母の膀胱がん闘病記① 告知から最初の手術まで
今回から、母の膀胱がん闘病について記録を残していきます。同じ状況の方やご家族の心が、少しでも軽くなりますよう心を込めて記します。
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初めて知った、あの日
結婚して親元を離れ、子どもが生まれてからは、母とのテレビ電話が日課でした。
そんなある日、母がふと言いました。
「年末にかけて血尿が出ていて、病院に行ったら悪い腫瘍かもしれないって」
テレビ電話での母の表情は、どこか他人事のような雰囲気でした。
私は、画面に写るいつもと変わらない母の顔を見ながら、
「血尿の原因は疲れや冷えもあるって聞くし、癌なら痩せたりするよね?お母さん痩せてないからきっと大丈夫よ」
そんな冗談を言いながらも頭の中は、母が癌かもしれないという衝撃でその後の会話はよく覚えておらず、電話を切った後、息子をぎゅっと抱きしめました。
その日を境に、何をしていても母の病気のことが頭から離れることはありませんでした。
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膀胱がんの告知
年明け、母は近くの総合病院で検査を受けました。
結果は「膀胱がん」
母は女性で喫煙歴もなく、膀胱がんとは無縁だと思っていました。
そういえば、母は以前、足の付け根の痛みや、頻繁なこむら返りを口にしていました。
仕事も夜遅くになることも多かったし、寒い部屋で遅くまで勉強に励んでいて、疲れやストレスもピークだったのでは?
あのときもっと強く病院受診を勧めていたら…。
そんな後悔ばかりが、会えない日々の中で膨らんでいきました。
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最初の手術と、全摘の勧め
近くの総合病院で、腫瘍を切除する手術(TUR-Bt)と膀胱内に薬を入れるBCG治療が始まりました。
膀胱内の腫瘍を切除して、癌の悪性度と根っこの深さを調べます。
手術は無事終了。
しかし、病理結果は厳しいものでした。
母は筋層浸潤性膀胱がんと診断され、膀胱の壁の筋肉層までがん細胞が入り込んでいる状態でした。
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拒否と葛藤
主治医からは、膀胱全摘を強く勧められました。
「全摘しないと再発や転移のリスクが高い」と。
しかし、母はその場では答えが出せませんでした。
理由は、手術による生活の変化への不安と、心の準備がまったくできていなかったこと。
「体の一部を失うのは、どうしても受け入れられない」
「生活の質が大きく変わってしまう」
「この歳でそんな大きな手術はしたくない」
母は答えを出せず、民間療法の情報を集め、サプリや食事療法を試しました。どうにか全摘を避ける道はないかと探し続けたのです。
そんな母に、主治医は冷たく言い放ちました。
「全摘しなければ、後悔しますよ。」
その言葉が母の心をさらに閉ざし、この日を境に主治医との関係も途切れました。
同時に、私たち家族の胸にも、暗い影を落としました。
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これから全摘を受け入れるまで、長い葛藤の日々が続きます。
次回は、その間の母と家族の心の動きについて書きたいと思います。
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※これは私たち家族の経験であり、医療判断を推奨するものではありません。
治療方針は必ず主治医と相談のうえ決めてください。
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次回予告
病院を離れた母が選んだのは、標準治療ではなく民間療法でした。
娘としての葛藤と不安の日々が始まります。
次回は「全摘を受け入れるまでの葛藤」をお届けします。
同じように迷い、悩んでいる方に、少しでも寄り添えますように。
