第3回:タイヤ戦略 - F1は頭脳戦でもある
はじめに
「F1はただ速く走るだけ」と思っていませんか?
実は、F1はチェスのような頭脳戦でもあります。その中心にあるのが「タイヤ戦略」。
いつタイヤを交換するか?
どのタイヤを選ぶか?
ライバルより先に交換するか、後で交換するか?
この判断一つで、レース結果が180度変わります。今回は、タイヤ戦略が生んだ大逆転劇を見ていきましょう。
大逆転劇:2019年イギリスGP(シルバーストーン)

レースの状況
主な登場人物:
ルイス・ハミルトン(メルセデス)- 母国イギリスでのレース
バルテリ・ボッタス(メルセデス)- ハミルトンのチームメイト
シャルル・ルクレール(フェラーリ)
マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)
レース展開
序盤:
ボッタスがポールポジションからスタート、先頭を維持
ハミルトンは2位
通常の1ストップ戦略(タイヤ交換1回)を多くのドライバーが選択
中盤(20周目前後):
ボッタスがピットイン → ミディアムタイヤに交換
ハミルトンもピットイン → ミディアムタイヤに交換
ボッタスが依然として首位
転機(30周目過ぎ):
ここでハミルトンのチームが大胆な判断!
ボッタス:1ストップ戦略を継続(タイヤ交換しない)
ハミルトン:2度目のピットイン
メルセデスのピットウォールから無線:
「ルイス、プランBだ。もう一度ピットインする」
ハミルトン:
「了解。新しいタイヤで追いかける」
終盤(残り15周):
ハミルトンは新品のソフトタイヤ
ボッタスは30周使用したミディアムタイヤ
ハミルトンが猛チャージ!
残り5周:
ハミルトンがボッタスに追いつく
1周あたり1秒以上速い
残り3周:
ハミルトンがボッタスをオーバーテイク!
結果:
1位:ハミルトン(母国優勝!)
2位:ボッタス(チームメイトに抜かれる悔しい2位)
3位:ルクレール
観客は大歓声。タイヤ戦略が生んだ完璧な逆転劇でした。
タイヤ戦略の基礎知識

1. タイヤの種類(ドライコンディション)
F1ではピレリが全チームに同じタイヤを供給します。
3種類のスリックタイヤ(晴れ用):

雨用タイヤ:
インターミディエイト(緑):小雨・濡れた路面用
ウェット(青):大雨用
2. タイヤの劣化(デグラデーション)
タイヤは使えば使うほど劣化します。
何が起きる?
ゴムが削れる
温度が上がりすぎる(オーバーヒート)
グリップ力が下がる
ラップタイムが遅くなる
劣化の度合いはコースによって違う:
高速コーナーが多いコース:タイヤへの負担大 → 劣化が速い
低速コーナーが多いコース:タイヤへの負担小 → 劣化が遅い
3. ピットストップ戦略
1ストップ戦略:
タイヤ交換を1回だけ行う
メリット:ピットロスが少ない(ピット作業で約20〜25秒ロス)
デメリット:タイヤが劣化して遅くなる
2ストップ戦略:
タイヤ交換を2回行う
メリット:常に新しいタイヤで速く走れる
デメリット:ピットロスが2回分(約40〜50秒)
3ストップ以上:
稀だが、セーフティカーや天候変化で起こることも
2019年イギリスGPのハミルトン:
1回目:ハードタイヤ → ミディアムタイヤ
2回目:ミディアムタイヤ → ソフトタイヤ
合計2ストップ(実際には3セットのタイヤ使用)
4. アンダーカット vs オーバーカット
アンダーカット:
前を走るライバルより先にピットインする戦略。
なぜ有効?
新しいタイヤで速く走る
ライバルは古いタイヤで遅くなる
ライバルがピットインする間に順位を逆転
例:
A選手(1位):20周目にピットイン予定
B選手(2位):19周目にピットイン ← アンダーカット
B選手が新しいタイヤで速く走り、A選手がピットインする間に前に出る
オーバーカット:
前を走るライバルより後にピットインする戦略。
なぜ有効?
タイヤを長く使う(フリーエア = 前に誰もいない状態で速く走る)
ライバルが新しいタイヤでピットアウトする前に、古いタイヤでも速く走り続ける
最後に新しいタイヤで追い上げ
どちらを選ぶ?
コースやタイヤの劣化度合いによって変わる
チームのエンジニアが常に計算している
5. タイヤ交換のルール
必須ルール(ドライレースの場合):
レース中に最低1回はピットストップが必要
2種類以上のタイヤを使わなければならない
例外:
雨が降った場合、タイヤ交換なしでも OK
セーフティカーや赤旗でレースが中断された場合、タイヤ交換できる
タイヤ戦略の読み解き方

レース中に注目するポイント
1. タイヤの使用周回数
画面に表示される情報:
ドライバー名
現在のタイヤ(色)
そのタイヤでの走行周回数
例:
1. HAM (HAMilton) - S15
2. VER (VERstappen) - M22→ ハミルトンはソフトタイヤで15周、フェルスタッペンはミディアムタイヤで22周走行中
2. ラップタイム
新しいタイヤに交換した直後はラップタイムが大きく向上します。
古いタイヤ:1分32秒
新しいタイヤ:1分30秒 ← 2秒速い!
この差が積み重なって、順位が入れ替わります。
3. チームの無線交信
ピットストップの判断はリアルタイムで変わります。
よく聞くフレーズ:
「Box, box, box」(ピットインしろ)
「Stay out」(コースに留まれ、ピットインするな)
「Push now」(今攻めろ、全力で走れ)
「Manage your tires」(タイヤを労われ)
4. ギャップ(車間距離)
前の車との距離が20秒以上あれば、ピットインしても順位を保てる
20秒以内だと、ピットインすると順位を落とす可能性
タイヤ戦略の失敗例
2019年モナコGP - メルセデス:
ハミルトンが1位でリード
ミディアムタイヤで順調に走行
チームが「もっと速いタイヤで勝とう」と判断し、ソフトタイヤに交換
しかし、ピットアウト後にフェルスタッペンに抜かれる
結果:1位 → 2位に転落
モナコは追い抜きが非常に難しいコース。タイヤ交換のタイミングを誤ると致命的。
タイヤ戦略を楽しむコツ
1. レース前の予想を見る
各メディアが「予想される戦略」を発表します。
チェックポイント:
1ストップか2ストップか
どのタイヤの組み合わせが最速か
各チームの持っているタイヤのセット数
2. フリー走行(金曜・土曜)を見る
チームは予選・決勝に向けて、異なるタイヤでテストします。
どのタイヤが速いか
タイヤの劣化はどれくらいか
各チームがどの戦略を考えているか
3. 予選後のインタビュー
ドライバーやチーム代表が「明日の戦略」をほのめかすことも。
4. レース中のピット回数を数える
同じタイヤ戦略のドライバー同士を比較
「なぜこのタイミングでピットイン?」を考える
最近の名タイヤ戦略レース
2023年シンガポールGP - サインツの完璧な戦略
カルロス・サインツ(フェラーリ)が勝利
他のドライバーとは全く違うタイヤ戦略
ソフト → ハード → ミディアムという珍しい組み合わせ
フェラーリのエンジニアの計算が完璧にハマった
2020年トルコGP - ハミルトンの7度目の王座
ウェットコンディション(雨)
ハミルトンがインターミディエイトタイヤを50周以上交換せず
通常は20〜30周で交換するが、交換しないという大胆な判断
結果:6位 → 1位に浮上して優勝、7度目の世界チャンピオン獲得
チームのエンジニアの役割

タイヤ戦略はチームのエンジニアが計算しています。
戦略担当エンジニアが考えること:
現在のタイヤの劣化度
ライバルのタイヤ状況
天候の変化
セーフティカーの可能性
交通状況(前を走る遅い車)
リアルタイムでシミュレーション:
「今ピットインしたら何位?」
「あと5周待ったら?」
「ライバルがピットインしたら?」
これを数秒で計算して、ドライバーに指示を出します。
次回予告
第4回は「チーム戦略とエンジニアの頭脳戦」!
F1は個人戦ではなく、チーム戦です。ドライバー、エンジニア、ピットクルー、戦略担当...全員が一体となって勝利を目指します。
2020年サクヒールGPでのセルジオ・ペレスの奇跡の勝利を例に、チームワークの重要性を見ていきます!
用語集
デグラデーション:タイヤの劣化
グレイニング:タイヤ表面が荒れてグリップが下がる現象
ブリスタリング:タイヤ内部が過熱して膨れる現象
アンダーカット:ライバルより先にピットインして順位を逆転する戦略
オーバーカット:ライバルより後にピットインして順位を逆転する戦略
ピットウィンドウ:タイヤ交換に最適なタイミング
フリーエア:前に車がいない状態(きれいな空気の中を走れる)
アウトラップ:ピットアウト直後の周
インラップ:ピットイン直前の周
Box (ボックス) :ピットインしろという指示
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100日連続投稿に挑戦中。あえて言いますが、私は猛烈に「褒められて伸びるタイプ」です!もし記事が琴線に触れたら、応援いただけるとPCの前でガッツポーズします。その喜びを力に、明日も記事を届けます。