世代ごとに“別次元”で検証せよ〜親の踏襲を「美談化」することへの違和感〜
「親のようになりたい」「親のように生きたい」──
そんな言葉を耳にすると、僕は少しだけ違和感を覚える。
いや、誤解してほしくない。
親への感謝と尊敬に、1ミリの揺らぎもない。
むしろ、両親は“昭和後期〜平成初期”という時代において、最大限に誠実に、強く、美しく生き抜いた人たちだった。
それは、疑いようのない事実だ。
だが、それでも思うのだ。
「親の人生を“踏襲”することが、果たして正義なのだろうか?」
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僕の父は地方出身で、高専卒。
学歴としては決して有利とは言えなかった。
だが、実力主義の風土がまだ残る上場企業に入社し、地道な努力でのし上がっていった。
やがて、本社の本部長クラスに昇進し、子会社の役員も歴任。
年収は2000万円を超え、世間的には「成功者」「勝ち組」と呼ばれる部類にいた。
僕は、そんな父を誇りに思っていた。
──いや、今でもそうだ。
一方、母は控えめで、節約家だった。
家計を管理し、将来に備え、子どもたち(僕を含む複数人)の教育に惜しみなく投資してくれた。
僕が郊外であっても学費に困らず、高校や大学に進学ができたのは、まさに両親の努力と選択の賜物だった。
僕は、そうした環境に育ったことを、心の底から感謝している。
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だが。
あるときから、ふと、こんな違和感が心をよぎるようになった。
「あれは本当に、“豊か”だったのか?」
年収2000万。
本来なら、誰もが“金持ち”と聞いて思い浮かべる金額だろう。
実際、当時の周囲と比べても、我が家は明らかに“恵まれていた”ほうだった。
でも、どこか“金持ち”という感覚とは、ズレていた。
家は都内ではなかった。
外食や贅沢は、節度を持って制限されていた。
父は毎晩遅くまで働いていたし、母も常に「お金の心配」をしていた。
生活は立派だった。でも、どこか「余白」がなかった。
地主や資産家、あるいはFIRE層のような、「労働から解放された金持ち」の姿とは明らかに異なる。
──僕が見ていたのは、“稼ぐことでなんとか回している家計”だった。
なぜか?
それは、きっと構造が変わったからだ。
──そして僕は、ここでようやく「父の時代の正解が、いまの正解ではない」ことに気づき始めた。
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第1章|2000万の呪い──“豊か”の定義はすでに変わった
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