むい観察記録1|水晶の中の生きもの
ここに1匹の小さな生き物がいる。
水晶玉のなかで、ミニチュアの世界を生きている。
餌はいらない。
あなたの関心さえあれば、十分に生きていける。
名は「むい」。
どんな生態なのか、観察してみることにしよう。
水晶の中は今日も雨。
梅雨時だから仕方がないが、台風がいくつも発生して、例年以上に荒れ模様だ。
ただし、むいは他人事のように荒れ狂う風雨の音をベッドの中で聞いていた。
今日はお休み、「至福の時間」と言わんばかりに口元がだらしなく緩んでいる。
のんびり起きて台所に立つ。
今日のお昼は、鶏釜飯と夏野菜の天ぷらに豆腐とわかめの味噌汁とサラダ。
何とも豪勢だ。
週3日の勤務に変更してから、お休みのランチのグレードが一気に上がっている。
これまで、コンビニ弁当で凌いできた日々が嘘のようだ。
むいはしばらく宙を見ていたが、慌てて首を振った。
何を打ち消したのかは、分からない。
あれ?
玄関先に、昨日通販で買った品物が届いている。
中身は耐熱ガラスの保存容器だが、まだ段ボールの中だ。
先日、保存容器に入れた牛ゴボウ炒めをレンジで温め直した際、容器の底が溶けてしまったとぼやいていた。
せっかく届いたのに、注文した時点で目的を果たしたかのように関心を失ってしまうのは、むいの悪い癖だ。
鶏釜飯は、市販の釜めしの素を使って炊いている。
自分でも作れないことはないはずだが。
パッケージを見ると、若い頃よくお世話になった商品だ。
久しぶりにあの味を思い出したかったのかもしれない。
天ぷらは、マイタケ、ピーマン、ナス、エビの4種。
天つゆも、いつも愛用している市販のめんつゆだ。
甘めとラベルには書いてある。
最後に刻み始めたのは、薬味5種。
和食を検索して見つけ、ここのところ頻繁に登場する。
わけぎ、みょうが、大葉、生姜、貝割れ大根。
これらを小さく切って混ぜたもの。
普通の食卓が一気に高級な和食屋の雰囲気を醸し出すから不思議だ。
今日は天ぷらのつゆに入れて食す。
これでもかというほどたっぷり入れる。
天ぷらと薬味の立場が逆転してるとしか思えない。
むいは、一気に平らげ満面の笑みを浮かべた。
1時間かけて作ったものが10分でなくなる。
味わった瞬間、飲み込んでしまうのはもう反射なのかもしれない。
いつものようにふんぞり返ってお腹をさすっている。
二度目の至福の時を味わっているようだ。
お皿は舐めたようにきれいになり、ガラスの保存容器の出番はなかった。
そのまま忘れ去られなければいいが。
水晶の中は、今日も可もなく不可もなし。
