コミック書評:『えのえ』(1000夜連続90夜目)
――“カタチのないもの”が形を持ち始めるとき
AIホラーというジャンルを仮に定義できるなら、その最前線に立っている作品のひとつが現在連載中の『えのえ』だろう。
作中で描かれる恐怖は、幽霊でも、怪物でもない。もっと薄く、静かで、もっと"古い"。いつからそこにあったのかも分からない「何か」が、ただ輪郭を得はじめているだけなのだ。
物語の主人公は、大学4年生の竹下紘夢。彼は卒業論文で、1980年代に地方で拡大した土着系の新興カルト宗教について研究している。資料の多くは古く、曖昧な証言や断片的な伝承が入り混じっているため、竹下は解析に生成AIを使う。AIが抽出するのは、数値やテキストの「統計的な一致」。本来なら、ただの補助にすぎないはずだった。
だがある日、資料の中にある奇妙な単語に気が付く。「えのえ」だ。
文脈とは無関係に、ただ時折そこに挿入されているその語は、調べても参照元も分からず、意味すらも判然としない。
そもそも生成AIの基本的な仕組みは、膨大なデータから特徴を抽出し、見える形に再構成することにある。人間が見落とす微細な一致も、AIは拾い上げる。そして、それが一定の密度を超えたとき、その情報は輪郭を持つ。
「えのえ」は、人間には知覚できない閾下に存在する文字列らしいのだ。
同様のものに、作中で引用される「青木ヶ原さん」のケースがある。青木ヶ原を生成AIで画像化すると必ず不気味な女性が生成される、という有名なネット上の怪談だ。実際の画像には、そんな人物はいない。しかし「とある人物」が生成されてしまった。誰でもない誰か、存在しないはずの存在が、データの中から「浮かび上がって」しまったのだ。
https://togetter.com/li/2081371
やがて、竹下の画面上でも「えのえ」という文字列が、解析のたびに少しずつ侵食するように広がっていく。竹下は次第に――「えのえ」は偶然生まれたノイズではなく、もともと薄く世界に染み込んでいた“何か”なのではないか。AIは、それをただ拾い上げているだけではないのか――そう考えるようになる。
連載も中盤に差し掛かる頃、竹下のリアル生活にも「えのえ」が侵食を始める。大学の共用PCのサジェストに浮かぶ「えのえ」、大学の掲示板の端に書き込まれた謎の落書き、事故を伝えるニュースの背景にふと映り込む文字列――直接的な怪異は起こらない。だが、竹下は。それらはすべて「気づいていなかっただけで、もともとそこにあったもの」ではないかと気づく。
コミック1巻の最後では、竹下はさまざまな時代と地域の“負”の記録にも「えのえ」が潜んでいることを突き止める。災害・戦争・自死・儀式・風習。多くの記録で、直接「えのえ」について説明しているわけではないが、何かがそこにあるのだ。
『えのえ』は、AIと認知を主題にした現代的な怪談だ。かつて、写真の発明とともに心霊写真が生まれ(その後デジタル化により衰退した)、ビデオの発明で心霊動画が生まれたように、テクノロジーは新たな怪奇を生み出す。
物語の結末はまだ描かれていない。竹下が「えのえ」の正体に辿り着くのかもまだ分からない。ただ、この作品は単なるホラーコミックというではなく、今後のAI社会に潜んでいる根本的な恐怖や可能性を見事に描いているという点で、既に重要な一作だといえる。
人間の“認知能力”を超えて世界の捉え直されたときに何が起きるのか――何も映らない樹海に「人」を見たように、何もないはずの資料から「何か」が見えてしまう時代なのだ。
もしもあなたが生成AIを使っているのなら、この怪異譚が結末を迎えるより先に、あなたの画面でも「何か」が起こってしまうかもしれない。
もしくは、すでに起こっていることに気付いていないだけかもしれない。
というマンガが存在するテイで書評を書いてみた。
#誰かあるテイで表紙作ってー。
☆読みたいと思ったら【スキ】お願いしまーす。ワンチャン、コミックになるかも☆
参考にした記事)
視点。青木ヶ原さん、まじこわい。
