「ニューヨーク ニューヨーク」でランチプレートを食べる。
2020年5月16日(土)
たとえば小腹を満たすためにミスタードーナッツでポンデリングとチョコファッションを食べるものの、まるで栄養が頭に回らない時があった。すでに16時を過ぎていて、おやつがおやつとして役割を果たさずにただ味覚を通過したのみで、その後の動きを保つ力として体に効果を与えず、迷いに迷いをからめるだけとなった。
近づく夕飯を待ちかまえ、隙間の時間に店は閉まる街中を歩いた結果に、17時までランチを提供しているこの店に着いた。外国人を歩道のテラス席に見かけることの多い、1人ではなかなか入る機会のない店だ。
RCCラジオの釣り番組で、カレイを6匹釣った話があった。自分にとってカレイのおいしさを初めて知ったのは、煮付けではなく、同級生と居酒屋で食べた唐揚げで、骨までばりばり食べる白くからっとした味わいだ。
ランチメニューにカレイのフライがあったこの店に決まったのは本日の必然の結果だろう。このように、事前の情報をもとに食事は常に選ばれているわけで、無造作に食べているようでも、あとあと調べてみれば秩序だった線がはっきりするだろう。
クリーム色の革張りソファーの座り心地の良い店内は壁に有名なジャズミュージシャンのレコードジャケットが飾られていて、金色のファンがいくつか回り、パイオニアのCDJらしき機材がこの店を盛りあげると予感させる。小さなミラーボールもあり、乱反射する一直線の光はレーザーよりも直接に単純で、それでいて一定の動きをみせる海のようであるからこそ、青春の地球のように安っぽく見えるのだろう。実際に軽いそれは、複雑な動きは必要ない。
香ばしい鶏肉や、胡麻油のキャベツとワカメ、薄切りレンコンもあったが、肉厚のカレイの白い味わいは、ピクルスが食欲をそそるタルタルソースに合うフライらしい油分とさわやかな味わいだった。居酒屋に出てくる小さい丸ごとではなく、大きい分厚い一切れとなり、厚い衣もさくっとしていて味わいが異なっていた。
隙間の時間を埋めるにちょうどよいランチだった。
