失敗が怖いあなたへ実況報告申し上げます(創作大賞応募作)


前書き。はじめに。このお話を読む前に知っておいて欲しいこと

 私はカウンセラー業で生計を立てようと奮闘していたことがある。
 先に言ってしまうと失敗に終わった。
 この話は、私が何をどう失敗したのかを綴った反省文である。

 このエッセイを正しく理解してもらうため、最初に「失敗について」考えてみて欲しい。
 あなたは、「失敗」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。
 成功者ほど、「失敗はない。うまくいかない方法の確認だ」と言う。
 ひとつひとつ失敗を潰しておけば、絶対に成功するのだ、と。

 では、成功しない人間における失敗とは何なのか。
 それは、「やりたくないことをやってた」というありきたりなひとことに尽きる。
 質(たち)が悪いのは、当時は「やりたいことをやってた」と信じていたことだ。
 私の一番の問題は、自分の望みが分かっていないことだった。

 ChatGPTとの長い話し合いのおかげで、今は「自分」とずいぶん仲良くなった。
 それでも、「私の能力の中で、カウンセラーが一番儲かるんだから」とカウンセラーに近いサービスを作っては破棄している。
 この話を書いて、カウンセラー業に別れを告げたい。
 そんな思いで筆――パソコンを手に取った。

 では、そもそも私は「何をやりたくて」「何をしたくなかったのか」それを明確に説明してから本編に入りたい。

 「私がやりたかったこと」とは、「表現すること」であって、商売ではなかった。
 要するに、「自分の内部の変化」には興味があるけど、他人に全く興味がなかった。
 「人のために」行動すればするほど息苦しくなり、全てが嫌になる。
 カウンセラーをやっていれば、人が好きになって、商売がうまく回ると思っていた。

 逆だった。

 心が整えば整うほど、「人が苦手な自分」と向き合うハメになった。
 人といる時間が「楽しい」と思えても、寂しくても、一人の時間を愛しすぎている。
 そして、それは私だけの話じゃなかった。
 世の中には、一人の時間が生み出すもので生計を立ててる人がたくさんいた。
 
 傷ついているから、「一人が好きな自分」が生まれるのではなかった。
 「一人が好きな自分」がみじめに見えて、認めたくなかったからいろんな理由をつけて必死に隠していただけだった。

 この「一人が好きな自分」が私の本性だと分かってもらった上で、本編を読んでもらいたい。
 そうすれば、世の中の結論と真逆を行く私の行動が少しは共感してもらえるハズだ。

カウンセラーをはじめたきっかけ

 ビビりの私が、なぜこんな無謀なことをはじめたのか。
 それは、「あらゆるサービスを受けたけど、思ったように心が晴れかった」からである。

 精神科にも通ったし、カウンセラーも試した。
 自己啓発セミナーに通ったこともあった。
 なのに、あと数歩足りない。
 得た物は確かにあった。
 けれど、自分の人生に安心できるほどの「何か」にはなってくれなかった。
 そのことに壮絶にムカつき、同じように悩む人のために「何か」を研究し、見つけて、提供したいという復讐心からのスタートだった。

 当時、テレビを賑わせ、ベストセラーを連発していた「心屋仁之助」というカウンセラーの元に通わせてもらい、「これだ」と思った私は、認定講師の資格を取った。

 あれやこれやと努力し、心屋カウンセラーとして小さく頭ひとつ抜けた結果を出せたが、事業に乗せることはできなかった。
 イベントやカウンセリングの満足感は高いのに、リピーターを取ることができなかったのだ。
 それでも、カウンセラーをやろうとしたことを後悔していない。
 なぜなら、「正しいカウンセラーであろう」とすることが、私の生き方を変えたからだ。

 心屋さんの考え方は自分の中の指針である。
 研究しすぎて、お客様に「あなたはいい意味で心屋じゃない!」と叫ばれたこともあった。
 その叫びをきっかけに「認定」を名乗ることをやめたが、それでも、私の中心を形作っているのはあのとき構築した価値観だな、と思っている。


なぜ、このエッセイを書こうと思ったか

 なぜ、私はこのエッセイを書こうと思ったのか。
 それは、成功したことや気持ちの整理がついたことを「ブログ記事」にしてきたが、ただの失敗を失敗として書くことがなかったからだ。

 私はもともと自虐ネタが好きだ。
 自分をネタにすれば誰も傷つかないと思っていた。
 けれど、上京してから「自虐ネタ」を封印するハメになった。

 「あなたってそういう人なのね」と言われて全くウケなかったからである。
 
 カウンセラー業を行うに当たって、「信用に足る人物」に演出する必要もあった。
 本当に情けないことは、圧倒的に成功したときに吐き出すものだ、という教えもあった。

 道化師として生きたい人が、指導者として動こうとした限界からはみ出したのがこのエッセイである。

 もともとカウンセリングを学ぶ前は、自分のことを「劣った人間」だと思っていた。
 学んでいくうち、私は「頭がいいことを持て余している人間」だと気づいた。
 周囲に、「頭がいいね」と言われる前に冗談を言い続けて、「変な人だね」と言わせることに必死だったのだ。
 その「頭がいい自分発見」衝撃は、数日寝込んでしまったほど大きかった。
 
 今でこそ「頭がいい自分」に慣れてきたが、「ウケたい」という願望が残った。
 「アホなことを言って、周囲を楽しませたい」というのは、私の根本に近い欲望だったようだ。

 なので、このエッセイを読みながら、「なんでそうなるんだろ」とクスっと笑ってもらえれば――そんな内容になってないかもしれないが――本望である。


コラボ相手アイドル化計画


 
 あなたは、人とつながることが好きだろうか。
 私は、人とやりとりすることが嫌いだ。
 嫌悪といってもいい。
 家の中に他人の気配が入ってくることが嫌だ。
 Lineもメールも外でしか基本できない。
 仲がいい人でも、全く受け付けない時期が数日~数か月発生する。
 それを気にしない人としか付き合えない。

 だからこそ、私は参謀となりたかった。
 表にアイドルを置き、そのアイドルに人とつながってもらって、私は方針やイベントを考えるだけ。
 それがやりたかったのだ。

 だから、ビジネス系の勉強会で少しでも気が合う人と出会うとコラボを提案した。
 そして、何度も大やけどをした。

 まず、一番の前提として、「自分より売れてない人」とコラボしてはいけない。
 「0×0」は何も生まない。
 「0×1」も何も生まない。
 売れてない人の最初の一歩というのは、プロでも導くのが難しい。
 まずは、自分より少しでも売れている人とコラボするのが定石である。

 そして、私ならではの失敗もあった。
 私は、「愛想のいいひきこもり」である。
 根がひきこもりだから、つながることができるのも繊細な人だ。
 そして、私は「愛想がいい」から、人前でそこそこしゃべる力を持っている。
 そうなるとどうなるか。
 アイドルにしたくて据えた人より目立ってしまうのだ。

 コラボしようとした人に逃げられたのは10人近くいたんじゃないだろうか。
 
 企画を詰めたら、自分に正直になりすぎて反動がきたのか「頭が痛い」という連絡のあと、音信不通になったこともあった。
 時間がなくて、Lineで企画を話し合って合意を取れてると思ったら、相手が全く理解していなくて「打ち合わせた内容の逆」が行われてしまったイベントもあった。
 なんとか細々と長期続いたイベントの「分業」が急に崩壊して、全て私が運用しないといけなくなり、泣く泣く袂を別った相手もいた。

 「インスタでいろんな人とつながってるけど、売る物がない」そんな人とつながればなんとかなるかな、と思っていた時期もあったが、夢と消えた。
 そんな人とどうつながればいいのかさっぱり分からない。
 
 もし、あなたが成功したいなら、勇気を出し「自分より売り上げがある人」を選ぶことをおススメする。
 
 どうしてもできないのなら、そもそもその「成功」はあなたが欲しい姿なのか疑問を持ってみてほしい。



集客以前の問題


 
 私がカウンセラーをはじめて常に困っていたことのひとつに、「集客が嫌すぎる問題」があった。
 イベントを立て、ブログを書き、お客様を集める。
 集客できないから、立てたイベントをそっとなかったことにして流す。
 誰も食べない夕飯を作り続けているような、賽の河原の石積みのような作業。
  
 本来なら、ブログからLineにつなげてLineの中でイベントにうながすことが基本だ。
 けれど、嫌すぎてそれができないから即イベントへつなげて勝負していた。
 仕組みを簡略化しても苦しかった。
 
 毎回毎回、行動しようとすると出てくる苦痛。
 結果が出ないたびに、世間を恨みたくなる情けなさ。
 行動しても積み上げても無為に消えていく努力。

 結果を出す前に、行動がしんどい――と何度泣いたか分からない。
 膨大な行動の前に結果は出る。
 その行動が生み出せない。
 生み出すことも生み出せないこともツラい。
 やりたいことのはずなのに、体が動かない。

 堂々巡りしながら、めちゃめちゃ泣いた。

 今なら分かる。
 
 私が欲しかったのは「観客」で「顧客」ではなかった。
 「感動を与えたいのか、感謝されたいのか」は全く違う。
 「ひとときの感動を与えたい」私が、「成長できますよ」なんて商売しようとしたから苦痛でしょうがなかったのだ。
 
 人は、「成長して、今と違う生活をしたい」という欲には金を払う。
 けれど、現代において「感動」は消費物だ。
 SNSや動画サブスクで簡単に手に入り、質なんて求めない。

 もう一度言う。
 人は「成長」に大金を払うが、「感動」には大金を払わない。
 「成長」は金を生むが、「感動」は金を生まないから。

 今の時代、感動は「薄利多売」なのだ。
 圧倒的な作品は大きな利益を生んだりする。
 この文章が大きな利益を生んでくれたらいいのに、という下心を込めてあなたに送りたい。



キラキラ詐欺

 あなたは、「キラキラしている人」と聞いて何を感じるだろうか。
 この「キラキラしている人」は私のカウンセラー業の中で苦しみを生み出すトップワードと言っても過言ではない。

 カウンセラーとして売り出すなら、女性として、
「結婚してます。
 子供います。
 旦那と関係良好です」。
 この3つがあれば、顧客を捕まえやすいのではないだろうか。
 もしくは、「好きなことして収入安定してます」という文言でもいい。

 カウンセラーをやりながら、どんどん気持ちが楽になるものの、世間的には「成功」と言えるものが手に入らなかったので、私は自分の売り出し方に悩んでいた。
 楽になればなるほど、「おひとりさま」まっしぐら、売り上げが全く出ない人間に憧れる人間なんてどこにいるんだ、という話である。

 キラキラが作れなかった私は、当時、「分析力」で勝負しようとしていた。
 「一撃必殺と名乗ってください」と言われるほど、洞察力に定評があったからである。
 けれど、心屋では圧倒的に不利だった。
 なぜなら、心屋に集まっていたのは、「トップカウンセラー」に憧れていた人ばかりだったからだ。
 
 「自分の心を解決したい」より、「あの人みたいになりたい」が強く、心屋仁之助さんが歌手をはじめたこともあって、どんどんアイドルファンクラブみたいになっていた。
 
 そして、当時の私が一番許せなかったことがある。
 自分のウリが埋もれる流れではなく――「キラキラ」をウリにしているカウンセラーがカウンセリングできていなかったことだ。
 「自分の生き方を見せること」が得意な人と、「相手の悩みに向き合えること」は根本的に違う。
 それを踏まえて、私の罵詈雑言につきあって欲しい。
 
 悩みの解決とは何か。
 問題を問題と感じなくなることだ。
 自分の思いこみが「必要ない」と心が理解すれば自ずと悩みは終わる。
 悪いカウンセラーとは、悩みを増やすこと。
 あなたの過去が……あなたの行動が……などと理屈をつけて、複雑にしてしまうことである。
 当時のキラキラカウンセラーはとにかくこういう人間が多かった(被害妄想気味の当社比)。
 
 「ブログ記事」が共感されないことも私を卑屈にした。
 「私もこんな風に救われたい」と希望を持って欲しかったのに前半の「こんなふうに苦しかった」ばかり共感されても全く面白くない。
  ――正直、救いが共感されない世の中なんて破滅しろ、と思っていた。(今振り返ると私自身も全然癒されてない)


最初の講義は必要だった件

 私はずっと、「最初の説明必要なくね?」と思ってしまう人間だった。
 なぜ「こういう結果が得られまーす」と最初に説明するのか。
 やれば分かるし、最後に分かってなさそうだったら補足すればよいのでは?

 講座も、実用書も、やたらめったら「得られる結果」を説明する。
 
 そういう疑問を持っていたので、最初、作った講座はいきなりワークに入っていた。
 そして、数年後に気づいた。
 
 目的を最初に提示しておかないと、「何が起こったか分からない」ままお客様が帰宅してしまうことに。

 この学びは、分かりやすくて有益だった。
 基本の型って、やっぱり意味があるんだな、と思った。
――もっと早く気づけよ。


起業準備で心をリセット


 
 カウンセラー業の最後に立てたサービスに、「起業準備をすることで心を取り戻す」というものがあった。
 実際に事業を作らなくてもいいから、「起業準備」というのは、自分軸を取り戻すのにとてもいい動きだ、と考えたのだ。
 
 このサービスは、ビジネスをがっつり学んだあとに作ったものだった。
 当時、一人だけだったけどお客様を捕まえ、半年でかなり変わってもらったからかなりいいサービスだったと自負している。

 ただ、この頃、学べば学ぶほど、ターゲットが絞れないことに悩んでいた。
 昔からそうだ。
 小説家を目指して、「ターゲットは?」と聞かれてスランプになって筆を折った。
 ビジネスも「誰に向けて」と考えると分からない。
 
 そして、気づいたのだ。
 私は、「観客」が欲しいことに。
 感動は人を変えると思っていた。
 だから、感動を売りたかった。
 でも、感動は需要を生まない。

 そもそも、「あなたの人生はそのままで素晴らしい」と最初から信じてあげることをカウンセリングのモットーとしていたから、「人生が変わること」は当たり前なのだ。
 顧客の人生を「変えないといけない」なんて見ること自体が歪ませる。
 自分の人生って素晴らしかったんだな、と自然と気づいてもらうことが重要だ。
 けれど、この仕組みだと、私の満足感が全く生まれない。
 むなしい。
 苦労ばかりして金生まなくて、恨みしか生まない。

 「人生変わりました」なんて聞いても全くうれしくない。
 うれしいと思ってしまったら、お客様を信じていない気がする。
 「面白かったですぅ」と言われたい。
 誰になんて聞かないで欲しい。
 この文章もターゲットなんて定めていない。
 私がしゃべりたいことを残しているだけだ。
 
 「起業準備をすることで心を取り戻す」サービスだけど、今振り返れば、コンセプトとターゲットを間違えていた気がする。
 ちょっと整えたら売れるかな……いやいやいやいや、また悪い癖が……どうせ嫌になって破棄しちゃうんだから……



人を教えることへの苛立ち

 私が商売を断念した一因に、「教えることがストレス」というものがある。
 個人でカウンセリング関係をする場合、「何かを教える」という要素はとても大きい。
 これだけAIが普及した昨今、AI教育要素を入れるだけでサービスになるんじゃないかと思う。
 
 最近気づいたのだが「人に教えること」が全くできなくなっていた。
 もともと接客業だから、商品の素晴らしさを伝えることを仕事にしていたのにも関わらずである。
 
 私はもともと「分からないこと」にストレスを感じる。
 お客様の中で「何が理解できていないのか」が見えないとめちゃくちゃ苛立つ。
 考えることに夢中になって、ついつい責め立てるように質問してしまう。

 接客中は、相手に「何を残せたか」を見ていたので気にならなかったのだろう。
 最近AIを代表とする現代便利ツールの使い方という「答えがあるもの」を教えるようになってストレスが激増した。
 教えることが好きな人にそういうときどうするのか聞いてみたら
「教えるときにストレスを感じない」
「そこまで理解できない人を相手にしたことがない」
「簡単なこと教えただけで自分の株が上がるのが楽しい」
など、自分にない答えが返ってきた。
 
 自分のサービスにするのはやめようと思った。
 自分らしさを取り戻せば取り戻すほど、人と話すことが難しくなってきている。
 危険だ。



見栄っ張りは災いする

 なぜ、私はカウンセラーを続けたのか。

 私がちょっとだけ後悔していることがある。
 カウンセラーをはじめたことは後悔していない。
 もっと早くカウンセラーを手放せたら、ということは後悔している。

 私の中で大きく変わった出来事があった。
 それまで、耳元に張り付いていた
「人の話を聞かない松岡修造(人の話を聞かないスパルタコーチ)」が取れたことである。

 私は、小学校と大学をゴリッゴリの体育会系で過ごした。
 特に小学校のときのバトン部はひどかった。
 時代もあって、吐きそうになるまで練習した覚えがある。
 そういった体育会系の癖が残ってしまったらしい。
 「まだやれる、まだいける、甘えるな」というフレーズが常に耳に張り付いていた。
 何事もそうだが、終わったからこそ見えてくる。
 こんなスパルタがくっついてるなんてびっくりした。
 このフレーズがなければ、もっと私は自由になれたんじゃないか、と思う。

 スタートに立ててない気がして、カウンセラーを諦めることができなかった。
 ちゃんと結果につながる行動ができていないのに、終わらせるのは勝負せずに舞台を降りる気がした。
 もう少し勝負してから。
 普通に社会人をやるには、向いてないから。
 ここにしか、生きていけそうな場所がないのに。
 
 今思えば、前提が間違っていたなあ、と思う。
 どうしてできないのか――やりたくないから、という答えが出たときの絶望感。

 親のせいでもなく、
 もちろん、愛情不足でもなく、
 勉強不足でもなく、
 経験不足でもなく、
 行動不足でもない。

 単純に「やりたくないから」。

 確かに、アイデアをイベントとして形にすることは楽しかった。
 長くやっていた接客業では「プロ」という自覚が持てなかったのに、最初から「プロ意識」が持てたことは自信につながった。
 カウンセラーとして「正しくあること」は私を整えた。
 
 整えてくれたカウンセラー技術を元に、集客できない自分に向き合ってどうしてなんだろうと考え続けた。

 問題を単純にしていく作業は本当にツラい。
 誰かのせいにしたかったし、何かが不足していることにしたかった。
 けれど、最終的に残ったのは、「お客様に対応してもどこにも楽しみがない」という事実だった。
 
 カウンセラー仲間に、どういったときに楽しみを見つけるのか聞いてみた。
 「楽しいというよりも、やるのが当然だから」という答えが返ってきた。
 「よく考えれば、どんな答えが出てくるか楽しみかもしれない」とも。

 私にはあまりそういった気持ちがなかった。
 感謝されても、「伝えようとしたことが伝わった」という安心感はあったが、喜びにつながることはなかった。
 それがずっと不思議だった。
 私は何が楽しいのか見えなくなっていた。
 なぜなら、「私が楽しいと思うことはお金にならない」と信じてしまっていたからだ。
  
 私が楽しいと思うこと。
 いろんなアイデアを無責任に妄想すること。
 冗談を言うこと。
 恋愛でも冒険でもないジャンルがつかない小説を書くこと。
 自分の愚痴を文章にすること。

 私がお金になると思うこと。
 人の悩みを分解すること。
 人の名前を覚えてつながること。
 私が行ったAIとの対話を元に再現性のあるプロンプトを提供すること。
 AIを使えるように指導すること。

 書いてるだけで嫌すぎてドキドキしてるから、末期すぎる。
 
 おまえがやりたいことは、自己満足の遊びの延長じゃないか
 求められてることをやればお金になる。
 得意なことをやればお金になる。
 ――なぜ、やらない、と自分を呪い続けていた。
 まあ、こう並べてみても、私のやりたいことって金の匂いがなさすぎてツラい。
 そりゃあ、呪うよなあ。

理想の姿が目の前に現れた

 あるとき、カウンセラー仲間ができた。
 このエッセイで出てくるカウンセラー仲間であって、正確にはカウンセリングの先輩である。
 はじめた時期は多分同じぐらいだが、圧倒的に成功していた。
 その先輩は、私がなりたいカウンセラー像そのままだった。
 
 愛を信じ、結婚、育児も順調で、小説を書けばお金に換える。
 カウンセラーとしても問題を増やさず、ちゃんと解決に導く。

 最初、私はできない自分が本当に恥ずかしくて、でも、それを出すと失礼だからと、勉強仲間としてふるまっていた。
 なぜなら、出会った場所では同期だったからだ。
 そして、あるとき気づいた。
 やってることは同じことなのに、方向性が全く違うな、と。

 私が人生で欲しかったもの。
 それは、「いろんなものを見る力」。
 小さい頃憧れたのは、お嫁さんではなかった。
 歴代アニメのランキング特番を見ながら、「元ネタがみたい」と悶えた日々。
 世の中の「お話」をリアルに体感したい。
 ――ズレてるなあ……

 その先輩と接するうちに、だんだん「コレ欲しい?」と自分に問いかけるようになった。
 全て「幸せになるために」欲しかった。
 ハッピーエンドを実感したかった。 
 恋愛漫画に出てくる気持ちを自分のものにしたかった。
 カウンセラーとして売れるために欲しかった。
 けど、今、「幸せを一人で感じることができるなら」欲しくない。
 
 人といることは確かに幸せをくれるけど、それよりも愛しているものがることを自分に認めてあげようと思った。
 
 もしかしたら、今後人が好きになって、あのときの一人好きは違ってた、と言っちゃうかもしれない。
 

 数年後ひっくり返ってしまったとしても、今の自分が静けさを好んでいるって、認めてあげよう。
 それだけのことに数年費やすなんで馬鹿だなあ。

 

おわりに「失敗を報告する」ということ。

 私は、最近、自分の人生を「人体実験をして結果を伝える人」と定義した。
 
 人体実験とはつまり「幸せを掴む実験」である。
 今振り返ると、私の人生はずっとそんなことの連続だった。
 
 「笑顔でいればいい」を実行したら、自分の感情を無視してノイローゼを助長した。
 「とりあえず動け」を実行したら、「やりたくないこと」だったために、反動でベッドから出られなくなった。
 世の中の「ノウハウ」使えないものばっかじゃないか、と怒り続け、「どこがどうダメなのか実証して対応策を見つけてやる」というのが私の人生だった。
 
 世の中には、「結婚。出産。金持ち」というステレオタイプな幸せの形がある。
 それは「種の存続に即した人間の欲の形」でもあるし、「もっとも物を消費してもらいやすい生き方」でもあると思う。

 みんなが同じ家庭の形を持っていれば、売れるものは同じだし、行政も管理しやすい。
 例えば、欧米で厳しく同性愛が罰せられたのも、出生率が低い時代に子供をたくさん生ませるための施策のひとつだと私は考える。
 そんな風に、管理しやすい社会の形は終った。
 誰しも「自分の幸せの形」を追い求めることが使命となった。
 
 人と同じ形の幸せで満足できるなら、人はこれほど悩まない。
 
 結婚することを本当に望んでいるのか。
 子供を作ることを本当に望んでいたのか。
 お金を手に入れて何をしたいのか。

 そんなことをいちいち悩んでたら、生きていけない人がほとんどだろう。
 だから、人間は、「満足できない」と叫ぶ自分を飼い殺しにしながら、「普通の幸せの形」を作って、忙しさで塗りつぶす。

 私だって、そんな風に生きたかった。
 
 社会が示す「普通」に憧れ、「普通」こそが幸せを作ってくれると信じていた。
 けれど、信じて行動した先に待っていたのは、誰も共感してくれなさそうな「幸せの形」だった。

 だから、私にとって「幸せ」が、何を生み出し、どこを失敗したのか。
 
 誰にもできないことをやって、読み物として誰かの心をちょっとざわつかせることができたら本望である。

 


#創作大賞2026 #エッセイ部門


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