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イムリ【読書記録】

今回読んだ作品はこちら。

『イムリ』1-26巻(完結)
三宅乱丈:著
KADOKAWAビームコミックス

『イムリ』第1巻

壮大なSF叙事詩だった。
実家にある漫画だ。親が好きで、勧めてくれた。『十二国記』などが好きな3号ならきっと好きだろう、と。実際かなり好きな部類の作品だった。さすがは家族、私の好みをよく知っている。

SF叙事詩、という謳い文句を帯でしていた。その通りだと思う。
私の経験則として、民族や国を描く作品は戦いおよび革命の話になるものだ。『イムリ』も例に漏れない。


以降、ネタバレが大いに含まれるので、ご注意ください。





舞台設定とあらすじ

舞台はふたつの惑星、「マージ」と「ルーン」。
「マージ」には支配種族"カーマ"がいる。"カーマ"は侵犯術という超能力をつかう。侵犯術は他人の心を操作する力であり、これを使って"カーマ"は他人の心を失わせ、支配している。別種族"イコル"に対しては侵犯術を使って奴隷化させ、心も意思も持たない傀儡としている。侵犯術を得意とする呪師を中心とした、軍部を持つ国家の支配者だ。賢者という役職が一応(実態はともかくとして)トップとされているので、教皇の居たローマ帝国がイメージとしては近い気がする。
「ルーン」には"イムリ"という種族が住んでいる。"イムリ"は狩猟民族だが、自然と仲良くするという考え方を基本としている。"カーマ"の侵犯術とは異なる、無機物や特定の道具から力を引き出す超能力を持つ。

はるか昔、3つの種族は「ルーン」に居た。
しかし"カーマ"と"イムリ"の戦争が起き、"カーマ"は「マージ」へと逃走。逃げ延びた先で国をつくる。
物語は4000年の時を経て、再び始まった戦争を描き出す。

主人公デュルクは「マージ」で育った呪師候補生として、"カーマ"の政争に巻き込まれる。その過程で"カーマ"が他種族を人でなくさせていることや、「ルーン」に移植するために"イムリ"を滅ぼそうとしていることなどを知り、違和感を覚える。そしてデュルクは反逆者として"イムリ"の中に逃れる。4000年前の戦争の秘密についても知ってしまったデュルクは、"イムリ"の"カーマ"に対する抵抗の争いに巻き込まれていく。


民族ごとへの印象の話


"カーマ"


"カーマ"は自分以外を疑うことで生き残ってきた種族だ。作中においては打ち倒される権力として描かれる期間が長いので、かなり悪者に見える。

全てに対して、それはもう酷いことをしている。

"イムリ"を相手にすると。
捕らえた"イムリ"をゴンガロと呼ばれる獣に改造し、"イムリ"を襲わせたり。(ゴンガロが元イムリだとは最初は"イムリ"は知らない。"イムリ"は知らず知らずのうちに同族で殺し合わされていた。)
"イムリ"の居住区に爆撃を落としたり。
捕らえた"イムリ"を改造して兵器にしたり。(攫われた家族が意思を失い、自らを襲ってくるというのは、想像したくない話だ。)
友好関係を結ぶような顔をして、"イムリ"の言語や文化を使わないように支配したり。

"イコル"を相手にすると。
侵犯術を用いて心や意思を奪い、奴隷として使役したり。
"カーマ"の食料などを"イコル"に作らせたり。
描かれてはいないが、奴隷なのでまぁ、エレベーターとかあったら昔はイコルに人力で動かさせていただろうなーと思う。作中では光彩技術やなんやかんやの科学力が発達していることもあり、技術を装う利用よりも、一次産業や過酷な肉体労働のマンパワーとして利用されているように思う。
ちなみにイコルは使い捨てである。一定期間こき使って、その個体の体力が足りなくなり、食事を自分でとる事もままならなくなると殺処分される。
ちなみに"イコル"の個人に名前はない。

"カーマ"を相手にすると。
多種多様な嘘をつき、相手を騙し、どうにかこうにか自分が有利にならないかと醜い争いを繰り広げる。
基本的に部下の名前は覚えない。
上層部がブラックボックスすぎる。
そして、権力者の指示に従い保身ばかりする。
つまるところ、"カーマ"も意思を持っていない。権力に従う弱者である。それが、他種族を支配することで力を得た"カーマ"という種族の成れの果てであった。
そこには複雑な構造があるが、権力と信じられてきたものの果ては、何も知らない賢者であった。

星を相手にすると。
3つの種族の用いる超能力には光彩というエネルギーが関係している。この光彩は「ルーン」では星自体に、つまり大地や植物などの自然に存在しているが、「マージ」では光彩の存在のありかたが歪められていた。
それというのも、"カーマ"は浄化剤という物質を用いて、光彩を死滅させたのである。
なぜそんな事をしたのかといえば、戦争の中で"イムリ"に光彩を使わせないためとなるのだろう。

"カーマ"は可哀想な種族だ。
なにを信じることもできず、信念など無く、支配者としての地位に胡座をかきながら、さらに上の支配者に怯えている。
支配者と被支配者の関係しか無いのだ。
妻子も政争の道具だったりするし。
"カーマ"の中で、心を持ってしまった者たちが、反逆者となり、物語の渦中に立つことになるのである。


"イムリ"

"イムリ"は星と仲良くする種族だ。
作中においては主人公が彼らの自由を守ろうとし、"カーマ"に敵とみなされているため、主人公/革命者のようなポジションである。

"イムリ"は"カーマ"にやられた仲間殺しなどを理由に、戦争を起こそうとする。それをデュルクは止めようとするが、そう上手くはいかない。"イムリ"たちは攻撃してきた"カーマ"を殺す。"イムリ"以外を滅ぼしてしまえばいいと言う。
しかし、戦争に勝って他を支配してしまえば、"イムリ"は彼らに酷い仕打ちをした大嫌いな"カーマ"と同じになってしまう、と最終的には"イムリ"は和平を目指す。
一丸となって和平を目指したわけではないが、リーダー格が和平を目指したのである。
"イムリ"は自らに害を為した者をゆるした。
戦いに勝ち、選択する自由を得た上で、対等であることを選ぶのだ。

"イムリ"の超能力は基本的に生活をより豊かにするために用いられる。石ころや植物から力を借りて使用する。
しかし"イムリ"には道具と呼ばれる兵器があった。4000年前の戦い以降、その道具が兵器であることは忘れられ、"イムリ"に伝わる詩にだけそのヒントが隠されていた。主人公デュルクが知った戦争の秘密とはこの"イムリ"の道具のことである。デュルクは"カーマ"が"イムリ"を支配するのを止めるために、この道具について調べてまわっていた。全容がわからないうちに先走った"イムリ"や意図的な試行錯誤の末に、"イムリ"は道具の使い方を知る。4000年前に"カーマ"が星の外に逃げる理由となった、道具の使い方を。
強大な力は身を滅ぼす。使い方を間違えては"イムリ"も支配者と被支配者の関係に陥ってしまう。自らの器を客観視しなければならないと思わされる。

"イムリ"は夢で離れた場所のことを知る。
"イムリ"は必ず双子で生まれる。そして、双子の片割れに起きていることを夢という形で知ることが出来るのだ。夢は双子と、夫婦(正確には大地の誓いという儀式をした者同士)と、親子の間だけで発生する。この"イムリ"の夢は情報戦を揺るがしたり、かなり重要な働きをしている。
ファンタジーとしてはこの要素がかなり面白かった。憎しみなどによる強い拒否で互いの夢を見なくなることや、相手の死の間際は必ず見てしまうこと、強い繋がり(信頼)によって夢を見ることなど、"イムリ"の生き方を象徴する要素だと思う。


"イコル"

"イコル"は"カーマ"に奴隷として扱われている種族である。
髪は焼かれるため、無い。
名前もない。
居住区は隔離されており、食事は"カーマ"に配給される。
脱走したり、なにかの間違いで"カーマ"に紛れていたりすると、侵犯術を用いて奴隷化されるか、処刑される。

ある種の時代の巡り合わせというか、フィクション故のご都合であり、運命だったのだと思う。作中にはイレギュラーが居た。
ラルド覚者という。覚者は呪師の間の階級だ。"カーマ"に忠誠を誓い、"カーマ"として生きる"イコル"だった。デュルクの先生でもある。彼は"カーマ"に"イコル"は信用に足りる種族なのだと己の行いで見せることで、"イコル"の扱いを変えさせようとしていた。
ラルド覚者によって認識を改めた者も、変わらなかった者ももちろん居る。
しかしラルド覚者の傍付きをしていた"イコル"のイマク(ラルド覚者に名前を貰った)は"イコル"の解放運動の旗頭となるし、ラルドと呪師の学校で同級生だったヴィジテは"イコル"の解放運動のために協力する。

"イコル"にももちろん、"カーマ"を皆殺しにしろと言う者も居た。敵の敵は味方と言えど、"イムリ"を信用していいのか迷った時もある。手違いで"イムリ"との間に亀裂が走ったことも。
従うしか無かった者たちが、反抗する手段を手に入れた。今まで酷い行いをしてきた者たちに仕返しをしたいと思うのも、自然なことだと思う。
それでも、感情に任せた争いは、争いしか生まない。

心を失うという話

"侵犯術"は心を奪う。
他人を無理やり従わせる力は、相手の自由を奪い、選択肢を奪い、自分らしさを奪い、意志を奪う。逆らえば圧倒的な力で従わされる。殺される。だから、言うことを聞く。そうすれば生きていられるから。生きていてもやりたいことなど出来ないし、やりたいことがあったこともいつしか忘れてしまうのに。
心を生かすのは選択なのだ。

「行いが血を作る」という言葉が繰り返し出てくる。たったひとりの行動を何万人もがそれぞれ積み重ねて、それが種族の特徴となり、誇りとなる。
奴隷として扱われているままでは、貶めていい血になってしまう。
他人を支配するだけでは、信用も協力もない虐殺者の血となってしまう。
だから、行動しなければならない。
自らの理想を叶えるために、どんな絵空事でも実行しなければならない。

理想を見ないと理想の状態にはならないのだ。

印象的だったフレーズがある。
「我々は選択の自由という責任を得ました」

自らを誇りある血とするか、人でなしの血とするかは、選択した行いに左右される。

選択や自由は、信用によってもたらされる。
他者を信じ、ゆるし、ゆるされることで、初めてただの自分自身で居ることができ、行いを選ぶことができる。

はたして、私は、自分に恥じない行いをしているだろうか。


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