米国一国覇権のレジリエンス
「世界の警察」
かつての米国の肩書のように扱われていた言葉である。米国一国がEUにアジア、アフリカ諸国をまとめ上げ、それぞれと軍事協定を結び、自らが秩序を守るものとして席巻してきた。
しかし、トランプ政権が始まってからどうも様子がおかしい。米国に寄る軍事支援の縮小や各国に自らの防衛手段を求めるようになってきた。
特に日本の中でも議論される軍拡化の議論は米国の軍縮傾向から活発化している。高市政権の樹立により衆議院選挙では異例の大挙を成し遂げ、衆議院は3分の2を与党が占めるようになったことで議論はさらに活発化してきている。
この米国の軍縮に関してであるが、トランプ政権下で書かかれるNSS2025の中で非常わかりやすく書かれている。
「アメリカは西半球の安全を最優先し他の地域においては積極的に関わることをしない」
と述べられている。
要は米国は世界の警察であることをコストと考え、利益の最大化を行うためには西半球の安全を最優先することと考えたのである。
また、その動きは徐々に顕著になってきている。18日ヘグセス米国防長官は、欧州における米軍は本格的な見直し(最長6か月間)を設けると発表した。防衛費の拠出義務を果たさない同盟国への対抗措置として、NATO分担金の一部支払い保留を警告した。
これはまさに欧州主導の防衛体制への迅速な移行と、欧州側へのさらなる負担を求めている。
これを受けてベルギーでは航空戦力の提供による貢献拡大を表明するなど、一部の同盟国の中では既に米軍の穴埋めを目指す動きが出てきている。
日本人の議論の先には
一方の日本国内の中では中国と米国の出方をうかがう議論が少なくない。以前の高市総理に対して行われた駐中大使のSNSでの発言がキッカケで議論最高潮に達した。
その議論の中では「中国に対して挑発的な発言は控えるべきだ」という声は多かったように思える。しかし、高市首相の発言は中国の覇権争いのストッパーとなろうとしている。
戦争の発端にはキッカケが必要であるからだ。
高市総理が行っている発言は中国にとって行動の言い訳になる。しかし、中国も好き勝手動くことはできない。中国は常に米国の出方を伺っている。
高市総理の行っていることは中国、ロシアの覇権から米国の覇権を除いたアジアで主体的な行動ができるようなシステムの構築のリーダーとしての日本の在るべき姿である。
既に国力研究会や憲法改正実現議員連盟の設立など新しい日本に向けた動きが出てきている。国会では国家情報会議設置法案が5月27日に参議院本会議で可決された。
今すべき議論は中国の様子をうかがう議論ではなく、日本人として自国を豊にするための議論とアジア諸国に対しての貢献を一丸となって考えるべきではないのかと私は思う。
