芥川龍之介ステーション「お時儀」「葱」発「ガーベラ姫と恋」着
芥川龍之介「お時儀」と「葱(ネギ)」の2作に発想を得て短編小説を書きました。
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芥川龍之介「お時儀(おじぎ)」
↓勝手ながら私が書いたあらすじ
三十歳の保吉(やすきち)はふと過去の一情景を鮮やかに思い浮かべることがある。
五六年前、毎日の列車でよく見かけるお嬢さんに、駅のプラットフォームで保吉は思わずお時儀をしてしまった。
お嬢さんは会釈を返した。
保吉は人影の見えない砂浜でパイプをふかしながら、明日お嬢さんと会ったらどうしようと考える。
翌朝、プラットフォームで保吉はお嬢さんと会う。お嬢さんの目に何か動揺に似たものを感じた保吉は、お時儀をしたい衝動を感じたが、何もせず通り過ぎた。
保吉は汽車に揺られながら美しいお嬢さんを思う。こんなことを考えるのは恋愛と云うのであろうか?
保吉はその問にどう答えたか記憶に残っていない。
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芥川龍之介「葱(ネギ)」
↓勝手ながら私が書いたあらすじ
神田神保町辺のカフェにお君さんという女給仕がいる。
お君さんは芸術的感激に満ちている少女で、田中くんに恋している。
田中くんは無名の芸術家で詩も作る、ヴァイオリンも弾く、油絵も描く、役者も勤める、歌も琵琶も上手い才人だ。
田中くんから初デートに誘われたお君さんは、処女の新鮮な直感性から暗い不安の雲の影に悩む。
デートの日に田中くんに手を握られ、お君さんは希望と恐怖にふるえる。
二人が訪れた町の八百屋で、「一束四銭」と書かれた格安の葱に、恋愛と芸術に酔っていたお君さんは突如として生活へと切り替わり、呆気にとられている田中君を残して、葱を二束買った。
葱の匂いが田中くんの鼻を打ち、別人でも見るように彼はじろじろとお君さんの顔を眺めた。
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「ガーベラ姫と恋」みゆ 作
25才の僕がもしタイムトラベルで好きな日に戻してあげると言われたら、迷いなく高3の17才に戻ることを選ぶだろう。
それは通学時の電車で出会う初恋の女子高生に、向こうは僕を知らないのにうっかりお辞儀をしてしまった恥と、恥に押しつぶされてその後、彼女と会わないように避けた後悔があるからだ。
自意識の塊だった青春。
僕はタイムトラベルをする機会は得られなかったが、その彼女と再会するチャンスを得た。
そんな恋になるかならぬかの物語。
✨✨
私立の中高一貫の男子校に通う僕は、通学で使う電車で毎朝出会っていた女子高生がいた。
彼女はお嬢様の校風の女子大付属の高校の制服を着て、花が描かれた空色のブックカバーの文庫本をいつも携えて、電車内で読んでいた。
髪は肩より少し長く天然なのか柔らかそうなウェーブで、カチューシャやヘアピンをつける日もあった。
大きな瞳が特徴的で、唇はつやつやとした自然なピンク色をしていた。
ブックカバーの絵はなんという花なんだろう?
僕は調べた。
ガーベラだった。
僕は心の中でガーベラ姫と呼んだ。
ガーベラ姫はたまに僕の視線を感じてか、こちらに視線を向ける時があったが、そんな時は素早く視線を外した。
ガーベラ姫とお付き合いしたい欲望はあっても、見ず知らずの彼女に近づく勇気も術も知らなかった。
見ているだけで幸せだった。
一度だけ学校帰りの電車で見かけたことがある。
ガーベラ姫はいつも乗ってくる駅より一つ手前で降りた。
僕は自分でもどうかしていると思うが、ガーベラ姫の後から降り、ついて歩いた。
ガーベラ姫は知らない街のバレエ教室と看板のあるビルへ入って行った。
そこは1階のスタジオが大きな窓になっていて、外からバレエのレッスンが見えた。
僕は制服のまま、歩道の木の陰に隠れ、大きな窓の内側を見つめた。
するとレオタード姿の女の子たちがレッスンを受けるために現れ、ガーベラ姫もその輪の中にいた。
立ち姿は少女の肖像画のように美しく、ステップを踏むと路上の喧騒が止み、僕の頭の中を音楽が奏でられた。
翌朝、僕はまた電車に乗ってくるガーベラ姫と乗り合わせた。
その時、なぜあんなことをしたんだろうと後で死ぬほど恥ずかしく思ったが、僕は彼女にお辞儀をしてしまった。
突然、お辞儀をされてガーベラ姫は驚きの表情を見せた。
しかし、次の瞬間、予想外なことにガーベラ姫は僕にお辞儀を返してきたのだ。
僕は頭に血が上り、車内の隅へ逃げた。
もしかしたら昨日バレエ教室を覗き見していたのが気づかれていたかもしれない。
いやいやそんなはずはない。
慎重に木の陰に隠れて見ていたのだから。
彼女は僕に反射的にお辞儀を返したが、なぜ僕が突然お辞儀をしたのか不審に思っているだろう。
そんなことをぐるぐるぐるぐる頭の中で考えるうち、僕は翌日からガーベラ姫と出会う電車に乗る勇気を持てなくなった。
僕は朝の通学の電車の時間を変えた。
そして卒業まで二度とガーベラ姫と出会うことはなかった。
そのことをずっと悔やんでいた。
✨✨✨
ガーベラ姫と再会したのは、会社の同期の結婚披露宴だった。
彼女は花嫁の友達として出席していた。
淡いピンク色のドレスを着て、柔らかそうなウェーブの髪を結い上げていた。
大人の女性へと成長していたが、昔からの清楚な雰囲気は変わらなかった。
披露宴で、僕の視界に新郎新婦は入らなかった。
ガーベラ姫のことだけを考え、離れた席の彼女を盗み見し、このチャンスを生かすにはどうすれば良いのか考えていた。
新郎は同期とは言え、親しくない。
入社時の研修で一緒で、何度か同期連中で飲みには行ったが、配属された部所が違うため、それっきり会っていなかった。
この結婚式に呼ばれたのは、新婦の親戚筋が多いため、人数合わせのために呼ばれたのだ。
はっきりと新郎に「人数合わせのために頼む」と言われたまである。
人数合わせ! 世界で一番、最高だ!
話しかけるのは二次会の時と決めていたが、ガーベラ姫は出席せず帰ろうとしていた。
最後のチャンスなので、もうなりふり構っていられない。
僕は会場の外へ出たガーベラ姫を追いかけた。
「あの!」
名前を知らない。
「あの!」で振り返ってくれなければおしまいだが、ガーベラ姫は振り向いた。
落ち着くんだ。
披露宴の間中、頭の中でシミュレーションしていたことを話すのだ。
「あの、突然すみません。僕は高校生の頃、電車の中であなたに会っていて。」
ガーベラ姫はきょとんとした。
僕は少し距離を取って離れてまっすぐ立ち、ポケットの中の眼鏡をかけた。
高校生の時、通学ではいつも眼鏡をかけていた。
今もこうして持ち歩いている。
僕はあの時のように、ガーベラ姫に丁寧にお辞儀をした。
「あっ!」
ガーベラ姫は思い出したようだ。
僕は気持ち悪く思われないように、なるべく爽やかに笑ってみせた。
しかし緊張して頬がカチコチに強張っているので、爽やかからは程遠い。
ここはさらっと告白するしかない。
「実は高校生の頃、あなたに密かに憧れていて。ついうっかりお辞儀してしまったんです。」
後を追いかけてバレエ教室を盗み見したことはドン引きされるから決して言ってはならない。
「ついうっかりお辞儀」は嘘ではない。
ガーベラ姫は思い出すように目線を斜め上にして言った。
「私も確かお辞儀を返したんですけど。」
「はい。びっくりしました。」と僕。
「なんで、あれっきりあの電車に乗らなくなったんですか?」
「僕がいつもあの電車に乗っていたのを知っていたんですか?」
「知ってました。なんでお辞儀して、あれっきり?」
「それが高校生ってやつなんです。」
それは真実だった。
「高校生ってやつだから、あれっきり? 」
ガーベラ姫は首を傾げた。
「高校の学食で私いつもお昼にパンを2つ買っていて、1つは必ず焼きそばパンだったんだけど、ある日焼きそばパンが売り切れてカレーパンにしたらめっちゃ美味しくて、それっきり焼きそばパン食べなくなってカレーパンを食べるようになったんだけど、高校生だからあれっきりって、そういう?」
「全然違います!」
僕は即答した。
「それって焼きそばパンに飽きたってことですよね? 僕は全然飽きてないです! むしろ逆なのに、逆だからこそ、あれっきりにしたのが後悔だったんです。」
ガーベラ姫は可愛らしい顔で悩んでいるようだった。
「あの!」
なんだか「あの!」しか言えなくなってないか?
僕は名刺を渡した。
携帯の番号とメアドをさっき裏に書いた。
「ぜひ連絡ください。今日は急いでいるんですよね。行ってください。」
ガーベラ姫は名刺を受け取り、連絡するともしないとも言わず、名刺をバッグにしまって立ち去った。
なんで名前くらい聞かなかったんだろう?
僕は自分を情けなく思った。
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聞かなかったのは名前だけじゃない。
結婚しているか? 彼氏がいるか?
それも聞いていない。
結婚指輪はしていなかった。
二次会に出ないで急いで帰るんだから彼氏はいるかもしれない。
仮に彼氏がいないからといって、僕に連絡する義務はない。
きっと連絡してこない。
でもこれで終わらせるのは絶対に嫌だ。
まだ焼きそばパンとカレーパンの話しかしていない。
そんなこんなで数日経って絶望しかけた夜、ガーベラ姫から電話があった。
「以前、お辞儀された者です。お辞儀した方のお電話ですか?」
「はい。お辞儀した者です。名刺の者です。」
「連絡くださいと言われたので電話しました。何かご用がありますか?」
「ご用があります! 僕とデー⋯食事してください。」
電話の向こうは沈黙だ。
「だめですか?」
「だめじゃないです。」
そうして、僕はガーベラ姫とデー⋯食事の約束をした。
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フレンチの店でディナーの待ち合わせした。
僕は女性が喜びそうな店は全く知らないので、陽キャでモテ人生を送っている社会人1年目の弟に頼んで予約してもらった。
弟に頼むなんてプライドが無い奴だと思われるかもしれないが、詳しい者に教えを請うのはごく自然なことであり、それがたまたま年下の弟だっただけだ。
女性と付き合ったことは一度だけある。
大学の同級生で、相手から好きと言われて卒業するまでお付き合いした。
彼女は会話に深みがあって笑顔が可愛かったけど、恋という感情にならなかった。
卒業と同時に自然消滅した。
僕が恋した女性はガーベラ姫だけだ。
フレンチの店に現れたガーベラ姫は水色の清楚なワンピースを着ていた。
水色はガーベラの絵の描かれたブックカバーと同じ色で、一気にあの頃の気持ちに戻った。
「まだ名前を聞いてなかったです。」と言うと、
「風見です。」と言った。
「風見さんは僕のことを覚えていてくれたんですね?」
「東大にたくさん入る有名な男子校の制服を着てましたよね。」とガーベラ姫は言う。「もしかして東大へ?」
「一応。受かったので行きました。風見さんは付属の女子大へ行ったんですか?」
「いえ大学受験を。私も受かったところへ行きました。」
「本が好きでしたよね? 僕も本が好きで今も純文学をよく読みます。風見さんはあの頃、その服の色と同じ空色のブックカバーで本を読んでいましたよね? ガーベラの花が描いてある。」
ガーベラ姫はショルダーバッグからあの頃のガーベラの絵の空色のブックカバーを出して微笑んだ。
ワンピースの水色と少し濃淡があって、彼女の大きな瞳に映えて美しかった。
「まだ持っていたんですか! それ何の本ですか?」
ガーベラ姫はなぜか、さっと本をバッグにしまった。
「高校生の頃、いつも電車で夢中で読んでいたのは何の本ですか? 詩集とか?」
「そのようなものです。」
詩集のようなものとはなんだろう?
何で本を隠すのかさっぱりわからなかった。
「僕は名刺の会社に勤めているんですが、風見さんはお仕事は何を?」
「公務員です。」
「区役所とかにお勤めなんですか?」
「そのようなものです。」
区役所のようなものとは何だろう?
さっぱりわからない。
1つだけわかるのは、僕はガーベラ姫に恋しているから前のめりになっているけど、ガーベラ姫側は僕に対して壁があるということだ。
まだ再会して初めてのデー⋯食事なので、ここで前のめりが過ぎると、つんのめってコケるだろうということは予測できた。
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食事を終えて会計となった。
ガーベラ姫は自分の分は払うと言ったが、僕が誘ったので払わせてください、とお願いした。
入店時に預けていたガーベラの花束を、店員が奥から持ってきた。
ガーベラ姫にガーベラの花束をあげたいと言うと、弟は「最初から飛ばしすぎると引かれるよ。」と僕の肩をもんできた。「リラックスリラックス」
そして弟は「どうしても渡すんなら、席で渡すと悪目立ちして気まずくなるから、店の人に預けて帰りに渡したほうが良いよ。」と言った。
僕は弟のアドバイスに従った。
僕は会計を終えて、ガーベラの花束をガーベラ姫に渡した。
ガーベラ姫はなんだかやけにびっくりして、花束のガーベラの花の数を数える謎の行動をした。
なぜ数えるのか聞くと、「どうしていいかわからなくて。」と言った。
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夜なので送って行くと言ったが断られた。
帰りの方向は同じなので、電車に一緒に乗った。
8年の時を経て、また電車に一緒に乗っている現実が僕の心をときめかせた。
そこそこ混雑していたので、僕はガーベラ姫とガーベラの花束がつぶされないように、なるべくスペースを確保することに気を配った。
やがてガーベラ姫の降りる駅となった。
再度送って行くと言ったが、商店街を通るので家まで明るい道です、と断られた。
「また連絡します。」と僕は言った。
「さよなら。」とガーベラ姫は電車を降りた。
なんだかもう二度と会えないような気がした。
急行の待ち合わせのため、電車はしばらく停車していた。
僕はその時、とんでもないことに気づいた。
風見さんの下の名前をまだ聞いていない。
自分が阿呆のように感じて震えた。
僕は扉が閉まりかけた時、すり抜けるようにして電車を降りた。
改札へと急ぐ。
焼きそばパンとカレーパンの話から何も進んでいない。
今夜、直接名前を聞かなかったらこの恋は確実に終わると思った。
改札を出て左右に道が分かれる。
商店街が見えるのは左の道だ。
僕は左の道へ走った。
すると八百屋の店先にいるガーベラ姫を見つけた。
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ガーベラ姫は花束を持ちながら、葱を選んでいた。長ネギだ。
「またネギ? 1日置きに買ってない?」
八百屋の店主が茶々を入れた。
「だって好きなんだもん。塩コショウして炒めてお醤油たらすと香ばしくって、めちゃ美味しいんだ! それだけでご飯2杯はイケる!」
ガーベラ姫は長ネギを買うと、ガーベラの花束を右手、ネギを左手に持ち、何かの鼻歌を歌って、スカートをひるがえしてスキップしながらどんどん行く。
僕は声をかけるタイミングを失いつつ、混乱しながら後をついて歩いた。
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ガーベラ姫はやがて屋台のタコ焼き屋の前に行き着いた。
「おじちゃん、おばちゃんのギックリ腰の具合はどう?」
ガーベラ姫が屋台のおじさんに声かけた。
「だいぶいいけど、まだ出かけるところまでいかなくて家でしょんぼりしているよ。」
するとガーベラ姫が驚くべき行動に出た。
「おばさんにこれあげる。」
なんと! 僕がプレゼントしたガーベラの花束をタコ焼き屋台のおじさんに差し出したのだ。
「えっ、そんなの悪いよ。なんかえらくお洒落してるけどデートだったんじゃないのかい?」
「いいのいいの。」ガーベラ姫は花束から濃いピンクの花を1輪選んで取り出し、ワンピースの胸元に挟んだ。(ブラジャーに挟んだんだろうか?)
「私はこの1輪があればいいの。」
「じゃ遠慮なく。かあちゃん喜ぶだろうなあ。」
おじさんは花束を受け取り、「タコ焼き焼いてあげようか?」と言った。
「よっ待ってました!」
ガーベラ姫は濃いピンクの花を胸元に挟んだまま、タコ焼きが焼けるのを待つ間の暇つぶしなのか、月を見上げてから変な動きをしだした。
「ネギたくさん入れてあげようか?」
「ネギたっぷり。おねがーい。」
ガーベラ姫は何かの型を決めて動いている。
昔見たバレエではない。
恐らく合気道だ。
機敏な動きが勇ましい。
ガーベラ姫は⋯もはやガーベラ姫というイメージではなくなったが、便宜的にガーベラ姫と呼んでいく。
ガーベラ姫は僕の恋した姫ではなくなっていた。
そのあまりの変わりように、僕は呆然と見つめた。
8年前、バレエを盗み見したように路上の木の陰に隠れて、合気道の型を決めるガーベラ姫を。
やがてガーベラ姫はタコ焼きと長ネギを持って帰って行った。
僕は声をかけず、見送った。
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僕はタコ焼き屋台の近くで一人、まんまるのお月様を見上げながら、しばらく立っていた。
時間がどんどん過ぎていく。
ガーベラ姫のことは何かがわかったようで、何もわからない。
自分の気持ちが冷めたようだが、それもスッキリしない。
自分の思考と感情がよくわからなくなった。
ふとタコ焼き屋台の前に、何かが落ちているのに気づいた。
近づいてみると、それはガーベラ姫が胸元に挟んでいた濃いピンクのガーベラの花1輪だった。
僕はその花を拾いあげた。
すると、こちらへTシャツに短パン姿、スニーカーを履いた女の子が走ってきた。
その女の子は僕の目の前まで来て「えっ?」と驚いた。僕も「えっ?」と驚いた。
化粧を落としてすっぴんになっていたが、ガーベラ姫だった。
ヘアクリップをつけて、前髪を上げておでこを出している。100均に売っているようなプラスチックのヘアクリップだ。

「なんで?」とガーベラ姫に聞かれたが、僕は頭が混乱して論理的に説明できなくなった。
「何で戻ったの?」と聞くと、
「落とし物して。」とガーベラ姫は僕が握っているガーベラの濃いピンクの花を見つめた。
「これ?」と聞くと、ガーベラ姫は頷いて花一輪を受け取った。
「顔洗ったの?」と聞くと、ガーベラ姫は頷き、「そしたら花が無いことに気づいて走って来たの。」と言った。
「お二人さーん、タコ焼き食っていかないか?」
おじさんが声かけて来た。
僕が戸惑っていると、
「もう私のキャラ、ネタバレしちゃったから迷惑だと思うよ。」とガーベラ姫。
「迷惑も何もタコ焼きくらい食ってもいいじゃないか。さ、座って座って。」
✨✨✨
僕とガーベラ姫は屋台に並んで座った。
何で僕がここにいるのか、やっと説明した。
「お兄さん、可愛いところあるじゃないか。名前を聞いてないから追いかけてきたってか? 名前、教えてあげなよ。」とおじさん。
「おじちゃん。時系列を考えなよ。もう名前を聞きたい世界線じゃないんだってば。」とガーベラ姫。
「それはそうと頭の洗濯ばさみ、外したらどうだい。」とおじさん。
「洗濯ばさみじゃないよ。ヘアクリップ。」
ガーベラ姫はヘアクリップを外さなかった。
「お兄さん。うちのかあちゃんのために豪華な花束、買ってくれてありがとね。かあちゃん、びっくりして腰抜かすな。ギックリ腰だけに。」
「うまいね、おじちゃん」
ガーベラ姫とおじさんは、僕が胸をときめかせながらプレゼントしたガーベラの花束をネタに、下手くそなオヤジギャグで笑っている。
恐ろしい世界線だった。
「できたよ。ネギたっぷりのアツアツ」
タコ焼きが二皿、僕たちの前に置かれた。
「あれ?洗濯ばさみ、外したのかい? へえ。」とおじさんがからかう。
「うるさいよ。」とガーベラ姫。
見ると、さっきまで前髪を上げていたヘアクリップが無くなって、前髪が下がっていた。
フレンチのディナーの時に持っていたショルダーバッグが斜めがけされて、そこにヘアクリップが覗いていた。
他にも空色のブックカバーが見えた。
「その本。詩集のようなもの。ではないんだよね?」と聞くと、ガーベラ姫はガーベラの絵のブックカバーの文庫を僕に見せた。
◯◯殺人事件と書いてある。
「推理小説?」
「昔から推理物とか事件物がめっちゃ好きで。」
「当時読んでいたのもそう?」
「うん。先が早く知りたくて持ち歩いちゃうの。」
僕はハッとした。
「もしかして仕事。公務員って刑事?」
「ばれちゃった。」ガーベラ姫は笑った。
「絶対に刑事って言っちゃダメって、妹から言われて。あ、披露宴のドレスもさっきの食事のワンピースも妹の服なの。」
妹のアドバイスなのか。僕は思わず笑った。
僕も弟にアドバイスしてもらったから。
「私、こんなんで全然女らしくないから、イメージと違うって言われて、告白された人に1日で振られたことがあるんだ。それがトラウマで。ちょっと猫かぶっちゃった。妹にあんま喋るなって言われて。トラウマ克服するために、あと一度くらいデー⋯食事したかったけど、また1日でふられちゃうな。」
ガーベラ姫はぱくぱくタコ焼きを頬張っている。
「でもさ。これが私なんだもんね。」
✨✨✨
僕たちはタコ焼きを食べ終えて、路上に立った。
「今日はありがとう。」
ガーベラの花を1輪、持ったガーベラ姫がお辞儀した。
「じゃあね。また連絡するって言ったのは時系列が違うから無かったことでいいからね。さよなら。」
僕はなんだかもやもやした。
何でもやもやしているのかわからない。
お辞儀も「ありがとう」も「さよなら」も返せなかった。
ガーベラ姫がくるりんと後ろを向いて歩いて行く。
「あの!」
僕は声かけた。また「あの!」とか言っちゃっているけど、いいのか?
ガーベラ姫は振り向いた。
「名前、教えてください。」
ガーベラ姫がゆっくりと笑顔になった。
ぴゅ~!とタコ焼き屋台のおじさんの口笛が聞こえた。
