芥川龍之介ステーション「ある恋愛小説」発「恋なんてどうでもいい」着
芥川龍之介の「ある恋愛小説」に発想を得て、短編小説を書きました。
✨♥️✨♥️✨♥️✨
芥川龍之介「ある恋愛小説」
↓勝手ながら私が書いたあらすじ
保吉(やすきち)が主人公の保吉もの。
小説家の保吉に婦人雑誌社の編集者より「真面目な恋愛小説」を書いてほしいと依頼される。
保吉と編集者の会話形式の小説。
以下、保吉の小説の構想。
若き外交官夫人の妙子は、音楽家の達雄と懇意になり、彼の愛を感じて苦しんでいた。
達雄は貧乏で認められていないが音楽の天才で、しょっちゅう妙子の家に来てピアノを弾く。
達雄の愛や誘惑を感じて悩み、妙子は夫に、達雄から愛されていることを打ち明ける。
夫は達雄の訪問を謝絶した。
夫は支那に赴任が決まり、妙子は達雄に手紙を書く。
「あなたの心には同情するが、お互いに運命だと諦めましょう。」
妙子は1年後、赴任先から再度、達雄に手紙を書く。「今でもあなたを愛している。」と。
達雄は笑いだし、忌々しそうに「畜生」と言う。
達雄は妙子を少しも愛したことはない。
ただピアノを弾きたくて妙子の家に行っただけだ。
妙子はやがて四人の子持ちになったが、本当に愛し合ったのは達雄だけだと思っている。
恋愛は至上なり。女主人公の幸福を賛美しているのだ、と保吉。
とうてい、うちの雑誌には載せられないと編集者に言われるが、保吉は「他へ載せてもらいます。」と言い、こうしてこの対話が載った。
✨♥️✨♥️✨♥️✨
「恋なんてどうでもいい」みゆ 作
私は入学した大学のキャンパスで、元家庭教師の先生を見つけた。
先生はある理由で途中で教えるのを辞めた。
父がもう家に来ないでくれと言ったからだ。
先生に再び会って真実を聞くために、私は頑張ってこの第一志望の難関大学への受験を成功させたのだ。
先生はこの大学の学生だ。
私は先生に近づいた。
先生は気づいて夏美ちゃんと私の名前を呼んだ。
この後どんな表情をするかで、先生の正体が決まる。
「合格したの?」
先生は柔らかい笑顔で聞いた。
安心した。私の先生への評価は合格だ。
「先生と話したいです。」
そう言うと、
「僕も話したかったんだ。」と先生は私の目をまっすぐ見つめて言った。
✨♥️✨♥️✨♥️✨
先生は私を大学の近くにあるカフェへ連れて行った。
先生を最後に「見た」のは、家の中で私の母といるところだった。
先生に教わる予定の無い曜日(学校帰りに直接予備校へ行く日)に、予備校が急な休講になり、私は家に帰った。
するとピアノの前に座っている先生と、カーペットに膝をついたスリップ姿の母がキスをしている場面が視界に入った。
私は悲鳴をあげて家を飛び出した。
どこをどうやって走ったかわからず、逃げて逃げて逃げた。
✨✨
四十代の母は自分の美貌に自信を持っていて、若い頃からモテたという話をよく聞かされた。
高校時代は他のクラスの男子たちが休み時間に見に来るほど、目立っていたらしい。
母は言った。
「夏美ちゃんは可愛いけど、色気が無いのよね。色気のある無しは、残念ながら高校生位に決まるものなのよ。夏美ちゃんはどちらかと言うとパパに似てるのかな? 頭の良いところも顔の雰囲気も。だから勉強はしたほうが良いわよ。」
✨✨
私は歩いて行くうち知らない街にいた。
いつの間にか夜になった。
吐きそうだけど帰るしかない。
スマホを使って駅に行って電車で帰ることにした。
落ち着いていくうち、あのキスは母が勝手に仕掛けたんじゃないかと疑う気持ちになった。
しかし、なぜ先生が来るはずのない曜日に家に来ていたのか、そこがわからない。
先生は授業の後、いつもピアノを弾いてくれた。
「どんな曲が良い?」
私にリクエストを聞いて、有名な曲なら何でも弾いてくれた。
高3の唯一のときめきと癒しが先生の存在とピアノだったのだ。
私の初恋だった。
♥️✨♥️✨♥️
家に帰ると、父が会社から帰っていて私を迎えた。
父が心配していたのは何度もスマホに連絡が来ていたから知っていた。
私が電話に出ないのでラインが幾つも来ていた。
「お母さんから話を聞いた。」
と父は言った。
「私はまだ聞いてない。」
父はリビンクのソファーに座る母のところへ、私を連れて行った。
母の話はこうだった。
先生はピアノを弾きたいという理由で、私が予備校に行っている曜日も、大学の授業の後、時々家に来ていた。
先生の自宅のマンションにはキーボードしか無く、大学の古びたピアノは順番待ちであまり使えないそうだ。
それを聞いた母は内緒でピアノを弾きに来ても良いと約束したそうだ。
なぜ内緒にしたかと言うと、私や父に疑われるのは困るから。
しかし今日だけは先生の様子が違って、突然、母のワンピースを剥ぎ取り、キスをしてきたそうだ。
「先生にも話を聞きたい。」
私は言った。
「さっき電話して、もう家に来ないように言ったから。」
父は言った。
私は先生の連絡先を知らなかった。
二人で連絡を取り合うのを禁止されていたからだ。
私は必死に食い下がって先生の連絡先を聞いたが、父と母は教えてくれなかった。
その時から私は絶対に先生の通う大学に合格すると決めていたのだ。
✨♥️♥️✨♥️✨
「お母さんからなんて聞いたの?」
先生は聞いた。
私たちはカフェでコーヒーを飲んでいる。
先生がコーヒーを注文して、私も同じものを頼んだ。
こうして先生とデートみたいなことをするのが夢だった。
私は母に聞いたことを先生に話した。
「やっぱり。お父さんの電話の感じだと、僕が悪者にされているのだと思った。」
「真実は違うんですか?」
「僕も自分の名誉があるから言うけど、お母さんから突然キスされたんだ。ピアノを夢中で弾いていたから下着姿になっていたのも知らなかった。」
私は泣いてしまった。
先生を信じて勉強を頑張った自分がむくわれた気がした。
先生の話はこうだった。
あんなことが起こる数カ月前、私より早く家に着いた先生に、母が「他の曜日も来れば? ピアノが弾きたいんでしょう?」と提案したそうだ。
疑われたら困るから内緒にするなら、という条件だった。
ピアノを弾きたくて通ううち、母は先生とお喋りしたがった。
母の昔の恋の話になることもあったと言う。
けれど、まさかお母さんが自分をそういう対象に見ているとは気づかなかった。
そして、あんなことが起きた。
「お母さんのことを悪く言いたくはないけど、ずっと真実を話したいと思ってた。苦手科目の勉強を教えるのを放り出す形になって心配してた。受験が成功してくれて本当に良かった。」
先生は私を温かい眼差しで見つめた。
そこへ突然、ヴァイオリンを抱えたすらりとした美女が先生の下の名を呼んで手を振りながら、駆け寄ってきた。
「ルリ」
先生が美女の名前を呼んだ。
「さっきラインに書いたけど、彼女は僕が途中まで家庭教師していた夏美ちゃんだ。夏美ちゃん。ルリは同じ大学の僕の音楽仲間で、今二人でそれぞれ曲を創作しあって、ピアノとヴァイオリンのデュオで一緒に組んで活動してる。路上ライブとか、音楽サークルで会場借りてライブもしてるんだ。」
ルリは私を見て柔らかく微笑んだ。
大学に入学したばかりで垢抜けない、ダサい服を来て色気も無く、夏美という華のある名前が似合わない私は、ルリにどう微笑んで良いのかもわからなかった。
ルリは先生に楽譜を渡した。
「これ私の創作した新曲ね。あとで弾いてみて。」
「了解。」
「じゃあね。」
ルリはあっさりと帰って行った。
✨✨
「先生は音楽の道に進むんですか?」
「いや違うよ。就職活動も順調だし、一般企業に就職するつもり。音楽が大好きだけど、生活のためにやりたくないんだ。ルリも同じ意見で、お互いに仕事の余暇に活動してライブとかやろうと思ってる。将来の夢はピアノを置ける家に住むこと。とりあえず働くようになれば、ピアノがある音楽スタジオをレンタルして練習することができるしね。」
私は思いきって聞いた。
「先生の夢はルリさんありきなんですか?」
先生はきょとんとした。
「えっ? 言ってる意味がわからない。」
「ルリさんは恋人なんですか? 」
「恋人じゃないよ。音楽仲間。」
「将来、恋人になる可能性はありますか?」
「それはない。」
「ルリさんに恋人がいるから?」
「いや、いないと思うよ。でも僕は恋人にはならない。」
先生はきっぱり否定した。
あまりにもきっぱり否定したので、私は驚いた。
あんな美女がそばにいて、未来のことまで否定できるものなのか。
私は理由を聞いた。
「僕は恋愛至上主義じゃないんだ。芸術至上主義。恋愛よりずっと上に芸術がある。だから芸術の仲間として尊敬しあっている仲間と恋愛する気持ちは全く無い。」
「先生は恋愛の経験は無いんですか?」
女子高出身で恋愛経験の無い自分が聞ける質問では無いが、私は思いきって聞いた。先生のことが知りたかった。
「恋愛めいたことは大学に入ってからしたけど。あんまり良いもんじゃないな。自分にはむいてない。」
「どんなふうに?」
「付き合った彼女が恋愛の価値観を押し付けてきたんだ。ルリとのデュオを解消しろとか、それが無理なら練習の時は自分も一緒にいるから二人きりになるなとか。」
「嫉妬。ですね?」
「めんどくさい。恋愛至上主義は解せない。恋なんてどうでもいい。」
私は笑った。
「なんで笑うの?」
「だって、本当にめんどくさそうなんだもん。」
つられて先生も笑った。
この笑顔が見たかった。
カフェで音楽は鳴っていない。
でも先生が笑うと、かくれんぼしていた音符が集まってきて踊りだし、音楽が奏でられるように感じた。
「もし仮に。仮の話して良いですか?」
「出た。夏美ちゃん、好きだったね。もし仮にってやつ。懐かしいな。」
「もし仮にルリさんが先生を恋愛の相手として好きになったらどうします?」
「うーん。考えたくないな。ルリが隠すなら聞かない。」
「そういうのって言わなくてもわかっちゃうんですよ?」
先生は吹き出した。
「夏美ちゃん、恋愛経験無いって言ってたじゃん。」
「無くてもわかるんです。でも想像しやすくするためにわかりやすい設定にしますね。もし仮にルリさんが告白して恋愛を求めてきたら?」
「デュオを解消する。」
先生は即答した。
「音楽に恋愛を持ち込みたくないんだ。もし仮にそうなったら、僕は一人で音楽活動するよ。」
「音楽デュオを解消したら、恋愛相手として考えられますか?」
「切り替えられないから、無理だと思うな。」
「なるほど。先生の価値観がよーくわかりました。」
「夏美ちゃんは理解が早くて柔軟だよね。価値観も狭くなくて。」
「さて。提案があります。先生、今から家に来ませんか?」
先生は不意を突かれて驚いた。
こんなに驚いた顔をした先生は初めてで新鮮だった。
「今日は母が地方の祖父母のところに行ってるんです。先生、思いっきりピアノが弾けますよ?」
私は立ち上がり、先生の腕を引いた。
✨♥️✨♥️✨♥️✨
先生と一緒に家に帰る遊歩道は、ハナミズキが街路樹としてあった。赤や白やピンクが跳ねて美しい。
一人で歩く時より鮮やかさが心に染みた。
野良猫が後ろ向きでいたので、私は思いつきの遊びを投げかけた。
「先生。私は猫を振り向かせることができるんです。」
「どうやって?」
ニャア!と私は猫の鳴き声を真似た。
猫は振り返った。
「ほら」と私。
先生は笑って「振り向くんじゃないの?そんなに大きな声なら」
「じゃ、先生もやってみて。」
猫はまた後ろを向いている。
ニャア!と先生が声を出した。
猫は無視した。
私は笑った。
「2度も振り向きたくなかったんじゃないの?」
先生はそう余裕ぶっていたが、悔しかったのか声の音色を高く低く、それからフォルテやピアニッシモに変えたりしてニャア!と何度も呼びかけている。
猫は無視した。
挑戦を続ける先生。
音程やリズムを工夫してニャアニャア歌みたいになっている。
なんて可愛いんだろう?
ああ先生と手を繋いで歩きたいニャア、と私は思った。
✨♥️✨♥️✨♥️✨
家に来ると、先生はピアノのところへ駆け寄り、歓喜した。
「好きなだけ弾いてもいい?」
「まだまだ誰も帰ってきませんから。どうぞ。」
先生は自分で創作した曲を夢中で弾いた。
弾きながら、少し考えて修正したりしていった。
たぶん私の存在を忘れている。
それでも良かった。
いやそれが良かった。
好きなだけ先生のことを見つめていられるから。

夢中で弾き続けた先生の額に汗がふきだしていた。
私はタオルを持ってきて先生の汗を拭った。
先生はピアノに夢中でされるがままだった。
「連弾させてください。」
私は申し出てみた。
先生はきょとんとしたが、やっと私もピアノを弾けることを思い出したようだ。
「いいよ。夏美ちゃんの好きな曲にする?」
「今の曲がいいです。」
「これは僕のオリジナルだけど?」
「もう耳コピして、先生の曲に合わせたイメージがあるから。」
私は椅子を持ってきて先生の隣に座った。
先生とせーのというふうに視線と呼吸を合わせた。
先生と私は並んで一つのピアノで連弾した。
先生の息遣いや体温や曲への情熱が感じられる。
私は感受性を総動員して、先生の音楽に自分の音楽をぶつけた。
弾いている時は夢中で音楽のことだけを考えていた。
曲が終わった。感動して興奮が静まらない。
私はさっき先生の汗を拭ったタオルで、自分の顔の汗を拭いた。
「すごいね、夏美ちゃん」
先生は興奮して私の顔を覗き込んだ。
「夏美ちゃんがこんなに才能があるなんて知らなかった。」
私はぱっと椅子から飛び退いた。
「 私はもう弾きません!」
「なんで? もっと一緒に弾こうよ。」
「私は音楽仲間じゃないので。」
先生が言葉の意味を探り始めたので、私は急いで言った。
「ルリさんの曲を聴きたいな。」
先生はさっきルリにカフェで渡された楽譜を、バッグから取り出した。
「初見で弾いてみてください。」
「いいよ。」
先生はルリの楽譜を見ながらピアノを弾いた。
私はピアノから離れた場所で先生の奏でるルリの創った音楽を聴いた。
素晴らしかった。
ルリに才能があることがよくわかった。
私は先生の曲が情熱的で一番好きだけど、ルリの美しい旋律の曲も2番目に好きだ。
先生が弾き終わると、「ブラボー!」私は拍手を送った。
胸が高鳴っていた。
「先生、何か飲みます?」
「カルピスがいいな。」
「濃いめ。ですよね?」
キッチンへ行った。
私は先生に嘘を言った。
母は地方の祖父母のところへ行ったと言ったが、祖父母の家は隣県だ。
早ければもうじき帰って来る可能性がある。
でもだからと言って、なぜ私たちが逃げなければならないんだろう?
母がどこかへ逃げ込めばいい。
先生はまだまだ弾き足らなくて夢中でピアノを弾いている。
私は確信した。
恋なんてどうでもいいと言う先生に、
恋している。
