見出し画像

EXTRA UFO FILE:006 【閲覧注意】心霊写真 「忘れないで」心臓の弱い方や耐性のない方は見ないでください

はじめに


今日はお盆の最終日ということで、手元に残っている唯一の心霊写真を投稿します。

この写真に写ったのは私が生まれるずっと前に事故で亡くなった叔母です。
悪意や執着ではなくメッセージを伝えに現れたものなので、悪いものではありません。

投稿するのは事故の記録と叔母の供養のためです。

悪いものではありませんが、あまりにもはっきり写っているので心臓の弱い方、耐性のない方、怖がりの方は見ないでください。


撮影された写真の経緯


父の実家が福島県伊達市にありました。
私が中学生の時に祖父母が相次いで他界したのですが、遠方ということもあってそれ以後は一度も行っていませんでした。

実家を継いだ叔父叔母も亡くなり、高齢で運転できなくなった父に頼まれて何十年かぶりに伊達市に行き、祖父母や叔父叔母らの墓参りをしました。
その際に、次にいつ来られるかわからないので記録としてお墓の写真を撮りました。

位置を変えて何枚か撮ったうち、二枚連写の一枚にオーブと人の顔が写っていました。
最初はオーブを見つけました。
プリント用に明るさ等を補正してトリミングをしていた時、人の顔のようなものに気がつきました。
拡大して良くみると女性の顔に見えました。


写真に現れた女性


写った顔に気がついた時、写真のおどろおどろしさに関わらず、悪いものは感じませんでした。
その時ふと、「これは若い時に亡くなった叔母ではないか?」と瞬間的に思いました。

父は六人兄弟姉妹の五番目で姉が二人いました。
そのうちの一番上で長女の姉が若い頃に亡くなったということは小耳に挟む程度に聞いていました。
昭和二十年代の話なので、私が生まれるずっと前です。

後日、プリントした写真を父に見てもらい聞いてみました。
父もまだ小さかったので顔までは良く覚えていないが、そうかもしれないとのことでした。

その後、さらに長男の叔父にも聞いてもらいました。
叔父の見解でも「長女の姉に間違いないと思う」とのことでした。


叔母の事故死


父に写真を届けた時、はじめて叔母の事故死の経緯を聞きました。

父の実家は現在は福島県の伊達市ですが、当時は村でした。
阿武隈川沿いの集落で、「あんぽ柿(干し柿)」で有名なところです。

集落から下って行くと阿武隈川が流れています。
阿武隈川は流れが激しく、暴れ川としても知られています。
現在は橋が整備されて交通に問題はありませんが、昭和六十年以前には何度も橋が流されたそうです。

2019年の台風では増水で20メートル以上水嵩が上がり集落の下部まで水につかったそうです。
阿武隈川沿いを走る国道から川面まではかなりの高さがあり、国道を越えて水が来たというのが信じられないくらいです。

こちらのサイトに被害と写真が載っています。
堤防を越えて水が来たそうで、堤防があってもこれだけの被害を出したのは恐ろしいことです。


そんな阿武隈川ですが昭和二十年代には橋も少なく、対岸との往来は渡し船が一般的な交通手段でした。

元々流れの激しい阿武隈川ですから、江戸時代から渡し船の転覆事故は多く起こっていました。
86年前には警察官が二名殉職されています。


叔母が亡くなったのは昭和二十年代の前半で、当時の年齢は二十くらいだったそうです。
その日は婚約者の住んでいる対岸の集落で祭りがあり、渡し船で婚約者の家に行ったそうです。
夜になり、戻って来る渡し船が転覆してしまい行方不明になりました。

まだ家庭に電話もない時代、叔母の帰宅が遅れても婚約者の家に行ったこと、祭りという特別な日であることなどで家族に心配はなかったようです。

渡し船の転覆がわかったのは翌日の午前中、近所の人からの知らせだったそうです。
近所の人がそれを知ったのは叔母の着物を知人が持ってきたからだそうです。

その人の家を朝方、知人(男性)が綺麗な着物を肩にかけて来たそうです。
その男性は着物について、「朝、川の仕掛け(川魚やカニを獲るため)を見に行ったら、この着物が流れて来たんだよ。いい着物だから拾いもんだ」と上機嫌で説明したとのこと。

話を聞いた近所の人は着物に見覚えがあったので良く見せてもらうと叔母のではないかと思い当たったそうです。
それで着物を預かり、父の実家に持って来たことで家族は姉が事故に遭った事を知りました。

元々生活の厳しい田舎の集落で普段はギリギリの生活だったそうですが、婚約者の家を訪問することと祭りに行くということで、取って置きの着物を着て出かけたようです。

渡し船に乗っていた人の多くが亡くなったようですが人数まではわかりません。
原因は、祭りでお酒を飲んだ船頭さんが操船を誤って船を転覆させたそうです。

今では考えられない事故ですが、当時はお酒を飲める機会も少なかったでしょうし、厳密な規定もない時代でした。

その後、次々と遺体が見つかったそうですが、叔母の遺体はとうとう見つからなかったそうです。


「忘れないで」 叔母のメッセージ


「これは叔母ではないか?」と感じた時に、メッセージとして「忘れないで」という言葉も入って来ました。

「忘れないで」というメッセージには二つの意味があると思います。
「自分のことを忘れないで」と「事故を忘れないで」です。

叔父、叔母が他界して行く中、自分の存在や叔母が早世した理由を知る者が最後にはいなくなります。
それが心残りだったのだと思います。

偶然か必然かはわかりませんが親戚一同を含めて唯一、スピリチュアルな感覚を持つ私がお墓に詣でて写真を撮ります。
会ったことのない叔母ですが、私の写真に写り込む事で事故の経緯を含めて忘れて欲しくなかったのだと思います。

同時に、今では滅多に起こらない事故であっても当時はこういう事もあったのだと伝えて行って欲しいという気持ちも伝わりました。

叔母のメッセージを受け、叔母の願いを込めてこの事故の記録をnoteに残します。

自治体には記録があるかもしれませんが、残念ながらこの事故の記録はネット上では見つけられませんでした。
ですがネット上で阿武隈川の渡し船や災害の記録などの情報はあります。
ご興味のある方は検索してみてください。


実際の写真


前書きが長くなりましたが、ここから写真を公開します。
今一度、怖がりの方、心臓の弱い方、耐性のない方はここから先は見ないでください。

これが元画像です。

一枚目
オーブが写っています。


二枚目(0.25秒後)

オーブが消えています。


一枚目を補正して拡大しました。
赤い丸印がオーブと女性の顔です。


更に拡大したものがこちらです。


オーブと顔の部分を拡大して一枚目と二枚目を並べて比較してみました。

一枚目の女性の顔部分は完全に後ろの墓石を隠しています。
二枚目にオーブは写っていません。


最後に顔部分の拡大画像です。


顔が隠している墓石がはっきりしないので、この一枚後に撮った画像を載せます。

顔が現れた部分に赤い丸をつけました。
墓石がはっきりと写っています。
顔が現れた瞬間、この墓石を完全に隠したのがわかると思います。



最後に


身内の心霊写真を公開するつもりはありませんでしたが、叔母の「メッセージを伝えて欲しい」という願いが関東のお盆である先月から私の中で大きくなりました。
そして「供養として事故の事を知って欲しいのだな」と思い至り、今日の投稿になりました。

皆さんも先に他界したご親戚、ご家族、ご先祖の方々に思いを馳せる期間であって欲しいと願います。
お盆に限らず、折に触れて彼岸の方々に思いを向けて差し上げれば喜んでもらえると思います。

それでは、また次の記事でお会いします。

※記事全文、画像のコピー、転載等はご遠慮ください。 
 引用画像、著作権フリーを除く画像は全て飛影の撮影、作成です。
※記事の紹介、リンクは歓迎いたします。

いいなと思ったら応援しよう!

Legit UFO 収入激減で古い低スペックPCとソフト、撮影機材の更新が出来ません。宜しければ応援をお願いします。m(_ _)m