【エッセイ】 背中を見つめる背中はつま先で立っている。
肺の可動域を誰かに握られているような日がある。
そういう日は予兆なく訪れて、飽きられたように終わっていく。
時間の浪費と心の摩耗が釣り合っていない気がする。
今回の僕は右の肺に左から吹く風を取り込ませるように迂回して帰宅することにした。
今日一日中なんとなく頚椎あたりが空回りしている。
倦怠感が僕のエンタメを悉く押収していく。
そんな時に限って面倒事が舞い込み、大抵くだらない終わり方をする。
取り越し苦労だったと知るころには、労力だけを無駄に消費している。
頭が晴れない。
どこからか、空洞に石を投じたような音が聞こえた。
すれ違った人が微笑んでこちらを見たので、僕の腹から鳴った音だと気づけた。
何かを貪りたい気もするし、ただ流動食を溜め込むだけでも良いと思っている。
せっかくの遠回りだというのに、観る風景に興味を持てない。
喧騒の残り香のような灯りを宿す自動販売機さえ、僕に背を向けているように感じる。
人の気配だけが、やけに濃い。
そんな最中、千鳥足で彷徨っている小汚いサラリーマンだけが目に留まった。
「この人と絶対合うナニカがある」
早々に矛盾してしまうけれど、このおじさんとは馬が合わない気がする。
僕が迂回するルートとおじさんが徘徊するルートが似ていて見失うことも、接近することもなかった。
すると突如おじさんが右折した。
僕の記憶ではその道はくたびれた商店街で、この時間に商いを営んでいるお店は存在しない。
おじさんは左側の壁をじっと見つめて佇んだ。
その時に気づいたのだが、僕の後方に女性3人組がそこそこの距離感で歩みを進めていた。
彼女らも同様に右へ曲がった。
僕のルートは直進なので振り返りながらおじさんに別れを告げようとして、右後方を見た。
先ほどの女性陣が、おじさんがいるであろう左側の壁から、なるべく間を空けるように縦一列になっている。
ちょっと待ってくれ、おじさんはそんなに怪しい人じゃないんだ!
言葉は交わさずとも、付かず離れず夜を共にした戦友がこのような排他的な扱いを受けることに憤りを覚えた。
おじさんが君達に何をしたって言うんだよ!
彼女たちの通り過ぎた後の背中を見ようと引き返して、商店街を覗き込んだ。
なんの変わりもなく談笑しながら歩いていた。
おじさんが可哀想じゃんかよ!
ねぇ、おじさん。
と言わんばかりに左側の壁に目を向ける。
おじさんは立ちションをしていた。
そりゃそうだよ、おじさん。
と呆れて踵を返そうとしたとき、脊椎に納得感が植えられていることに気づいた。
首を巻き戻しおじさんを見る。
ああ、おじさんおしっこするとき、踵あげるタイプなんだね。
おれもだよ。
それから街は少しだけ交通規制が緩くなった。
