【感想#3】土井半助先生に見る身体性「落第忍者乱太郎」第3巻
【書評(という名の感想文)】
忍たま乱太郎ミュージカル第15弾再演のチケットに全落ちした私が正気で公演期間を乗り切るため、原作・落第忍者乱太郎全65巻の書評を日々書くことをモチベーションに始めた"大げさな書評"、第3巻です。
主な登場人物
猪名寺乱太郎/摂津のきり丸/福富しんべ江/山田伝蔵先生/土井半助先生学園長先生/戸部新左エ門先生/大木雅之助先生(NEW)/山本シナ先生/池田三郎次(NEW)/能勢久作(NEW)/キクラゲ城/花房牧之介
あらすじ(ネタバレなし)
墓場から始まるキクラゲ城のための盗賊団退治(第1〜3章)では三人組が活躍。対する2年生と宗生寺まで競争する際には元忍術学園教師の大木雅之助先生が登場。三人組を助け導きます(第5章〜第8章)。
土井先生の「胃」を通じた身体性
土井先生を語る上で、切っても切り離せないのが「胃」である。
必死に講義する最中、1年は組の良い子たちが寒い言い間違えを続け、耐えられなくなった土井先生が「神経性胃炎」を発症する流れは、もはやお約束である。
口半開きでぼんやりとTVを眺めていた幼少時の私は、「強くて優しい先生のクスッと笑える弱点」としか認識していなかった。
しかし、映画『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』の原作小説を読んで、認識は一変した。
ひょっとして「胃痛」は、土井先生が昔から付き合ってきた自分そのものなのではないか。
失われた記憶を取り戻し、ドクタケ城の軍師「天鬼」の姿から「土井先生」に戻ったきっかけを問われたとき、土井先生は山田先生にこう語っていた。
「胃の痛みが全てを思い出させてくれました。」
痛みから、本来の自分を取り戻したくだりを読んで、確信した。
胃が痛むこの「身体」と共に、土井先生は生きてきたんだ。忍術学園に出会うずっと前から。
この体で現世を生きていくしかないと誰よりも知っている
忍者は、天気、風向き、相手の人相、実力、出方によって、引き出しを何百個も持っている。
知覚や感覚が、思考に先んじていて、身体を通じて世界(他者)と関係せざるを得ない職業、それが「忍び」。
だからこそ、常人が及ばぬほどの優れた知覚の持ち主であること、知覚が自分という認識と切っても切り離せないものことは、経験として思い知っていただろう。
土井先生であれ、天鬼であれ。
どんなに兵法書に精通して賢くなった気がしても、どんなに恩人や生徒たちとつながっていても、どんなに優しい自分になった気がしても。
痛い時は痛い。
調子が悪い時は悪い。
一瞬で、嫌でも、現実の自分に引き戻される。
「あぁ、自分が現世で生きていく箱はこれだった。」って。
同じ箱だからこそ、身体だからこそ、変わらない胃痛という症状を通じて、環境の変化が語られる。
「あぁ、胃が…あたたた」と、1人で口走り、痛みの波が治まるのを待っていたであろう、昔。
「あぁ、胃が…あたたた」と言えば、胃痛の原因ではあれど生徒たちが聞いてくれて、伊作を代表する保健委員が薬を調合して待っていてくれる、今。
笑顔でお腹を抑える理由が、わかる気がする。
土井先生の、我慢、我慢の堪忍袋
土井先生の「胃袋」は、室町時代後期の感覚で言うと、「キモ」「ハラワタ」など、心が宿ると思われていた場所だった。
そして、我慢や怒りを蓄えておく、心の許容量としての「堪忍袋」も、体の内部、同じような場所にあると考えられてきた。
土井先生が幼少期から抱え込んできた、我慢や怒りは、想像を絶するものの、外には出さない。堪忍袋の中に、自分以外の親族を惨殺され、寂しい思いを書物と修行に向けてきた日々をしまい込んできた。
(土井先生のモデルとされている法然上人を念頭に置いた記載です)
胃痛は、土井先生にとって、我慢、我慢を重ねてきた自分の歴史そのものなのだと、思う。
ちなみに、胃袋と堪忍袋の場所の境が曖昧だった室町時代後期に、痛むのは腹部上部の「胃」と、的確な分析をして、薬を調合する保健委員会委員長の科学的思考にも驚嘆するのだ。
(注:第2巻には委員会は出てきません。)
