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薔薇の牧場(まきば)に舞う者は (2020/01) 新春#04 『GO!³/この家の内から外へ』 【11】 連載:(38)

※ユリウス・カエサルの像。紀元前44年の彼の死後に制作されたもの。(BRIDGEMAN/ACI)
     @NATIONAL GEOGRAPHIC

「私達、アウグストゥスも観てると思います。」          
 Monica が続ける。



◆君主論・再考⑤◆

『平成ガメラ三部作』=『カエサルの生涯』(2018/08/05)RUCA@名古屋・日本〘中〙


◉【カエサル:ルビコン以後〜暗殺】=【GⅢ/邪神(イリス)覚醒】(承前)


🟪カエサル【共和政⇨帝政ローマへの路】🟪

(新潮文庫)『ローマ人の物語』12「ルビコン以:中」p15〜より
「ローマの覇権下にある『ローマ世界』は、多民族で多宗教、使用言語も多という国家である。これを古代人は、帝国と呼んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「······後世の植民地帝国よりも本源的な意味の帝国の形こそが、カエサルがローマ人に指し示そうとした将来のローマ国家のあるべき形であったのだ。
「つまり、ポリス(都市国家)を超越したところにある、コスモポリス(世界国家)である。」

 持参した文庫本を取り出し、Monicaは読み上げる。

「ルビコン渡河以後、ローマは新たな内乱に突入し、『革命の一世紀』の最終局面:前半を迎えます。
 ローマを捨てた【元老院派のポンペイウス】を追って
➔ギリシャ➔エジプト➔小アジア➔ギリシャ➔ローマ本国➔北アフリカ
と転戦。内乱を何とか押さえ込みます。
「この内乱の特色は、例によって世代間断絶でした。
父親=ポンペイウス派【元老院派】
VS
息子=カ  エ  サ  ル  派【帝  政  派】
と綺麗に分かれていたのですが、
 p34以降、塩野七生さんは書いています。

  ▣【真の貴族精神の持ち主】


「憤怒とか復讐とかは、相手を同等視するが故に生じる想いであり成しうる行為なのである。
 カエサルが生涯これに無縁であったのは、倫理道徳に反するからという理由では全くなく、自らの優越性に確信を持っていたからである。
「······多くの類似点を持つスッラとカエサルだが、この点では二人反対の極にあった。後世の歴史家たちは、このカエサルを、

『真の貴族精神の持ち主』

と評する。」


「この箇所は、カエサルとキケロについての描写シーンです。
 キケロは元々、カエサルの友人でした。ただ、政治的には強固な【元老院派】で、ポンペイウス派に就いたものの優柔不断さ故に生き残り、そんな自分をカエサルはどう扱うのか夜も眠れず悶々としていたのでした。
「そんなキケロを馬上から認めたカエサルは、馬を降り、自分からキケロに歩みよって懐かしげに抱擁し、話を交わしながら数百メートルもの道のりを共にしたのです。」

  ▣【新秩序のモットー:〘寛容〙】


「カエサルが掲げた新秩序のモットーは
『寛容』
でした。事実、旧ポンペイウス派の人々に対しても無用な粛清など行なっていません。
「······カエサルのこの方針がかえって仇になったかもしれません。というのは、p114以降、塩野七生さんは書いています。

「だが、ローマ人が同じローマ人を、寛容の精神にしても許すというのは共和政の精神に反するとする小カトーのような考えを持つ人々も、もはや明らかに少数派になってはいたが、いることはいたのである。小カトーはウティカで自死を選んだが、他の人々はポンペイウスの遺児二人が逃げたスペインに集まり始めていた」

からです。小カトーは、終生カエサルに敵対した人物で、p82にあるように、

「カエサルから許してもらう気はなかった。敵を許すという特権カエサルに認め、敵さえも許すという快感も、カエサルに与える気がなかった」

として、自死を選んだのでした。
「同じく【元老院派】のキケロも当初はカエサルの『寛容』の精神に安堵し、カエサルと元老院派との関係修復に努めはしました。
 が、結局、カエサルの考えの本質を理解することはありませんでした。p115に曰く、

「この種の人々がしばらくすると、自分が理解していなかったことにも気づかず、
『裏切られた』
と、言い始めるのも人間世界の常」

なのです。

「かつての【元老院派】の独裁者=スッラには、そういう心配は無用でした。

 何しろ詳細な『処罰者名簿』を作成し、

〘反対派は暗殺部隊を送って殺害し、公職からも追放し、財産も根こそぎ没収する〙

という弾圧政策を徹底することで、

〘年功序列制度を厳格に実施することで個人の台頭を防ぐ〙

というものでしたから。

「余談になりますが、後世、🟥🟥🟥🟥🟥🟥が実行した行為も同様で、仇討ち・復讐を企てる者すら消滅させるまで殺し尽くしています。故に🟥🟥🟥🟥🟥🟥もスッラと同じく、天寿を全うしたのでした。」

 玲音(レオン)が、一瞬目を挙げたのを、オリガは見逃さなかった······。

「ごめんなさい。話が脱線しました。本題に戻ります。

 塩野七生さんは続けます。p115です。

「戦場では孤独でなかったカエサルも、政治の場での孤独は避けることができなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 しかし、孤独は創造を生業とする者には、神が創造の才能を与えた代償とでも考えたのか、と思うほどに一生ついてまわる宿命である。
 それを嘆いていたのでは、創造という作業は遂行できない。ほんとうを言うと、嘆いてなどいる時間的精神的余裕もないのである。」

  ▣【国家改造(Caesar-ean Section)】


①北イタリア属州の都市計画
⇨シチリアと南仏属州住民へのラテン市民権の授与
②元老院議員を900人に増員
+市民集会と護民官の有名無実化
③金銀の換算率の固定化+利息率の上限設定
④法務官・会計検査官・按察員の増員
+同僚執政官の補佐役化
⑤地方議会の被選挙権の改正
⇨解放奴隷への公職門戸解放
⑥属州の再編成・属州議会の認知
+公営の徴税機関設置
⑦センプローニウス法確認による元老院最終勧告の廃止+陪審員資格の改正
⑧小麦の無料給付者を15万人に半減+審査按察官の設置
⑨失業者と退役兵の植民先を属州に分散
⇨カルタゴとコリントを再興
⑩教師と医師へのローマ市民権の授与
etc.

「一見、『弱者切捨』に見えるものもありますが、重要なことは、彼の国家改造が、

 ローマ社会『全体』の再活性化を促そうとする

もので、

『個別の利害』を反映するものではない

ということです。
「とりわけ、【元老院派】=既得権益保持者への影響大であったのは、
 
 ①+②+④+⑤+⑥+⑧+⑩

でしょう。塩野七生さんは書いています。p199以降、です。

  ▣【不満者の群像】


「かつての元老院は、ローマの英知を結集した機関として自他ともに任じていた。それが今では、ガリア人やスペイン人やギリシア人が隣りの席に座っており、名文家キケロにしてみれば聴くに耐えない幼稚なラテン語で、意見を述べるのだった。キケロは書く。

『ガリアからの都市流入者たちは、われわれローマ人が長年誇りにしてきたローマの輝かしい伝統に、影をさす存在と化している。』

『秩序ある融和』こそ、キケロの政治思想の根幹をなしてきた考えであった。だが、彼の主張する融和とは、彼が現に属す元老院階級と、彼の出身階級である『騎士階級』の融和であって、カエサルの目指す、ローマ人と属州民の融和ではなかったのである。

「キケロは書く。

『カエサルの実行機関の一員でないわたしには、彼がどのような政治を行おうとしているのかわからない。だが、カエサル自身だって、わかっていないのではないかと思う。』

「カエサルは、わかっていたのである。ただ、カエサルには見透せたことが、キケロには見透せなかっただけであった。」

「それでもなお、キケロは政治を断念することはできなかった。
 とはいえ今では、カエサル一人が国政のすべてを担当している。それで、政治論でも書こうかと友に相談する。献呈の相手はカエサル。国家ローマの将来への、キケロの意見書のつもりだった。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「結局、キケロは書かなかった。······キケロは、このような書を発表することによって、カエサルの現在の地位を、自分が認めたと受けとられることを恐れた。······」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「自主規制とは実に興味深い現象である。それがなされる心理的背景と、それをなすことによって生ずる、心理的影響の両面において。
 スッラならば、······キケロでなくても自分の政治に反対する書を書こうと考えた者に、書くか書くまいかと悩む暇さえも与えなかったであろ。『処罰者名簿』に名を記入し、殺害実行部隊を送って殺させていただろう。
「また、他者を許す権利などはローマ人にはあってはならぬとした小カトーや、その小カトーに影響され、自分が現に享受している立場がカエサルの恩恵によるもので悩むブルータスのような人も、スッラならば平然と殺させていただろう。殺されてしまえば、思いあぐねた末に自主規制したり、恩恵を受けるがゆえの後ろめたさに悩む必要もなくなる。
「だが、カエサルは『処罰者名簿』をつくることさえ拒否した。ポンペイウス派であった人々も元老院主導の共和政主義者もすべて許し、帰国を認め、本国での生活ももとどおり、元老院の議席も以前と同じに与えたのだ。マルクス・ブルータスにいたっては、紀元前46年度の北イタリア属州総督に任命している。
「スッラは、敵キンナの娘と結婚していたカエサルに、離婚を強要した。カエサルは、小カトーの死後にその娘を妻に迎えたブルータスに、離婚を命じるどころか機嫌を損じたふうさえ見せていない。
「第三者から見れば、スッラ方式よりはカエサル方式のほうが良いに決まっている。だが、それに直面した当の人々にとってはどうであったろう。」
「言論弾圧によって書けないのならば、責任は言論を弾圧した側に帰すことができる。だが、弾圧されたわけでもないのに自主的に筆をとらないとしたら、その責任は誰にも転嫁しようがないではないか。また、自分が一度は剣を向けた人にゆるされ、命を助けられただけでなく高官に任命されたとしたら、それによって感じる後ろめたさは誰に向けることができるのか。
「スッラは、殺すことによって、この種の悩みや後ろめたさや憎悪を、それらが生まれる前に消し去った。カエサルは、殺さなかったことによって、生じさせることになってしまったのである。
 生前のスッラは、恐怖に囲まれていた。恐怖に囲まれることを嫌ったカエサルは、表にはあらわれない憎悪に囲まれることになってしまったのだった。
「キケロと、マルクス・ブルータスと、ブルータスと同じくポンペイウス派であったのがカエサルに許され、今ではカエサル下で高官になっているカシウスとの間に、紀元前45年〜44年にかけてのこの時期、手紙の交換が一段と回数を増す。」

(B.C.44年1月)
 カエサル:パルティア遠征を公式発表
➔期  間:2年間
(同  年2月)
 カエサル:「終身独裁官」に就任
➔元老院と市民集会の任命による

  ▣【B.C.44年3月15日  Idus Martiae】


カ  エ サ ル:元老院議場にて暗殺される。
陰謀加担者:元老院議員✕60名
      実行者人数✕14名
      刺し傷の数✕23箇所
致 命 傷:胸に受けた2刃目

紀元前44年3月15日、恐怖におののく目撃者を前に、暗殺者たちがユリウス・カエサルに襲いかかる。ヴィンチェンツォ・カムッチーニによる1805年頃の作品。イタリア、ナポリのカポディモンテ美術館所蔵。(SCALA, FLORENCE. COURTESY OF THE MINISTERO BENI E ATT. CULURALI E DEL TURISMO)@NATIONAL GEOGRAPHIC

🟩【平成ガメラ:行動原理】=【カエサル】🟩

「平成ガメラの行動原理は何か?
➔個別に挙げれば次のようになります。

〘1〙Guardian of Universe

【普遍的な価値=地球の生態系】のために戦う。
【ex.人類=個別の価値を守る】ために戦うのではない。そのため、個別の利害に抵触する場合、どうしても逆恨み・憎しみをかう。
⇔【属州・多民族を含む帝国全体のために行動】するカエサルと同じ。既得権益保持者=元老院派の利害に抵触し暗殺される。

〘2〙【信念・使命】

 たとえ恨みをかうと判っていても自己の使命=するべきことを成す。そのため、少女の憎しみを背負う。その憎しみは、邪神(イリス)を育み京都を火の海に巻き込みながら死闘を演じる。右手を失いながらもかろうじてイリスを倒すが、世界中から無数のギャオスの群れがガメラを倒すべく飛来するのだった。
⇔内乱に至れば、世代間を超えた恨み・憎しみを残すことは判っていた。だが、己に忠実な生き方を貫き、ルビコン渡河➔元老院派の巨頭=ポンペイウスとの内乱に突入する。内乱は制したが、彼の帝国構想が旧体制派に理解されることはなく、B.C.44年3月15日、暗殺者の剣の元で命を落とす。

〘3〙【自己犠牲】

 自分に殺意を持っていたものでも助けを求められれば自分の右手を失うことになったとしても助けようとする。


〘4〙【寛容】

 自分を憎んでいたものに対して復讐することは無い。救いを求められれば救い、かつての誤解を責めたりはせず、それどころか生き返らせる。
⇔『処罰者名簿』などつくらず、ポンペイウス派であった人々も元老院主導の共和政主義者もすべて許し、帰国を認め、本国での生活ももとどおり、元老院の議席も以前と同じに与えたカエサルと同じ。

〘5〙【非業の最後】

 右手を失い、腹を貫かれながらも、世界中から飛来する無数のギャオスを迎え撃つ。
⇔自分が許し高官に取り立てた刺殺者が、狂ったように振るう刃を受けて絶命する。
※ギャオスの群れ=カエサル暗殺者の刃
に見えるのは私だけではない、と思います。

〘6〙【後継者】

 どんな過酷な状況であっても若い世代=少年や少女を守ろうとする。人類が、地球の生態系を破壊するような過ちを犯しても、未来への希望を次の世代に託す。
⇔暗殺される以前に、カエサルは遺言状を作成し後継者を指名していた。その遺言状が公開された時、指名されていたのは意外な人物でした。」






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