「サルに恋する5秒前」 11「混乱の夜」
(あらすじ)
くるみ23才は、木の上で絵を描くサルに似た画家の木山悟流に初めての恋をした。
悟流はくるみの会社の先輩、美女のあおいの恋人だ。
くるみは悟流と話をする機会を得たくて、悟流の親友の画家のカッキーと「恋人ごっこ」をした。
くるみは悟流に自作のラブソングで悟流の気持ちを動かした。
くるみはカッキーに「恋人ごっこ」だったと伝えた。
失意のカッキーは、悟流と裸体画のコンクールで勝負した。
✨✨✨
くるみの部屋に鈴村朔がいた。
彼女は心変わりしてしまったんだろうか?
悟流が気落ちしてアパートに帰ると、あおいが待っていた。
「くるみんを好きなの?」
悟流は否定しなかった。
あおいの予感が当たっていることが証明された。
かくして【混乱の夜】幕が上がる。
悟流はあおいを部屋に招き、コーヒーをいれた。
あおいは口をつけず、強張っている。
悟流は正直に話す覚悟を決めた。
「何でも聞いて」
「出会った時、くるみんが好きな画家に失礼なことしちゃったって言ったけど、失礼って何?」
「画廊のオーナーと、コンクールの裸体画のモデルがいなくて困っているって話してたら、彼女がモデルに志願したんだ」
「くるみんが裸体画のモデルに?」
あおいはびっくりしすぎて立ち上がった。
「描いたの?」
「途中までスケッチした。彼女が震えて中断したんだ」
「描いたんでしょう? あの時、さとるん、画家として良い経験になりましたって、お礼言ってたもの」
あおいは絵を描く部屋に入り、立てかけてあるカンバスを見ていった。
その中の一枚を部屋の中央に出した。
くるみの裸体画だ。
豊満な乳房が画の真ん中に描かれ、あどけない顔したくるみが情熱的な瞳でこちらを見つめている。
「最初から始まっていたのね?」
「いや、四人でテニスした時は、カッキーの彼女だと思ってた。彼女が創ったラブソングを聴いて…」
あおいは上の空。興味は別にある。
「カッキーとくるみんは本当に恋人だったの?」
「『恋人ごっこ』って言ってた」
「『ごっこ』遊びなの? 何でカッキーと『恋人ごっこ』したの?」
「俺と話をする機会が欲しくて」
「カッキーも『恋人ごっこ』って知ってたの?」
「知らない。カッキーは本気で好きだった」
「そんなのカッキーが可哀想!」
あおいはここで涙が溢れてきた。
「カッキーはくるみんの裸体画を見たの?」
「見たと思う」
「バイクで事故るところだったのよ。私がお菓子を持っていかなかったら。カッキーが死んじゃうところだったぁ!」

あおいはカッキーの哀れを思って、わあわあ泣いた。
悟流はタオルを持ってきて、あおいに渡した。
「カッキーを好きなんだね?」
「私がカッキーを?」
「気づかなかった?」
あおいは混乱の極みに至った。
「カッキーのバイクに乗ったんだよね?」
「あれはストレイシープ(恋の迷子)になって相談しに行って」
「それなら、そう言えば良かった。隠したってことは、そこに何か感情があったんだろ?」
「え?」
「責めてるわけじゃないよ。心変わりは俺が悪い。あおいちゃんも自分の心を素直に覗いて欲しい」
あおいは自分の心を覗いた。
思い当たることがたくさんあった。
カッキーに初めてバイクに乗せてもらった日、風が冷たいからって彼がパーカーを着せてくれ、借りた服を返す理由でお酒を飲んで食事した。

すごく楽しくて、服を借りて良かったと思った。
カッキーがくるみんと帰った夜、
「送り狼になってないよね?」とラインすると、「俺の心が襲われてしまった。彼女を好きになったんや」と返信がきて、何も返せなかった。
翌日、「好きな人ができて良かったね」と返信したが虚しかった。
四人でテニスをして、テニスの上手いカッキーが、運動音痴でベンチに座る自分を笑顔で気遣ってくれた。
テニスでペアを組んで、ミスを連発する私を助けて試合に勝たせてくれた。



テニスの後、カッキーと話したくて電話した。
彼とお喋りした楽しさが忘れられ
ず、時々自分から電話した。
電話口のカッキーの声が変で、
「泣かないで」って言ったら、彼が声を出して泣き出した。
いてもたってもいられず、お菓子を持ってタクシーで駆けつけた。
一緒にいたかったけど帰されて、朝まで心配で眠れなかった。
もう電話してくんな、と言われて、恋人のさとるんに距離をとられるより淋しかった。
あおいちゃんが困った時、悲しい時、苦しい時、寂しい時、笑わせて欲しい時、俺がいつでも駆けつけるって言ってくれて、何が何だかさっぱりだけど嬉しかった。
23時55分におやすみって言って欲しいって言ったら、彼は髪をぐしゃぐしゃにして情けない顔して、
「俺は最低やな」とバイクで走り去った。
まだくるみんを好きだと気づいて、心の中を風が吹いた。
「これって恋なのかな?」
あおいは首を傾げた。
「きっとね」
悟流は微笑んだ。
「なんでさとるん、私より私のことがわかるの?」
「あおいちゃんが大切だから。あおいちゃんが困ったら俺だって駆けつけるよ」
あおいはまた、じわっと泣いた。
「もう、なんの涙だかわかんなくなっちゃった」
「泣きたいだけ泣けばいいよ」
「カッキーもさとるんも、くるみんを好きなの何で? 私だってくるみんを可愛くて好きだけど、あんなに胸が大きくてズルい!」
「今度は違う涙かな? もうじゃんじゃん泣いちゃえ」
「カッキーが描いた可愛い幻想の女神も、顔が私なのに巨乳すぎてズルい」
しっちゃかめっちゃかだと悟流は思った。
わあわあ泣くあおいが可愛くて笑った。
「ところで私たち別れたの?」
「うん、お互いに別の人を好きだとわかったからね」
「じゃあ、もうだめなのね?」
あおいは涙がまた溢れてきた。
「何が? 言ってごらん」
「抱きしめて頭を撫でて欲しいの」
泣きじゃくるあおいに悟流は近づき、そっと抱きしめて頭を撫でた。
別れたばかりの恋人が抱き合う。
「混乱の夜」まだまだ続く。
✨✨✨
痛み止めの薬を飲んで眠っていたくるみは、目が覚めた。

「起きたか」
隣で文庫本を読んでいた鈴村朔が微笑んだ。
「ぐっすり眠ってたよ。薬が効いたみたいだな」

「さっくん、ずっといてくれたの?」
「鍵持ってないから、帰るとなると開けっ放しで帰らなきゃならないからな」
「ごめんね、ありがとう」
「悟流さん来たよ。謝っていた」
「ここ、あがらなかった?」
「顔見られたくないって言ってたから、追い返した」
「うん。今は会いたくないかな」
あおいの裸体画を勝手に描いたカッキーに殴りかかったのだから、悟流はあおいを好きなのかもしれない。くるみは哀しく思った。
スマホの電話が鳴った。
カッキーからだ。
✨✨✨
アパートの前にバイクを止めて、カッキーはくるみを待っていた。


頬を押さえたくるみと鈴村朔が出て来た。
「将棋の先生、あんた、またいたのか。どれだけくるみんのボディーガードやったら気がすむんや」
カッキーは鈴村朔にさっと拳を突き出した。鈴村朔は素早くよけた。
「相変わらず反射神経、冴えてるな」
カッキーは笑った。
鈴村朔も笑った。この男は油断するとまた仕掛けてくるからと用心しながら、本質的には潔いカッキーのことは認めていた。
「今日は俺の代わりに殴られたくるみんのお見舞いに来ただけや。将棋の先生、先に帰ったらどうや?」
「鈴村くん、今日は本当にありがとう」くるみが頭を下げた。
「また電話する」
帰ろうとする鈴村朔に、カッキーはふざけて拳を突き出して、鈴村朔は素早くよけて帰った。
くるみは知らないのだ。
カッキーがハートブレイクした朝、鈴村朔が「気晴らしに俺を殴ってくれ」と申し出たことを。
カッキーは「それなら殴らせてもらうわ」と鈴村朔の顔の前に拳を突き出して寸止めした。
その後、カッキーがフェイントして殴りにいくと「覚悟は一回きりなんで」と鈴村朔は素早くよけた。
くるみに片思いの男二人で、密かにそんなやりとりがあったのだ。
カッキーはくるみに袋を差し出した。
くるみは袋の中を見た。そのリアクションの薄さに、
「あれ? プッチンプリン喜ばんのか?」
「鈴村くんが買ってきてくれたから」
「は? どんだけ将棋の先生は気が利くんや、腹立つ」
カッキーは隠していた薔薇の花束を差し出した。
「わあ!」
くるみは花束を受け取って、
「薔薇が一番好きなの」と、うっとり匂いをかいだ。
「そう言ってたやろ? くるみんのことは全部覚えてるからな」
くるみは薔薇の花束で無防備になって、頬を隠すのを忘れた。


「ふくれたほっぺも可愛いな」
くるみはハッとして隠そうとするが、カッキーは悪戯っぽく微笑んだ。
「俺のこと別に好きやないんやろ?隠さんでええから。自然体でいろ」
「好きじゃないわけないよ。カッキーのことはずっと好きだよ」
「二番目なんやろ?」
カッキーは真剣な顔になって頭を下げた。
「ごめんな。痛い思いさせて。もし悟流に俺が殴られてたら……正直、殴られて当然と思ったけど、あの場で乱闘事件起こしたら、俺と悟流は賞の選考外になってたかもしれん。くるみんのおかげやな。ありがとう」
「……」
「しっかし無謀やな。男の拳の前に飛び出すなんて。まともに当たってたら、くるみんの顔ふっとんでたぞ」
「気づいたら飛び出してたの」
「悟流のこと本気で好きなんやな」
「……」
「気分転換にバイク乗らないか? どうせ悟流があおいちゃんのことで殴りかかったからモヤモヤしてるんやろ?」
「どうしてわかるの」
「風に当たって気晴らしした方が、ふくれたほっぺも喜ぶやろ」
カッキーはくるみの頬を指で突っついた。
✨✨✨
くるみはカッキーのバイクに乗って、夜景の見晴らしの良い場所へ行った。
「わあ綺麗!」
「ここに連れて来たかったんや。機会が来る前に振られたけどな」
「もう悩むの、やめちゃお!」
くるみはきらきらした街の夜景を眺めて、両手をあげて伸びをした。
「それがええな。くるみんは笑ってるのが一番や」

「カッキーの絵、すごく素敵だったな」
「そうやろ」
「本当のこと言っていい?」
「俺にはもう嘘つくな」
「カッキーの家で絵を見せてもらったでしょ?」
「くるみん、褒めてくれたっけ」
「すごく上手いと思ったけど、そんなに心に刺さらなかったの」
柿本潤平はずっこけた。
「言ってくれるな」
「でもコンクールの『可愛い幻想の女神』は心のど真ん中に刺さっちゃった。悟流さんと、どっちが金賞かわかんないな」
「俺の絵を好きになったか。ファンになったんやろ」
「誰のファンにもならないって決めてるけど、カッキーの個展があったら毎日通っちゃうかも」
「そのうち言わせてみせるからな」
「何を?」
「柿本潤平さま。どうか私のヌードを描いてくださいって、くるみんにお願いさせてみせるから」
くるみは笑った。
「ああカッキーといると楽しい」
柿本潤平はくるみを、自分の中に残るありったけの愛をこめて見つめ、きっぱりした表情になってスマホを掲げた。
「なあに? どうしたの?」
柿本潤平は走って、くるみから離れて電話した。


くるみが電話に出ると、
「おやすみ」と電話からカッキーの声がした。
くるみは「なに言ってるの」と笑った。
「おやすみ、おやすみ、おやすみ」
柿本潤平は声を変えて電話で言った。
「どれがいい?」
「2番目が好き。1番も3番も好き」
くるみは答えた。
二人が出会って、恋人ごっこを始めた時と同じやりとりだ。
カッキーは電話を切って、くるみの前に走ってきた。
そして素早く、くるみの唇に小鳥のようなチュッという軽く触れ合うキスをした。
恋人ごっこの始まりと同じだ。
びっくりしているくるみに、
「恋人ごっこ終了!」
柿本潤平は宣言した。
「始まりはくるみんやったから、終わらせるのは俺って言ったやろ?」
「びっくりしすぎた」
まだドキドキしているくるみの頭を、柿本潤平はぽんぽんした。
「友達になろうな」
カッキーの笑顔に、くるみもつられて微笑んだ。
「久々にカッキーの『おやすみ』が聞けて嬉しかった」
「まあ、これが最後やからな」


✨✨✨
柿本潤平が恋人ごっこを終了した夜、家に戻ると、あおいが玄関の前で待っていた。

【混乱の夜】ラストスパート
「あおいちゃん、ヌードを勝手に描いてごめん」
柿本潤平は頭を下げた。
「カッキー言ってくれたでしょう? あおいちゃんの感情があんなこんなの時、俺を呼んで欲しいって。自分から来ちゃった」
「どんな感情なんや?」
「もう大混乱!」
「それは大変やな」
「私の混乱を受けとめて」
あおいは両手をあげて懇願した。
「立ち話もなんだから」
柿本潤平はあおいを部屋に入れようとした。
そこへ隣の家の柿本潤平の兄嫁が姪っ子のメイ(小一)を連れて、料理を持ってやって来た。
「また女の人、連れ込むの、潤ちゃん」
兄嫁は柿本潤平を睨んだ。
「この方、親友の彼女でしょう? 俺の恋人はくるみちゃんですって言ったのに、どうなってるの?」
「くるみんに振られたんや」
「振られたから親友の彼女と?!」
「違うって。今帰ったら急におったから、俺にもさっぱりわからん」
「カッキーの親友と今日別れました」
あおいが口を挟んだ。
「潤ちゃんが原因で別れたの?」
あおいは黙っている。
「俺が原因のわけないやろ。あおいちゃん、なんで黙っているんや。否定してくれよ!」
姪っ子のメイがやきもちやいて、あおいを突き飛ばそうと走ってきた。
柿本潤平はハッと気づいて、あおいの前に立ちはだかった。
メイは柿本潤平にぶつかって、跳ね返って転んで泣き出した。
柿本潤平はメイを抱っこしてブーンと飛行機みたいに回して機嫌をとった。
「メイ。学校から帰ったらお絵描きしよっか。また明日な」と兄嫁に返した。
「お義姉さん、差し入れ、さんきゅです」
兄嫁は混乱しつつメイを連れて戻って行く。
柿本潤平は声かけた。
「あっロマンティックアクションの映画は貸さなくてええから!」
✨✨✨
柿本潤平はあおいを家のソファーに座らせた。
あおいは緊張している。
柿本潤平は小腹がすいて、兄嫁のつくってくれた料理を立ったまま、さっと食べた。
「何か飲む?」と聞くと、あおいは買ってきたカクテルを差し出した。
「あざーす」
準備がいいなと思いつつ、柿本潤平はあおいとソファーでカクテルを飲んだ。
「何から話せばいいの?」
「さあ? 俺に聞かれても」
「さとるんの家で、くるみんの裸体画を見つけたの。カッキーも見た?」
「あれで情熱に火がついたんや」
「情熱を持って私の絵を描いたのね?」
柿本潤平は頷いた。
「さとるんが言うの。あおいちゃんはカッキーに恋してるんだねって」
「は?」
柿本潤平は驚いて立ち上がった。
「さっぱりわからん。なんで、くるみんの裸体画を見つけたら、俺に恋してるんだねってことになるんや」
「だから大混乱なんじゃない!」
あおいも立ち上がった。
勢いよく立ち上がったものの、二人ともどうしていいかわからなくなった。
「まあまあ、いったん落ち着こう」
柿本潤平はあおいをソファーに座らせた。
「あおいちゃんの混乱を聞くから、一個ずつ話してくれるか?」
「うん。まずね、恋人ごっこ。何それ?」
「俺も何それ?やから、わからん。でもさっき、くるみんと会って恋人ごっこを終了してきたんや」
「そうなの? ちゃんと終了できた?」
「できたと思う」
「えらかったね」
あおいはカッキーの頭を撫でた。
「恋人ごっこって、どんなことしたの?」
「どんなことって…。普通の恋人のようなことやけど」
「え、普通の恋人のようなことしちゃったの?!」
「俺は『ごっこ』やって知らなかったからな。本気で好きになってしまったんや」
「最後までしちゃったの?」
「してない」
「どこまでしたの?」
「ハグとかキス」
「軽くチュッする程度?」
「それは恋人ごっこの始まりの時と、さっきの終わりの時やけど」
「えっ、さっきもチュッしたの?」
柿本潤平は真っ赤になって立ち上がった。
「これって何の時間なんや?」
あおいも立ち上がった。
「私の混乱を解くための時間でしょう?」
勢いよく立ち上がったものの、二人ともどうしていいかわからなくなって立ち往生した。
「まあまあ、いったん落ち着こう」
柿本潤平はあおいをソファーに座らせた。
あおいがほろ酔いの潤んだ瞳で、顔を近づけてきた。
「私にもチュッして」
「はあ?」
柿本潤平はたじろいで、ソファーの端っこに下がった。
あおいは顔を近づけてきた。
柿本潤平は押し倒されそうになってパニックになった。
「こっちが大混乱や」
「くるみんにはできて、私にはだめなの?」
「意味なくチュッとかできんって!」
「意味ならあるでしょう? 私の混乱をおさめるため」
「……」
「恋人ごっこがどんな気持ちか知りたいの」
柿本潤平は覚悟を決めた。
「行くよ」
「はい」
チュツと柿本潤平は軽くキスをした。
あおいはきょとんと目を開けた。
「もう、おしまい?」
「軽くチュッするんやから、おしまいやろ」
「くるみんとはどうなの?」
「会うたび本気のキスしたけれど」
「私にもして。本気のキス」
「本気のキスは本気じゃないとできんから!」
「くるみんはカッキーに本気じゃなくて、さとるんを好きだったんでしょう? なのに何で?」
「それ言わなきゃだめか? プライドがズタズタになるんやけど」
「私の混乱をといて」
「承知しました。くるみんは悟流を好きになって、でも悟流にはあおいちゃがいる。会うこともできん。悟流と話をする機会を得たくて、あいつの親友である俺と恋人ごっこをした。俺は何も知らず本気になって舞い上がった。恋人だと信じている俺に合わせるため、ぎりぎりのスキンシップを許容した。それがハグとキスってわけや」
「それが恋人ごっこなのね。理解しました」
「混乱おさまった?」
「肝心な混乱がおさまってない」
「なんや?」
「カッキーに恋しちゃったの!」
柿本潤平はびっくりしすぎて、ソファーから転がり落ちた。
彼を引っ張りあげようとしたが腕力のないあおいは、カッキーの上に転がり落ちた。
柿本潤平はあおいをガシッと受けとめた。
「大丈夫?」
「うん」あおいは真っ赤になって頷いた。
しばらく抱き合っていたが、我に返った柿本潤平はあおいをソファーに座らせた。
「まあまあ、いったん落ち着こう」
ちょっと体温が上がってきた柿本潤平は、自分もソファーに座った。
「あおいちゃん、酒のせいやろ」
「私はお酒に強いのよ。こんなので酔っぱらわないから」
「悟流におかしなこと言われたからやろ」
「違う」
「チュッとしたから」
「違う」
「大混乱中やから」
「違う!」
あおいは柿本潤平に向き直った。
「本気で好きなんだってば!」
真剣な告白が、柿本潤平の心に響いてきた。
可愛い幻想の女神は、現実の女神となってきた。


「カッキーわからなかったの? 私が好きになったこと」
「全然わからんかった」
「私も! 全然わからなかった!」
「はあ?」
「でも突然、混乱中にわかったの。あの時も好きだった、あの時も好きだった、あの時も好きだったって!」
「あの時もあの時もあの時も? どの時?」
「あの時もあの時もあの時も、全部だってば!」
「うわあ、もうどうすりゃいいんだ」
二人は見つめあった。
あおいの真剣な気持ちが届いて、柿本潤平はそっと彼女を抱き寄せた。
大好きなカッキーの体温と心臓の鼓動に触れ、あおいは嬉しさにひたった。


✨✨✨
くるみがカッキーと恋人ごっこ終了チュッして帰ると、アパートの前に木山悟流が待っていた。

【混乱の夜】まだまだ続く。

悟流は駆け寄って、くるみの腫れた頬に触れた。
「俺のせいで、本当にごめん」
「悟流さんのせいじゃないよ。くるみが勝手に飛び込んだから」
「可哀想に。痛いよね?」
「さっくんが痛み止めの薬とプッチンプリン買ってくれて、カッキーがプッチンプリンくれてバイクで夜景見に連れてってくれて、気晴らししちゃった」
木山悟流は混乱した。
「情報量が多すぎるのと、グサグサくる嫉妬のエピソードが、とめどなく出てくるけど」
「そう?(嫉妬してくれるんだ)」
「プッチンプリンが二回出て来たのは何で?」
「くるみの大好物」
「俺だけ知らなかった」
「あれ?」
くるみは悟流をじーっと見つめた。
「お見舞いは?」
「わあ、手ぶらで来ちゃった」
「愛が足りないなぁ?」
くるみは軽く睨んだ。
悟流は動揺した。
「そもそも愛されてなかったのかな。あおいさんのために怒ってカッキー殴ろうとしたんだし」
「好きなのはくるみちゃんだから!」
「手ぶらなのに?」
「なんか買ってくる」
悟流は行きかけて、「何が欲しいのかわからん」と立ち止まる。
くるみは悟流の背中から、ぎゅうっと抱きしめた。
「来てくれて嬉しい」
悟流は愛に包まれて満たされた。
「さっきの、もう一回言って」
くるみが、ぎゅうっとしたまま言った。
「情報量が多すぎる」
「それじゃない」
「嫉妬のエピソードがグサグサくる」
「(笑)それじゃない」
「手ぶらで来ちゃった」
「それじゃない」
「愛が足りないなあ」
「それ私が言ったやつ(笑)」
悟流はくるみに向き直った。
「好きなのは、くるみちゃんだから」
くるみも愛に包まれて満たされた。
悟流がキスしようとすると、
「アパートの前はだめ」
くるみが押し返した。
「部屋に入れてくれる?」
「どうしようかなぁ」
「鈴村くんは入ったよね」
「あの時はすごく具合悪かったから。あれ? やきもちやいてる?」
「帰れって追い返されたからね。どっちが彼氏だか」
「まだ彼氏じゃないでしょう。何も言われてないんだから」
「恋人になってください」
悟流は真剣な顔になって言った。
「はい」
嬉しそうな顔で返事するくるみの手を、悟流は握った。
手を繋いで一緒にアパートの階段を上がる。
くるみが途中で止まって、悟流を不安そうに見つめた。
「恋人になりたてなんだからね」
「え」
「キスだけだからね」
「それ心配してたんだ。了解しました」
悟流はくるみを優しく見つめた。
「心配しなくても、くるみちゃんのペースに合わせてゆっくりいくから」
「くるみのペースでゆっくり?」
「うん。くるみちゃんの気持ちを尊重する。少しずつ知っていこう」
「初めての恋人だから、全部許すのに一年位かかってもいい?」
「えっ一年?! 春夏秋冬?」
「春夏秋冬ひとめぐり」
「だいぶゆっくりだね……うーん、わかった」
「良かった。ゆっくりで」
玄関でくるみは鍵を出しながら言った。
「悟流さんの絵、情熱的で素晴らしかったなぁ! さっくんが凛々しく描かれていて感動しちゃった!」
「ありがとう! 1番上の賞、とれるかな?」
「五分五分だと思う。カッキーの絵も素晴らしいから」
落胆する悟流。
彼の背中をポンポンと叩くくるみ。
「五分五分なら凄いよ!」
「彼女には100%応援して欲しいのに」
「彼女として100%応援してるよ、もちろん!」
「本当に?」
「でも正直言って五分五分だと思う」
がっかりする悟流。
「悟流さんはどう思うの?」
「73か64で俺だと思ったけど。客観的に見て…五分五分かな」
ドアを開けるくるみ。
まだぶつぶつ言っている悟流。
「カッキーの方が格好いいけど、審査に画家の見た目は関係ないよね?」
「人間が選ぶから言い切れないかな?」
「カッキーに負けたら鈴村くんになんて言おうか?」
「さあね? どうぞ」
くるみに招かれると、玄関に薔薇の花が花瓶に生けられていた。
くるみは薔薇の香りをうっとり匂った。

「花を飾って女の子の部屋だね」
「綺麗でしょう? カッキーがプレゼントしてくれたの」
「カッキーか…」
薔薇を無視し、悟流はくるみの部屋にあがった。しょんぼりしている。
くるみは悟流に微笑んだ。
「サルはサルで味があると思うの。審査員の前で挨拶した時、愛嬌のあるサルだなぁと思ったよ。オーラがある天才のサル!」
励ましてくれてるんだな、と悟流は微笑ましく思った。
「サルに恋する女の子もいるんだから」
悟流は感激し、玄関先でくるみにキスをした。
✨✨✨
【混乱の夜】最終ステージ。カッキーの部屋
カッキーとあおいは見つめあう。
キスしそうな5秒前、カッキーが躊躇った。
「ちょっと待った。確認やけど、これって恋人ごっこじゃないやろ?」
「本気の恋」
カッキーがキスしようとする。
今度はあおいが躊躇った。
「ちょっと待って。カッキーはどうなの?」
「ちょっとずつ本気になってきた」
「ちょっとずつなってきた? まだ、だいぶ途中なの?」
明るく頷いたカッキーを見つめたら、やっぱり彼を好きだな、とあおいは思った。
「ちょっとずつなってきたでいいや」
柿本潤平はあおいに「ちょっとずつ本気になってきた」キスをした。


かくして【混乱の夜】幕が下りた。
(最終回へ続く)

イラストを描いてくださった方々です。



