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序章 神様めがねって、何やろ?

アッキーです。

人世リトリート、人世のバカンス中にこちらの記事を書いています。

「人世リトリート、人世のバカンスって、何?」ってなりますよね。

これ実は人工透析をうけている時間のこと。

週3回、4時間、クリニックで おやすみ期間に突入した、腎臓の代わり、いのちをつなぐ時間。

わたしはこれを、 「いのちのアップデート」 「人世リトリート」「人世のバカンス」って呼んでます。

人工透析を選択して約1年 ようやく、この呼び方が、しっくり 受け入れられるようになりました。

地球意識ではふつう、人工透析って 「治療」「病気の時間」「奪われる時間」

いわゆる、人工透析患者

わたしにはまったく違う景色が視えてる。 これが、神様めがねをかけて視えてる世界。


今朝、目が覚めて。
「朝、起きれた」 それだけで、心から歓喜がわいてくる

ただ、起きれただけ。 それだけのことやのに、こんなによろこべる。

人工透析を選択したからこそ、思い出した感覚

新しい朝を迎えられることが、奇跡やったって。 心から喜びがわいてくることが、こんなにうれしい、よろこびにあふれた体験やったって。


たぶん、こう書くと

「は?朝起きるの当たり前やん」 「奇跡っておおげさちゃう?」って思う人、おるはず。

うん、わかる。 わたしも、ずーっと、そう思ってた。

朝起きるの、当然。 ご飯食べるの、当然。 今日もなんとか回ったの、当然。

「当たり前」を奇跡だと思わず毎日感謝もなく積み重ねて、その上に「もっと、もっと」を乗せていく。 そうやって、走り続けてた。


神様めがねをかけると、 「あっ。理(ことわり)は逆や。こっちが真実や」

「朝起きれた」が、当然じゃなくなる。 「ご飯食べられる」が、当然じゃなくなる。 「呼吸できてる」が、当然じゃなくなる。

ぜーんぶ、当たり前じゃない、奇跡体験

一つひとつに、こころの奥底からよろこびがわいてくる。

自分の身体、臓器、器官 細胞のひとつ、ひとつ いのちを輝かせる選択をし続けてくれることに、こころから悦びを感じる


これ「感謝しましょう」とは、ちょっと違う感覚

「感謝しなきゃ」って頭で考えて、ありがたがる、とか。 「思わなきゃ罰当たる」って、自分を律する、とか。 そういうのと、違う。

ただ、神様めがねをかけて現実を視る。

自然と細胞の奥から、よろこびがわいてくる。

神様めがねは、修行じゃない 努力して身につけるでもない。 頑張って身につけるものではない。 外側から、獲得するものでもない。

ただ、ふっと、視え方が変わるだけ。


視え方が変わると、同じ世界が、まるっきり違う世界になる。

人工透析が、人世リトリートになる世界。

朝起きるだけで、歓喜の世界。 お茶一杯で、至福の世界。

そういう世界が日常になる。


これから、体験を通じて、細胞がおもいだしたことを、ゆっくり、書いていきますね。

神様めがねのほかにも、わたしたちが地球にやってくるときに、標準装備してるめがねがあります。 そのことも、これから、書いていきますね。


今日も最後まで読んでくださりありがとうございます。

🍀 いのちのアップデートの現場からは 以上です。

アッキー




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