【ホンジュラス】家族愛か共依存か
ホンジュラスでカルチャーショックを受けたことの1つとして、家族の大きさとその絆の深さがあります。
日本では核家族化が進行しており、おじいちゃんおばあちゃんと同居している家庭も少なくなっています。
高齢者の孤独死もよく聞くニュースであり、家族の形が変わるに連れ、孤独を抱えやすい社会になりつつあると思います。
私自身はかなり田舎で育ったので、「長男」である父がおじいちゃんおばあちゃんと住むのは当然であり、それなりに大家族だったんですが。
それでも、いとこやおじさんおばさんとは、お盆とお正月に会うくらいでした。
これを言うとホンジュラス人には全く理解されず「冷たいやつだ」と思われてしまうんですが、家族には感謝こそしていますが、そんなに電話や連絡もしないし、割と淡白な関係です。
だからここの国の人の家族愛は非常に羨ましくも、過剰だよなと思うこともあります。
彼らに「大切なことはなんですか?」と聞くと、ほとんどの人が「家族」と言います。
・クリスマスやお誕生日は必ず、家族みんなで集まってご馳走を食べる
・兄弟と従兄弟が同じくらい仲良し
・お父さんがたくさんの女性と関係を持つので、腹違いの兄弟が大量
・大人になったら親に仕送りするのは当たり前
・家族が亡くなったら弔いのためのTシャツを作る
などなど。
でも時々、その家族愛こそが、親と子、子と兄弟の共依存関係になっており、自立を阻んでいるのではと思うことがあります。
いろんな事例を見るんですが、キャリアの選択に親の意見が絶対になるケースが多いです。
本当は医者になりたかったけど父親が反対したからなれなかった女性。
学校に行きたいけど、親は学校に行ったことがなくてその大切さがわからないから、学校に行くことを許してくれない女の子。
他にも、私の友人は、その兄がドラッグとアルコールの依存症ですが、兄に毎日200lps(1200円程度)あげています。
「彼が悪い方向に進んでいるのは分かっているけど、家族だから助けなきゃ」と。
彼は一度首都でとても良い待遇の仕事のオファーがありましたが、家族と離れるのが怖いから、一歩踏み出せませんでした。
ホンジュラスで単身生活している日本人である私にとっては、家族と離れるのが怖いと言う感情はあまり理解できず、「リスクを背負わないと、この貧困のループからは何も脱出できない」と思っています。
(ちなみに貧困のループから脱出すべく命からがらアメリカに不法移民した人も、結局その動機はホンジュラスにいる家族を助けるためであり、お金を送金し続けます。ホンジュラスに送られる海外送金額はこの国のGDPの約25%に相当します。)
親は子どもの自立を阻むべきでないと強く感じていますが、子ども自身も親や兄弟と離れることを拒む傾向にあります。それだけ、外の世界でのパイプや命綱がないからでしょう。
奨学金制度も整っており、電車や新幹線ですぐ地元に戻ってこれ、治安も良く仕事もたくさんある日本で挑戦するのと、犯罪組織が身近にあり、仕事獲得にはコネが大切で、社会保障が弱いホンジュラスとでは、前提があまりに違います。
挑戦のリスクと心理的ハードルも、日本人よりも圧倒的に大きいんだと思います。
だからコンフォートゾーン(そもそも現状が快適でもないと思いますが)から抜け出せないホンジュラス人がたくさんおり、家族が最後のセーフティネットになっているんだと考えています。
ホンジュラスにいる期間で、家族に対する思いや、家族愛とはなんなんのだろうとよく考えるようになりました。
