サイゼリヤの女たち
「〇〇ちゃん、同期のイケメンに必死に合コン誘ってたらしいよ」
4月に入社したばかりの同期が、サイゼリヤで500円のランチを食べながらそう呟く。
女子のランチ会では様々なゴシップが飛び交う。同期の起こした事件は一瞬にしてランチの副菜として美味しく食べられてしまうのだ。
自身の可愛さを武器にしてハイスペ男を掴もうと必死な女子、聞き分けの良いたぬき顔を探し求める男子。新入社員にとって全体研修はまるで恋愛リアリティ番組。
ゴシップネタを頬張り恋リアの視聴者になっている女子たちもまた、密かに玉の輿を狙っている。5年くらい働いたら専業主婦になる計画だそう。
「あとは旦那さんに甘えさせてもらいます、って感じだよね」
束感まつ毛のカワイイ女子たちのその問いかけに、笑いながら首を縦に振らざるを得ない。
いや待てよ、それでいいのか女子たち
中学から塾に通い、受験を乗り越えて高校大学を卒業し、早期化する就活を乗り越えてやっと社会人になれた私たちの終着点が結婚で本当に良いのだろうか。
同期たちの会話を聞きながら、Z世代女子のこういった思考はどこから来ているのかを考えていた。その思考の根源は、「社会に蔓延るジェンダー規範」と「膨れ上がった承認欲求」なのではないか。
大抵の人々において、仕事をバリバリこなす女とモテる女は反比例の関係である。
TikTokでバズるインフルエンサーに人生の目標や数字を語る人は少なく、白いライトを顔に当て気だるく踊っているほうが圧倒的に多い。
職場で40代上司に指摘されても、その上司が男性なら「責任感がある」と言われるのに対して女性だと「こわい」の3文字で片付いてしまう。
仕事ができる女は依然として好かれないのだ。
そう思うのは男性だけではない。同性である女性も同じように、むしろ男性以上にシゴテキ女を批判する。現代社会に生きる女性の膨れ上がった承認欲求が女性の選択肢を狭めているのである。
承認欲求には絶対評価がない。相対評価でしか満たされない承認欲求には内実など関係ない。自己分析を重ねて自分の目指す姿を見つけ、それに向かって邁進する力を失ってしまう。投稿として、肩書きとして映えるものであれば、キャリアなど捨てさせる力を承認欲求は持っているのだ。
Z世代は冷笑世代とも言える。仕事に体温を持たせることなく安牌にやり過ごす能力を持っている。冷笑世代の女子にとって、結婚と仕事の両立に苦労するキャリアウーマンより、ちゃっかりハイスペ男を掴まえ専業主婦になる方が断然魅力的だ。
そしてそれをゴールに決めた女子たちは手段を選ばない。人生の映えにはタイムリミットがあるからだ。SNSによって大きくなったジェンダー規範と承認欲求の渦に、女子たちは自ら入り込み苦しむのである。
2026年入社の同期の半分は女性である。会社は女性が安心してキャリアを形成できることを会社説明会やインターンで必死にアピールしている。しかし、Z世代女子が求めているのは30代で管理職になれる環境ではない。20代でいかに正解の男を見つけ、労働から降りられるかである。女性は長い時間をかけて社会的地位を勝ち取ってきた。にもかかわらず、その地位が現実のものになり始めた途端、今度は女性自身がそれを手放そうとしている。
ゴシップが飛び交うランチで気づいてしまった現代の恐ろしさを、私はミラノ風ドリアと一緒に飲み込んだ。
