「元気があればなんでもできる」が40代で響いた理由
アントニオ猪木さんの名言。
「元気があればなんでもできる」
若い頃、この言葉を聞いて「当たり前やろ!」と思っていた。
でも40代になった今、この言葉の重みが全く違って聞こえる。
元気がないと、本当に何もできないのだ。
今日は、体力の衰えと共に心まで元気を失いかけた私が、なぜ今noteを書いているのか?という話をしてみよう。
ある週末の夜、息子の悲しそうな顔…
連日の残業明けで迎えた週末のこと。
ようやく家に帰り着いて、ソファに沈み込んだ瞬間、息子が目を輝かせて駆け寄ってきた。
「パパ!明日公園行こう!サッカーしよ!」
せっかくの休み。息子もようやく私と遊べると喜んでいたんだと思う。
でもその日の私は疲れ果てて、ソファから立ち上がるのすら億劫だった。
「ちょっと…パパ疲れてるから…明日考えよう」
そう言うと、息子は残念そうな…そして悲しそうな顔をした。
その瞬間、子供に申し訳なく、そしてそんな自分が情けなくて仕方なかった。
「元気=体力」だと気づいた日
私は「元気」を「体力」と捉えている。
体力があれば、なんでもできる。これは本当だ。でも年齢とともに体力はみるみる落ちていく。
20代の頃は無敵だった。
友達と徹夜でカラオケしても、次の日は普通に仕事ができた。
残業が続いても、週末にちょっと寝れば回復した。
少々疲れても「まあ、なんとかなるか!」と思えたし、実際になんとかなってきた。
体力があったから、次の日へのダメージが少なかったのだ。
35歳、最初の衰えを感じた
それが35歳を過ぎた頃から、明らかに変わってきた。
まず徹夜カラオケなんて、考えただけで無理だと思うようになった。
残業が続くと、身体が重くて朝起きるのが辛い。
「あれ?前はこんなに疲れなかったのに…」
そう思いながらも、まだ軽く考えていた。
40歳、もう一段階落ちた
40歳を超えると、さらにもう一段階衰えた。
週末に休んでも、全然疲れが取れない。
「しっかり休もう」と思って土曜日に昼まで寝ると、逆に身体が痛くて起き上がれない。
日曜日は何もする気が起きず、ダラダラとスマホを見て過ごす。
そして月曜日の朝、「全然疲れが取れていない…」と絶望する。
体力の衰えは、確実にやってくるのだ。
そして、体力の衰えは、もっと恐ろしいことも含んでいるんだ。
身体の疲れが心を蝕んでいく
体力が落ちていくと、メンタルまで落ちていったのだ!
これは本当にやばいと思った。
まず仕事でのミスが増えた。身体がだるいと、頭も回らない。
簡単なメールの返信を忘れる。
会議の資料を印刷し忘れる。
取引先との約束の時間を勘違いする。
「こんな簡単なこと、なんで忘れてたんだ…」
そう思うと、不甲斐ない自分にがっかりしてさらにネガティブになる。
また、朝起きた瞬間から身体が重いため、「今日も1日、乗り切れるだろうか」と考えることも。
実際にデスクに座った瞬間、深いため息が出る日もあった。
そして始業時間になっても、やらなきゃいけないことは山積みなのに、手が動かない。
「やる気が出ない」→「仕事が進まない」→「自分が嫌になる」
この負のスパイラルにハマっていたのだ。
妻からの一言が刺さった
決定的だったのは妻からの一言だった。
ある日、妻がポツリと私に言った。
「最近、元気ないね」
「いつも疲れてるね」
その言葉が、妙に心に刺さった。
元気がない自分。笑顔が減った自分。家族との時間も楽しめなくなっている自分。これが、今の自分なのか。
そう思うとなんだか悲しくなってきた。
ドラクエで例えるなら、HPとMPの関係
例えるなら、これはドラクエのHPとMPみたいなものだと思う。
HPは体力、MPは精神力
HP(体力)が減っても、MP(精神力)があれば「ホイミ」をかけてHPを回復できる。
でも、MPまでなくなってしまったら?もうHPを回復させる魔法が使えない。
体力がなくても、心が元気だったら回復できる。
趣味を楽しんだりしている人は「まあ、疲れてるけど、明日も頑張るか!」と思える。でも、心まで元気がなくなった人は…自分にホイミをかけることができない。
体力も精神力も両方ゼロになると、動けなくなる!
そして、残念なことにMP(精神力)は、40代になると「宿屋=自宅」ではなかなか回復しなくなる。
若い頃は「宿屋に泊まる=しっかり寝る」だけでHPもMPも全回復した。「薬草=栄養ドリンク」を飲めば、すぐに元気になった。
でも40代になると、それだけでは回復しない。
寝ても疲れが取れない。
栄養ドリンクも効かない。
「ベホマ(完全回復)」を使うMPは残念ながら、もうない。
「ホイミ(小回復)」を何度もかけ続けるしかない。
でもそのためのMP(精神力)がなくなったら…
そんなときに私が見つけたMPを回復する方法がnoteだったのだ。
私が見つけた「いのりのゆびわ」
ドラクエに「いのりのゆびわ」というアイテムがある。使うとMPが回復するアイテムだ!しかも何度でも使える(ただ約1割の確率で壊れる)。
私にとっての「いのりのゆびわ」が、noteで記事を書くことだった。
私は、文章を書くのが嫌いじゃない。いや、むしろ頭の中のことを言語化するのは好きなほうだ。
元々AIの勉強も兼ねて…と、気楽な気持ちでnoteを記事を書いてみると決めた。そしてnoteを書き始めて、まさにMP(精神力)が回復したような気がしている。
1.モヤモヤが言葉になると、心が軽くなる
頭の中でグルグル回っていた不安や悩み。それを言葉にして書き出すと、少しずつと整理されていく。書いているうちに、自分の気持ちがはっきりすることで心が軽くなった。
2. 「今日も1記事書けた」という小さな達成感
やってもやっても終わらない仕事…なかなか達成感を感じられなくなっていた。そして頑張ってもなかなか評価されないのが中間管理職の仕事。
でも、noteは違う。
「今日も1記事書けた」という事実が、確実に残る。
この小さな達成感が心を元気にしてくれる。
3. 読者からの「わかります」という言葉
記事を公開して、コメントをもらえた日。
「わかります」「私も同じです」
これらの言葉にとても勇気をもらっています。
自分だけじゃない。同じように感じている人がいる。
そう思えると心が軽くなります。
4. 仕事とは違う脳の使い方
仕事はルーティンワークが多い。同じことの繰り返しで、クリエイティブな要素が少ない。
でも、noteを書くときは違う。
「何を書こうか」「どう表現しようか」と考える時間は、確実に創造的だ。
「生産する喜び」を、久しぶりに感じられる。
noteを書いている間は、仕事の疲れを忘れ、時間を忘れて没頭している自分がいる。
書き終わったあとの達成感。そして公開したあとのスキやコメントの数々…
これらが私の心を満たしていく。
そう、note執筆は私にとっていのちのゆびわ、MP回復の重要アイテムなのだ!
「元気があればなんでもできる」を取り戻すために
アントニオ猪木さんの言葉。
「元気があればなんでもできる」
この言葉は、体力が衰えてきた40代の私にこそ、重く響いている。
元気がないから何もできない…そう諦めてしまえば、心までどんどん元気がなくなっていく。
だからこそ心に「小さな回復魔法」をかけ続けなければならない。
そうすることで毎日少しずつ元気を取り戻していく。
そのために必要なMPを回復するためのアイテムが、私にとってはnoteで好きなことを書くことだった。
心を元気にして、身体も元気にする。
元気があれば、なんでもできる。
だから、これからも私はnoteを書き続ける。
学びと挑戦は何歳になってもやれることなのだから。
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