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2回目の世界一周 2023 きっかけ ~どん底からの世界一周~

 2018年7月31日、私は世界一周旅行に出発した。あの時は「韓国行きフライト乗り遅れ事件」と「教育実習での体験」が直接のきっかけとなり、約1年半の準備期間を経ての出発だった。アジア、ヨーロッパ、中南米そして北アメリカをめぐる44日間の長旅では驚きと感動の連続で、毎日が刺激的だったし、その旅の体験はその後の教員としての仕事にさまざまなメリットをもたらすことになった。旅行先の画像を見せたりトークで盛り上がったり、体験したことをそのまま授業で使うことはもちろん、海外旅行、長期の旅行への抵抗がなくなったこと、旅のスタイル(どうやってマイルを貯めるのか、ネット接続をどうするか、どうやって写真を撮るか、など)ががらっと変わるなど、その後の自分の人生に大きな影響を及ぼすことになった。

さらに「世界一周航空券」という魔法のようなチケットの存在を知ってしまったこともあり、「またいつか絶対世界一周航空券を使って世界一周するぞ」という気持ちが強くなった。なお、この世界一周と、2019年3月の「ウユニ塩湖取材旅行」をもって海外旅行はしばらくお預けとなり、しばらくの間は教員採用試験に向けた勉強に集中することになった。

幸いなことに、大学院2年次にはある学校での週2日程度の非常勤講師としての仕事を得ることができ、自分自身の日本や世界での色々な旅の体験を携え、学生をしながら、教師をしながら、試験の勉強をすることができたので、とても有意義な時間を過ごすことができた。この年の試験は一次試験(筆記)は余裕で通過することができたが、二次試験(面接など)で不合格となってしまい、精神面で乱れてしまうこともあった。それでも、卒業後はまた別の街の学校で非常勤講師とか臨時講師として雇ってもらえることになり、「今年こそ合格して世界一周!」という目標をたて、仕事に励んでいくことになった。

 だが、事はそう上手く進んではくれなかった。まず、2020年度ごろより新型コロナウイルスの大流行により、しばらくの間、一般人の海外旅行が一切禁止され、国内旅行すらままならない状況となってしまった。

試験に関しても2019年から2022年まで4年連続で不合格となってしまった。その度にかなりへこんでしまったが、それでも有難いことに毎年仕事をもらえ続けられたおかげで一定の収入を得ることができ、新型コロナ感染症が落ち着く時期も出てきた2021年度ごろからは一か月に1回ほど遠くへ出かけることができた。YouTuberの真似をして北海道と沖縄をわずか1日で旅行したり、日本最南端の波照間島から最北端の宗谷岬まで移動してみたり、「新幹線と特急のみで移動できるルートのJR最長片道切符の旅」を実行したり、ある程度の費用をかけ、自分なりに楽しんでいたつもりだった。

また、大学1年のときに「世界一周で中南米に行きたいから」という理由で1年だけ学んでいたスペイン語の勉強に本格的に取り組むことになった。コロナ禍で遠くへ外出できず、暇になったときに勉強し始めたのがきっかけで、テキストを買って文法の勉強をしたり、ラジオを聞いてみたり、一人暮らしを始めた2021年からはオンラインでスペイン語の会話レッスンを受けたりした。そして2年間でスペイン語検定4級やDELEA1(スペインの公的な機関が運営しているスペイン語の試験で、A1は6段階中一番下のレベル)をとるなど、着実にその力をつけていくのであった。

話をまとめると、2019年~2022年は毎年教員採用試験に落ち続け、海外旅行にもいけないという不運があったものの、できる範囲で国内旅行を楽しみ、その移動中の飛行機や列車でスペイン語や地理、歴史、教員採用試験の勉強をしたり、授業の準備をしたり、よいアイデアを生み出していったりするなど、充実した生活が送れていたとは思う。何より、こんなことができるのも、環境に恵まれていたからであり、自分の所属する学年、クラス、部活、生徒、同僚、保護者など、たくさんの人の支えや理解により、成り立っていたのである。これからもこの調子で仕事や勉強を頑張り、自分が目指していた授業、教師像に一歩一歩近づいていこうとした。

 ところが、2023年度は教師として、というよりも人生の中で最悪な1年となってしまった。その年度に所属することになった学年が自分にとってあまりにも過酷な環境だったのである。2022年度までに「あの学年だけには関わりたくないな」とずっと思っていた学年に配属されてしまった。さまざまな不安が的中し、とにかくここには書ききれないくらいの屈辱を受けた。ハラスメント行為をする教師、それを黙認する、煽っている同じ学年の教師、最悪だった。それに自分が信頼していた方々のうち、昨年度限りでほぼ全員が職場からいなくなってしまったことも大きかった。

そして5月下旬のある日、帰宅後玄関で倒れて訳も分からず絶叫し大泣きした。母に連れられ心療内科に駆け込み、抑うつ症状だったのかうつ病だったのか、よく覚えていないがそういった診断が下り、仕事を休むことになった。休んでいる間は何もやる気がおきず、ただ無駄な1日を過ごしていたように思える。薬を飲みながら少しずつ改善していく中で、ふと世界一周のことが頭をよぎった。2023年の5月から日本国民のほとんどの海外旅行が解禁された。新型コロナワクチンを打っていなくても、PCR検査の陰性証明書がなくても自由に出入国できるようになっていた。諸外国もほとんどの国で同様の措置がとられ、3年間の時を経て、海外旅行に行けるようになったのである。

当初は「5月から3か月間の療養を要する」と診断が出ていたが、少し頑張ってみて例えば夏休み前に復活できれば、もしかしたらまた海外旅行ができるかもしれない。最悪仕事に復帰できなければ、やめてしまって長期の世界一周旅行でもやろうかな、とも思った。うつ病から復活するにあたって、まずは「海外旅行」そして「世界一周」というワードが少しずつ自分を良い方向へ導いてくれたのだと思う。

症状がよくなりつつある状況で久々にパソコンをたちあげ、航空券を調べてみる。案としては、LCCやJALマイルを使用しての世界一周、グアテマラまで往復し、スペイン語の先生に会いに行く、の2つがあがった。最初はどちらかというと世界一周の方に興味があったので、LCC利用+JAL特典航空券などで東京~バンコク~ロンドン~ニューヨーク~ロサンゼルス~東京のルートで考え、調べてみると25万円におさまる計算だった。

ただ、途中でアメリカに行くのであれば、同じ北アメリカに位置するグアテマラにもサクッと立ち寄れるのではないか、と思い、ニューヨーク~グアテマラシティ~ロサンゼルスというルートに変更して計算しなおしたところ、30万円を少し上回る程度となった。他にもロンドンの前後でヨーロッパの都市を周遊できないか調べてみたり、もう少し安いルートがないかを調べたりするなど、かなり夢中になっていった。そしてその中で、少しずつ仕事に対する興味が復活し、いくつかのプリント教材を作成するまでに至った。

6月下旬、「7月3日(月)から復帰してもよい」という診断がくだったことで、夏休み中に海外へ行けることが現実的となった。色々な事情から、この日までに復活すると決めていたし、こうなれば8月の夏休みを使って行けるところまで行くぞ、と誓った。

 この時点ではLCCとJAL特典航空券を使いグアテマラを目指す世界一周を採用しようとしていたが、一度買ってしまうと航空券の変更・キャンセル料が多くかかること、預け荷物代も含めると思いのほか高額になってしまうので、出発予定1カ月前になってもなかなか航空券を購入する決断ができずにいた。多少お金がかかってもいいからグアテマラまで確実に行ける、変更やキャンセルが自由にできる航空券はないかな…
そうだ、世界一周航空券があるではないか。

確保できる時間は8月11日夕方から8月21日までの11日間、実質10.5日と非常に短く、まずは西回りでまだ空席のあるフライトを乗り継いでグアテマラまで行き、アメリカを経由して帰国する、というプランを急いでつくりあげた。西回りの場合、本来の最短ルートは東京~ロンドン~マドリード~グアテマラであるが、JALの夏のヨーロッパ方面の路線はもうすでにどの便も満席であり、一度東南アジアを経由する東京~バンコク~ドーハ~マドリード~グアテマラシティ、というルートであれば予約できることをホームページから確認したうえで、7月9日(日)の夕方に有楽町のJALプラザへ出向いて予約をとってもらおうと試みた。

▽▽▽2回目の世界一周旅行の概要はコチラ▽▽▽

2回目の世界一周 2023 準備編 へ続く