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「サルに恋する5秒前」6「俺がくるみの飛車になる」




くるみは自作のラブソング「サルに恋する5秒前」を、サル似の画家の木山悟流サトルに愛を込めて歌った。

「サルばかり、なぜモテる?」と飛車の駒を転がした鈴村さくを、木山悟流は混乱の場に引きずり込んだ。

くるみと悟流、鈴村朔は三角形に大木のそばに立つ。



鈴村朔は介入する覚悟を決めて、くるみに話しかけた。




「くるみさん、鈴村さくです。悟流さんの意に沿って、ここにいます」

「私の歌を聴いたの?」

「うん。君は悟流さんが好きで片思い。立場はあおいさんの後輩。びっくりしたのは『彼と話がしたくて彼の親友に近づき、恋人ごっこのゲームを持ちかけてみたりした』だけど、親友ってカッキー?」
「……」 
「答えたくなかったら答えなくていいよ。今日は悟流さんが動揺してるから、帰ったほうがいいかもね。また今度、俺のいない時に突撃してみたら?」

「日を改めるってこと?」

「うん。日を改めてまた今度」

「日を改めたら、次の勇気が出なくなっちゃう」

「つまり、くるみは…年下だし呼び捨てでいいよね? くるみは次の勇気を出すために、無関係な俺に質問されても、ここにいたいってこと?」

「ここにいたい。動揺がおさまったら、くるみの気持ちなんて、まるめてポイされちゃうから」



悟流はくるみを見つめた。
「ポイなんてしないよ。…ただ、すごく困ってる」

鈴村朔は口を挟んだ。
「困ってるってことは、即答して断れないってことだよ。期待を持たせていいの?」

悟流はハッとして更に動揺した。

「まあテニスの絵を観たら、なんらかの熱意があると感じたけどね。くるみの絵を夢中で何枚も描いてるってオーナーが言ってた」

「テニスの絵を描いてくれたの? 画廊に行って欲しいって電話くれたのは、それを見せるため?」

「それだけじゃないけど…」
悟流は鈴村朔の前なので言葉を濁した。

「悟流さん、気持ち落ち着いた? 俺、帰ろうか?」

悟流は逃がさないように、鈴村朔の腕をつかんだ。
「まだ落ち着かないから、さっくん、いてくれる? くるみちゃん、ごめんね」

「ううん。私こそ動揺させてごめんね。鈴村くんも将棋やりたくて来たのにごめんね」

俺のことが見えてるんだ、と鈴村朔は驚いた。
舞い上がってめちゃくちゃやったのではなく、考えて行動しているんだと思った。 

「本音言っていい?」
くるみは切り出した。

「この際全部ぶちまけてみな」
鈴村は促した。

「今日はね、覚悟して来たの。きっぱり断られたら、この恋を諦める覚悟です」 

自分と思考が似ている、と鈴村朔は思った。
自分もあおいを好きになって(容姿が好みだっただけだが)、あおいがストレイシープ(恋の迷子)のうちは、ラインを送ってアピールした。
しかし、あおいから断りの返事を貰った瞬間、きっぱり恋を諦め、木山悟流に絵のキャンセルを申し出た。

片方がシャッターを閉めたら、お互いのためジタバタしないのは鈴村朔の美学だ。
くるみも同じなのだろう。

「本当はこんなに早く告白するつもりなかったの。でもギターをいじって曲を創ったら、今だ!って思ったの。きっぱり振られたら恋が終わっちゃうけど」

「悟流さんの困っている態度を見て、恋を終わらせる気はなくなったというわけか」

くるみは頷いた。

「くるみに傾く可能性は五割程度あると思うよ」

「え、そんなに?」

「ラブソングを聴いている時の悟流さんの表情。その後の動揺。きっぱり断れない。テニスの絵を情熱的に描いている。それに、あおいさんは面白い男が好きだからね。ストレイシープになった時、カッキーの家まで会いに行ってる」

「そうなの。カッキーが言ってた。あおいさんをバイクに乗せたって」

えっ?と木山悟流は驚いた。
「あおいがカッキーの家に行ってバイクに乗った?」

「言いつけるみたいな卑怯なことはしたくないから黙ってたけど。二人はお友だちなんだと思うよ。ちょっと怪しいけど。そこも、くるみ的には勇気が出るポイントなの」

悟流はあおいが秘密にしていたことにショックを受け混乱した。

「悟流さん悩んでるね。くるみのポイントがあがったな。次は自分に不利な『恋人ごっこ』を説明する番だぞ。話しても良ければ」

「話すつもりで歌詞に入れたの」

「俺がいていいの?」

「鈴村くんがいたほうが話がクリアになる。私ね、大学生の時に恋もどきをしたの。相手は卓球サークルの部長で、相手の本質も知らず、恋だと思って突っ走っただけ。その時思ったの。好きな人のことは知っていこう。どんな形でもいいから、近くにいてたくさん話そうって」

悟流はその話を、初めて会った日に聞いた。

「悟流さんに恋をして、後からあおいさんの恋人だと知ったの。そんな時、四人で会って、カッキーの視線でわかっちゃったの。カッキーはあおいさんに恋してるって」

悟流もカッキーの気持ちに気付いていた。

「あ、この人は片想いの『同士』って思ったの。カッキーとなら恋人ごっこができるって」

「ちょっと聞くけど」
鈴村朔が口を挟んだ。

「くるみは恋人ごっこのリピーター?」

「リピーターじゃないよ。恋人ごっこの初心者で、恋の初心者でもあるの」

鈴村朔は質問を続けた。
「カッキーは『ごっこ』だって知らないんだよね? くるみと本当の恋人だと思ってる?」

「そうなの。お義姉さんに、くるみのことを俺の彼女ですって言ったから、心が痛くなった」

「カッキーの家に行ったのか。これは避けては通れない質問だけど、カッキーと恋人のような行為をした?」

「キスしました」

悟流と鈴村はある意味、衝撃を受けた。

「キス以上はダメって言って、カッキーにいつまでダメなのか聞かれて、半年はダメって約束しました。カッキーは巻き込まれた立場なのに、くるみがリスクを負わないのはズルいと思って、キスだけは受容すると決めました」

呆然としている悟流に代わり、鈴村は質問する。

「恋の初心者って言ったけど、まさか」

「ファーストキスです」

「はあ?」
鈴村が呆れて声をあげる。

「くるみはアホなのか? なんでファーストキスの相手が恋人ごっこなんだよ。せっかくのプラチナカードを!」

「カッキーと恋人ごっこする以外、悟流さんと会う方法が無いんだもの」

「公園に来れば会えるだろ」

「公園で絵を描いているって知ったのは一昨日なの。あおいさんから聞いてびっくり! おととい、木登りを教わって木から落ちそうになったの」



一昨日、木登りして、昨日、作詞作曲して、今日ラブソングを歌いに来たか。
めちゃくちゃ行動力があるな、と鈴村は思った。

「じゃあさ、もう公園で会えるから恋人ごっこを解消したら?」

「そんな簡単にはいかないの。カッキーは素敵な人で毎日電話もくれて、悩んでいると真夜中でも駆けつけてくれて、くるみを真剣に思ってくれるの」



「情がわいたってわけか。だから急いで悟流さんに突撃した?」

「カッキーのこともあって、ゆっくりできないの」

「半年経ったらキス以上迫られて、恋人ごっこはエスカレートする?」

「半年経ってもキス以上は無理」

「悟流さんにふられたら、カッキーにいく?」

「今は悟流さんのことしか考えられない」

「悟流さん、はっきりしてあげたら? きっぱり断るか、希望があるから待ってくれって言うか。ぐずぐずしてる間に、くるみはカッキーとキスしまくって、恋人ごっこがエスカレートするよ。想像して?」

鈴村朔は、突然、くるみを抱きしめた。
びっくりしたくるみが拒否する間もなく、鈴村朔はキスしようと、くるみに顔を近づけた。

悟流は思いっきり鈴村朔を突き飛ばした。

鈴村朔は芝生に尻もちをついた。
「想像できた? どんな気持ちだった?」

「嫌だった」
悟流は本音を言った。

鈴村朔は服の芝生をはたいた。
「俺は退場するよ。二人で話したら?」
鈴村は背を向けて二人に手を振り、歩いて行った。

悟流は落ち着くため、くるみを公園の片隅のブランコの方へ誘った。




くるみと悟流はブランコに乗って、心を揺らしながら話した。

くるみは昨日、カッキーのバイクに乗って郊外へ行きブランコに乗った。



2日連続で、違う男とブランコに揺られているのだった。

「くるみちゃんの気持ちは伝わった。俺を好きなために悩んでるんだね? 俺がくるみちゃんならカッキー選ぶけどな」

「それってあれ? 自分を下げて断るやつ? くるみ、ふられちゃうの?」

「いや純粋に、カッキーとは長い付き合いだからカッキーへの気持ちがあって、それとは別にくるみちゃんへの気持ちは…たぶんある。鈴村くんが言ったように、悩むってことは何かの気持ちはあると思う」

「何かの気持ち…何だろう? ちょっと怖いけどドキドキするなぁ」

「カッキーはさ、誠実で男の色気があって周りを明るくしてくれて、大学時代だって、俺と違ってモテたからね。あいつは適当に付き合ったりしない。一本気な性格なんだ」
「……」
「くるみちゃんがやっぱりカッキーにするって言ってくれれば悩みが無くなるんだけどな。でも、そう言って欲しくない気持ちがあるから困ってる」

「すごい正直。やばい泣きそう」

「曲を創って気持ちを伝えてくれて、心のど真ん中に響いたから、俺も正直に伝えています」

くるみは感動していた。

「実は俺もくるみちゃんに言わなくちゃならないことがあって、画廊へ行って欲しいって言ったんだ」

「テニスの絵を描いてくれたんでしょ?」

「それだけじゃなくて……画廊へ近いうち行ってくれる? オーナーは波瀾万丈の人だから細かいことを気にしないんだ。くるみちゃんとまたお喋りしたいなって言ってた」

「でも…これ聞くの怖いけど、あの猿の絵、売れちゃった?」

猿の絵というのは、木山悟流が森の自画像を描いた絵だ。
くるみは裸体画のモデルになる報酬として、その絵を貰う約束していた。

でもモデルの最中に身体が震え、木山悟流が描くのをストップしたのだ。

くるみは猿の絵が欲しかったけど、そのために裸体画のモデルになったわけではない。
裸体画のモデルがいなくて困っていることを盗み聞きし、木山悟流の役に立ちたかったのだ。

「まだ猿の絵を欲しいと思っていてくれたの?」
悟流は笑顔になった。

「もうすぐボーナス入るから買えるの。でもお金が入る前に画廊に行って、売れちゃってたらショックすぎるから」

「嬉しいな。そんなふうに思ってくれて」

木山悟流はくるみを熱く見つめた。
くるみはドキッとした。

「もう一度聴きたいな。くるみちゃんの歌」

「サルに恋する5秒前?」

くるみはギターを持って、ブランコに座る悟流の前に立った。

くるみは創作したサルに恋する5秒前のラブソングを、綺麗な声で歌った。ギターを鳴らしながら。





サルに恋する5秒前 

【1】
1,2,3,4,5(英語)
木の上でスケッチして 情熱的な絵を描く
サルに似た画家のあなたに 初めての恋をした
木登りを教わって 木から落ちそうになる
私を抱きとめてくれた 夕暮れの公園で
💕ずっと前からサルのこと めちゃくちゃに好きだった
きっと私に来るチャンス 信じてるの🐒🙊
くるみちゃんと笑って すばしっこく走る姿に
サルに恋しちゃいそうな 初恋の5秒前

【2】
初めて会ったあの日 俺を捜しているの?
追いかけていった私に 悪戯っぽく微笑んだ
テニスでペアを組んで 一緒にボールを追った
わざと負けたと思ったら 哀しくて睨んでた
💕ずっと前からサルのこと めちゃくちゃに好きだった
きっと私に来るチャンス 信じてるの🐒🙊
君の絵を描いていい? 手を握ったあなたに
サルに恋しちゃいそうな トキメキの5秒前

【3】
彼には彼女がいる 私の先輩なの
優しくて美人な彼女 片想いの恋だから
彼と話をしたくて 彼の親友に近づき
恋人ごっこのゲームを 持ちかけてみたりした
💕ずっと前からサルのこと めちゃくちゃに好きだった
きっと私に来るチャンス 信じてるの🐒🙊
彼女がやきもちやいて 困っているあなたに
ウッキッキと今夜眠れない 会いたくて5秒前
サルの歌口ずさんで ギター鳴らす5秒前
1,2,3,4,5




感動して拍手した悟流が、複雑な表情になったのを、くるみは見逃さなかった。

「ごめんなさい。大切な親友を傷つけるようなことをして」

「カッキーは男だから。くるみちゃんは自分を大切にして欲しい」

「あおいさんのことを気にしてるのね?」

悟流は頷いた。

気にするということは、くるみのことが気になって罪悪感があることになる。

くるみもあおいのことを考えると、心の中を風が吹く。

夕暮れの茜色に染まった空の下、二人は佇んでいた。

くるみはスマホで時間を見た。
「帰らないと! あおいさんが来る」
ギターケースを抱えて走って行った。
 
くるみは何かを落として行った。

魔法が解ける前に慌ててガラスの靴を落としていくシンデレラみたいだ、と悟流は思った。

落とし物を拾うと、ギターケースにつけたマスコットのキーチェーンだった。

可愛いサルのマスコット。
愛嬌のあるファニーフェイス。
俺に似てる。
悟流はくすっと笑った。

くるみが落としたサルを手のひらに乗せた悟流は、何だか無性にくるみが愛しくなった。

✨✨✨


くるみが夕暮れの公園の出口へ行くと、鈴村朔が待っていた。

「ナンパですか?」
くるみが柔らかく微笑んだ。

「さっきの誤解されてたら困るなって思って」

「びっくりしたけど! 悟流さんの気持ちを引き出すためでしょ? 突き飛ばしてくれて、すごく嬉しかった」

「突き飛ばされて、すごく痛かったけどね、こっちは」

「ごめんね、将棋やりに来たのに。悟流さんが将棋指すとこ見たかったな」

「見たってわかんないだろ」 

「私も指すから」

「え、くるみって将棋指せるの?」

「AIのひよこと遊んでいるの。ぴよ将棋のひよこ、『もうだめピヨ』とか弱ったふりして逆転勝ちしてくるのよね」

鈴村朔は笑った。
「俺が将棋教えてやろうか? 強くなって、優柔不断なサルに『もうだめピヨ』って言わせてやったら?」

「サルは『ピヨ』って言わないよ。ウッキッキ」

鈴村はまた笑った。くるみと話すと楽しい。

「鈴村くん、将棋上手いの?」

「飛車落ちのハンデあげて木山悟流に勝つよ。一応、東大将棋部の主将だったから」

「ええ、すごい!」

「卒業前の団体戦決勝では俺のヘタレな対局のせいで負けたけどね。将棋から遠ざかっていたけど、悟流さんと会って、また指すようになったんだ」

「悟流さんをびっくりさせたいから教えてもらおうかな」

「腹へってる? なんか食べない?」



「うーん、家賃もあるし悟流さんの絵を買いたいから節約してるの」

「おごってやるよ」

「えっ、でも鈴村くんがくるみに奢るメリット無いでしょ?」

「俺はメリットなんて考えない。気分で動くから。親譲りの無鉄砲で」

「夏目漱石ね。くるみもこの間、三四郎を読み返したの」

「へえ文学好きなのか」

趣味が合うな、と鈴村朔は思った。
木山悟流の本棚にも文豪の本が並んでいたことは、言いたくない気分になっていた。

「何が食べたい?」

「緊張したから甘いもの食べたいな。…あ、デザート付きがいいみたいな感じの図々しいこと言っちゃった。ラーメンでいい」

「デザート付きでいいよ。まさかホテルの最上階で奢ってもらおうなんて思ってないだろ?」

「庶民的なレストランがいいな」

くるみと鈴村朔は街を歩いた。

✨✨✨



くるみが帰った後、木山悟流は大木の上でスケッチしていた。

会社帰りのあおいがやって来た。
悟流は木から下りて、あおいを迎えた。



あおいと悟流は土日にゆっくり会って、平日はあおいが会社帰りに公園で少し話していくのが決まりだ。

あおいは悟流の絵にあまり興味を示さない。

美術館に悟流の絵が展示された時は観に来てくれたが、画廊へは会社の近くなのに行ったことが無い。

部屋で会っている時も、悟流が絵を描くと、つまらなそうに頬を膨らませる。



出会ったのは、失恋したあおいを笑わせて励まそうと、お笑い芸人みたいなことをしたのがきっかけだ。

それは自分のキャラではない。
親友のカッキーをイメージして演じた。
 
「あおいさんは面白い男が好きだよね。カッキーみたいな」と鈴村朔が分析した。

あおいに本質的に愛されているんだろうか? 悟流は時々考える。

あおいがストレイシープ(恋の迷子)になった時、彼女の自由な意思に任せたくて放っていた。
本当の意味で自分を選んで欲しかった。

悟流はあおいの雑談を止めた。

「さっき公園に友だちが来てさ。その彼、バイクに乗ってるんだ」

「え、カッキーじゃなくて?」

「別の友だち。あおいちゃんはバイクに乗ったことある?」

悟流はさりげなく質問し、あおいの表情をじっと見つめた。
あおいは目が泳いだ。

「バイクなんて乗ったことない」

嘘をついた、と悟流は思った。

カッキーとバイクに乗って、それが何でもないなら話すだろう。
話さないのは、カッキーに対して感情があるのかもしれない。

「そろそろ帰る。また明日ね」
あおいは笑顔で手を振って帰った。

悟流は暮れてきた公園の木の上にもう一度登って、思考した。

✨✨✨

くるみと鈴村朔は街の庶民的なレストランに入った。

「申し訳ないなぁ。奢ってもらっちゃって」

「面白いパフォーマンスが見れたからね」

「パフォーマンスだよね端から見ると。こっちはドキドキだけど」

二人は食事しながらお喋りした。

「自惚れるから言いたくないけど、くるみは可愛くてモテただろ。言いよる男はいなかった?」
「けっこういたかな」
「どのくらい?」

くるみは思い出しながら指を折っていき、折り返した。

「それだけモテて恋の初心者? その中のまあまあ良い奴と付き合おうと思わなかった?」

「まあまあ良いくらいじゃ、付き合いたくないの」

「尊敬するな」

「鈴村くんがくるみを?」

「大学生なんて受験からの解放感もあって、恋のイベントに参加したくなるだろ。大がかりな『恋人ごっこ』のスイッチが入るみたいに。俺も告られた中でまあまあ好みの女の子と付き合ったかな。くるみはその波に乗らなかったんだな」

「本気で好きな人と付き合いたかったの」

「なのに恋人ごっこでファーストキスなんて、アホの極みだ」

「ほんとアホの極み。でも他に悟流さんの近くに行く方法が無かったからなぁ」

「今後は別だ。状況が変わった。カッキーに情があっても、恋人ごっこを解消するべきだよ。悟流さんとは公園で会えるし、真剣に考えてくれそうなんだろ?」

「うん。考えてくれていた」

「カッキーに話す時は言い方に気をつけろよ。恋人ごっこなんて言ったらダメだ。俺が相談に乗ってやるから暴走するなよ。一人で抱えるの限界だっただろ」

「なんでわかるの」

「木登りを教わった翌日、曲を創り、その翌日にギターひっさげて乗り込んできた。振られたら諦めるつもりだった。こんなハイスピードに平気で乗って行ける女の子なら、画廊の前で入るの躊躇したりしないだろうから。無理してそうだなと思った。俺が一緒に抱えてやる」

「鈴村くん、あおいさんが言った通り優しい」

鈴村朔は拍子抜けした。
「あおいさんから聞いてるんだ。俺が振られたこと。よその会社で俺の名前が吹聴されていたとは」

「あおいさんは言いふらしたりしないよ。アリスのティーパーティーで、くるみだけが聞いたの」

「は? アリスのティーパーティー?」


「会社の給湯室のお茶入れ。お茶にしましょうか?ってあおいさんが言って、くるみが『アリスのティーパーティーにようこそ』ってハイタッチするの」

鈴村朔は笑った。
「さすが、さとるん♪妖精さんと仲良しの後輩だけあって、くるみも妖精さんだな」


「別れる時にケーキ奢ってあげたんだって? あおいさんが感激していたよ」

「優しいだけじゃないけどね」

「別れる相手と一緒に会社の近くの喫茶店を出て、誰かに見られたくなかったんでしょ? だから先にお店を出たの?」

「鋭いな、くるみは」

振られた話がむしかえされて、居心地が悪くなった鈴村朔はトイレに立った。

戻ると、くるみはスマホで何か作業をしていた。

「私、noteに小説を書いていて、挿絵のイラストを載せたの。見る?」

くるみのスマホを鈴村が見ると、二枚のイラストが小説の挿絵に載っていた。

一枚はものすごく上手いサルに似た男の絵。
もう一枚は下手くそだがユニークな味のある面白い顔した女の子の絵。

鈴村は笑いをこらえて「この二人の関係性は?」と聞いた。

「恋人未満」と、くるみ。
「現実の話じゃないよ。想像の物語」

「男の絵は悟流さんが描いて、女の子の絵はくるみが描いたんだろ」

「もう。推理しないでよ!」

「二枚の絵を並べると落差がすごくてインパクトが強すぎるんだけど」
鈴村は笑ってしまった。

「並べたかったんだもん」

「俺が描いてやろうか?」

「描けるの?」

「くるみよりはね」

鈴村朔は手帳の白紙に絵を描いた。
くるみを見つめながら描く。
描き終えて、紙を切って渡す。
くるみにそっくりな可愛い女の子の絵だ。

「これって私?」

「さあ?」

鈴村朔はもう一枚絵を描いた。
男の絵だ。書き終えて渡す。

「あれ? 鈴村くんに似てない? ヒロインが恋する男はサルに似てるんだけど」

「サルは描きたくない。いらないなら返して」

「せっかくだから貰っておく」

「くるみの小説、読んでいい?」

「言っとくけどヘタウマだよ。でもヘタウマって褒め言葉なんだからね」

「読ませて」

くるみはnoteのQRコードを見せた。
鈴村はそれを読み込んだ。
「あとで読むよ。ヘタウマなら感想、気を遣うし」

「さっくんって、けっこう意地悪なのね」

「え?」

「さっくんって言ったでしょ。悟流さんが。あれ? さっくんって呼ぶなって言ってたっけ?」
 
「……いいよ、さっくんって呼んでも」

「そうなの?」

「他に誰かいる時は鈴村くんって呼んでほしい」

「今は二人だからいいのね? さっくん、ご馳走さまです」
くるみがデザートのケーキを食べて満足そうに微笑んだ。



その無邪気な可愛さと「さっくん」に、鈴村朔はドキッとやられてしまった。


駅でさよならする時、鈴村朔はくるみを見つめて言った。

「俺がくるみの飛車になる」



どういう意味?とくるみが目で問うと、じゃあな、と鈴村朔は手を振って違うホームへ分かれた。

✨✨✨

夜になって、くるみはお風呂に入りながら、改めて悟流への熱い想いを感じた。
そしてカッキーへの罪悪感と迷い。

鈴村朔の謎めいた言葉「俺がくるみの飛車になる」の意味を考えていた。




(7話へ続く)



イラストを描いてくださった方々です。