「カインは、私と同い年の従兄弟でね。子供の頃からよく剣の手合わせをした仲なの」

カインはふっと口元を歪める。

カイン
「……だが、結局一度も勝てなかった」

セリア
「ふふ……そうだったわね」

ロウラル
「こいつは昔から負けず嫌いでな」

ロウラルが軽く笑う。

カイン
「……父上」

カインが短く言う。

後続の馬車にはグエンとオランが並んで座っている。

オラン
「き、緊張しますね……」

オランが手をぎゅっと握る。

グエン
「ああ……」

グエンが静かに頷く。

グエン
「だが、俺たちがやることは変わらない。自分の役割を果たすだけだ¥」

オラン
「……はい」

オランが少し落ち着く。

先頭の馬車にて、セリアがアルトリアに視線を向ける。

セリア
「アルトリアは、私の隣にいらっしゃい」

アルトリア
「はい」

自然に隣へ座る。
カインがその様子を横目で見る。

カイン(心の声)
(……なるほどな)

ロウラル
「では、出るぞ」

御者
「出発します!」

馬車がゆっくりと動き出す。
王宮を離れ、彼らは“異変の地”へと向かう――

ロウラル領・城下町

馬車がゆっくりと街中を進んでいる。
活気ある市場、人々の往来。一見すると平和で栄えた街並み。

アルトリアは窓の外に視線を向ける。

アルトリア(心の声)
(……意外と栄えている。本当に荒れているのか?)

ロウラルが腕を組んだまま口を開く。

ロウラル
「このあたりは、まだ栄えている」

アルトリアが振り向く。

ロウラル
「問題は――郊外だ。詳しくは我が屋敷で説明する」

アルトリア
「……承知しました」

アルトリアは再び窓の外へ視線を戻す。

アルトリア(心の声)
(……それにしても――)

少し目を細める。

アルトリア(心の声)
(……美女が多い)

その瞬間――

ぐいっ

アルトリア
「いでででで!?」

セリアが何食わぬ顔でアルトリアの背中をつねっている。

セリア
「あら?どうしたのアルトリア?どこか痛むの?」

アルトリア
「せ……背中が……!」

セリアはさらに指に力を込める。

セリア
「背中?背中のどこが痛いのかしら?」

アルトリア
「い、いや……何でも……」

アルトリアは必死に耐える。

セリア
「そう」

セリアは微笑んでいる。しかし手は離さない。

アルトリア(心の声)
(なぜだ……!?)

その様子を見ていたロウラルが、ぼそりと呟く。

ロウラル
「……セリアが他の男にヤキモチを焼くとはな」

カイン
「ち、父上……」

ロウラル
「面白いものを見た」

ロウラルがくくっと笑う。
カインはちらりとアルトリアを見る。

カイン(心の声)
(……なるほどな)

アルトリアはまだつねられている。

アルトリア
「いででででで……」

セリアは満足したのか、ようやく手を離す。
馬車がゆっくりと減速する。

御者
「まもなく到着いたします!」

ロウラル
「……さて」

ロウラルの表情が一変する。

ロウラル
「ここからが本題だ」

ロウラル邸・正門前

重厚で格式ある屋敷。整えられた庭と、静かな威圧感。

馬車がゆっくりと停まる。
屋敷の前にはすでに1人の青年が待っている。

ミレア
「父上、兄上」

ミレアが軽く頭を下げる。

ミレア
「お待ちしておりました」

ロウラル
「ミレアか。出迎えご苦労」

カイン
「変わりはないようだな」

ミレア
「はい」

馬車の扉が開き、アルトリアとセリアが降りてくる。ミレアの視線がセリアに向く。

ミレア
「姫様……」

セリアに対し丁寧に一礼する。続いて、アルトリアを見る。

ミレア
「……それに、こちらが噂の賢者殿……」

カイン
「そうだ」

カインがアルトリアにミレアを紹介する。

カイン
「うちの弟のミレアだ」

アルトリア
「アルトリア・フィリアです」

アルトリアが静かに礼をする。ミレアは一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。

ミレア
「ミレア・レグナードです。お噂は、かねがね。若くして宮廷の中枢に立つ賢者と……」

ミレアがわずかに目を細める。

ミレア
「どのような方か、興味を持っておりました」

アルトリア
「……ご期待に添えるかは分かりませんが、全力は尽くします」

ミレア
「ええ」

セリアが穏やかに口を挟む。

セリア
「ミレア、久しぶりね」

ミレア
「はい、姫様。ご無事なお姿、何よりです」

ロウラルが一同を見渡す。

ロウラル
「立ち話も何だ。中で話すぞ」

ミレア
「すでに準備は整っております」

カイン
「さすがだな」

ミレア
「お客様が来るのですから」

アルトリアはそのやり取りを見て、心の中で呟く。

アルトリア(心の声)
(……この家、やはり只者ではないな)

ロウラル邸・玄関ホール

重厚な扉が開き、一行が中へ入る。高い天井と重厚な内装。静けさの中に気品が漂う。

その奥に――1人の女性が静かに立っている。

セレーノ
「……旦那様」

穏やかに一礼する。

ロウラル
「セレーノか、出迎えすまない。そなたも家のことで忙しいだろうに」

セレーノ
「いえ」

セレーノが静かに微笑む。

セレーノ
「家を守るのが、私の役目ですので」

セレーノの視線が、ゆっくりとセリアへ向く。

セレーノ
「セリア姫様」

セレーノが丁寧にお辞儀をする。

セレーノ
「よくぞお越しくださいました」

セリア
「お久しぶりです、叔母上」

セリアが柔らかく微笑む。

セレーノ
「お元気そうで何よりです」

そして――セレーノの視線がアルトリアへ移る。一瞬、空気がわずかに張り詰める。

セレーノ
「……」

じっと観察するように見る。
ロウラルが口を開く。

ロウラル
「紹介しよう。こちらが宮廷賢者――アルトリアだ」

アルトリアは一歩前に出て、深く一礼する。

アルトリア
「アルトリア・フィリアと申します」

セレーノは静かに頷く。

セレーノ
「ロウラルの妻、セレーノでございます……お噂は、かねがね。若くして宮廷の中枢に立つ賢者」

わずかに微笑む。

セレーノ
「どれほどの方かと、楽しみにしておりました」

アルトリア
「ご期待に応えられるよう、尽力いたします」

セレーノは一瞬だけ目を細める。

セレーノ
「ええ……期待しております」

カインがその様子を横目で見る。

カイン(心の声)
(……母上が、あそこまで言うとはな)

ミレアも静かにアルトリアを見つめる。

ロウラル
「さて、本題に入るとしよう」

セレーノ
「すでに資料は用意しております」

セレーノは一行に背を向ける。

セレーノ
「こちらへ」

ロウラル邸・応接室

セレーノに案内され、一行が部屋へ入る。そこには――すでに2人の若者が待っていた。

リュサル
「おかえりなさい、父上、兄上」

リュサルが落ち着いた声で一礼する。

エルサ
「……この方が、噂の賢者様……」

エルサが興味深そうにアルトリアを見る。

ロウラル
「リュサル、エルサ、待たせたな」

カイン
「準備はできているか?」

リュサル
「はい、いつでも」

アルトリアが一歩前に出る。

アルトリア
「アルトリア・フィリアと申します」

アルトリアが丁寧に一礼する。リュサルも同じく礼を返す。

リュサル
「三男のリュサルです。以後、お見知りおきを」

無駄のない、整った所作。
続いてエルサが軽やかに一歩前へ。

エルサ
「末っ子のエルサです」

にこっと笑う。

エルサ
「お噂はいっぱい聞いてます」

アルトリア
「それは光栄です」

エルサはアルトリアをじっと見つめる。

エルサ
「ほんとに若いんですね」

カイン
「失礼だぞ、エルサ」

エルサ
「だって本当のことじゃない」

エルサは悪びれずに言う。

ミレア
「……だが、その若さで伯爵」

ミレアが静かに言う。

ミレア
「只者ではない、ということだ」

リュサル
「ええ」

リュサルがアルトリアを見る。

リュサル
「実力で示された地位……興味深い」

アルトリア
「まだ道半ばです」

セレーノが静かに全員を見渡す。

セレーノ
「これで全員揃いましたね」

ロウラル
「ああ。では、始めるぞ」

全員が席につき、緊張した空気が流れる。
机の上には資料と地図。

セレーノが一歩前に出る。

セレーノ
「では、現状をご説明いたします」

机の上に地図を広げる。

セレーノ
「被害は主に、この郊外一帯で発生しています」

アルトリアが地図を覗き込む。

セレーノ
「最初の発生は3週間前。住民が突然体調を崩し、そのまま死亡しました」

リュサル
「当初は疫病と判断されました」

ミレア
「しかし――感染の広がり方が不自然でした」

カイン
「家族内で感染しない例も多い」

エルサ
「なのに、同じ井戸を使ってる人だけ倒れてるんです」

アルトリアの目が細くなる。

アルトリア
「……水源」

セレーノ
「ええ」

セレーノが頷く。

セレーノ
「被害者はすべて、特定の井戸、あるいは川を利用していました」

ロウラル
「だから毒を疑った」

セリア
「医官の見解はいかがでしたか?」

セレーノ
「自然毒の可能性も検討しましたが――一致するものはありませんでした」

アルトリア
「……症状は?」

リュサルが資料を差し出す。

リュサル
「こちらに」

アルトリアは目を通す。

アルトリア(心の声)
(発熱、嘔吐、呼吸困難……だが、進行が遅い……)

アルトリア
「即死ではありませんね」

ミレア
「はい」

アルトリア
「にもかかわらず、致死率は高い」

セレーノ
「その通りです」

アルトリアはゆっくりと顔を上げる。

アルトリア
「……奇妙ですね」

ロウラル
「どういうことだ?」

アルトリア
「毒なら、もっと効率よく殺せるはずです」

一同、静まる。

アルトリア
「にもかかわらず――“ゆっくり死ぬ”ように調整されている」

セリア
「……!」

カイン
「つまり?」

アルトリア
「これは“殺すための毒”ではありません」

沈黙。

アルトリア
「“見せるための毒”です」

エルサ
「見せる……?」

アルトリア
「恐怖を広げるための」

セレーノの目がわずかに細くなる。

セレーノ
「……なるほど」

ロウラル
「領内を混乱させるためか」

アルトリア
「ええ」

アルトリアは地図の一点を指す。

アルトリア
「しかも範囲が限定されています」

ミレア
「意図的に絞っている……?」

アルトリア
「はい。完全な混乱ではなく――“制御された恐怖”を作っています」

リュサル
「……目的は?」

アルトリア
「まだ断定はできませんが――」

アルトリアの目が鋭くなる。

アルトリア
「ロウラル様の領地……つまり軍事拠点を揺るがすことでしょう」

カイン
「……」

ロウラル
「誰の仕業だと思う?」

アルトリアは少しだけ考え――

アルトリア
「現時点では不明です。ですが――」

アルトリアの声が低くなる。

アルトリア
「かなり高度な知識を持った者の犯行です」

セレーノ
「……医術、あるいは毒物の専門家」

アルトリア
「ええ」

セレーノが静かに呟く。

セレーノ
「……敵は、すでに動いている」

重苦しい空気の中、アルトリアが静かに口を開く。

アルトリア
「……病人たちは、どこに?」

ロウラル
「郊外の集落に集めてある。これ以上被害が広がらぬよう、隔離している」

アルトリア
「分かりました」

アルトリアはオランの方へ視線を向ける。

アルトリア
「オラン」

オラン
「は、はい!」

オランが少し緊張しながら前に出る。

アルトリア
「君は病人の診察を頼む」

オラン
「……!」

アルトリア
「症状の詳細、進行速度、共通点――すべて記録してくれ」

オラン
「わ、分かりました!」

オランは真剣な表情で言う。

オラン
「必ず、何か掴んでみせます!」

アルトリアは小さく頷く。

アルトリア
「頼りにしている」

オランの表情が少しだけ引き締まる。
次にアルトリアはグエンへ視線を移す。

アルトリア
「グエン」

グエン
「はい」

グエンは落ち着いた声で言う。

アルトリア
「周辺の川と井戸を調査してくれ」

グエン
「……水源の構造と流れ、ですね」

アルトリア
「そうだ。どこから流れ、どこに溜まるのか、不自然な点があればすべて報告してほしい」

グエン
「了解しました。必ず原因の手がかりを見つけます」

アルトリア
「期待している」

セレーノが静かに頷く。

セレーノ
「案内の者をつけましょう」

アルトリア
「お願いします」

ロウラルが立ち上がる。

ロウラル
「……では我々は現地に行くとしよう」

カインも立ち上がる。

カイン
「直接見るのが一番だな」

ミレア
「私も同行します」

リュサル
「同じく」

エルサ
「私も!」

ロウラル
「エルサは残れ」

エルサ
「え〜!」

セレーノ
「あなたは屋敷にいなさい」

セレーノが静かに制す。

エルサ
「……はーい」

エルサはしぶしぶ受け入れる。
セリアがアルトリアの隣に立つ。

セリア
「行きましょう」

アルトリア
「ええ」

アルトリアの目が鋭くなる。

アルトリア(心の声)
(……まずは“現場”だ)

郊外・川辺

濁った水が静かに流れている。
周囲には人の気配が少ない。

案内役
「ここが問題の川です」

グエン
「上流はどこですか?」

案内役
「森を抜けた先です。人の出入りはほとんどありません」

グエン
「……人が来ない場所か」

グエンは周囲を見渡す。

グエン(心の声)
(なら、何か仕掛けるには好都合だ)

次に井戸を調べる。

グエン
「井戸も同じ水系統……」

グエンが桶を引き上げる。

グエン
「……ん?」

わずかに違和感を感じる。

グエン
「沈殿物……?」

水の底に、ほんのわずかな濁り。

グエン(心の声)
(自然にしては妙だな……)

隔離された集落

苦しそうなうめき声。
簡易ベッドに横たわる人々。

オランが患者の手を取る。

オラン
「……脈が弱い……」

患者
「……苦しい……」

オラン
「大丈夫です、今診ますから」

オランが患者の瞳孔を確認する。

オラン
「発熱……呼吸も浅い……」

助手
「同じ症状の方がほとんどです」

オラン
「……」

オランは薬草を取り出すが――

オラン
「……違う」

助手
「え?」

オラン
「これ、普通の毒じゃありません」

助手
「!?」

オラン
「もっと……遅効性で……」

オランの表情が変わる。

オラン
「体の内側から、じわじわ蝕むタイプ……」

オラン(心の声)
(こんなの、見たことない……でも……)

オラン
「……人工的に調整されてます」

郊外・村

人気のない家々。
閉ざされた扉。

アルトリアたちが歩く。

セリア
「……静かすぎるわね」

カイン
「人がいないので」

ミレア
「避難させています」

ロウラル
「ここが最初の発生地点だ」

アルトリアは地面を見る。

アルトリア(心の声)
(生活の跡はある……)

アルトリア
「急に放棄されたわけではありませんね」

リュサル
「ええ」

アルトリアは井戸を見る。

アルトリア(心の声)
(やはり……水)

アルトリア
「最初の被害者は?」

ミレア
「この家の住人です」

家の前で止まる。
アルトリアは扉に手をかける。

ギィ……

中は荒れていない。

アルトリア
「争った形跡なし……」

セリア
「つまり――」

アルトリア
「外的要因ではありません」

アルトリアは静かに呟く。

アルトリア
「やはり、“内部からの侵食”……」

アルトリアの目が細くなる。

ロウラル領・臨時拠点(集落の一角)

アルトリアたちが再び集合する。

ロウラル
「どうだ?」

ロウラルがアルトリアに尋ねる。

アルトリア
「……まだ断定はできませんが、確信に近づいています」

そこへ――グエンが戻ってくる。

グエン
「報告します」

アルトリア
「頼む」

グエン
「川と井戸を調査しました。水そのものに強い異常はありません」

セリア
「……つまり?」

グエン
「常時混入されているわけではない、ということです」

リュサル
「間欠的……?」

グエン
「はい。そして、井戸の底に――微量の沈殿物を確認しました。」

ミレア
「沈殿物……?」

グエン
「自然発生にしては不自然です。何かが投入されている可能性が高い」

アルトリア
「……やはりか」

その時、オランが駆け込んでくる。

オラン
「アルトリア様!」

アルトリア
「オランも来たか」

オラン
「分かりました……毒の性質が!」

全員がオランを見る。

オラン
「これは普通の毒じゃありません!遅効性で、体内に蓄積していくタイプです!」

セリア
「蓄積……?」

オラン
「はい!一度ではなく、何度も摂取することで発症する!」

ロウラル
「……つまり水か」

オラン
「はい!しかも――」

オランの声が震える。

オラン
「人工的に調整されています」

ミレア
「……!」

リュサル
「人為的毒物……」

カイン
「厄介だな」

アルトリアは静かに目を閉じる。

アルトリア(心の声)
(グエンの沈殿物……オランの遅効性毒……)

アルトリアはゆっくり目を開ける。

アルトリア
「……見えました」

セリア
「アルトリア……?」

アルトリア
「この事件の構造が」

全員の視線が集まる。

アルトリア
「犯人は――一定の間隔で、水源に毒を投下しています」

グエン
「……!」

アルトリア
「常に混ぜればすぐ発覚します。ですが、間隔を空ければ――原因の特定が困難になります」

リュサル
「……巧妙だ」

アルトリア
「さらに遅効性なら、症状が出るまで時間差があります」

ミレア
「発生地点の特定も困難……」

アルトリア
「ええ。つまりこれは――」

アルトリアの声が低くなる。

アルトリア
「“発覚を遅らせるための毒”です」

沈黙。

ロウラル
「……目的はやはり混乱か」

アルトリア
「それもあります。ですが、本命は別です」

セリア
「……本命?」

アルトリア
「この毒は――“実験段階”です」

全員が息をのむ。

カイン
「実験だと?」

アルトリア
「はい。効果、範囲、発症時間――すべてを測っています」

オラン
「……!」

ロウラルの表情が険しくなる。

ロウラル
「……誰だ?」

アルトリア
「まだ断定はできませんが、ただ1つ言えるのは――」

アルトリアの目が鋭く光る。

アルトリア
「犯人は、この領地の構造を熟知しています」

ミレア
「内部の者……?」

アルトリア
「その可能性が高いでしょう」

空気が一気に重くなる。

セリア
「……内通者」

アルトリア
「ええ。そして――毒の投下地点。それを突き止めれば、犯人に辿り着けます」

ロウラルが立ち上がる。

ロウラル
「よし。全域を再調査だ」

カイン
「はい」

ミレア
「情報を整理します」

リュサル
「監視網を張ります」

セリアがアルトリアを見る。

セリア
「どうする?」

アルトリアは静かに答える。

アルトリア
「……罠を張りましょう」

全員が驚く。

ロウラル
「罠だと?」

アルトリア
「はい。相手は必ず、再び毒を投入する。その瞬間を捕らえます」

セリア
「……なるほど」

アルトリア
「それが一番です」

見えない敵に対し――アルトリアは“攻め”に転じる。

ロウラル領・郊外の井戸(夜)

月明かりのみ。静寂。
アルトリアとセリアが井戸の影に潜む。

風が静かに吹く。

セリア(小声)
「……来ると思う?」

アルトリア(小声)
「ええ。“間隔”がある以上、今夜が投下のタイミングです」

黒いフードの男が現れる。手には小瓶。

セリア(小声)
「……来たわね」

男は周囲を警戒しながら井戸へ近づく。
アルトリアが静かに姿を現す。

アルトリア
「……お前が犯人だったか」

男がビクッと反応する。
男は無言のまま――短剣を抜く。

カッ――!

男が一気にアルトリアへ襲いかかる。
セリアが前に出る。

セリア
「させない!」

キィンッ!!

セリアの剣が短剣を弾き飛ばす。短剣が地面に転がる。
セリアは間髪入れず剣を突きつける。

セリア
「終わりよ」

男は一瞬静止し――


「……甘い」

パシュッ!!

煙玉が炸裂。視界が白く覆われる。

セリア
「くっ……!」

煙の中、男が駆け出す。

アルトリア
「予想通りです。逃走経路も――読めています」

次の瞬間――

ヒュンッ!!

矢が放たれる。男のフードを射抜く。


「!?」

フードが裂ける。
その先に――高台に立つエルサが弓矢を構えている。

エルサ
「逃がさないよ」

次々と矢が放たれる。

ヒュン!ヒュン!ヒュン!!

男の衣服を正確に射抜き――

ザシュッ!!

壁に縫い付ける。


「ぐっ……!」

男は動けない。完全に拘束される。
エルサが軽やかに着地する。

エルサ
「はい、これで終わり」

カインが腕を組みながら近づく。

カイン
「うちの妹の弓の腕はどうだ?賢者殿」

アルトリア
「お見事です。イルカン四天王のアイゼル将軍にも引けを取らないでしょう」

エルサ
「えへへ……」

エルサが頬を赤くしながら笑う。

エルサ
「もっと褒めてもいいですよ?」

セリア
「調子に乗らないの」

セリアがジト目で言う。

エルサ
「はーい」

アルトリアは拘束された男の前に立つ。

アルトリア
「さて――話を聞かせてもらいましょうか」

男は黙ったまま睨み返す。

ロウラル邸・地下牢

薄暗い石造りの空間。
松明の火が揺れる。

男は壁に拘束されている。
フードは外され、顔が露わになっている。

ロウラル
「……見覚えがあるな」

カイン
「こいつ……水利管理の役人だ」

セリア
「……!」

アルトリア
「やはり内部の者でしたか」

男は無言で睨みつける。

ロウラル
「なぜだ?なぜ我が領地でこんな真似をした?」


「……」

沈黙。

カイン
「口を割らないつもりか」

アルトリアが一歩前に出る。

アルトリア
「無駄ですよ」


「……何がだ?」

アルトリア
「あなたの行動はすでに解析済みです」

男の目がわずかに揺れる。

アルトリア
「一定間隔での毒の投入、遅効性毒による撹乱、そして――発覚を遅らせるための設計」


「……」

アルトリア
「あなた1人でできる規模ではない。つまり、背後に誰かいる」

男の表情が固まる。

アルトリア
「さらに言えば――あなたは“使われただけ”ですね」


「……!」

ロウラル
「……ほう」

アルトリア
「本当に主導した者なら――自ら危険な現場には来ない。ですがあなたは来た。つまり――末端」

男の歯がきしむ。


「……黙れ……!」

アルトリア
「図星ですか」

セレーノが静かに口を開く。

セレーノ
「報酬はいくらでした?」


「……!」

セレーノ
「家族のためかしら?それともお金のためかしら?」


「……」

沈黙。

セレーノ
「どちらにせよ――あなたは切り捨てられる立場だった」

男の顔に動揺が走る。

アルトリア
「あなたが捕まることも、計算のうちです」


「な……」

アルトリア
「あなたが捕まれば――“単独犯”として処理される」

セリア
「……!」

ロウラル
「なるほど……」

アルトリア
「つまり――」

アルトリアの声が低くなる。

アルトリア
「あなたが沈黙しても、意味はない」

男の呼吸が荒くなる。

アルトリア
「むしろ――ここで話したほうが、生き残る可能性は高い。使うだけ使って切り捨てようとした人が憎くないですか?」

長い沈黙。

男の視線が揺れる。


「……俺は……」

カイン
「……!」


「命令されただけだ……」

ロウラル
「誰にだ?」

男はしばらく黙り――


「……黒い紋章の……男だ」

セリア
「黒い紋章……?」

セレーノの目が鋭くなる。

セレーノ
「……旧貴族派」

ロウラル
「……やはりか」

アルトリア
「接触方法は?」


「顔は見ていない……だが……印だけは……黒地に、銀の紋章……」

セリア
「……間違いないわね」

ロウラルが腕を組む。

ロウラル
「ついに動き出したか……」

アルトリアは静かに呟く。

アルトリア
「……これは“前哨戦”に過ぎません」

セリア
「ええ」

アルトリア
「彼らが何をしてくるかはわかりません。ですがその時が来たら……」

アルトリアの目が鋭く光る。

アルトリア
「……迎え撃ちます」

ついに姿を現した“旧貴族派”。だが――戦いは、まだ始まったばかり。

玉座の間

レオニスが玉座に座る。
アルトリアが前に進み、跪く。

アルトリア
「陛下、ロウラル領における一連の事件――実行犯の拘束に成功いたしました」

レオニス
「……うむ。やはり毒か」

アルトリア
「はい。水源への間欠的な毒物投下、遅効性の人工毒による撹乱が目的でした」

レオニス
「背後は?」

アルトリア
「旧貴族派の関与が濃厚です」

一瞬、空気が張り詰める。

レオニス
「……ついに動いたか」

アルトリア
「今回の件は“実験段階”と推測されます」

レオニス
「実験、だと?」

アルトリア
「より大規模な攻撃の前段階かと」

レオニスは腕を組む。

レオニス
「……面白い」

セリア
「父上?」

レオニス
「敵が牙を剥いたということは――こちらの脅威を認めたということだ」

アルトリア
「……」

レオニス
「アルトリア」

アルトリア
「はっ」

レオニス
「引き続き警戒を強めよ」

アルトリア
「御意」

宮殿・別棟

薄暗い廊下にある一室。

ウラド
「あやつが捕まりました」

オリオン
「その様ですな」

オリオンは微動だにしない。

ウラド
「……よろしいのですか?末端とはいえ、口を割れば――」

オリオン
「問題ありません。切り捨てる前提で動かしております」

ウラド
「……相変わらず、冷徹ですな」

短い沈黙。

ウラドがふと口を開く。

ウラド
「……ところで」

オリオン
「?」

ウラド
「なぜアントニウス様は――バーンズ様をそこまで憎むのでしょう?いくら宰相争いで敗れたとはいえ……」

空気が変わる。
オリオンの目がわずかに細くなる。

オリオン
「……父にとって、あの敗北はただの敗北ではないのです」

ウラド
「……と、言いますと?」

オリオンはゆっくりと窓の外を見る。

オリオン
「父は、あの時すべてを手に入れるはずでした」

ウラド
「……」

オリオン
「権力、名声、そして――この国の未来そのものを」

ウラド
「……!」

オリオン
「だが、バーンズによりそれを奪われた」

オリオンの声がわずかに低くなる。

オリオン
「父にとってそれは――“人生の否定”に等しい」

沈黙。

ウラド
「……だから復讐を」

オリオン
「復讐、ではありません。“正す”のです」

ウラド
「正す……?」

オリオン
「この国を本来あるべき姿に」

オリオンの口元がわずかに歪む。

オリオン
「そのためなら――多少の犠牲は、やむを得ない」

第17話 完

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