小林泰三『はじめから国宝、なんてないのだ。』


国宝フィーバーを終えて。

この四月から六月にかけての、関西の国宝フィーバー。
奈良国立博物館『超 国宝』展
京都国立博物館『日本、美のるつぼ』展
大阪市立美術館『日本国宝展』

二日で廻った。メッチャ疲れたけど、堪能いたしました。
この国宝祭り、地元民としては
徳川美術館『国宝 初音の調度』
も加えたいこところ。

頭に血が上りすぎて、なかなかレポートが書けません……
クールダウンも兼ねて、読みやすい国宝関連の本をいくつか読むことにしました。

まずは小林泰三『はじめから国宝、なんてないのだ』から。
去年の三月に、Vtuber儒烏風亭らでんさんのおすすめ図書『#書庫らでん』で紹介されていたので、読んだ方も多かったかと思います。

著者の小林泰三氏は、デジタル復元師なのだそうです。
国宝に限らず古い品物は、退色・変形・剥離などの経年劣化を逃れられません。そこで、デジタル技術によって制作当時の色彩などを復元する。さらには、実際に手に取るなどの、当時の扱いまでも体験できる再現品を制作するとのこと。
美術館や博物館のガラスの向こうに隔てられている品々の、作られた当時の姿だけではなく、人々との関わり方まで再現する。
そこで何が見えてくるのか。そういうお話。

公の場の「宝」は、威厳や格式のために。

『風神雷神図屏風』は俵屋宗達の作品だけど、後に尾形光琳、酒井抱一も倣った作品を制作している。今では風神、雷神というとこの姿。風邪薬のキャラクターにまでなった。
国民共通のイメージの源になったからこそ、国宝と呼ばれるのかもしれない。
しかしそのために、尾形光琳はトレスさえしていたとか、
「ベタベタ触る」レベルの扱い。当時は灯も菜種油や蝋燭。制作当時とは色味が変わってくるのも当然。そも、日本の屏風に金箔が使われているのは、そういった弱い灯火の明かりを最大限に生かすためであったわけで……

そんな灯火や夕暮れの光の元で見れば、その金箔で光輝く背景に、緑と白の風神雷神が浮かぶ、金を差された瞳や牙が光る。
しかも畳の間に据えられた屏風の前に座れば、ちょうど風神雷神が見下ろす視線の交わる場所に自分がいる事になる。

そこまでは、この本で小林氏が説いているんだけど……もう一つ加えるとすると、そうやってこの屏風と向かい合う時には、もう一人いたはず、という事。
客人として屏風に向いている自分の正面に、屏風を背に、自分を向いている、屏風の主がいるのだ。それはお武家様の偉い人なのか、お寺の偉いお坊様なのか。それは分からない。でもこの屏風に向かい合う者は、風神雷神に上から睨みつけられるだけでなく、真正面の偉い人からも見つめられる。それは間違いない。

そんな火を噴くような対面で、いったい何が話されたのか?
おそらくは、多くの人々の運命、生死に関わるような会見を、この風神雷神は、数知れず見届けてきたはず。

例えば高麗茶碗は、元は朝鮮の雑器だ。それがいつしか茶人に珍重されるようになり、中でも『喜左衛門』と銘された井戸茶碗は、国宝に認定されている。
朝鮮の貧しい百姓が、土間に投げ捨てたかわらけが、日本に渡って真・善・美の道しるべとなった。これは神がなさった事で、人間の目には不思議に見える。

家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。
これは、主がなさったことで、
わたしたちの目には不思議に見える。

新共同訳聖書『マルコによる福音書』12章 10-11節

これもやはり、本多忠義から松平不昧と、名茶人に所有され数多くの茶席に登場し、貴人たちの対面や会見の舞台装置となった名碗であるが故。

国宝は、この国の歴史の証人でもあるのだろう。

私的な場の「宝」は、喜びや悲しみのために。

絵巻物。小林氏はアニメーションに例えて、その表現力の豊かさを語る。本当に、スクロールしていく視線の動きに合わせて、登場人物の移動や背景の構成が変化していく様子は、漫画やアニメの表現に繋がっているとも。日本のアニメ・漫画文化の源流をそこに見る人も多いだろう。

とはいえ、そういった表現は日本の絵巻物に限った話でもなく、例えばローマのトラヤヌス記念柱、エジプトの死者の書やピラミッドの壁画、メソアメリカの遺跡にも壁面に部族の歴史が絵文字でつづられたものがあったり、ヒンドゥー寺院やキリスト教の聖堂にも、経典内の物語を場面を追って描いたものがある。

ただそれらは、公の場所に、多くの人に見せるために表されており、あくまで個人的な鑑賞のために作られた日本の絵巻物とは、そこが大きな違いだ。それは小林氏が例えた、漫画やアニメーションとも違う部分。
漫画やアニメーションは多くの人が見て、感想を共有する。むしろ、同じ作品を見て、同じだったり違ったりする感想を分かち合うのが楽しみだったりする。しかし、絵巻物はどうだろう? 例えば、『伊勢物語絵巻』『信貴山縁起絵巻』『伴大納言絵巻』などは何種類か残っているけれど、基本的に絵巻は一点物だ。
貴人同士の貸し借り、譲渡、相続などで、二人、三人と読み継がれることはあるにしても、本来は一人で鑑賞するもの。一度に大勢が見るものではない。
だから展示室に長い行列ができるのも、無理はない……

公の場に、ともすれば永遠に残るかもしれない石に彫りつけるなどして、多くの人に届けるのではなく、その時のみ、ただ一人で物語に向き合う読者のためだけに、手間と技術のすべてをつぎ込む画工は、どのような想いを抱いていたんだろう?
だけどそれがこうして、国宝と定められ、一年でも長くと大切に保存され、一人でも多くの人の目に触れるよう展示されているのは、考えて見れば不思議なことだ。

それほどのものが、自分一人のものだ、自分が物語を味わう速さで、自由に、自分の手で繰っていける、というのはどんな気分なんだろう?
それは、アジアやヨーロッパ各地の神殿や聖堂などで、公の場に示された物語を、多くの人と見るのとは全く別の経験だったことは間違いない。
小林氏が、デジタルの複製を作ってそれを手繰ってもらう、という活動をしているのは、まさにそれを体感してもらうためなのだろう。

絵巻物が、日本のアニメ・漫画文化の源流であるとするならば、それはただ作品の表現技法に拠るものではなく、一人一人が物語にのめり込み、そこで引き起こされる自分の喜怒哀楽と向き合うという、鑑賞する側の在り様を積み重ねてきたことも大きいはず。

漫画やアニメの表現技法が、絵巻物から繋がっているのなら、漫画やアニメを楽しむ側の喜びや悲しみも、絵巻物を見て笑ったり泣いたりしていた人々から、繋がっているのだ。

生活の場の「宝」は、生き生きした日々のために。

国宝といえど、当時は生活に直結していたものだというお話。

『花下遊楽図屏風』は関東大震災の折、中央の二面が焼失しています。そこに描かれていたのは淀君、いうなればこの屏風の主役がいた部分。白黒の写真が残っており、小林氏はそこからデジタルにて焼失以前の姿を復元しました。ただ屏風のみではなく、そこで淀君が着ていた小袖まで復元したとのこと。
それら一連の復元作業によって、様々なことが見えてきた……この一章は、そう言ったお話。

復元する小袖は刺繍で覆われており、「淀君の打掛復元プロジェクト」は、当然デジタルでは終わらず、現在の刺繍職人との協働となります。現在の職人の言葉を新鮮な気持ちで拾って、当時の職人の仕事に想いを馳せていく、小林氏の想像力が、とても美しいものに感じられました。そこで見えてきた過去と現在の職人の仕事ぶり、その違いをどう捉えるか? それを読者に委ねるあたりも、この本はあくまで見方を提案するためのものだ、という姿勢が貫かれている。

その提案として、『檜図屏風』を自分はどう見たか、まで記してあるのが、かゆいところに手が届く感じだなあ……

桃山の刺繍のおおらかさ、桃山の障壁画の筆さばきなどは、これまでは「豪快さを好む振興武家階級の好み」と説かれる事が多かったけれど、そこで見落とされがちな「手工芸が産業として振興していた」という事実が示される。

見る側だけでなく、作る側の目線というのは、特に手工芸モノの作品を見る時には大変に役に立つものです。
個人的には、陶芸教室なり、陶磁器系の美術博物館の体験イベントなりで、ロクロをやってみるのがお勧め。陶磁器の、特に土モノの手の跡が残っているような作品を見るときに、職人の掌を擦っていた泥の感触が想像できるようになります。

聖なる場の「宝」は、未知なる世界のために。

玄室の壁画というと、思い出すのはどこかで聞いたピラミッドのお話。玄室に横たわる死者の頭の上に、冥界の王オシリスが描かれる。足元には妻であり妹であるイシス。当時のエジプトでは復活が信じられていた。その日まで見守るのは力ある神オシリスだけど、復活し起き上がった時、最初に対面するのは愛のある神イシスなのだと。

例によってどこで誰が言った話なのか、さっぱり忘れていまして、オシリスとイシスが実際そんな配置なのかすら、確認していません。とはいえ、玄室には当時の人々の死生観が現れるのは間違いない。

日本の古代の死生観といって思いつくのは、イザナギの命が、死んだイザナミに会いに黄泉に下るあたり。『古事記』『日本書紀』に記されていて、その成立時期はこの高松塚古墳とほぼ同じ、七世紀から八世紀に移るあたり。ただ、成立時期はもっと古いかと思われる。暗闇の中、イザナミの変わり果てた姿は、古墳の横穴式玄室の中で腐乱した死体を思わせる。

死が恐怖でなくなるためには、平安の浄土信仰を待たねばならなかったのかもしれない。この高松塚古墳の時代の死生観はどうだったんだろう?
キトラ古墳でも星宿と四神が壁画に描かれる。常に変化し続ける自然の中に、人間の生死もその一部として溶け込んでいくような、アニミズムと道教の混交したようなイメージなんだろうか?

この本の中で、壁画を再現した玄室に、実際に横たわって見るというお話があって、そこでは壁画の存在により大きな安らぎを得られた、という感想が繰り返されていた。
死者を取り囲んで安らぎを与える、描かれた人々の姿。華やかな衣装を着て穏やかな微笑みを浮かべて、静かに進む人の列……これが後に、来迎図の阿弥陀仏や眷属・天女の姿へと繋がっていくのかもしれない。

「国」の「宝」と呼ぶが、その「国」とは?

国宝の数々は、はじめから国宝ではなかった。

ある作品は、この国を動かすような、貴人や文人・武人の真剣勝負の対決の場に立ち会って、ともすればその行く末にも影響を与えていた。
またある作品は、人々を自分の世界に入り込ませ、笑わせ泣かせ、その感情をかき立てた。何を喜び、何を悲しむのか。人々の心の機微を作っていった。
また別の作品は、職人の仕事のやり方、旦那衆の楽しみ方……言うなれば経済活動を変化させていった。
そしてある作品は、日本人の死生観の形成にまで関わっていた……

国宝は、日本人の意識の変化とともにあった。
日本人の意識を形に表したものであり、同時にそれをフィードバックして、日本人の意識を変化させるものでもあった。

それでは……この、日本人とは?

今、色々と問い直される事が多いこの命題。
正解・不正解は誰にも決められませんが、誰もが自分なりにその答えを持っていなければならない。そんな時代になっていくのでしょう。
国宝は、それを見出す助けになるかもしれません。

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