芥川龍之介ステーション「藪の中」発「ゆらりはなぜ殺された?」着
芥川龍之介「藪の中」に発想を得て、短編小説を創作しました。
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芥川龍之介「藪の中」
↓勝手ながら私が書いたあらすじ
盗人の多襄丸(たじょうまる)がある夫婦に出会い、女を奪おうと決心した。
多襄丸は山の陰の藪の中に宝が埋めてあると嘘を言って夫婦を連れ込み、女を手込めにした。
夫は死んだ。
多襄丸は自分が夫を殺したと言い、妻は自分が夫を殺したと言い、夫は自分で自死を選んだと言う。
三者の主観と思惑で証言されるが、(夫の証言は巫女の口を借りている。)真相は藪の中。
藪の中という言葉はこの小説から生まれた。
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「ゆらりはなぜ殺された?」
みゆ作 ショートショート
ゆらりが殺された。
僕の妹だ。
殺した男はゆらりと同じ東京の私立大学の男子学生で同じ2年生、路上で所持していた刃物でゆらりを刺し殺し、居合わせた通行人に取り押さえられて自殺した。
被疑者死亡となって捜査は打ち切られた。
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警察の説明はこうだ。
ゆらりと加害者の男子学生が交際していた証言は得られず、特に親しくしていたという情報も無い。
事件が起きる直前、路上端の木の下で二人が話しているところが目撃されている。
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目撃証言A
ファミレスのウエイトレス クミ 23才
路上の木の下で男女(ゆらりと加害者)がいちゃついていたから、路チューでもするんじゃないかってムカついたわ。
だって私は絶望と怒りで泣きながら歩いていたからね。見せつけんなよって感じ。
その近くのカフェで3年も付き合った彼氏に振られたばかりだったのよ。
具体的にどんなふうにいちゃついていたかって?
お互いが身体に触れていたと思う。
女(ゆらり)は男(加害者)に甘えるように微笑んでいたわ。
彼女、殺されたんですか? 怖っ。
なんだろうね恋愛って。わけわからないわ。
もう二度と恋なんかしません。
一生恋しません!
ところで刑事さん、よく見るとイケメンですね。
独身ですか? 彼女いますか?
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目撃証言B
都内メーカー勤務の男 桐谷 25才
カフェで彼女(クミ)に別れを切り出したら、彼女に頭の上からアイスコーヒーをぶっかけられたんですわ。
恥ずかしいやら頭にくるやらで、クミが店を飛び出してから、店員におしぼり借りて顔やら髪やら拭いて会計すませて路上へ歩きました。
その時、木の下の男女を目撃しました。
男(加害者)は女(ゆらり)の手を握って何か語りかけていましたね。
女は嘲笑っていた。
たぶん女は別れたくて、しつこく迫る男をバカにしたんだと思いますね。
ここにも別れ話のもつれがあるのか、と苦い気持ちを共有して通り過ぎました。
彼女、殺されちゃったんですか? 可哀想に。
僕は殺されなくて良かった。
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目撃証言C
屈強な男 (ジムのトレーナー) 田中 33才
仕事帰りに犯行現場の路上を通りかかると、人だかりができていたんです。
覗くと綺麗な女の子(ゆらり)が胸のあたりが血だらけになって倒れていました。
「おい!何があった?」
そのへんの人たちに聞くと、男が女を刺した、救急車を呼んでいるところです、とのことだった。
辺りを見回すと、少し離れたところで血のついた刃物を持っていた男(加害者)がいました。
俺は素早くその男を取り押さえ、「お前がやったのか?」と聞くと、その男は頷きました。
「警察に行くぞ」と言うと、男は自分自身の首を切り裂いて絶命しました。
悔しいのなんのって、犯人を逃さず取り押さえたことは我ながらよくやったと思うけど、とっさのことで自殺を止められなかったのがね。
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加害者が田中に取り押さえられた状況を見ていた通行人によると、加害者は特に逃げようとしていた様子はなく、刃物を持ったまま呆然として尻もちをついていたと言う。
田中が関わらなければ、そのまま警察に捕まったのではないか、とのこと。
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警察の話では、加害者は経済学部、被害者(ゆらり)は文学部で、大学で聞き込みをしたが二人の関係を知っている者はいなかった。
動機はわからないが、被疑者死亡で捜査打ち切りとなった。
加害者は大学の成績も良く真面目で穏やかな人物像、都内で親と同居中、親の職業は一部上場企業の重役であるということだった。
加害者が生きていれば、捜査は続けられたはずだった。
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僕はこのままでは納得できないので、長期休暇を取って東京へ行き、妹(ゆらり)がなぜ殺されなければならなかったのかを調べることにした。
僕はゆらりより3才年上で、地方の地元の大学を出て就職している。実家住まいだ。
ゆらりの葬儀は地元でひっそりと終えた。
両親は可愛がっていた娘が亡くなったことで、絶望のあまり獣のように攻撃性を剥き出しにしていた。
謝罪に来た加害者の両親を父母は罵倒し、父は相手の父を馬乗りに3発殴った。(4発目は僕が止めた。)
その後は父親である夫が悪い、母親である妻が悪いと、娘を甘やかして東京の大学に行かせたことに原因があるようにお互いを責めた。
責めることで、なんとか絶望から逃れているようにも見えた。
家の中は地獄だった。
僕は逃げるように東京へ向かった。
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僕は東京のゆらりの大学のキャンパスに乗り込んだ。
努力家のゆらりが第一志望を勝ち取って1年前に入学した偏差値の高い大学だ。
特に策があるわけでもなく、「二人のことを知っている人はいませんか?」と作ってきたチラシを見せながら聞いてまわった。
チラシには事件のことと、ゆらりと加害者の顔写真が載っている。
話題になった事件なので、この大学の学生なら事件については知っていると思われる。
すると一人の男子大学生の視線に気づいた。
僕に話しかけるかどうか躊躇うような、ガン見してくるような、どっちつかずの視線だった。
僕はその男に近づいて話しかけた。
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【法学部3年 カイ】の証言
僕の名前ですか? カイです。
名字なのか下の名前なのかって?
どっちでも。
ふざけてないですよ。ゆらりさんが会った日にそう言ったんです。
僕が名前を聞くと、ゆら、って言うから、名字なの下の名前なのって聞くと、どっちでもって。
ゆらりさんとの出会いですが、僕が大学の授業を終えて他の大学に通う彼女、ああ故郷が一緒の高校の同級生なんですけどね。
彼女と待ち合わせのため駅へ向かうと、人通りの少ない道に差し掛かった時、「助けてください」とゆらりさんが突然、僕の腕にしがみついてきたんです。
「ストーカーに追いかけられているんです。振り向かないで。」
ゆらりさんはすこく怖がっていました。
「駅まで恋人のふりしてください」と言われ、僕が承知すると、ゆらりさんは僕の腕に身体を寄せてきました。
そのまま身体を密着させて恋人同士のように歩きました。
同じ大学だと言うので名前を聞くと「ゆら。」「どっちでも。」と彼女は答えたんです。
ゆらりさんは突然「あの人こっちに来る。」と言って、僕を正面から抱きしめてきました。
彼女の胸のふくらみが僕の胸に当たって、恋人同士のように抱き合いました。
ストーカーを追い払うために演技でそうしていると思ってはいても、ゆらりさんって映画の主役のような美人なんで、抱きしめられて体温を感じた状態でじっとしている時間は、現実とは別次元の熱と陶酔がありました。
ゆらりさんはさらに背伸びして、僕の顔に顔を寄せてきました。
角度によってはキスしているように見える密着です。
キスのふりをしていたんです。
僕の心臓は跳ね上がりました。
少しして、ゆらりさんは身体を離して「もう大丈夫です。ありがとう」と僕に微笑みました。
そして驚くことを言ったんです。
「さっきは【ふり】だったけど、本当にしますか?」
僕が絶句していると、冗談ですよという感じに悪戯っぽく笑って、ゆらりさんは歩き出しました。
「待って」
僕はゆらりさんの腕をつかみました。
ゆらりさんは僕の目を覗き込んで「しますか?」と聞いてきました。
僕が「はい。」と答えると、
「軽いやつ? 軽くないやつ?」とゆらりさんは聞きました。
「軽いやつって?」と僕が聞くと、ゆらりさんは僕のほっぺを人差し指で触れてきました。
「軽くないやつって?」と僕は震え声で聞くと、ゆらりさんは僕の唇に人差し指で触れました。
僕は「⋯軽くないやつで。」と答えました。
ゆらりさんは躊躇なく僕の唇の奥に舌を入れて、魂を引っこ抜くようなキスをしました。
身体中がしびれて熱くなりました。
恋人ともそんな熱烈なキスはしたことがなく、この世にこれ以上の情熱的なキスがあるんだろうか?と今も思います。
キスを終えて、ゆらりさんはぱっと身体を離し、スマホをいじって1枚の写真を見せてきました。
たった今の二人のキス写真でした。
ゆらりさんが最中に腕を伸ばして自撮りしたそうです。
「彼女いるんですよね?」とゆらりさんは言いました。
「学食で今日あなたが友達と話しているの聞いちゃったんです。バイト代入って、これからデートなんでしょう? 彼女にキス写真を見せてほしくなければ五万円ください」と、ゆらりさんは言いました。
「軽いやつを選んだなら、ほっぺにキスして終わり。お金の話はしなかった。」とも言いました。
現金の手持ちが無いと僕が言うと、コンビニのATMまでご一緒します、とゆらりさんは言いました。
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(激昂する兄)
「デタラメを言うな!」
僕は声を荒らげてカイを見据えた。
「君はお金が欲しいのか? 死んだ妹の名誉を傷つけてまで!(我に返り声をひそめて)五万円が欲しいのか?」
「違います。」カイはきっぱり言った。
「僕は確かに五万円をゆらりさんに払ったけど、あなたにお金を返してほしくて話したんじゃありません。」
「⋯」
僕は混乱した。
「逆に聞きますが」カイが落ち着いた声音で言った。「あなたは妹さんの情報を求めてこの大学にやって来た。しかし欲しい情報は妹さんにとって有利な情報限定ですか? それはずいぶん身勝手ではないですか?」
僕は持っていた五万円をカイに握らせようとした。
「とにかくこれを。妹を傷つけないでくれ。」
「いりません。」カイはお金を突き返した。
「今の話を誰にも話してないし、これからも話すつもりはありません。ゆらりさんのお兄さんだから話したんです。秘密の共有したかったんです。信じたくないなら信じないほうがいいと思います。」
「僕は君の話を信じないけど、君はゆらりを恨んでいるのか?」
カイは自分の心の中を探るように宙を見つめて言った。
「騙されたことは悔しい。めちゃくちゃ頭にくる。そういう負の感情が彼女に対してある一方、あの時、自分の内側から破壊されて解放された甘く切ない何かがあって、それを今も色濃く感じるんです。理屈と感覚がせめぎ合い、トータルで見れば感覚が勝っちゃうんですよ。」
カイは僕を見つめてさらに言った。
「もう一度あの2か月前の日に戻ったら、僕は騙されるってわかっても、【軽くないやつで。】って答えます。僕に自尊心が無ければ再び五万円払ってもう一度そうしたかった。ゆらりさんは、魔性です。」
カイは僕に礼をして去った。
僕は呆然と見送りながら、「魔性」という言葉の意味を妹のゆらりの中に探した。
僕の知っているゆらりは、高校時代に卓球部の副部長だった妹は、無邪気で前向きで責任感があり真面目で「魔性」からは一番遠かった。
しかし「2か月前に戻ったら」というカイの言葉を思い出し、僕は背筋が冷たくなった。
ゆらりから「お兄ちゃん。十万円貸してください」とラインが来たのが2か月前だった。
理由を聞くと「やっぱりいい。」とゆらりは書いてよこしたのだった。
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(混乱する兄)
僕はキャンパスのベンチに座り込んだ。
すると長身の男子学生が「ゆらりさんのお兄さんですね。情報を欲しがって行動してるって聞いたので。」と話しかけてきた。
また男だ。
また男だ!
僕は苛ついた。
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【理工学部 3年 犬井】の証言
ゆらりんとは卓球サークルでご一緒していました。
ゆらりん。
みんなからそう呼ばれていましたね。
僕の校舎でも卓球サークルはありますが、ぶっちゃけ理系は女子が少ないので、こっちのサークルに入っています。今日は久々に卓球やりに来ました。
ゆらりんは卓球サークルでは「癒やし」的な存在でしたね。
あれだけの美人だと女神とかアイドル扱いになって女子から嫌われそうなものだけど、ゆらりんはカッコつけず自分から笑いを取りにいったり、進んで雑用したりするから、男子女子問わず好かれていました。
ていうか、僕は大好きでした。
実は告白したんです。
大学の近くのカフェに誘って、お付き合いを申し込みました。
ゆらりんは「犬井センパイ。真剣に告白してくれて嬉しかったです。でも⋯ごめんなさい。他に好きな人がいるんです」と言いました。
「その人と付き合っているの?」と聞くと「私の片想いです。」と言いました。
僕はその彼に告白するよう勧めました。
なんでかって?
もし振られたら僕にチャンスがあるかもしれないと、正直下心がありましたね。
ゆらりんは僕のことを好印象に思ってくれているので。
えっ? なんで好印象だとわかるかって?
そりゃあわかりますよ。犬井センパイって呼んでくれる時の声とか態度で。
それから数日後、ゆらりんがキャンパス内を男子学生と歩いているところを見かけました。
僕はああ告白が上手くいったんだな、と失望しました。
大した男でもないのにって悔しかったですね。
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(情報に食いつく兄)
「ゆらりと歩いていた男はこいつだった?」と僕は犬井にビラの加害者の写真を見せた。
「さあ? わかりません」と犬井は答えた。
「はあ? だって君は大した男じゃないって言ったじゃないか。顔を見たんでしょう?」
「大した男じゃないと思ったのは僕の主観です。実際はゆらりんに自分の存在を気づかれないように見たから、見たといっても観測に限度があります。」
「⋯」
主観だと言われたんじゃ何の情報にもならない。
ゆらりが自分に対して好印象を持っていたというのも犬井の勝手な妄想で主観だろう。
僕は落胆しつつ、しかし犬井が話したゆらり像が僕にとって好ましいものであることに安堵した。
カイは、あの嘘つきは!
ゆらりを「魔性」と言ったのだ。
しかし、ゆらりが自分から笑いを取りに行く、というのは意外で驚いた。そういう3枚目のキャラではないはずだ。
サークル内では嫌われないように少し無理していたのかもしれない。
僕は肝心なことを聞いた。
「ゆらりは君にお金を貸して欲しいって言った?」
「お金ですかぁ?」
犬井はきょとんとした。
「そんなの言われてないですよ。告白の時のコーヒー代でさえ自分の分を払うって言われて、どうかこの一杯はご馳走させてください、デートの思い出にしたいので、と言ったんです。」
「は、デートだって?」
「二人きりでコーヒー飲んでお喋りしたんだからデートです。僕はゆらりんと一度、たった一度だけどデートしたと思っています。」
「⋯」
「ところでお兄さん、ゆらりんの親友のふたばちゃんとは話しました?」
「親友がいたの?」
「女子ダブルスのペアをしてたし仲良しでしたね。僕、これから卓球サークルに行くんです。実はゆらりんが亡くなってからショックすぎて彼女との思い出のつまったサークルに顔出してないんですよ。ずっと休んでました。今日は久しぶりに行くんです。でも、ふたばちゃんはあれからも欠かさず練習に来ていて今日も来ますよ。グループラインの出欠で見たので。」
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(卓球サークルに乗り込む兄)
僕は犬井に同行して卓球サークルの練習場所の体育館へ行った。
しかし犬井は体育館を覗くと、急に長身の身体を硬直させて立ち止まった。
「やっぱまだ無理です。まだっていうか、もう無理かも。」
犬井は泣いていた。
「ゆらりんを思い出して胸が苦しいんです。」
犬井はそのまま帰ってしまった。
残された僕が戸惑っていると、「どうしました?」と男が話しかけてきた。
その男は爽やかな整った顔立ちで微笑んでいるが、眼光だけはなぜか鋭くて、得体の知れない異質なオーラがあった。
僕は「ゆらりの兄です。ゆらりの親友のふたばちゃんって人に話を聞きたくて。」
「なるほど。呼んできますね。」
その男は体育館の隅っこで素振り練習しているメガネで髪を一つに結んだ地味な女の子に近づき、僕を指して何か言った。
その女の子はラケットを持ったまま、僕の方に小走りに来た。
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【新設学部2年 ふたば 】の証言
ゆらりんのお兄さんですか?
私はゆらりんとダブルスでペアを組んでいて、仲良くさせてもらっていました。
親友?って犬井先輩が言ったんですか?
そういう枠組みはよくわかんないけど、ゆらりんとよくご飯食べたり映画見に行ったり音楽聴いたりお互いの家に泊まったり、旅行も一度行きました。
さっき私を呼びに来た男の子ですか?
瀬名くんって言います。
文学部の3年生かな?
年は向こうが上だけど、彼、卓球サークルに数カ月前に入ってきた新入りなんで、瀬名くんって、みんな呼んでます。
なんか有名な小説のコンクールで去年は最終選考に残ったとかで、今年度は大賞を取るって決めて、卓球サークルに体験と取材のために入部してきたんです。卓球好きな女子大生が主役の小説らしくて。
ゆらりんのことはすごくショックです。
ゆらりんに好きな人とか付き合っている人がいたかって?
わからないです。
ゆらりんとはよくお喋りしたけど、男の人の話はしたことないんで。
卓球の話はよくしました。
ゆらりんの方が卓球が上手くて、試合で私がミスると「ごめんは言っちゃダメ。ミスにとらわれると良いプレイできなくなるから、ミスしたら笑っていこー。」
って笑顔で言ってくれました。
私の父が故郷で亡くなった時も寄り添ってくれました。
大好きな父だったから大学も行けなくなって、もちろん卓球も休んで家でずっと泣いていたら、ゆらりんが何度も泊まりにきて手を握ってくれて。
でも私はゆらりんのことを何も知らない。
そう言えば何か悩んでそうだったけど、聞いてあげる余裕も無かった。
あんなに一緒にいたのに何も知らなくて悲しい。
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(泣きじゃくるふたばに共感して泣く兄)
僕もゆらりのことを何も知らない。何もわからない。
なんでお金が必要だったんだろう?
理由なんて聞かず10万円送ってあげれば良かった。
僕が東京の第一志望の大学受験に失敗して、故郷の大学に進学を決めた時、ゆらりは「おめでとう、お兄ちゃん」と笑顔で言った。
「2番目に行きたかった大学に受かったんだもん。すごいよ。そこに縁があったんだよ。」
おめでとうと言ってくれたのはゆらりだけだ。
両親は残念に思ったのか、僕に気遣ったのか、おめでとうとは言わなかった。
僕はゆらりの純粋で前向きな言葉に気持ちが楽になった。
僕はふたばに聞いた。
「ゆらりは君にお金を貸してほしいって言った?」
「言われたことありません。いつも割り勘でした。」
「旅行はどっちが誘ったの?」
「ゆらりんです。⋯あ、ちょっと待ってください。部室に写真置いてあるんで。持ってきますね。」
「外で待ってるね。」
体育館の入り口はひっきりなしに人の出入りがあって落ち着かないので、僕は体育館の外に出た。
泣いたあとの目の辺りに風が冷たく当たった。
写真なんか見たらまた泣けてくるだろうな、と僕は思いつつ、そう言えばふたばは父親が亡くなった時は大学も卓球も休んだと言っていたけど、ゆらりが亡くなった後は犬井の話では休まず練習に来ているんだな、とふと思った。
僕は素振りしていたやる気満々のふたばの姿を思い出した。
ふたばが簡易なアルバムを持って、小動物のように走って戻ってきた。
「旅行の写真です。スマホからプリントアウトしたものです。気に入った写真があれば、どうぞ持っていってください。」
僕はアルバムの写真を見ていった。
「旅行先はどこ?」
「長野です。ほとんど自撮りしたものなんで、あんまり景色写ってないけど。」
確かにほとんどの写真がゆらりとふたばが楽しそうにくっついてアップで写っているものだった。
ゆらりは犬井が言っていたように、全然カッコつけた感じがなく、表情を気取らずゆるめて笑っている。たまに、ふざけて笑わせるような表情やポーズもしていた。
ふたばもすごく楽しそうな笑顔だ。
僕は1枚の写真に目を奪われた。
二人の全身が写ったもので、背景がはっきり写っている。
「それは他の旅行客に撮ってもらったやつです。」とふたばは言った。
僕が着目したのは、二人のバックに偶然写り込んだ通行人の男の顔だ!
「これは?」
僕は写真の男の顔を指した。
ふたばは覗き込み、「あれ? 瀬名くんだ!」とびっくりした。
「なんで瀬名くんが写っているのかしら?」
その時、僕の背後の木の枝が揺れて、瀬名がさっと現れた。
僕はあまりの驚きに変な声が出た。
「立ち聞きしてたの?」と聞くと、
「煙草を吸いに出てきたんです。」と瀬名は火のついている煙草を見せた。
「なんで瀬名くんが写っているの? あの時いたの?」とふたばが聞くと、瀬名は写真を見た。
「これは帰省した時だなぁ。長野は僕の故郷なんで。そうか、2人が来てたなんて知らなかった。」
「長野に行こうって誘ったのはどっち?」と僕は聞くと、ふたばは「ゆらりんです。」と答えた。
僕の視線に瀬名は、
「ちょっと。何を疑っているんですか? 僕はゆらりさんと無関係ですよ。小説の取材で卓球の話を聞かせてもらったことはあるけど。」
瀬名は相変わらず微笑んでいて、眼光だけが鋭く、煙草の煙を吐いた。
僕は言った。
「君が今書いている小説を読ませてくれないかな?」
瀬名は言った。
「盗作予防のために、応募前の原稿は人に見せないことにしています。」
「タイトルは?」
瀬名は答えた。
「【魔性の女】です。」
僕は瀬名を睨んだ。
瀬名はなんで睨まれてるのかわからないというように首を傾げたが、それはどこか芝居がかっていた。
瀬名は小さくなった煙草を足元に落とし、踏みつけて体育館へ入って消えた。
僕は瀬名が写り込んだ写真をポケットに入れた。
ゆらりはなぜ殺された?
藪の中だったが、視界が開けてくるのを感じた。
