第2回:なぜ私たちは働くのか —— 医師としての理想像とそれを阻む壁
医師も一人の「生活者」である
ごく一部の資産家を除き、人は生活の糧を得るために労働します。これは医師も同様です。 世間では時折「金儲け主義の医者」という言葉が使われますが、医師が一定のルールと高い倫理観のもとで正当な対価を得て、豊かな生活を願うのは当然のことです。もちろん、一円でも多く稼ぐために患者さんの不利益になる医療を行うことは言語道断ですが、医師であっても「お金のために働く」という側面を否定する必要はありません。
一方で、医療には「自己実現」という側面が強く存在します。特に大学病院では、臨床・研究・教育を通じて医学を発展させるという使命があり、自分の目指す医師像に向けて研鑽を積むことで、充実した人生を送ることができます。
しかし、そんな理想に向かう努力を、無情にも諦めざるを得ない壁があります。それが「お金」の問題です。
労働集約型モデルの限界
大学病院の給与体系はほぼ固定されており、多くの医師はアルバイトをして生計を立てています。若いうちは体力を切り売りして収入を上積みできますが、年齢を重ねるにつれて当直の負担は大きくなり、無理が利かなくなります。近年は物価の上昇に伴い多くの医療機関の経営も悪化しており、アルバイトの給与そのものが低下する可能性もあると思われます。
また、ポジションが上がると、製薬会社主催の講演会などの機会が増え、そちらへ収入の軸を移していく人も見られます。しかし、私はそこに強い違和感を抱いていました。自分の言葉を切り売りして小金を稼ぐために、政治的活動に時間を奪われる。それは、私が理想とした医師像とはどこか乖離していました。
外科医としての研鑽と、一冊の本との出会い
私個人の話をすると、外科系医師である私は、手術が好きで、長きにわたり技術の向上に努めてきました。幸い、多数の良き指導者にも恵まれ、幅広い術式を習得することができました。
無心にメスを握ってきた歳月。しかし、そんな日々のなかで、医学とは全く関係のない一冊の本の一節から、大きな影響を受けることになります。それは、メガネブランド「オンデーズ」の田中修治社長が書いた物語でした。
田中社長は、東日本大震災の被災地でメガネを配った際、あることに気づいたといいます。 「メガネは単に視界を良くする道具ではない。メガネをかけた人の人生そのものを、明るく豊かなものにするのだ」と。
この言葉に、私は衝撃を受けました。私の診療も同じではないか。病気を治すことはゴールではなく、それによって患者さんが「以前できなかったことができるようになる」こと、つまり患者さんの人生をより良くすることこそが、私の仕事の本質なのだと再確認したのです。
「この場所」で働き続けるための決断
では、その医療をどこで行うべきか。
私は母校である今の大学病院に強い思い入れがあり、医局の仲間と働くことが好きです。そして、まだ自分の技術には向上させる余地があると考えています。できることなら、この場所で、この仲間たちと仕事を続けたい。
しかし、現実は非情です。当時は子供も高校生で進路は未定でしたが、もし「医学部に行きたい」と言われたら、どうすれば良いのか。子供の成績から考えると、私立大学を目指す可能性は高く、今のままでは絶対に大学を辞めなければならなくなることは火を見るより明らかでした。自分の背中を見て育った子供が医師を目指したいと言ったった時に、経済的な理由で断念させる事は絶対に避けたいと思いました。
志ある医療を、大好きなこの場所で守り抜くために。 私は、恥ずかしながら50歳にして初めてお金という問題に真正面から向き合い、少しでも状況を改善する努力をしようと決意しました。
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