「しらなかったかあ、だよね」
私はずっと、妹とわだかまりがあった。持病の薬の副作用のせいか、それとも父が私を溺愛することへの対抗心からか、母は妹ばかりを盲目的に可愛がっているように見えた。私は強い孤独を感じ、彼女に小さな意地悪を繰り返した。私は19歳で妊娠し、さっさと結婚して家を出た。子育てや生活を言い訳にして実家のことからは目を背けてばかりいた。一方で、妹の人生は過酷だった。仕事を辞め、母の面倒を最後まで見て看取り、その後も酒癖の悪い父に苦労しながらも最後の日まで一緒に暮らしてくれた。私はずっと、妹は「愛された特権」としてそこにいるのだと思い込んでいた。私と妹の関係が変わったのは、両親が亡くなり、その四十九日の法要を迎えた日のことだった。私は妹を一人にできずその日まで実家で暮らした。胸の奥に溜まっていた罪悪感に耐えかねて、私はついに告白した。子供の頃、母から虐待のような扱いを受けていたと感じていたこと。妹ばかりが羨ましくて、いじめてしまっていたこと。「本当にごめんなさい」涙ながらに過去の過ちを謝る私に、妹は静かに、思いもよらない事実を告げた。「私も、同じ目にあっていたんだよ」妹は、母からも、そして姉である私からも傷つけられ、誰にも言えない暗闇の中にいたというのか。愛されていたわけではなかった。彼女もまた、必死にあの家で生き延びていただけだった。自分の無知さと残酷さが、津波のように押し寄せてきた。「ごめんなさい。ごめんなさい」それしか言葉が出ない私に、妹はこう言った。「しらなかったかあ、だよね」責めるわけでもなく、ただお互いの孤独を労うような、その優しい一言で、私たちの止まっていた時間が動き出した。しかし、すべてが急に綺麗に解決したわけではない。私ばかりが、勝手に運命の姉妹だと思っているんだろう。その証拠に昔も今も妹は、私を頼ることもなく実家で静かに暮らしている。その背中を見るたびに、取り返しのつかない罪悪感で胸が苦しくなる。「本当はまだ、私のことを恨んでいるのではないか」「私がさっさと家を出てしまったから、妹の人生を狂わせてしまったのではないか」「なぜ 妹の苦しさにきづけなかったのか」そんな不安と後悔が、何度も何度も私を追いかけてくる。ベタベタと仲良くお喋りをするわけでも、一緒に旅行へ行くような姉妹なわけでも無い。昔の傷が綺麗に消えたわけでもなく、お互いに心に消えない傷を抱えたまま生きている。私はあの四十九日の夜から、彼女をささえて行くと決意した。彼女にとっては不要な事かもしれない。罪滅ぼしと、自己満足なのかもしれない。この不器用で、少し冷たくて、でも切っても切れない距離感こそが、私たち姉妹の形なのだ。
創作大賞2026 #エッセイ部門
