幻で終わった、大学時代の長期世界一周旅行 ~②高校生で社会科教員を目指すようになったこと~
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私は2011年3月に中学校を卒業しました。最初はあまり馴染めていなかった中学校でしたが、先生方、同級生とのたくさんの素晴らしい出会いがあり、いい思い出をもって卒業することができました。一番嬉しかったことは「私が鉄道好きであることを受け入れてくれたこと」です。
ちょうどこの頃から「何かを教える仕事に就きたい」と考えるようになりました。もちろん「教員」という職業も頭の中にありましたが、この時点では「塾講師」の方に憧れをもっていました。
高校受験のために入った塾は「個別授業と集団授業」を組み合わせるスタイルであり、結構気に入っていました。その塾の先生方は基本的には3人の正社員と、大学生・主婦の方(アルバイト)で構成されていました。みなさんがとても親切にしてくださったので、とても愛着があり、母親に頼み込んで高校受験後も塾を継続して個別授業で勉強を教えてもらうことにしました。
高校受験後もその塾を継続する場合、「その年の6月まで授業料が30%引き」というキャンペーンをやっていたので、ひとまず6月までは継続し、そこでいったんやめるつもりでした。でも、それで終わりにするのではなく、予備校とかで大学受験をしっかり頑張ったあと「講師としてこの塾に戻ってきたい」という強い想いをもっていました。
しかし、いったん塾をやめるつもりだった高校1年生の6月、事件はおこりました。クラスメイトとの大きなトラブルに巻き込まれてしまったんです。詳しいことは今はまだ言えませんが、そのせいでしばらく学校に行けなくなりました。
一応、トラブルは解決したことにはなったものの、それ以降、卒業まで学校生活を楽しめたことはひと時もありませんでした。他のクラスメイトからも後ろ指を指されたり、ひどい言葉を日常的にかけられたり…せっかく中学校3年間で人との出会いに恵まれて「人との関わり・コミュニケーション」が何とかなったのに、高校3年間ですべて叩き壊されてしまったと感じています。
ここで自分の将来の目標が「塾講師」から「教員」に変わりました。
「自分と同じような苦しみを感じている子どもの力になりたい」
「塾講師よりも教員の方が自分の経験・能力をより活かせる」
と考えたからです。
鉄道好きであることも活かしたかったので、教員になる場合は社会科しかないだろうな、とも思いました。
早速、中学校の恩師に相談しにいきました。「これまでの自分の苦しい経験と鉄道好きであることを活かして社会科教員になりたい」と。
恩師がとても喜んでくれたのはよく覚えています。色々とアドバイスをいただく中で最も印象に残ったのは、
「社会科の教員を目指すのであれば、たくさんの都道府県・国へ旅行するといいよ。自分の目で色々なことを確かめて、それを語れるようになってほしいな。」
というものでした。
ここでようやく、「世界一周旅行」とつながります。中学校3年生のときに知った「世界一周旅行」ならば一気に色々な国へ行くことができると考えました。もともと「世界の30,000駅に行くぞ!」という目標のもと、地球の歩き方を読みあさっていましたが、恩師からアドバイスをもらった日から、地球の歩き方を読む目的が大きく変わりました。
地図帳や地球の歩き方で「教科書に載っている用語・出来事を確かめられる場所」を徹底的に探し、訪問先やルート、各地での滞在日数や旅費を次々に妄想してはメモをとっていました。ちょうどこのころ(2011~2014年)は世界一周旅行に関する書籍が相次いで出版されていたので、色々読んで勉強していました。

その中でも「大学生の旅行記」は特に夢中になって読んでいました。長期の世界一周旅行をやっている人はみんな「休学して世界一周旅行をする」というスタイルでしたので、自分もそうしようと思っていました。
「まずは大学受験を頑張る。そして大学生になれたら自分の通っていた塾で講師のアルバイトを行い、資金をためる。資金が貯まったら休学して10カ月くらいの世界一周旅行をする。」
これが高校生だった自分の、長期世界一周旅行に向けての計画でした。当時は「バックパッカースタイルであれば150万円で1年間世界一周旅行ができる」と言われていたので、「2年間で準備・貯金→3年目に休学して世界一周旅行出発」という考えでした。また、正社員としての塾講師を目指すのをやめた一方で、「通っていた、愛着のある塾で講師のアルバイトをする」という目標は変わりませんでした。ついでに長期世界一周旅行の資金も貯まるので一石二鳥です。
しかし、この計画はうまくいきませんでした。すでに高校で大きなトラブルに巻き込まれていた私は、まともに判断できる力を失ってしまっていたんです。
まず、高校1年の6月でやめるはずだった塾はそのままダラダラと継続することになってしまいました。本来、学習塾は「定期テストの点を上げたい」とか「第一志望の学校に合格したい」とか明確な目的のもと通う場所です。しかし、高校での居場所がなく心のよりどころがほしかった私は、その塾の存在が「勉強のため」というよりも「心のよりどころ」となっていました。
「もうこのままこの塾で大学受験に挑もう。大学受験が終わったらそのまま講師になれば人間関係も一から築かなくていいし、気楽でいいや。」
当時の事情を考えると仕方がない部分もあります。しかし、悪い意味でダラダラと塾を継続してしまった私は、まともに大学受験の勉強を頑張ることができず、「早くこんなクソみたいな高校生活を終わらせたい」「とにかく世界一周旅行のために大学生になってこの塾で講師のバイトをしたい」という気持ちだけが先走ってしまいました。
矛盾しているかもしれませんが、「高校3年間での出来事」が私を長期世界一周旅行へと誘う一方で、「塾をダラダラ継続する」という状況がその長期世界一周旅行を断念させることにつながってしまうのでした…
今回はここまでです。
内容のほとんどが「社会科教員を目指すようになったきっかけ」になってしまいました…
ですが、私と長期世界一周旅行についての関係を語る上では欠かせないエピソードだったので、書かせていただきました。
次回は「大学生になった私が塾講師のアルバイトに没頭し、長期世界一周旅行を断念することになった」ことについて記します。
