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30代、GWに『今日から俺は!!』を見てボクシングジムに殴り込んだ話【第1話】

2023年のGW、当時32歳の私は実家でダラダラしていた。
惰性で契約しているチョコザップへたまに行く以外、特にやることもない。
しかも、時間だけはあるので、「俺は今幸せなんだろうか?」みたいな、無駄に哲学的なことを考えてしまう。

そんな中私は『今日から俺は!!』を一気見した。
言わずと知れた名作漫画。三橋と伊藤のヤンキー2人が、時に己のために、時に愛する者のために、拳をふるいまくる漫画である。(基本的にはギャグ漫画ではある)

見終わったあと、私の中で何かが爆発した。
「俺も、三橋や伊藤みたいに強くなりたい。」

32歳・会社員。日々パソコンに向かって仕事をしている人間が、『今日俺』を見ただけで突然そのような衝動に駆られるのだから、GWとは怖いものである。


ひとりじゃ怖いので、ちょっと変な先輩を誘った。

実家から東京へ帰る新幹線の中。以前自宅のポストにボクシングジムのチラシが入っていたことを思い出し、決意する。
「よし!ボクシングをやろう!」

と思ったはいいものの、1人でいきなりジムの扉を叩く勇気はなかった。なにせボクシングは怖そうなイメージがある。
そこで思い浮かんだのが、会社の先輩だった。

この先輩、なんていうか、ちょっと変な人なのだ。髪は真っ赤。いつもマントのような服を着ているが、物腰は柔らかく、後輩の私にも敬語を欠かさない。そして妙に行動力がある。
誘ったら来る気がした。普通の人はなかなか来ない誘いだけど、この人は多分来る。

「先輩、急なお誘いで恐縮なのですが、ボクシングジムの体験に行きませんか?」
「もちろんです。いつですか?」

二つ返事どころか一つ返事。なんの迷いもなし。こうしてありがたいことに、翌日二人で体験に行くことが決まった。

体験申し込みの前に、一応ジムのHPを確認した。
どんな設備か、料金はいくらか、雰囲気はどうか。色々と調べていたら、トレーナーのプロフィールが目に入った。
出身地は私と同じ県。年齢も同い年だった。それだけで、急に親近感が湧く。

「同郷・同い年か。なんか話しやすそう!」

もちろん何の関係もないことだが、人間はそういうどうでもいい共通点に妙に弱い。
なんなら私はこの時、「同郷・同い年のトレーナーに教われば上達も早いかもしれない」という、意味のわからない期待まで抱いていた。


室内履き問題と、私の見栄。

体験申し込みの返信には、こう書かれていた。
「室内用シューズをご持参ください。」
……室内用シューズ。
私の手元にあったのは、高校時代の体育館シューズだけだった。
あの白くて、底がゴムで、学校でしか見たことがないやつ。メーカー名は「スクールタイガー」。懐かしさと同時に、「これを持って行くのか…」という絶望が押し寄せる。

高校を卒業して何年も経つ。今の私はちゃんとした社会人だ。ボクシングを始める前の第一歩を、あんな体育館シューズで歩むのか。
無理だった。

そういうわけで、ピカピカのランニングシューズを「室内履き」として持参することにした。外ではすでに何度か使ったものを、丁寧に磨き直して紐も結び直す。見た目だけ完璧に整えた。
ボクシングのスキルはゼロ。でも足元にはしっかりと気合が宿っていた。


自称スポーツマンの慢心。

ジムへ向かう道すがら。先輩が少し不安そうに言った。
「我々、急にボクシングなんかやって大丈夫なんですかね?」
私は言った。
「僕、大学まで野球やってたし、体力はある方だと思うんですよね」

今読むと意味がわからない。野球とボクシングは全然違うし、大学となると10年も昔の話である。
でも「スポーツをやっていた経験がある」というのは、何か根拠のない自信を生む。私はこの時、わりと本気で、“初心者にしては鋭いパンチ”が打てるのではないかと思っていた。
先輩は笑いながら「いや、たぶん別物ですよ」と言っていた。先輩、正しい。でも私の耳には届いていなかった。


ジムの前に立つ。

そんなこんなで、ジムの前に着いた。
想像より小さな雑居ビルで、だいぶ地味な外観だった。古びたエレベーターで目的の階に上がり、ジムの扉の前に立つ。
中からは、なんかドンドンという音が聞こえている気がした。サンドバッグなのか、はたまたミットか、とにかく「ここにボクサーがいる!」という気配は十分だった。

緊張している。でも不思議と、謎の自信もあった。
同郷・同い年のトレーナーが待っている。シューズも磨いてきた。昔は運動をしていた。
完璧じゃないか。
扉に手をかけて、ゆっくり引いた——

ジムの中には、誰もいなかった。


【第2話へ続く】


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