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力の入らない手で考えたこと

#創作大賞2026 #エッセイ部門

第1章 自分の不調に気付く

ある朝の目覚め

特に何の変わりもない、いつもの朝のはずでした。
身体を起こそうとして手をついた瞬間に痛みが走り、よろめきました。

最初は
枕の下に手を入れたまま寝たことで
一時的な末梢神経の圧迫障害が起こったかと、
つまりは、いつものしびれだと考えたのでした。

朝は、こどもたち(2人)が寝ている間にパソコンの作業(スレッズやnoteの投稿作り)を1時間程してから、長男を登校時間に間に合うように起こします。

その時間になっても、手にうまく力が入りません。

朝食の時、お茶を飲もうとしてマグカップを持った自分の手が
片手で取っ手をつまむのではなく、
両手でカップを下から支え持つようにしているのを見て

(あぁ、代償運動が始まっているなぁ)と異変を確信したのでした。

これは2026年6月23日の朝のことです。せっかくなので記録として日付を記しておきます。


私の仕事

自己紹介が遅れました。私はこども専門の言語聴覚士のかじぃと言います。
現在、小児科のクリニックで言葉や食事に関する(リ)ハビリテーションを行っています。

私の所属する小児科のクリニックは、少し特殊な形態です。特に大きな点は運営母体が医療法人ではなく、社会福祉法人だということです。

同じ建物内にこども園、児童発達支援センターを運営しており、それを補完する形でクリニックが設置されています。

したがって、一般的な病院勤務の言語聴覚士とは大きく業務が異なっています。

【業務内容】
・児童発達支援センターの利用児に対して、個別指導を行う
・こども園のカンファレンスや研修に参加し、専門の観点から意見を述べる
・クリニックで外来リハビリを行う

上記のような仕事が中心となります。

実は、こどもを専門に見たい言語聴覚士にとっては、稀に見る恵まれた環境にあります↓↓

言葉の遅れ・吃音・発音の問題(口蓋裂児を含む)・学習への困難など、こどもの言葉の問題に幅広く接することができます。
また、児童発達支援センターでは日中の生活や活動にも介入することができるので、食事面・コミュニケーション面についても専門性を活かす場面が多くあります。

このような仕事柄、
代償運動については、一般の方よりもやや詳しいのではないかと自負しているのです。

第2章 大小様々な【代償】

代償運動とは

代償運動とは、ある動作に必要な筋肉・関節・神経の働きがうまく使えない時に、別の部位や別の動きで補って目的の動作を行うことです。

例えば、

Aさん(ダウン症・3歳)は、
食事中、よく上を向きます。
上を向くタイミングは、口の中の食べ物を飲み込みたい時です。
舌を使って食べ物を口腔の奥に運ぶのが苦手なので、重力を使って奥に落とし込もうとしているのです。
この「上を向く」という行為が代償的な運動です。

Bさん(読み書きに困難・小学3年)は、
鉛筆を持つ際、握り込むような持ち方をします。
一般の持ち方では力を入れにくいようで、もう少し広い幅の筋肉も動員して文字を書いているのです。
このように、末端の筋肉を使って細かい運動をするのが難しい場合、その筋肉よりも体幹部に近い(より大きな)筋肉を使った代償的運動が起こります。

※Aさん、Bさんの例は、本来、まだ正常な機能を獲得していないという面が強いので、正確には「代償運動」というには相応しくないかもしれませんが、構造を理解してもらいやすいと感じ、挙げました。

代償運動は必ずしも「悪」ではありません。障害のある方にとって、生活していくための術ともなります。

一方で、

本来できている(あるいは、獲得できる状態にある)運動については、特別な理由がなければ代償運動を抑えていくのが良いとされています。
一つの代償運動を放置することで、一連の動作全体がぎこちなくなったり、身体の歪みや不調に繋がったりするからです。

不調は放置しない方が良い

さて、力が入りにくくなった私の手の話に戻ります。

私はマグカップを持つ自分の手を見つめながら、(調子を整える必要がありそうだな)と感じました。

【身体の異変は放置しない方が良い】

これは、長く現役として働いていくため、また人生を楽しんでいくために私が大切にしていることです。
今の仕事に就いてから尚更、強く感じるようになりました。
私はこの働き方を続けたいのです。

それなりに業務を担っていますので、仕事に行かなければならない理由は沢山ありますが、自分の身体を壊すまで追い込まないようにしています。

このように自分を大切にできるのは、身体を壊して働けなくなった実父を見ているからかもしれません。


父について

私の父は昔からタバコとお酒が好きで際限なく、仕事はとことん拘る気質でした。依頼があれば、自分や家族のことは二の次で対応する人でした。

年を重ねるにつれて身体を壊し、
また、大きな病気にかかったこともあり、
今はタバコやお酒のみならず、
身体を動かすのも自由とは言えない状態となりました。

そんな父は現在、
(私の)こどもたちにとっての【優しいおじいちゃん】ですが、私がこどもだった頃は本当に厳格で恐い存在でした。

今から見れば古い価値観ですが、
当時は必死に、良しとされている【父親像】を貫いていたんだろうなぁと感じることがあります。

自分のことを後回しにして、
家族を守ってくれていたんですよね。

タバコやお酒を美化しようとは思いませんが、
過度なストレスの代償行動だったのかもしれません。


療育の中で見られる代償行動

最近SNSで
「こどもに問題行動があるなら、その問題が起こる前後を分析しましょう」
という専門家の発言をよく目にします。

これは応用行動分析と呼ばれる考え方で、
非常に大切な視点なのですが、

本当に問題を解決したいなら、
こどもの背景やおかれている状況の分析は必要不可欠だと感じています。

例えば、
Cさんはフェラン・マクダーミド症候群です。
これは先天性の遺伝子疾患で、症状として情動不安を抱えていることが多くあります。

Cさんは非常に些細なことでも、感情のコントロールができずに泣き崩れてしまいます。
夜の睡眠時間がしっかりとれていると、翌日の癇癪は非常に少ないです。

この場合、前後に何があったかを気にしすぎない方が良いですよね。


Dさん(年長児)のケースです。
最近、園で他児とケンカになることが多いと相談がありました。
本人は「〇〇って言われたから、むかついた」と話しているそうです。

最近家庭で変わったことはなかったかと尋ねると…
・いつも送り迎えをしてくれている祖母の入院
・父の単身赴任
・母に負担が集中していることで、迎えが遅くなりがち

なるほど、
Dさんが腹を立てたきっかけとして、友だちから「〇〇」と言われたことはもちろん事実だとしても、
今考えなければいけないのは、
この出来事の前後にどのようなやりとりがあったか、だけではないはずです。

怒りは二次的感情と呼ばれています。心というコップに「不安・悲しい・寂しい・つらい・しんどい…」といったネガティブな感情(一次的感情)がたまって溢れたものが「怒り」であるということです。

これだけ、家族に大変な出来事が重なる中で、
そのストレスがDさんの身にもしっかりかかっている。
その代償行動としての怒り(ケンカ)だと思うのです。


代償行動として捉えるべきケースがあります。


父としての私

ストレス過多だった父に比べて、
時代の変化もあるかもしれませんが…

父親としての私は
良くも悪くも、適当なものです。

子育てにおける信念のようなものは持ち合わせておらず、悩ましい出来事に出会う度に妻と相談して方向性を決めています。

基本的には家族との時間を確保できる働き方で、残業などはすることなく、18時に退勤します。

持ち帰りの仕事もないですし、
休みの日も強い思い入れのある研修以外は参加しません。
言語聴覚士としてのキャリアアップより、家族との時間を優先していると言えます。
そのため、
妻と同じくらい家族との時間を取れているのではないかと思います。

おぉやるやん。かじぃ(^_^)b
と思った方、すみません。実際は本当に家に存在しているだけなのです。

こどもたちは二人とも母親を争奪しており、
父は威厳も人気もありません。
結果、
「もう寝る時間!!」叫ぶだけの、
もはやただのタイムキーパー的な存在です。

それでも、
これが私にとって自分と家族を大切にした時間の設計であることは確かです。

父の話が出たついでに
母にも触れておきます。


母は家族のシステムを担う

父は仕事ばかりだった中で、
働きながらも家庭のあれこれを全て担ってくれたのが母でした。

決して定型発達とは言えなかった私の言動と向き合い、頭を悩ませたことは多かったに違いありません。
父が家事に非協力的だったこともあり、1人で抱え込む形になってしまっていたのだと思います。

私の母に限らず、
日本の母親の多くは、仕事に加え、家事を他の家族の何倍も担っていることが多いように思います。

【日々の生活を問題なく回して当たり前】

そんな周囲の無理解・無協力の中
「家族」という共同体を下支えしているのです。

私が仕事で関わるご家族も
決して例外ではありません。

家事・育児・仕事…全てを担ってしまっている母親は、
家族というシステムの代償なのだと感じています。

本来動くべき一人一人がうまく動かないから、母親という大きな存在が補っていると考えられないでしょうか。

様々な【代償】について

一つの動作の代償となる動き
一人の人間にかかるストレスが生み出す、代償的な行動
共同体システムの中で代償を担う存在

たまたまかもしれませんが、
同じ【代償】という概念で
小さいものから大きいものまで、
様々な視点に気付くことができます。

私が専門とするのは、
一番小さな代償運動であるのは確かです。

しかし、
この図にある全てが無関係ではありません。どのレベルの代償も放置しないようにしていきたいですね。

そのようなことを意識しながら、日々こどもたと向き合っています。

第3章 預かっているのは命

ひとまず出勤

手に痛みと違和感はありますが、ひとまず出勤しました。

タイミングを見て、脳神経内科に電話して翌日の午前中に予約を入れることができました。

その後、
児童発達支援センターに通うこどもと遊んでいる時のことです。

その子がふらついた時に右手で受け止めて支えようとすると、うまく力が入りませんでした。

とっさに左手でカバーしたことで
けがには至りませんでしたが、
ヒヤッとしました。

その瞬間、
「私たちは、命を預かっているんだよ」
という恩師の言葉を思い出しました。


命を預かるということ

私の前職は高校の国語教師です。

私には尊敬する教師が何人もいますが、その中でも特に印象に強く残っているのがK先生です。

このK先生は、私の高校時代のクラス担任でもあったのですが、教職についてからは上司として様々なことを教えていただくことができました。

とても熱い先生で、私には到底真似ができない存在ですが、いくつかの言葉は私の中の大切な教訓として根付いています。

ある時、
学校に登校できずにいた一人の生徒のために、家庭訪問に度々足を運ぶK先生にその思いを尋ねたことがありました。

「かじぃ先生、担任というのはクラスに30人いるなら30人の、命を預かっているんですよ」と、いつになく真剣な目で話して下さいました。

賛否両論があるのは認めます。高校は自己責任でしょ、と。生徒の家に家庭訪問する必要はないのです。

しかし、私はK先生の姿に
「一人残らず力を伸ばしたい」「預かっている命に責任を持ちたい」という教育、あるいは療育にも通ずる姿勢を感じずにはいられませんでした。


訓練の最低条件

訓練に来ている子の言葉やコミュニケーションを伸ばすこと。
これが言語聴覚士としての大切なのはもちろんです。

しかし、それ以上に外してはいけないことがあると考えています。

怪我なく、無事に帰すことです。
次回も安心して命を預けられる訓練として終わることです。

完璧に防げるものでもないので、
怪我させてしまうこともあると思いますが、
それがたとえ少しの怪我だったとしても
しっかり反省して再発防止策を徹底したいものです。

今の仕事を辞めたくはないですが、
この最低ラインを確保できなくなったと感じた時が、私にとっての引き際なのだと思います。

K先生の何万分の一、あるいは表面的な部分だけかもしれませんが、私も「命を預かる仕事」をしていきたいのです。

第4章 親思う病院巡り

そして翌日(通院の日)

何とか一日の仕事を終えて帰宅。

次の日、目覚めると
昨日よりも激しい痛みが両手に訪れているのを感じました。

脳神経内科のクリニックで診察…
さすが脳神経のプロフェッショナルです。
全身の様々なところを
ボコボコたたいたり(反射を確かめる)、
チクチクさしたり(痛覚を確かめる)、
振動させたり(振動覚を確かめる)します。
また、頸部のレントゲンを撮って考えられる病気の可能性を除外していきました。

ギラン・バレー症候群でもない
脊柱管狭窄症でもない
大脳や脳神経の問題ではない
末梢の感覚神経も運動神経も機能している

では、この痛みは何か。考えられるとすれば…

医師は私に丁寧に説明して、
「おそらく、整形の領域になります」と紹介状を書いて下さいました。


私が病気で悲しむ人は誰か

病院間の移動では妻が運転してくれました。
仕事が忙しいのに、時間を作って私の不調に付き合ってくれています。

整形外科のクリニックに向かう道中、

【私が大きな病気になってしまった場合
悲しむのは誰だろう】
そんなことを考えていました。

一番悲しむのは、
今運転してくれている妻
そして、こどもたちでしょう。

どうも、まだいそうです。
顔が浮かんできます。

それは、先ほども紹介した私の両親です。


かけがえのない存在【親】

私の親は決して完璧な人間ではありません。
人によっては【毒親】に分類してしまいそうな一面さえあります。

今から考えると
正しい子育てとはほど遠いものであったことは確かです。

日々怒鳴られ続けて、私は自己肯定感の低い少年時代を過ごしました。

それでも、
親はかけがえのない存在だと心から感じています。

なぜかと言われると、
私は自分のこどもが生まれたばかりのことを
思い出します。

少し熱を出しただけで一大事で、
食事も出来ないくらい心配になります。
そうではなくても、
夜中に何度も起きて授乳やおむつがえ、寝かしつけ…

あの時期は
多くの親御さんが
自分のほぼ全ての時間とエネルギーを
こどもに注いでいるのではないでしょうか。

自分が無力だったあの期間、
文字通り命をかけて私を守ってくれたのが
両親です。

労力の大小はあると思いますが、
その後も私が成人するまで、支え、育て続けてくれました。

もう1つ
粗末にしてはいけないと思う理由があります。
それは、


反実仮想「もし〇〇だったら」

1つの思考実験を行います。

もし、私に生まれつき重度の障害があったら
人間関係はどうなっていたのでしょう。

不快に思う方もおられるかもしれません。
しかし、この話をしなければ伝えられないと感じ、あえて記載することにしました。

結論から言います。
私が現在まで出会った大切な方々との関係性はまるで違っていたでしょう。場合によっては出会うことすらなかったかもしれません。

しかし、
両親は違います。
様々な葛藤がある中で、
やはり私を自分たちの子として育てていたに違いありません。

この点に関しては、
これまでの人生で両親の姿を見てきて
確信しています。


専門家の勘違い

私も親としては未熟で、
完璧とはほど遠い子育てをしています。

そのくせ専門家なので
仕事では、自分の方が詳しいような口調で
保護者に対して、「〇〇するのが良いですよ」と上から目線で知識の披露をしてしまうことがあります。

こどものことを一番知っているのは保護者です。
保護者に教えてもらうスタンスを忘れてしまっては、専門家である以前に人間として大切なことを見落としてしまう気がします。

療育やリハビリに来ているこどもは、
保護者が必死に命をつないで育てて、
(こどものためを思って)何とかして連れて来ているのです。

こどものほんの一面しか見ていない、
たかが専門家が、
こどもの親を否定するのはどうなんでしょう。もちろん、様々な親御さんがおられるので一概には言えません。

ただ、
親への不満や愚痴で終わるような井戸端支援会議(カンファレンス)ではなく、
どのような親子に対しても、どうすればより良い方向に向かっていくかを話し合う職場にしたいと思っています。

当たり前ではないから、あえて書いています。

紹介状を持って

そのまま整形外科を受診。
検査の結果。「おそらく〇〇だろう」と病名を告げられました。

いよいよ持病ありの身体になりそうです。
※6/25日現在、診断名は確定しておりません。確定次第、書き足す予定です。

最終章 感謝と使命

私は人に恵まれています。

今回の出来事では両親について、思うことが多かったです。
改めて気づいたのは、両親への感謝の気持ちが、私の今の仕事や価値観のベースになっているのではないか、ということです。

他にも今回はちらっとしか出てきませんでしたが…

私のしたい働き方を認め、生活を支えてくれている家族(妻の父母も含む)

人として、また職業人として大切な心構えや知識・技術を教えてくださる
恩師の先生方、先人の先生方、同僚の先生方

日々、本当に多くのものを与えていただいているなぁと感じます。

受けている恩はとても返しきれる量ではありません。だけどせめて、

我が子に
仕事で関わる子に
後輩の言語聴覚士に

各地で環境とのミスマッチに
もがき苦しんでいるこどもたちに

ポジティブな影響を残せる自分でありたい。受けた恩を繋いでいきたい。

そのようなことを考えた2日間でした。

明日から、また仕事頑張ろー(^^ゞ

ここまで、私のだらだらとした思索にお付き合いいただき、
ありがとうございました。

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