耳に粘物
東で鴉がやけに煩く鳴いており、何の騒ぎかと窓を開けてみれば、僅かな隙間からスライムが部屋に押し入ろうとしてきた。突然の来客に混乱は余儀があるはずも無く。両手でグッ、グッ、と圧迫して御帰り願ったのだが、ややあって粘性は夕刻の色を帯び、怒りを見せているようでもあった。
訪問分の体積を増した迷惑なオレンヂにとぷんと沈んだ、魚に似てもいる幾つも顔がある何かの生命体は知らン振りで、千切れながらの細い糞で螺旋を残している。死んだ魚の目、と云う表現があるが、指すには気楽者のそいつよりも今の自分の方が適しているのではないだろうか。一旦、母なる海の如く小さな生命を大切そうに飼っているスライムには御休み頂き、麦茶を喉に入れる。するとあいつは此方を向き、何やら口を開閉させてやつがれへ不満を垂れているではないか。
どうしてか強く腹が立ち、水出し麦茶のポットの中身をそいつを狙ってぶち撒けてやった。巨大なスライムは驚いたのかぶるりんと跳ねて、然し感情の火を寄越した生命体は尚、悲愴感を纏わせながら物を訴えようとしている。何か言いたいのなら自ずから出てきてはっきり伝えてくれないか。諦念と苛立ちで粘性をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。決して気持ちの良い物ではない作業を繰り返し、とうとう生命体との御対面である。
そいつは無惨な姿と化したスライムどもが成した山の頂点に立ち、矢張り何かを訴えかけているのではあったが、一向に聞こえはしないし、拾えもしない。悲愴感を漂わせていた割には、複数あるツラは今度は各々違う表情をしている。
すまないね、今日は機嫌が悪いんだ。生命体を握力で潰したら、ヨン、と断末魔と同時に黄緑色が飛沫いた。どいつも、こいつも、掃除の手間を増やしやがって。今度はこのスライムの山か。自棄になって蹴飛ばす。弾力が靴下に沈む。蹴飛ばす。夕刻がたわむ。痛む頭を抱え、遂には清掃代行業者を頼ることにした。
