東三国から届け! ふるさと日本、故郷・姫島の魅力|ハートランド・ジャパンオペレーションマネジャー 増田信子の語る【私のハートランド】#03
こんにちは。リベルタ株式会社です。
私たちは、埋もれがちな地域の魅力を掘り起こし、ストーリーを伝え、次世代に継承することをミッションとしています。
このnoteでは、「私のハートランド」と題し、私たちの多様な生き方や暮らし方、そして働き方を発信しています。
第三回は、リベルタのインバウンドトラベル事業ブランド「ハートランド・ジャパン」の責任者であり、オペレーションマネジャーを務める、増田信子(以下、ノブ)の登場です。
【ノブについて】
出身地:大分県姫島村
これまで住んできた土地:姫島(大分)→国東市(大分)→山口市(山口)→茨木市(大阪)→ロンドン(イギリス)→吹田市(大阪)→大阪市(大阪)
経歴:コンタクトレンズメーカーにて、レンズのフィッター・営業職を経て、ツアーオペレーター会社各社に勤務。その後、リベルタに入社し、現在に至る。
私の日常。下町情緒漂う、東三国
私は、「新大阪」駅から一駅乗った、東三国(ひがしみくに・大阪市淀川区)に、2022年から住んでいます。きっかけは、自分でリノベーションができる中古マンションを見つけたことにあります。
ここは御堂筋沿いで便利はいいものの、そこまで商業化されておらず、個人経営の店が多い下町感あふれる街です。
行きつけは、『ABON(アボン)』という手作り弁当とお惣菜のお店。保存料などが無添加の、旬の野菜を取り入れた健康志向の商品が並び、イートインも可能です。三つ葉のお浸しや切り干し大根の炊いたんなどのお惣菜で埋め尽くされたショーケースは、次の日の献立のヒント集でもあります。仕事がひっ迫しているときや、出張帰りで体力的に余力がない日は、よくお世話になっています。
東三国は大阪市の中でも北のはずれにあたりますが、その前は西のはずれの鶴見区に住んでいました。1972年に開催された『花と緑の博覧会(通称・花博)』のメイン会場だった、鶴見緑地公園からわりとすぐの場所だったので、よく散歩に出かけていました。
ここは老朽化した各国のパビリオンが、異国情緒のなかに少し廃墟のような雰囲気を出していることから、そこに目を付けたコスプレイヤーたちの聖地となっています。また、家族連れのお出かけスポットでもあるため、週末はかなりの人出ですが、敷地は広大であり、季節ごとにゆっくりと自然を楽しむことができます。

なお、休みの日には、降りたことのない駅を起点に商店街を散策して、年配のご夫婦が営む昭和レトロな食堂でランチを食べたり、町のコロッケ屋さんでお惣菜を買って夕食としたり、ドローカルな散策を好んで楽しんでいます。ときにお宝のような町もあるので、ワンデーツアーをつくったらどうだろう、と一人でひそやかに妄想中です。
美しい私の故郷、姫島が育むサステナブルな精神
出身は大分県の国東(くにさき)半島です。正確には、その沖に浮かぶ、姫島(ひめしま)という、人口1600人余りの小さな島です。対岸とは村営フェリーで20分ほどですが、海上から眺める姫島の六郷満山は峰々が色々なグラデーションを現し、振り返って望む国東半島も本当に美しい姿をしています。
ちなみに姫島は昔からあいさつ運動が盛んで、道行く人には必ずあいさつをしなければならない、というしきたりがあります。よく「誰の娘か」と聞かれるので、「〇〇のところの娘です」という自己紹介がセットになります(笑)。
姫島についてさらに紹介すると、42年前から空き缶の散乱防止対策としてデポジット運動を行っており、10円のシールが貼られた空き缶を店舗に持っていくと10円と交換できるという、サステナブルな取り組みが続けられています。ですので、小学生のころは、海で観光客が捨てた空き缶を拾い集めていました。これらがお金に変わるのがうれしかったのを、いまでも覚えています。
また、一人分の仕事を数人でシェアして、より多くの雇用を生むというワークシェアリングも昭和40年代に始まっており、過疎化の防止策として、いまでも続いています。ただ、私のように島外に出てしまう人も多く、子どものころには3000人を数えた人口は、半減してしまいました。帰省するたびに、過疎化と高齢化の波をひしひしと感じます。

リベルタに入社してからは、インバウンドツアーの手配業務と並行して、地域活性の行政プロジェクトに参加しています。国東半島にもご縁があり、アドベンチャーツーリズムの事業などに関わっています。これまで知らなかった国東半島の魅力を地元の方々に教えていただく機会にもなり、まさに“故郷再発見”の日々です。
特に印象深かったのは、昨年、「行幸会」という400年前(1616年)に途絶えてしまった日本最大級の幻の神事に関わる場所を、サイクリングで巡るプロジェクト参加したことです。この神事は、宇佐神宮のご神体をゆかりのある八つの神社と奈多神宮へ移していくという大規模なものですが、かなりの費用がかかることが断絶の理由になったそうです。
私自身、行事の存在すら知りませんでしたが、宇佐神宮のご鎮座1300年を記念に、地元の方が何かしらの形で復活させたいという気持ちの強さが実現にこぎつけました。地元愛の大きさを感じられるプロジェクトでした。

故郷への恩返し。国東半島が教えてくれた、私の使命
リベルタは「地方送客」に重点を置いたトラベル事業をしているので、私も日々、国東半島への送客に努めています。海外の旅行会社との商談で、「この人たちには合いそうだ」と思えた場合には、積極的にお勧めしています。都市部ではオーバーツーリズムが問題になっていますが、地方にとってはそれも追い風です。
この春、アメリカの団体のお客様が国東半島を旅程に入れてくれたのですが、後日、「そこで食べたお母さんの手作りランチが何より美味しかった」「国東半島は、とても素晴らしかった」というコメントを読んだときは、泣けました。
自分のなかでは、普通の景色や当たり前と思ってきた文化が、外国人の目線では、オーセンティックなものに映ることを確信すると同時に、これこそが自分なりの故郷への貢献の仕方なのかもしれない、と気付かせてくれる事例になりました。もっと大げさに言うと、何のためにそこに生まれ、何のためにこれまでの経歴をたどってきたのか……それらが腑に落ちた瞬間でした。
――と、大きなビジョンを書いてしまいましたが、普段は商談と細かな作業に追われています。
リベルタでの仕事はデスクワークが主なので、どうしても運動不足になりがちで、週5日一歩も外に出ないことも。そのため、休みの日はできるだけ歩くことを意識しています。
その一方、行政のプロジェクトではサイクリングやハイキングといったフィールドワークが多く、前述の国東半島では3日間で150キロを超える距離を自転車で走ったり、初めてのSUPでオールを5時間漕いだり、熊野古道伊勢路のプロジェクトでは12日間歩いたりも。ギャップが激しいです(笑)。

私にとっては、お客様から「人生に一度の心に残る旅だった」と言われたときほど、うれしいことはありません。その瞬間のために毎日を頑張っています。
「自分の仕事が誰かを喜ばせることができる」。そう実感できる素晴らしい仕事は、これ以上にないはず。そんな気持ちでいられる限り、この仕事を続けていきたいです。
いかがでしたか? ノブの地元愛、仕事愛を感じていただけたでしょうか。
リベルタにはノブと同じように、地域から世界につながる仕事に取り組む仲間が多くいます。そ
んなメンバーが手がける仕事をもっと知りたい、という方は、下記の「ハートランド・ジャパン」公式サイトを、ぜひ覗いてみてくださいね。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
