【13話】暴言がないだけで『幸せ』だと思っていた。麻痺した私が、初めて迷いなく言えた言葉。
別居が決まってからの数日間、驚くほど普通に会話をする時間がありました。
暴言も、冷たい視線もない。ただ淡々と、引っ越しの準備の話をする。
そんな「一般的な平穏」が流れるたび、私の心はまた激しく揺れました。
「本当は、彼は優しい人なんじゃないか?」
「私がもっとうまく立ち回れば、やり直せるんじゃないか?」
そんな、ありもしない希望という名の「迷い」が頭をもたげるのです。
実は、付き合っていた頃から何度もこの感覚でズルズルと続いてきました。
デートの日はパチンコのせいで何時間も待たされ、ようやく終わった彼に「長いよ」と少しだけ不満を漏らすと、一瞬で彼の機嫌が悪くなる。
「……今日はもう帰る。こんなんで一緒にいてもおもろないやろ」
そう冷たく吐き捨てて、彼は私を置いて帰ってしまう。ご飯を食べる約束をしていたはずなのに、私はただ一人、立ち尽くすしかありませんでした。
そんな日は、一人でコンビニ弁当を買い、こっそり実家へ戻りました。
母には「食べて帰る」と言ってあったから。
心配をかけたくなくて、自分の部屋で一人、冷たいお弁当を口に運ぶ。
(私が余計なことを言わなければ、今頃笑ってご飯を食べていたのかな……)
惨めさで胸がいっぱいになりながら、それでも私は「自分が悪いんだ」と言い聞かせ、彼を擁護する理由を必死に探しては、一緒に過ごし続けてしまったのです。
これが、モラハラの怖いところ。
日常的に心を削られていると、ただ暴言がないだけの「普通」が、まるでこの上ない幸せのように錯覚してしまう。当たり前の平穏に感動してしまうほど、私の感覚は麻痺していました。
でも、一度決めた時計の針は止まりません。
「連絡はするから」
そう言い残して、夫は必要最低限の荷物を積んだ車に乗り込みました。
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