芥川龍之介ステーション「開化の良人」発「愛のために『愛?』を愛する。」着
芥川龍之介「開化の良人」に発想を得て、短編小説を書きました。
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芥川龍之介「開化の良人」
勝手ながら私が書いたあらすじ ↓
上野の展覧会で、私(小説家)は本田子爵(老人)と偶然に会った。
本田子爵は、版画に描かれた男が友達に似ていて気味の悪い懐かしさを感じたので、その話をすると言ってくれた。
以下、本田子爵の話。
友達の三浦は大地主の一人息子で資産家。読書家で人一倍純粋な理想的傾向があった。
「僕は愛のない結婚はしたくない。」となかなか結婚しなかったが、異国へ赴任中、三浦から結婚通知が届いた。
冷静な学者肌の三浦が、妻の肖像画を描いてもらったと別人のような快活さだ。
しかし私が内地に戻ると、三浦は以前より憂鬱らしい人間になっていた。
三浦の細君に会うと、はつらつとした才気と色気に敬服させられた。
ある日、芝居を観に行くと、桟敷に三浦の細君が髪に薔薇をさして、楢山(ならやま)夫人という女権論者と並んでいた。
二人の女は、枡席の派手な縞の背広を着た浅黒い顔の若い男と視線を送り合っていた。
その後、三浦の書斎でその男を紹介された。
男は細君の従弟だという。
自分の洒落を声高に笑う不快な彼に、私は反感を持った。細君が立ち聞きしていたことも不審に思った。私は姦通の二字を心にやきつけた。
その後、ある記者から楢山夫人の男絡みの醜聞を聞く。近来はどこかの若い人妻が楢山夫人の腰巾着になっていると。その人妻は楢山夫人と一緒に水神あたりに男連れで泊まり込んでいる。
私は三浦の耳に入れようと十六夜に月見をした。
三浦は「一週間ほど前に離縁した。」と言う。
結婚して三月経った頃、妻と妻の従弟との関係に気づいた。それは肯定したそうだ。
「もし妻と妻の従弟との間に、僕と妻の間よりもっと純粋な愛情があったら、潔く彼らのために犠牲になる考だった。そうしなければ愛を全ての上に置く僕の主張が廃ってしまう。」と三浦。
「ところが間もなく妻の従弟の愛が不純な事を発見した。従弟は楢山夫人との間にも情交があった。第一の打撃だ。」
「あの男の愛に虚偽はあっても、妻のそれは純粋なのに違いない。僕は妻と従弟を引き離そうとした。妻は以来、僕に対して敵意のある監視を始めた。僕は煩悶した。」
「一週間ばかり前、妻宛ての郵便が来た。僕は開けて見た。その手紙は他の男から妻への艷書だった。第二の打撃は、僕の理想を粉砕した。それと同時に僕の責任が急に軽くなったような、悲しむべき安慰の感情を味わった事も事実だった。」
本田子爵が三浦の話を終えると、守衛から閉館の時刻が迫っていると伝えられた。
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「愛のために『愛?』を愛する。」みゆ 作
愛のある結婚をしたい。
これは僕が人生における譲れない意志でテーマだ。
長男の僕は、会社を経営する父の将来の後継者になることを了承し、父の会社で修行をしている身だが、結婚だけは意志を通すと決めていた。
無論、愛する女性を見つけられなかった場合や、見つけたとして相手が拒否した場合、一生を独身で通す覚悟だ。
父が28歳の僕にすすめてきた2人の女性はきっぱりとはねのけた。
そして僕はついに愛する人を見つけ、彼女も僕を愛していると言い、プロポーズを受けてくれた。
僕はなぎさを愛することを人生の理想とし、決して自分を裏切らないことを誓った。
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プロポーズの二週間後、僕は一人住まいのマンションになぎさを呼んだ。
プロポーズの翌週は、公認会計士をしているなぎさが忙しくて予定が取れなかったのだ。
その代わり、ラインでこまめにやりとりをしていた。
一人で来ると思っていたのに、なぎさは男女を連れてきた。
婚約者の僕に紹介したいと言う。
男はなぎさの母方のいとこで玲央(レオ)。
なぎさと同い年の25歳で銀行員をしている。
女は弁護士をしている雨音(あまね)。
なぎさと高校の同級生だと言う。
背が高くメガネをかけた玲央は僕にワインを渡し、「いとこの玲央です。ご婚約おめでとうございます。」と丁寧に頭を下げた。
僕も挨拶を返すと、玲央は急にくだけた口調で「もういいかい?」となぎさに聞いた。
「もういいよ。」となぎさは笑顔で答えた。
なんだなんだ?
かくれんぼでも始める気か?と不審に思っていると、玲央がメガネを外し、自分の髪をかきむしった。
銀行員用のきっちりした髪がほどけ、寝起きみたいなくしゃくしゃになった。
玲央は笑顔で「あーすっきり!」と言った。
僕がなぎさを見ると、なぎさは「レオは仕事とそれ以外とオンオフをつけてるの。でも挨拶だけはきちんとしたかったみたい。」と言った。
なんだかパフォーマンスを見せられたみたいだな、と思っていると、レオが勝手に居間のソファーに駆け寄り、ダイビングして寝転んでから真ん中に座った。図々しい。
あんなくしゃくしゃの髪でだらしないのに、カッコ良いのも癇に障った。
次に雨音が前に進み出た。
「なぎささんの親友の雨音です。ご婚約のお祝いを申し上げたくて、急に押しかけて申し訳ありません。」
目立つ美人のなぎさと違って、雨音は平凡な顔立ちの地味な女性だった。
しかし信用に目鼻がついたような顔で、いかにも優秀な弁護士といった聡明さが見えた。
僕は雨音に好感を持った。(少なくとも、いとこのあいつよりは。)
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僕たち四人はなぎさたちが持ち寄った食べ物や、レオの持ってきたワインや冷蔵庫のビールで飲んだり食べたりして、和やかに話した。
なぎさとの馴れ初めを聞かれ、僕から話した。
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ブックカフェで同じ本を手に取ろうとし、なぎさが「私はこの本、二度目だからどうぞ。」と譲ってくれ、僕は「二度も読みたいほど好きな本なんですよね?」と譲ると、
なぎさが「では一緒に読みましょう。」
と僕を席に誘った。
僕となぎさは初対面なのに隣に座り、体をくっつけるようにしてその本(短編小説)を読んだ。
なぎさの髪からシャンプーのいい香りがして、さらさらな髪に赤い薔薇のヘアピンをさして美しかった。
美人で髪に薔薇をつけたなぎさは目立ちすぎるほど目立つが、話してみると気さくで、それでいてふんわりとした柔らかさがあった。
正直言って小説の内容は全く頭に入らなかった。
隣のなぎさを意識し、なぎさが読み終わったタイミングを察してひたすらページをめくった。
僕は人生のテーマである愛が舞い込んでくるのを予感し、本を読み終わり帰ろうとするなぎさを呼び止めた。
「突然でびっくりされるかもしれませんが、好きです! 好きになりました!」と言った。
ブックカフェの中だったので、声が響いた。
そして付き合ううち、「好き」から「愛」に変わった。
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「きゃあ!」雨音が女子高生みたいな悲鳴をあげて、手のひらで顔をおおった。
「恥ず。このエピソードはちょっと。恥ず。」とレオはニヤニヤした。
「恥ず。って言うな。」
なぎさがレオのおでこを指パッチンした。
「なぎちゃんを絶対しあわせにしてくださいよぉ。絶対ですよぉ。」
雨音がなぜか涙ぐんで僕に訴えてきた。
酒を飲むとキャラ変するタイプかもしれない。
雨音は酔っぱらった様子なのに、スマホのアラームが鳴ると(セットしてあったらしい。)急に通常モード(聡明)に戻り、
「仕事の調べ物をするので帰ります。」と、てきぱき帰って行った。
「そろそろお開きにしようか?」と僕は提案した。「なぎさ。泊まっていくだろ?」
「そのつもりよ。」なぎさは微笑んだ。
「じゃあ僕は帰ろっかな。」
レオがなぜか、なぎさを意味ありげに見た。
なぎさは「レオを送っていくわ。」と僕に言った。
僕は驚き、「夜なのに女が男を送っていくなんて!」と言うと、
「大丈夫。マンションの前までよ。」
と、なぎさはレオと一緒に出て行った。
ずいぶん仲が良いいとこ同士なんだな、なぎさからレオの話はこれまで出なかったけど、と僕は思った。
するとソファーの下にレオが脱いだジャケットが落ちているのに気づいた。
僕はレオのジャケットを持って、2人の後を追った。
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なぎさとレオはマンションの植え込みの隅の暗闇の中、立っていた。
というか抱き合っていた。
満月の月明かりに照らされ、上を向いたなぎさと長身のレオがキスをしていた。
僕は驚いて駆け寄ると、なぎさとレオは激しくむさぼるようにキスしていた。
ディープキスなのが頬の動きでわかった。
先に目を開いたレオが僕に気づく気配があったが、彼はキスを止めなかった。
金縛りにあったように動けずにいると、やっと二人は唇を離した。
なぎさは僕を見たが動揺はない。
レオは悪びれず僕の手からジャケットを取って「ありがとうございます。」と言った。
なぎさは「レオったら、わざと忘れたでしょ?」と軽く睨むように言う。
「バレた?」レオは笑った。
「⋯どういうこと?」
僕は震える声でやっと聞いた。
「さよならの挨拶のキスよ。」
それが何か?という軽い感じで、なぎさが言った。
「いやいや今のは挨拶ではないだろ。」と非難すると、
「私たちの間では昔からずっと、これが挨拶なの。」と、なぎさはきっぱり言った。
「普通はびっくりするよな。」とレオ。「だから最初に知った方がいいかと思って。」とジャケットを着た。
「なぎさ。その挨拶とやらは誰にでもするの?」
「レオだけよ。レオは特別な存在なの。」
「レオくんを愛してるのか?」
「レオはいとこよ。兄でもあり弟でもある。特別な家族なの。男性として愛しているのは奏介さんよ。」
レオを見ると彼も頷き、
「僕たちは特別な家族なんです。あなたとの結婚については祝福しています。」と言った。
「その挨拶をやめる気は?」と僕が聞くと、
「なぜ、やめる必要が?」と二人は同時に言った。
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レオが帰った後、なぎさはマンションに泊まった。
「私を愛しているなら、私の全てを受け入れてください。」となぎさ。
髪についた赤い薔薇がいつも以上に怪しい魅力を放っている。
なぎさは(どうしますか?)美しい瞳で問うてくる。
「挨拶はキスまで?」
「挨拶は、キスまでです。」
僕は愛するなぎさの全てを受容することにした。
愛のために、この変則的な愛を受容し、愛することを決めた。
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僕は父に呼ばれて実家に帰った。
母は習い事に出かけていた。
柴犬のシンフォニーが嬉しさに狂ったように僕をなめまわし、迎えてくれた。
妹はあまり可愛がっていないらしい。
父の部屋で僕は二枚の写真を見せられた。
前に断った女性二人の写真だ。
「婚約したことを伝えたよね?」と言うと、
「聞いている。経営学を学んで会社を継いでくれる奏介に、私は感謝している。結婚については約束通り、奏介の意志を尊重したい。」
「だったらこの写真は何? なんでまた、むしかえすの?」
「私はこの二人が奏介に合うと思って提案した。提案したからには一応聞いておきたい。何かの拍子に婚約破棄した場合のため、控えとして、どっちが良いか聞きたい。」
「何かの拍子? 婚約破棄なんてしないよ。」
「まあ、そう言うな。控えを選ぶくらいは、父さんの顔を立ててくれ。」
父の持って回った言い方が気になったが、僕は二枚の写真を改めて見た。
一枚は幼ななじみで妹の同級生のアキちゃんだ。
昔からずっと僕を慕っていた。
性格の悪い妹と違って、優しくていい子だ。
話すと癒される。
女子大を出て23歳だが、十代に見えるほど幼い。
妹というより、末の妹といった感情になる。
「控えとしてもアキちゃんはない。」僕は言った。
「アキちゃんはすごくいい子だと思うが? ご両親もちゃんとした方だし、シンフォニーも懐いている。清純で可愛い。」
「全く同意だけど、こうして⋯」
僕はアキの写真を自分の顔に近づけた。
「キスしようとすると、僕のモラルが拒否するんだ。末の妹にしか見えない。」
「了承。ではこっちの南帆さんは? 取り引き先のお嬢さんで才色兼備だ。妹には見えまい。」
僕は南帆の写真を見た。
顔は印象に無いけど、写真でも目立つ豊満なバストは印象が強い。
父に同席して一度食事した。
「南帆さんに対すると欲が先に立って、あるかないかの恋がかすんでしまう。食事した時だって、胸しか印象に無かった。」
「食事の時、ずいぶん話がはずんでいたように見えたが、お前は胸しか気にしてなかったのか?」
「彼女に対面すると、胸以外の全てが意識の外になる。僕の理想である恋が始まり愛になるという域まで、情けないが到達できないんだ。」
「どっちもダメか。」父は溜め息をついた。
父のスマホが鳴って「ああ、わざわざありがとう。」と応対した。
「忘れ物を秘書の咲間さんが持ってきてくれた。」
父は玄関へ行き、咲間を連れて戻って僕に紹介した。
「こちらは咲間さん。半年前から秘書業務をお願いしている。こっちは私の息子の奏介。営業部に所属している。」
「存じております。咲間と申します。」
咲間は微笑んで僕に一礼した。
僕と同い年くらいの美人だ。
髪を一つに結んでいるのに美貌が隠せない。
清潔感もある。
咲間は父に書類を渡すと帰って行った。
「社長秘書、変わったの?」
確かベテランのおばさんだったはずだ。
「人事異動で変わった。」
「そうなんだ。」
咲間くらい感じの良い美人なら恋が始まる可能性はある。
しかし現実はなぎさがいるので始まりようはない。
「今度、なぎさと会ってください。」
僕は帰ろうとすると、父が3枚目の写真を出してきた。
しつこいな、とうんざりしつつ、写真が目に入って固まった。
なぎさとレオがラブホテルから出て来る写真だった。体を寄せ合っているのが、連写で数枚あった。
「奏介から婚約した報告を受けてすぐ、悪いが素行調査した。婚約直後の写真だ。それゆえ控えの話をしたのだ。」と父。
僕は実家を飛び出した。
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挨拶はキスだけ、と言っていたはずだ。
まさかレオとそこまで深い関係だとは。
しかし何かの間違いということもある。
僕はなぎさのマンションへ乗り込んで、単刀直入に聞いた。
すると、なぎさはあっさり認めた。
「慰めの儀式よ。」
「慰め?」
「レオとはどちらかが深く傷ついた時、慰めの儀式をするの。高校受験に失敗した時も、失恋した時も、大学受験に失敗した時も、おじいちゃんが死んだ時も、おばあちゃんが死んだ時も、飼い猫が死んだ時も、資格試験に落ちた時も。どちらかが傷つくと、いつも慰めているの。」
「高校受験って⋯。中3? そんな昔から?」
「私たちには歴史があるの。」
「僕と婚約した後も?」
「あれはレオが私の結婚にショックを受けて慰めたの。兄と妹でも、姉と弟でも、結婚したら複雑でしょ? 私たちは特別な家族だから、男女の愛ではないわ。」
僕はショックすぎて、しばらく思考停止になっていたが、なぎさを見つめると⋯その美しい瞳と見つめ合うと、自分の気持ちは何一つしぼんでいかないのを感じた。
これが愛なのか?
「今後のことを聞きたいんだけど。レオくんとは?」
「私を愛しているなら、レオのことを含めて。これが私で、私の歴史だから。」
「今後もレオくんが傷ついた時は?」
「レオが望むなら慰めの儀式をするわ。でも⋯」
「でも?」
「私が傷ついた時はもうレオに頼らない。奏介さんに慰めてもらうから。」
僕はなぎさが愛おしくなって抱きしめた。
なぎさは自分に関しては中3からの歴史を変えようとしているのだ。
その夜、なぎさは僕のために手料理をつくってくれた。
突然乗り込んで行ったのに、ありあわせでつくったという料理は最高に美味しかった。
なぎさとキスをする時、僕の脳内にレオの(なぎさとディープキスした時の)顔が浮かび、その先の行為の時、レオの筋肉質の腕が浮かんだ。
(私を愛しているならレオのことを含めて。)
これがレオを含めるということか。
慣れる日は来るのだろうか?
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僕は一人になって思考をフル回転させた。
僕となぎさは愛し合っている。
それは確かだ。
正直に言えばレオは邪魔だ。排除したい。
しかし、なぎさの歴史でもある。
なぎさにとって、レオは特別な家族で、兄であり弟であり、男女の愛は無いと言う。
レオの心は違うのではないか?
なぎさの結婚に深く傷ついたと言う。
レオはなぎさを女として愛している可能性が高い、と僕は推理した。
レオはなぎさをずっと愛しているけど、なぎさの方は家族としか思っていない。
そこにレオの葛藤があり、傷ついた心を隠してきた歴史があり、なぎさの愛を獲得した僕への嫉妬がある。
あの嫌味ったらしい無遠慮な態度や、僕に見せつけるようなキスも、僕への嫉妬で、なぎさを愛するゆえと思えば納得できる。
レオの嘆きを、なぎさが姉として妹として受け止めているのだ。
僕はレオのことは受容することを決意した。
レオに関する全てが不快だが、自分がレオより優位に立っている、その一点だけは心地よかった。
なぎさへの愛のために、この複雑な愛の全てを、包み込むように愛することを決めた。
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僕は大学時代の友達数人と賑やかな街で飲み歩いた。
結婚式の時、いろいろ頼みたいため、今日は僕が奢ることにして、仲が良かった男友達を呼び集めた。
二軒目に行くため、学生時代の懐かしい気分で連なって街を歩くと、見た顔の二人が歩いているのに気づいた。
レオと雨音だ。
雨音が酔っぱらった様子で、レオにしなだれかかっている。
僕は目が離せなくなった。
友達みんなを二軒目の店に先に行かせた。
レオがタクシーを止めた。
雨音を乗せようとするが、雨音はレオの腕を離さない。
レオは引っ張られて、一緒にタクシーに乗った。
(拒否しろよ。何をやってるんだ!)
レオはなぎさの中に含まれ、僕の中にも含まれているのだ。
僕は後から来たタクシーに乗って、二人を追いかけた。
彼らのタクシーがマンションの前で止まり、レオと雨音は降りた。
僕も少し後ろでタクシーを止めて降りた。
雨音は長身のレオに背伸びして抱きつき、マンションを指して何か言っている。
レオを落とそうとしているのは明白だった。
自分のマンションに連れ込もうとしているのだろう。
冗談じゃない、と僕は思った。
雨音などにやすやすとよろめいてもらったら困る。
レオはなぎさをずっと昔から愛していて、それが叶わず、僕に嫉妬しているはずではないか。
一見、軽薄に見えるレオの中に哀しみと純愛があるからこそ、僕はなぎさとのことを受容したのだ。
ところがレオは、しつこい雨音を突き放すことなく、応じてキスをした。(さすがに軽い感じで。)
ふたりはマンションへ入って行こうとした。
「ちょっと待った!」
僕は二人の前に進み出た。
「拒否しろよ!」
僕はレオに詰め寄った。「誰でもいいのか!」
雨音が突然現れた僕に驚きつつ、タコのように顔を赤くして言った。
「私のことを侮辱するんですか? 人権侵害です。私たちは独身で、恋も、それに伴うあれこれも自由です。あなたはなぎちゃんの婚約者で、私とレオに関係ないでしょ!」
「雨音さんは知らないかもしれないけど、なぎさとレオくんは⋯」
「知ってますよ。挨拶と、慰めでしょ? あなたは受容したって、なぎちゃんから聞きましたよ?」
「レオくん込みは受容したけど、雨音さんまでくっついてくるのは無理だ。頭がおかしくなる!」
「切り離して考えれば良いのでは? 私とレオ、レオとなぎちゃん、なぎちゃんとあなた。くっついてくるって失礼ですよ。私はヤマトノリじゃない!」
僕と雨音がやり合っている間、レオは無表情で受け流していた。
雨音とレオはマンションへ入って行った。
(⋯レオよ、行くのか。)
僕は完全にレオに失望した。
今夜限り、レオを見限ることに決めた。
雨音とのことを話して、なぎさからレオを引き剥がすのだ。
これは逆にいい機会なのかもしれない。
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なぎさのマンションに急に押しかけて、今見たことを全てまくしたてた。
なぎさは僕の混乱ぶりに首を傾げた。
「お酒に酔った勢いかもしれないけど、レオも雨音ちゃんも独身なんだから問題ないのでは?」
「僕がレオくんのことを受容したのは、もっと純粋だと思ったからだ。」
「奏介さんが、なぜ怒るのかわからない。」
「酒に酔って雨音さんを拒否しない男なら、今後は慰めなんていらないだろう?」
「レオの恋愛についてはレオの問題よ。私とレオの関係は変わらないわ。歴史があるの。」
どうやらレオを引き剥がすことは無理らしい。
僕が失望していると、なぎさは「お腹、空いてない?」と聞いてきて、ありあわせで何か作ってくれることになった。
酒ばかり飲んで、ろくに食べてなかったので、なぎさの美味しい料理を食べて落ち着こうと思った。
ふとソファーの横のライティングデイスクの上を見ると、手紙が乗っていた。
手紙には男の名前が書いてあった。封はまだ切られていない。

僕は料理をしているなぎさに近づき、「あの手紙は?」と聞いた。
なぎさは料理しながら「ああ。黒崎くんの手紙? 先々週、 中学の同窓会で会ったからお礼の手紙じゃないかしら?」と言った。
「先々週ってプロポーズの翌週で、仕事が忙しいと言って会えなかった週だよね?」
「同窓会はめったに無いし、前から決まっていたから行ったの。」
そこまでは理解できるが、単なるお礼を今どき手紙を書いてよこすだろうか?
僕は得体のしれない気味の悪い疑いの虫が、胸の底のほうに棲み着くのを感じた。
棲み着くだけではない。
バッタのように跳ねて、僕を急かす。
このまま食事して帰ったら、永遠にあの手紙を見ることはできないだろう。
あの手紙をどうしても見たい、という切実な欲求を僕は無視できなかった。
すると、なぎさが料理の手を止め、「スパイスが切れてる。」と言った。「この料理に合うスパイスが空なの。」
なぎさは拘りが強く、家にはたくさんのスパイスを常備していて、食材によってプランを組み立て料理する。
そのため、スパイスの品揃えが充実しているスーパーの近くのマンションに住んでいるくらいだ。
そこまで拘るから、ありあわせの食材でもめちゃくちゃ美味しい料理になる。
僕はグルメでもないし完璧じゃなくていいから、なるべく早く食べたいタイプだが、今回は渡りに船だった。
なぎさはスパイスを買うため外出した。
さて。僕は深呼吸した。
さっきの黒崎という男から来た手紙を手に取った。
厚みがあるので、便箋2枚か3枚あるだろう。
なぎさに気づかれないよう封を開ける方法はないものか?
試行錯誤したが、ヤマトノリがしっかりついている。
「私はヤマトノリじゃない!」
許容範囲を越えてくっついてきた不快な雨音を思い出す。
いまいましいヤマトノリだ。

綺麗に剥がすことは無理だと判断した。
二択。
他人の手紙を勝手に開けたら罪になるし、なぎさとの仲がこじれるリスクがあるが、封を切って中を見るか。
見ないか 。
心は決まっていた。
僕はハサミで封を切った。
手紙を読むと、疑いを持った想像の範囲におさまらないことが書いてあった。
以下、ざっと手紙の要約。
中学の時、僕はずっとなぎさちゃんのことが好きだった。
なぎさちゃんも僕をずっと好きだったと、先日の同窓会で知った時は、二人で驚いたね。
初恋同士だったんだ。
僕は君のいとこのレオくんの存在が気になっていたから、勇気を持てなくて告白せず付き合う機会を失い、卒業して会えなくなった。
君は結婚すると言う。
僕は悔やんだ。
あの時なぜ好きだと言えなかったのか?
今の君は過去のなぎさちゃん以上に魅力的で⋯(以下、中略)
僕たちは同窓会の後、2人だけの二次会でバーへ行ったね。
そこで僕からキスをし、結婚しないでほしいと懇願した。
君は提案してきた。
「初恋を終わらせる儀式をしましょう、と。」
ホテルで服や下着を脱いだ君はよりいっそう大胆で魅力的で、僕は君に夢中になって、君の全てを愛し⋯(以下、中略)
ホテルから出ると君は「さよなら初恋」とさばさばした感じで僕と別れた。
僕は全く理解できない。
婚約者のことを本当に愛しているのか?
愛していたら、僕とあんなふうにならないのでは?
婚約を破棄して僕と付き合ってください。
✨✨✨
僕は便箋を握りしめたまま放心していた。
潔いほど僕に情景を理解させる手紙で、僕の脳内でありありとなぎさと黒崎の同窓会の夜が映像化された。
最後の一文「婚約を破棄して僕と⋯」は図々くて嫌悪するが、
「僕は全く理解できない。婚約者のことを本当に愛しているのか? 愛していたら僕とあんなふうにならないのでは?」
には、いちいち同意で頷きながら読んだ。
なぎさが帰って来た。
僕は便箋を握り締めたまま、立ち上がった。
「人の手紙を勝手に読んだら罪よ?」
「承知した上だ。僕は謝らない。君も読んで間違ったことが書かれてないか確認してほしい。」
僕は手紙を渡した。
なぎさは表情を変えずに手紙を読み、
「間違ったことは書いてないわ。」と言った。
誤字脱字を調べて確認した程度の感じだった。
「じゃあ聞くけど。なぜ?」
「手紙に書いてあるでしょう? 初恋を終わらせる儀式よ。」
「彼の方は終わってない。かえって火がついた。」
「私は終わったのよ。この手紙をこうして、」
なぎさはガス台で手紙を燃やした。
「無くして終わりだわ。」
「僕の記憶や心からは消えない。」
「ちゃんと終わらせて進みたかったの。それが私なの。」
それが私だから、これも受容しろと?
愛って奴の懐が深いなら、そうできるのだろうか。
僕には無理だ。
愛が全く理解できない。
いつも妖しく美しく魅力的に見えていたなぎさの髪の薔薇のヘアピンが、けばけばしく安っぽく映った。
僕は婚約破棄を申し出て、なぎさのマンションから外へ出た。
✨✨✨
夜の街を一人ぼっちで歩きながら、僕は不覚にも涙が出た。
空腹だからか、寂しいからか、虚しいからか、絶望したからか、わからない。
理想があり大切にしたかった愛とやらは幻想だった。
少なくとも僕の前には「愛」は正体を現さなかった。
スマホにラインがきた音がした。
なぎさかと思って読むと、今日、結婚の報告で呼び集めた大学時代の友達の一番親しい奴からだった。
「二次会に来なかったけど、どうした? 何かあった?」と書いてあり、
「僕が二次会の飲み代を立て替えておいたよ。」
と、領収書の画像がラインに貼り付けてあった。
そして彼の銀行口座が書かれ、
「来週中に振り込んでね。」
と書いてあった。
「結婚式の時はスピーチでも、二次会の幹事でもなんでもやるよ!」
と、めちゃくちゃ明るくて能天気な動物のスタンプが押してあった。
僕は脱力して、2日、既読無視し、3日後にお金を振り込んだが、ラインのメッセージに「振り込みました。」以上の文字をまだ書けていない。
✨✨✨✨✨
手紙を見た3日後、僕は社長室へ行き、父に婚約破棄を伝えた。
あの後、2日は寝込んでいたのだ。
実際に高熱が出た。
父は「会社を休んだから心配したぞ。」と言った。
父からの電話もラインも無視していた。
「奏介は愛を崇高なものに思っていたのだろうが、」
父は僕の沈黙を大事にした後、ぽつりと話し始めた。
「愛なんて、何年もしてからやっと、これがそうなのかな?と気づく程度の曖昧なものだと思う。私が母さんと結婚する時、好きかどうかさえ微妙だった。ちょいブスだと思った。」
確かに母は、端正な顔立ちの父とは違い、今にも笑い出しそうな感じのひょうきんな顔をしている。
「娘時代の母さんと過ごすと楽しかった。それは確かで、いい子で自分を好きだと言ってくれるから結婚してみようか? そんな程度だった。しかし、愛なんてよくわからないけど、これは何と呼ぶんだろう? それなのか?と今は思ったりもする。」
僕は父の話にじーんとした。
二人の息子であることを誇りに思った。
「シンフォニー(犬)だってそうだろう? 最初は奏介、うるさがっていたじゃないか? なのに今はどうだ?」
シンフォニーは妹が欲しがって飼った柴犬で、子犬時代のシンフォニーはよく動くし吠えるし落ち着かなくて、僕は嫌っていた。
しかし今では僕がついに見つけられなかった愛の端っこがあるなら、シンフォニーのしっぽにリボン結びされてるんじゃないか?とさえ思う。
愛おしい存在。
父がさりげなく(さりげなさを装って)例の二枚の写真を出してきた。
「とりあえずお喋りしたり遊びに行ったり、何度か会ってみたらどうだ? この二人なら母さんより、だいぶ美人だぞ。」
改めてアキちゃんとボイーンちゃんの写真を見ると、確かに可愛くて感じがいい。
何度か会ううち、僕のモラルも崩壊しなくなったり、意識が胸以外にも向く可能性があるかもしれない。
そこへ秘書の咲間さんがコーヒーを持ってきた。
二度目なので、僕にも親しげな笑顔を向けた。
咲間さんは彼氏はいるのだろうか?
僕は咲間に話しかけた。
「突然ですが、結婚を考えている彼氏はいますか?」
咲間はびっくりしつつ答えた。
「結婚ですか? そんな話が出ている人はいません。」
「写真を一枚撮ってもよろしいですか?」
「⋯あ、はい。」
僕は咲間の上半身の写真を撮った。
咲間が社長室を出ると、父が「なぜ私の秘書の写真を撮る?」と聞いた。
「3択にするためです。」僕は答えた。
✨✨✨✨✨✨✨
見晴らしのいい丘の上に立った僕は、はるか下の方で木に繋いだシンフォニーに向かって手を振った。
シンフォニーが僕を見上げて、尻尾を振っているのが見える。
僕は三枚の写真を裏返して、三角形になるように足元に置いた。
「シンフォニーに選ばせます。3択。」
僕は横にいる父に宣言した。
写真はアキちゃん、ボイーンちゃん、秘書の咲間さんだ。
「写真を表にした方が、シンフォニーが選びやすいのでは?」と父。
「表にしたら、シンフォニーはアキちゃんを選ぶから3択じゃなくて一択になる。」
父はバレたか、という顔をした。
準備が終わると、僕は父を連れてシンフォニーのところへ下りた。
「シンフォニー」
僕は愛情を込めてシンフォニーの頭に手を置き、犬の瞳を見つめた。
「僕の人生を愛するお前に委ねた。」
シンフォニーは理解してるのかしてないのか知らないが、嬉しくて仕方ないというふうに尻尾をブンブン振っている。
「行け!」
僕はシンフォニーを丘の上へ解き放った。
シンフォニーは勢いよく駆け上がっていく。
僕はシンフォニーの愛を見抜く力を信じて祈った。
父も横で祈っていた。
シンフォニーが写真をくわえて駆け下りてくる。
まっすぐ僕の元に来て、写真を差し出すようにぶつかってきた。
僕はシンフォニーが持ってきた写真を見た。
秘書の咲間さんだった。
僕は咲間さんが選ばれることを期待していた。
しかし自分の選択眼の無さを痛感していたので、シンフォニーに委ねたのだ。
これで咲間さんの選択に自信が持てた!
シンフォニーよ、ありがとう!
シンフォニーのしっぽに、愛の端っこがリボン結びされているのが見えた。
僕が感動しながら咲間さんの写真を胸に抱くと、横からすっと父が写真を奪って「ダメだ。」と言った。
何がなんだかわからず父を見ると、父は「察してくれ!」と叫んで、写真を抱いて走って逃げた。
父は逃げ足が早かった。
28歳の息子がいる年で、あんなに早く走れることに僕は驚いた。
僕は走って行く父を見送りながら、質問に対する咲間の答えを思い出した。
「結婚ですか? そんな話が出ている人はいません。」
結婚の話が出ない彼氏なら、いるということか。
僕は芝生に倒れ込み、寝転んだ。
「愛なんてよくわからないけど、これはなんて呼ぶんだろう? それなのか?」父。
母との愛を語る父の言葉に感動し、息子として誇らしく思った自分が情けない。
僕は寝転び、絵の具をこぼしたような水色の空を見上げながら、結論づけた。
愛なんて幻想だ。
愛という観念による束縛だ。
恋だってよくわからんし、もうめんどくさい。
恋なんかするから、愛とかわけわからんものを考えるのだ。
一生、恋なんてしない。(一生は大げさか?)
あの空に誓う。
少なくとも5年は恋しない。
シンフォニーが僕のそばに来た。
ボールをくわえている。
はあ? おいおい、よその家のボールを持ってきちゃったのか?
「すみません。それ、うちのボールなんです。」
はずむような若い女性の声がして、寝転んだまま見上げると、これまで見たことがないような可愛くて美しい女神が、水色の空を背景に、犬を連れて清らかに微笑んでいた。
僕は飛び起きた。
5年は恋しないと誓ったが。
5秒で恋してしまった。
(終わり)
✨✨✨✨✨✨


↑今までの中で一番スキがつくペースが早く、
初めて「1週間で特にスキされた記事」バッジをもらいました。

挿絵のイラストを描いてくださったクリエイターさんです。↓


