LoveとLike
40年以上前、映画館の薄暗がりの中で、隣に座る彼女は涙を流していた。 スクリーンに映し出されていたのは、映画『愛と青春の旅立ち』。
「すごく感動した…」
そう語る彼女の言葉を、当時の私はどうしても理解できなかった。どこにそんなに心が動かされたのだろう。同じ空間で、同じ映画を、同じ時間を共有していたはずなのに、私たちの間には、埋めようのない決定的な「溝」があった。
若かった私は、そのギャップに少しだけ寂しさを覚えた…。なぜなら当時の私はまだ、パートナーシップの本質を「LIKE(好き)」の延長線上で捉えていたからだ。
LIKEの世界は、心地よい。 同じものを食べ、同じものに笑い、同じ価値観を共有する。「似た者同士」という同質性は、私たちに絶対的な安心感を与えてくれる。だからこそ人は、結婚生活にもその「同質性」を求め、互いが同じ色に染まることを期待してしまう。
けれど、もしあの時、私たちが完全に同じ色に染まっていたら、私たちの旅はそこで終わっていたのかもしれない。
「なぜ、彼女は感動したのだろう」 その理解できないという「異質さ」こそが、実は40年を超える歳月の始まりだった…。
結婚生活をLIKEの延長線上で捉えているうちは、本当の愛(LOVE)には気づけない。 なぜなら、LIKEの目的は「安心」であり、LOVEの目的は「覚醒」だからだ。
LOVEとは、自分とは全く異なる「他者」という未知の存在に、圧倒的な尊敬を持って関りを持つ情熱のこと。 「私とは違う。だからこそ、あなたは尊い」
そう気づいたとき、かつて映画館で感じた「理解できない」というギャップは、冷たい距離ではなく、お互いの人生を豊かに彩るための「意味あるギャップ(異質さ)」となる。異質であるからこそ、私たちは、対話を重ね、お互いの輪郭を確かめ合うことができる。
40年を超え、いま、私はキッチンで彼女のために料理を作っている。 今でも、お互いの中に「理解できない異質さ」は、ひっそりと息づいているはず…。でも、それでいい。
全ては、「理解できない異質さ」のおかげである。
今なら微笑みながら、その異質さ愛おしむことができる。 あの日の「理解できなかった」という原点こそが、私たちが「LIKE」から「LOVE」という変容を遂げるための、最初の一歩だったのだから。
LOVEは、異質なものを求め、LIKEは、同質なものを求める心の作用…。
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人生で最も大切なこと、それは 笑顔で心穏やかに生きること。これだけで、私たちは、人として価値がある。これだけで、私たちは、まわりの人に貢献でき、まわりの人を幸せにできる。