芥川龍之介ステーション「蜘蛛の糸」発「友達の彼女」着
芥川龍之介「蜘蛛の糸」に発想を得て短編小説を書きました。
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芥川龍之介「蜘蛛の糸」
↓勝手ながら私が書いたあらすじ
玉のような白蓮の咲く極楽でお釈迦様は池のふちに佇んで、蓮の葉の間からふと下の様子をご覧になった。
極楽の蓮池の下はちょうど地獄の底に当たっている。
地獄の責苦に疲れ果ててもがいているカンダタは、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥棒だ。
しかしカンダタはたった一つ善いことをした。
蜘蛛を殺さずに助けてやったのだ。
お釈迦様は善いことをした報いにこの男を地獄から救い出してやろうと考えた。
カンダタの前に銀色の蜘蛛の糸がするすると垂れてきた。カンダタは上へ上へと上り始めた。
ずいぶん上って地獄を見下ろすと、蜘蛛の糸の下の方に数限りない罪人たちが上へ上へとよじ登ってくる。
「こら罪人ども。この蜘蛛の糸は俺のものだ。下りろ下りろ」とカンダタはわめいた。
そのとたん、蜘蛛の糸がぷつりと音を立てて切れて、カンダタはあっという間に独楽のようにくるくる回りながら暗い底へ真っ逆さまに落ちてしまった。
一部始終を見ていたお釈迦様は悲しそうなお顔をなさりながら、またぶらぶらとお歩きになった。
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「友達の彼女」みゆ作 ショートショート
会社帰りのスーツ姿で、知らない街のマンションの一階にあるカフェの窓際でコーヒーを飲みながら、論平は友達の徹流(トオル)を待っていた。
徹流は大学のテニスサークルの友達で、卒業して3年、1年ぶりに連絡があった、
このカフェの近くに酒が飲めてとびきり料理の上手い店があり、好きなだけ何でも奢ると言われて呼び出された。
商社勤めの徹流は育ちが良いのになぜかケチで、男同士割り勘になっても、自分のほうがあまり飲み食いしてないと嘘言って自分の支払いを少なくするヤツだ。
その徹流が好きなだけ奢ると言うのだから魂胆があるに違いない。
もしかしたら海外赴任かなんかが決まって結婚を決めたとかで、結婚式の受付かスピーチか二次会の幹事でも頼むつもりかもしれない、と論平は待ちながら推理した。
結婚する相手はリンカだろうか?
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論平が入っていたテニスサークルはいわゆるチャラい飲みサーと違って、真面目にテニスを楽しむテニサーだった。
論平は偏差値の高い男子進学校にしては割とテニスの強い中高テニス部で団体戦のレギュラーだったので、このサークルでは試合があればエース扱いで重宝された。
インカレサークルで女子は学内女子ではなく、お嬢様っぽいイメージの女子大の子たちが入っていた。
論平はコミュ力低めで積極的に女子たちに話しかけるタイプではないが、徹流はコミュ力がずば抜けて高く、テニスは下手くそだったが場を仕切ったり盛り上げたりする役回りに才があった。
「リンカって、めっちゃタイプ。胸が大きくて色っぽくて美人でさ。」
2学年下のリンカに徹流はメロメロだった。
男たちに告げたのはリンカに手を出すなよ、という牽制だったのかもしれない。
確かにリンカは美人ではあるが、論平のタイプではなかった。
男たちに甘えた表情をしてくるのもわざとらしく感じたし、胸の大きさを目立たせるVネックのテニスウェアを好むのも、女慣れしていない論平には怖く感じた。
論平は密かにリンカの友達のマッチー(まち)のことが好きだった。マッチーは目立つ美人ではないが、控えめに見える一方、自分の意見をしっかり言ったり、男たちのいない場で無防備に笑っている時の表情がすごく可愛かった。
論平や徹流たちの卒業記念の団体戦で、論平はシングルスで勝利をあげ、チーム勝利のかかったラストのダブルスでリンカとペアを組んだ。
緊張してミスを連発するリンカに気にしないように励ましたり、相手の弱点を突く作戦を伝えたりしながら、逆転で勝利をあげた。
リンカや仲間とハイタッチして喜び合い、その打ち上げの夜、論平はリンカから好きですと告白された。
ごめんね申し訳ないけど、と論平は断った。
泣きじゃくるリンカを励ます役回りのマッチーに、コミュ力の低い論平からアプローチすることは結局できず、大学卒業と同時に片想いの恋は終わった。
徹流はその後、リンカに猛烈アタックしたらしく、二人は付き合うことになった。
1年前に論平が徹流と会って飲んだ時も、徹流とリンカの恋愛は続いていると聞いていた。
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カフェの窓際でコーヒーを飲みながら外を眺めていると、胸を揺らして歩く美人が足早にやって来るのが見えた。
やっぱりリンカだ、と論平は思った。
リンカは店に入ってきて誰かを探し、論平と目が合うと驚愕の表情をした。
その時の強烈な違和感に胸の奥がざわざわした論平は、この5分後には、違和感を信じて帰っちまえば良かった!と、愚鈍にその場にいた自分の選択を激しく後悔した。
「論平さん、なんであなたがいるの?」
「久しぶり」とか挨拶もなく、責めるような言い方とキツイ瞳でリンカは論平の前に立った。
「あー徹流に呼び出されたんだけど。」
突然わあっとリンカは泣き出した。
店中の視線が集まってきた。
論平はリンカをとにかく座らせた。
注文を取りに来た店員にコーヒーを代わりに注文し、「あの、どういうこと?」と間抜けな声でリンカに質問した。
「なんにも聞いてないの?」と聞かれ、
「聞いてない。」と即答した。
リンカの左手薬指には婚約指輪らしいプラチナにダイヤモンドが煌めいていた。
「徹流と婚約したのにふられたの。他に好きな子ができたって。同じ会社の新入社員の子。真剣に恋してしまったって。」
「はあ、それは⋯」
「もし恋に落ちたのが結婚後だったらこの気持ちを封じ込めた。でも結婚前に、婚約しかしてない時に彼女と出会ってしまったって。」
「はあ、それは⋯」
「友達や家族や会社の人にも結婚すると言ってしまったのよって泣いたら、お金のことを切り出された。慰謝料。」
「あの(ケチな)徹流が慰謝料を払うって?」
「まだ勤めて3年だから貯金も無いけど、もし彼女と結婚したら気持ちだけでも慰謝料を払いますって。」
(貯金が無い。)(もし彼女と結婚したら)
ずいぶん保険をかけたもんだと論平は思った。
ひょっとしたら支払う気無いんじゃないだろうか?
ていうか、何でも好きなものを奢ってやると言ったけど、ここに来ないってことはそれも嘘ってことか? 来ないつもりなのか?
「それで俺は関係ないのになぜ呼ばれたんだろう?」
「逃げたのよ」
「逃げた?」
「私が死ぬって言ったから。このマンションの屋上から飛び降りて。」
「⋯⋯」
コーヒーが運ばれてきた。
論平はあまりの衝撃に目の前のコーヒーを一気に飲み干した。
リンカのために注文したコーヒーだったし、熱くて舌や胃が火傷しそうだったけど、脳と感覚が麻痺していた。
「論平さんは今、彼女いるの?」
さんざん泣いて、辛い事情を話した後なのに、一瞬だけリンカの表情はサークルの時によく見せた男に甘えるように見えた。
「いるよ。」論平は即答した。
本当はいない。
しかし、なぜこの状況で彼女の有無を聞くのか考えるに恐ろしかった。
いないと言ったら取り返しのつかない巻き添えを食らいそうな予感がした。
「その彼女と結婚を考えてる。」
嘘の上塗り。
保身や利益のために嘘をつく奴を心底蔑んでいる論平だが、今は一生分の嘘だってつく覚悟を決めた。
なぜか?
徹流の策略の構図が見えたからだ。
「まさか相手はマッチー?」
リンカに懐かしい名前を出されて驚いた。
マッチーに密かに片想いしていたことは今まで誰にも言っていないし、卒業以来マッチーと会ってもいないのだ。
「違う。」
リンカはなぜか安堵した表情を見せ、その後すぐまた絶望と虚無の表情に戻った。
論平は最近になって再読した芥川龍之介の蜘蛛の糸を思い出した。
好きなものを奢ってやるという絵に描いた餅につられた俺は、のこのこと地獄の入り口までやって来た。
あいつ(徹流)はお釈迦様にでもなった気で、飛び降りて死にたがっているリンカを見下ろし蜘蛛の糸を垂らして、何の罪も犯してない俺をカンダタのポジションに配置した。
「少し冷静になったほうがいいよ。」と論平は言った。
「冷静に?」
「恋愛が破綻したくらいで死ぬなんて。」
リンカは論平を睨みつけた。
「変わってないわね。」
「俺が?」
「私が告白した時、その場ですぐ振ったでしょ。彼女もいないのに。」
リンカが責めているのは「その場ですぐ」だと思われる。
しかし答えは決まっているのに、いったん保留する意味がどこにあるのだろう?
彼女もいないくせに私みたいな美人を保留もしないのは傲慢じゃない?と言いたいのか。
ずいぶん自惚れた理屈だが、相手の立場に立ってみれば少しは気持ちもわかる。
理由なくふられたことが悔しかったのだ。
論平はあの時は言えなかったけど、今は誠意を持って正直に答えようと思った。
「実は他に好きな子がいたんだ。」
「誰?」
「マッチー」
リンカは振られる理由があったことに納得したような表情の後、悔しそうな表情になり、少しして意地悪く笑った。
えっ? 何で笑った?
論平はびっくりした。
「じゃあ両思いだったのね。」
「えっ誰と?」
「論平さんとマッチーが。」
リンカは説明した。
3か月位前に徹流との婚約をテニスサークルの女子たちを集めて報告したそうだ。
その時、酔った勢いでマッチーが当時は論平のことを好きだったと言ったらしい。
そしてマッチーは現在も彼氏がいないそうだ。
「マッチーが俺のことを好きだった?」
論平は驚きつつも爆発的に喜びが湧き上がるのを感じた。
人生で初めて両思いだった!
嬉しさのつぶつぶが身体中をスキップして駆け巡るのに浸りながら、我に返った時、リンカの怒りをまともに受けた。
「信じられない。私がこんな状態なのに、あからさまに喜ぶなんて!」
論平は自分のゆるんだ頬を戒めのために叩いた。
しかしリンカはまた意地悪そうに笑った。
「でも残念ね。論平さんは今、結婚を考えている彼女がいるんでしょ? マッチーとは縁が無いわね。もし私が死ななかったらマッチーに伝えるわ。」
「⋯⋯」
嘘をついたために論平にとって一生分悔やむような展開になってしまった。
しかしリンカは「私が死ななかったら」などと言うのだから、死なない方向に落ち着いてきたのではないかと思った。
その考えに勇気を得て、論平は嘘を告白した。
「実は俺、彼女はいないんだ。ごめんね嘘ついて。」
「なんでそんな嘘を? ⋯もしかして私が論平さんにまた言い寄ると思ったの?」
「いや⋯」
「それで警戒して嘘ついたの? ひどい! そこまで馬鹿にされたの? 」
もう何を言い繕っても無駄だ、と論平は思った。
普段嘘つかない自分が嘘なんてつくから最悪な展開になってしまった。
リンカは怒りの表情で立ち上がった。
「飛び降りて死ぬわ」
リンカは店を出た。
「待って!」
論平は追いかけた。無銭飲食だが、そんなことは気にしていられない。
リンカはカフェのマンションのエレベーターに飛び乗り、閉を押した。
エレベーターのドアが閉まり、論平は階段を駆け上がった。
マンションは8階建てだ。
屋上まで駆け上がることになる。
社会人になってテニスをやめて運動不足で筋肉が落ちているので、途中まで来たところで息が苦しくなった。
でも論平はなんとしてもリンカが飛び降りて死ぬのを止めなくちゃならなかった。
なぜか?
リンカは友達の恋人だし、自分を騙し討ちして巻き込んだ徹流にそこまでの義理もない。
死にたいとか、死なせたくないとかは当事者同士でやればいいことだ。論平には関係ない。
しかし今は止めなくちゃならない。
論平の不用意な嘘がトリガーになって、リンカの自殺願望が再燃してしまったからだ。
なんとかここを乗り切って、あいつに、徹流にリンカを引き渡すのだ。
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論平はやっと屋上にたどり着いた。
足がよろけて、呼吸も苦しくふらふらになっていた。
恐らく次のエレベーターを待ったほうが早かったただろうが、そんなことを考える余裕は無かった。
階段を上る途中で徹流に電話したが、あいつは出なかった!
逃げたのだ、と論平は思った。
リンカは靴を揃えて脱いで、胸の高さまである手すりをスカートの裾を風になびかせて乗り越えるところだった。
「待って!」論平は叫んだ。
「徹流と話そう。俺も同席するから。」
「来ないじゃない!」
「さっき電話したんだ。」まだ息があがっている。
「来るって?」
もう嘘はつけない、と論平は思った。
「電話に出なかった。」
リンカの失望した瞳。
「きっと電話に出られない事情があったんだ。急に残業になったとか、移動中で電車かバスに乗っているとか。」
「それだって一回も電話してこれないわけないでしょ!」
「そりやそうだ!」
論平は本音をぶちかました。
「あいつは最低だ。ひどい男だ! 約束したんだから電話くらいしてこいよ! なんで無関係の俺を巻き込むんだよ! あいつは逃げたんだ! あんな奴のために死ぬなんてバカらしいよ!」
熱くなって叫びながら、論平はこれでやっと恨みの矛先が当事者の徹流へと、正しい方向へ修正されたと冷静にほっとする気持ちがあった。
「なんであんな奴と付き合ったのかしら」
「そうだよ。大した男じゃないよ。」
「論平さんが私を即座に振って傷つけたから、徹流に口説かれてしまったのよ!」
なんでまた俺に矛先が向く?
こんなふうになることを見越して、徹流は俺を身代わりにしたのだ、と論平は腹が立った。
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リンカは柵を乗り越えてしまった。
ギリギリの足場に立っている。
論平にはさっぱりわからなかった。
「なんでだよ? あんな奴って言う位に目が覚めたのに、なんで死ぬ必要があるんだよ?」
「婚約までしてみんなに知られたのに、振られたなんて言えるわけないでしょ!」
プライドの問題なのか、と論平は悟った。
それなら好きなようにすればいい。しかし、今この場で死なれるのは嫌だ。
「死ぬなら他の方法にしたほうがいいよ。飛び降りは最悪だ。」
「どういう意味?」
「綺麗な顔も体もぐちゃぐちゃになるからだよ。」
論平は思い出していた。
数カ月前、嫌なものを見た。
論平が通勤の乗り換えで使う都心の駅のエスカレーターはものすごく長く、高所恐怖症持ちなら下を見たら心臓が飛び跳ねるくらいだ。
エスカレーターの左に人々は立ち、右側は歩きたい人が使うのが暗黙の了解だった。
階段もあるが、エスカレーターを歩くほうが早いからだ。
通勤ラッシュからそれた昼の時間帯に、論平は在宅ワークを終えてエスカレーターの左に乗っていた。上りだ。
すると右側をスマホを手にしてヒールをはいた若い女性がすたすたと上っていき、ヒールの靴をひっかけたのかよろめき、左側のスーツ姿の若い男性の腕にとっさにつかまった。
論平の前の前に立っていた男性だ。
とっさのことで男性もバランスを崩し、女性とともに後ろ向きに真っ逆さまに落ちて行った。
振り返ってしまった論平は、理不尽な不幸に悶えながら落ちる男の表情とか、血だらけになった二人の顔や体が見えて、しばらくは悪夢にうなされた。
その二人は意識不明の重体となって病院へ運ばれたと知った。
その後どうなったか知らないが、死んだ可能性もあるし、ひどい後遺症を負ったかもしれない。
女の方は階段もあるのにヒールでエスカレーターを上ったので自業自得だが、巻き込まれた若い男性が気の毒だった。
「ぐちゃぐちゃになるのは嫌!」リンカは言った。
意見が合ったようだ。
想像力があればわかるはずなのに、やっと気づくなんて視野が狭いと論平は思った。
「こっちにおいで」論平は優しく言った。
「無理よ。足ががくがく震えてしまって、動けない。」
「人を呼んでこようか?」
「嫌よ、置いて行かないで!」
そう言えば卒業記念の団体戦でダブルスを組んだ時も、チームの勝敗がかかったラストゲームで、リンカは緊張してミスを連発したのだ。
論平はあの時のように励まして落ち着かせようと思い、手すりの前に立った。
「大丈夫だから。落ち着いて」
手すりを隔てて、論平は腕を出した。
リンカは論平の腕をつかみながら、手すりを乗り越えてこちらに戻ろうとした。
しかし足が予想以上に震えていたのと、ビル風が激しく吹き付けたことにより、リンカは足を滑らした。
胸が大きくグラマーな体のリンカが、論平の腕一本につかまりながらぶら下がった。
論平はそのずっしりした重みに、手すりから体の半分を突き出す格好になった。
自分の体が落下へと持っていかれそうで、左手で必死に手すりにつかまった。
8階という高さを恐ろしく感じた。
夕闇に暮れかかった地の底は地獄の果てのようだ。
玉のような白蓮の咲く極楽でのんびり散歩しながら、蜘蛛の糸を垂らしたあいつ(徹流)。
垂らした蜘蛛の糸は俺(論平)の腕だ。
蜘蛛の糸(腕)を離さない必死の形相のリンカ。
「左手も貸して!」
リンカが叫んだ。
「 両手で私を引き上げて!」
冗談じゃない。論平は思った。
両手を出したら間違いなく自分の体も持っていかれるだろう。
助け出せるのはスクリーンの中の鍛えたヒーローだけで、8階まで駆け上がるだけで息があがって筋肉も落ちた俺のやれることじゃない。
巻き込まれて自分の命を賭けたり、捨てたりするのはごめんだ。
地上を制服姿の女子高生が2人並んで歩いてくるのが見えた。
彼女たちが巻き込まれるかもしれない。
論平は自分の全てのパワーを出しきって大声で叫んだ。
「危ない! そこを離れなさい!」
女子高生たちが見上げて、悲鳴をあげて飛び退いた。
「私が落ちるというの? 早く両手で引き上げて!」リンカが叫んだ。
論平の右腕の感覚が無かった。
手すりをつかんでいる左手も汗で滑って、このままだと論平の体ごと落下へと持っていかれる。
「早く!」
リンカが鬼の形相で急かした。
無意識か、意識の下かはわからない。
助けようとして力をみなぎらせていた論平の右腕の力がゆるんで、振り切るように左右に動いた。
その異変に耐えきれず、つかまるのが限界だったリンカが落下していった。
論平は後ずさりし、手すりから遠のいて歩いた。
地上から悲鳴が聞こえた。
見下ろすことも振り返ることもしなかった。
携帯電話が鳴った。
徹流だ。
論平は無表情で電話に出た。
「リンカは⋯どうしてる?」徹流がいきなり聞いてきた。
「飛び降りて死んだよ。」論平は答えた。
徹流が息をのむ気配があった。
「助けようとしたけどだめだった。」
論平はトドメに一言付け加えた。
「お前を恨みながら死んでいった。」
論平はスマホから徹流をブロックした。
巻き込まれて死ぬかもしれなかった女子高生2人を助けたのだ。
もし仮に地獄に落ちても、本物のお釈迦様は蜘蛛の糸じゃなくてロープを垂らしてくださるだろう、と論平は思った。
