無論、無意味|自己紹介
恥ずかしくなったら、物も言わず削除します。
“無意味”に逃込みたい日も浸っていたい朝も噛付きたい夜もある。“無意味”は拒絶も享受もしない。ただ其処にある。あるようでないものなのかもしれない。
2025年8月7日現在、わたくしがnoteに投稿しておりますのは、自動記述の類いです。シュルレアリスム、と呼べばそうなのかもしれません。読み物としての位置とは如何なものだろうか、と首を捻るばかりではあります。
自動記述の投稿には目的を持っております。
心の指揮を取ることが不得手なまんま背丈だけは大きくなり、わたくしには気の狂れてしまいそうな時が屡々訪れる。そうしたら、脳に付着する何ものかの手垢を落とすべく水を勢いよく注いでは乱暴に濯ぎ出す感覚で、頭で暴れ回る言葉を書き出して脳をすっきりとさせています。わたくしはこれを〝脳の洗浄〟と胸で認めております。
また、態々、記事として残しますのは、のちに振り返ってこの日はこうだった、その日はこうかもしれない、と、精神状態のバロメータとしての利用もひとつの目的。
どなたかが、珍しがって指でも差して、まれにハートの形をした石を投げていただければ、より面白いなとも感じます。フォロワーの皆様には、いつもお世話になっております。
次には、わたくし自身の個人的な事柄を。
男として生を受けましたが、そう申して期待される程の男性性は持ち合わせておらず、女性だとしたって同様。其処いら辺りの〝あわい〟を浮かんでいく選択をしています。
生きづらさ、希死念慮、躁的周期、多動思考、譫妄、その他。生命に直接は関わらない疾患を複数背負い、あらゆる枷を引き摺ってなんとか息をしています。落ち込みきるのはどうも性に合わず、けれども苦痛なものは苦痛。
さて、そんな時にこそ先述いたしました〝脳の洗浄〟が捗るのです。いわば、リハビリワークのような位置付けでしょうか。
昔っから国語教科の成績は悪うございました。けれど、教師の目からは離れて物語などの文章を自由に書くことはずっと好きでした。物語とはいっても描写がしたくてのもので、ストーリーは二の次三の次という有様ではありましたが。
長く、小説を書いていた時期もあります。しかし、わたくしの頭の出来では処理が追いつかないのか、脳の使う部分が変だったのか、1日あたり2時間も書けば翌日には発熱していました。こりゃあ、劇的なまでに向いていないぞと筆を折りましたが、書きごとそのものから離れることはわたくしにはどうやら難しいらしく、現在の形に落ち着きました。小説の次には音楽制作を趣味の中心に据えるようになり、これもまたリハビリワークの一環として、現在ものびのびと続けております。
以下のリンク・動画から、わたくしの趣味嗜好に関した解像度があがるやもしれません。
▼ 音楽活動詳細や過去の文章作リンク
▼自作アルバム「憐憫-アワレミ」Demo動画
※各種音楽配信サイトへのリンクはこちら
長々とお付き合いをいただき、有難うございました。お礼に、次のごはんがとっても美味しくなる魔法をかけておきました。
あなたが飽きる、その日まで。わたくしの手が止まる、その時まで。どうぞ宜しくお願いします。
