降り注ぐ音の粒のなかで
「IANNIS XENAKIS PSAPPHA 加藤訓子+中村恩恵」
音の粒が降り注ぎ、それを受け取ったダンサーが身体の内外に転がし、再び放っていく。そんな感覚があった。
現代音楽の作曲家であり建築家・数学者でもあるヤニス・クセナキスの作品は、数理的な構造によって組み上げられた音の建築だ。世界的なパーカッショニストの加藤訓子がそのリズムを奏で、同じく稀有のダンサー・振付家である中村恩恵がそのうねりを表現した。
「IANNIS XENAKIS PSAPPHA 加藤訓子+中村恩恵」は、「ルボン a.b.」「響・花・間」「プサッファ」の三部で構成される。ルボンは「リバウンド(rebound)」を意味する。ドラムを叩く加藤の白い腕はまるでダンスを踊るようにしなやかに跳ね返り、後半に登場した中村は複雑な音に身を委ね、共鳴しながらそれを増幅させていった。身体のなかに音を跳ね返らせながら、新しい律動を生み出していくのだ。
第二部では1970年の大阪万博・鉄鋼館のために複数の作曲家たちが作り上げた音響作品「響・花・間」が流れ、無機質な空間にデジタルアートがプロジェクションされる。二人が音の構造物の合間に現れたり消えたり、いろいろな物質のあいだを橋渡ししているかのように、次のパートへと繋いだ。
そして「プサッファ」は古代ギリシャの女詩人サッフォーの詩の韻律構造から生まれた曲。その"言葉”のリズムは自由で、木や皮や金属の楽器の音が複雑に絡み合う。中村の動きは、さっきよりももう一歩踏み込んで、自ら音と出合ってマイムしているように見えた。生命体がにょきっと生まれて、外界に触れ、呼応していくかのように。印象的だったのは、加藤が醸し出すガムラン風の音に合わせて、同じくインドネシアの影絵人形ワヤン・クリのように横向きに平面的に進む中村の姿だった。アジア的な音と身体が、古代ギリシアの詩人のイメージと交差し、そこに「オイコス」的な親密さが立ち上がる。クセナキスの数理的で西洋的な構造が脱ぎ捨てられ、土着的で女性性をもった世界観に転位したように見えた。
終盤、中村が小さなミラーボールを手にし、そこに反射する光を浴びながら、速度を上げた細やかな拍動のなかでわが地球をいだくように収束していった。二人は太古から連なってきたリズムの円環を、さらに未来へと手渡そうとしたのだ。
(2026年3月25日愛知県芸術劇場小ホールにて鑑賞)

